高校をドロップアウトした僕が米国で映画監督になるまで【後編】

自称・どうしようもない落ちこぼれ。日本の高校をドロップアウトするまで英語を全く喋れなかった中島 央は、いかにして米国で映画監督になったのか。時間を浪費していた留学中、父が倒れたという知らせで帰国。夢を失い後悔の念に苛まれる日々の中、一命を取り留めた父親と幼少期のように映画談義の時間を持つ。今まで進路や仕事について何も言わなかった父は、中島に米国へ戻るように言った。(前編

「僕はすぐさま、母に父の言葉を伝え、アメリカに渡りました。母はびっくりしていたけれど、止めなかった。サンフランシスコの空港に着き、そこから見えた、フリーウェイの看板の「SanFrancisco」の文字。それを見て、俺は絶対ここで映画を撮る、それまで絶対に帰らないと誓いました。今でもその光景は忘れません」

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帰国後は、卒業制作で作った短編映画を何十というエージェントやプロデューサーに送りまくった。どこからもなしのつぶてで自信を失いかけた頃、1本の連絡が入る。

 

「映画プロデューサーからでした。彼は僕の映画が面白いと言ってくれた。いきなり監督は任せられないから、脚本家として参加しないかと誘われた。リメイク権が欲しいということです。でもうまく進みませんでした」

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他に脚本を書き続けていたが、いつになったら映画が撮れるのだろうかともがいていた。当時30歳。貧しさと焦りの中、もう無理だと何度も感じた。でも、ここまで来て手ぶらで帰るワケにはいかないという意地があった。

「そこからは、ショートフィルムを作ろうとありとあらゆる所に連絡しました。30社くらいはすべてNO。でも、ひとつだけやってみようと言ってくれたプロデューサーがいた。それが、色々と賞を頂いた短編映画『Lily』です。そこから、ちょくちょく注目してもらえるようになりましたが、キャリアと言えばそのショートフィルムだけ。次のステップに行くには、これの長編化しかありませんでした」

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いつも、ギリギリの状況下、首の皮一枚で繋がるんだと笑う中島。毎回毎回、うまくいかず落ち込む。でも、絶対諦められないとねばる。そこにチャンスが訪れるのだという。

 

「『Lily』を長編映画化して、初の劇場上映作品として発表する機会を得る事ができました。そして『Lily』が劇場で公開中にFOXインターナショナル・チャンネルズの方々と知り合い、作品を観て頂けました」

これが転機となり、FOXとひかりTVも一緒に映画を作ろうという企画が持ち上がる。

「そこから無我夢中で脚本を書きました。それが2012年。翌年にはアメリカで、プリプロから撮影まですべての制作をやりました。その後日本で編集。ようやく公開にこぎつけたんです」

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©2014 FOXインターナショナル・チャンネルズ/ひかりTV

 

 

5月10日、日本で公開された『シークレット・チルドレン』がそれだ。クローンが出てくるために、設定は近未来と言われるが、今回撮ったのは、実は現代の話だという。

「クローンは現代人そのものなんです。正直、今の時代、会社員だって自営業だって明日はわからないでしょう。そしてあの震災。僕は、あの震災を経て、生き残ったすべての日本人はサバイバーだと思ったんですね。周囲がのんびり平和に見えても、生きるのって大変だし、そもそも生きていることが奇跡。だからこそ、必死に生きなきゃと。僕らが一生懸命生きなきゃ、未来を背負う子どもたちが救われない。そう思うんですよね」

 

映画を撮ることは、楽ではない。制作までこぎつけるパワーのある脚本を書き、いざクランクインすれば撮影現場では毎日のようにトラブルがある。刺激というには過剰なジリジリする緊張感。でも、それでもやめられない魅力が映画にはある。

「進行予定どおりに行かなくても、ギリギリまで努力すると、本当に映画の神様が現れた、と思うほど、奇跡的ないいシーンが撮れることがある。それに、期待を賭けて協力してくださる関係者の皆さんを裏切れない。僕は、制作に関わって頂いた皆さん一人一人が、一緒に作って本当によかったという映画を撮りたいと思うんです」

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こんなふうに、紆余曲折あって映画監督となったのは30代も半ばを過ぎたころ。

「僕は映像に携わりはじめた若い頃から、ずっと映画監督と自称していました。他の人が認めようと認めまいと関係ない。僕はずっと以前から映画監督でした。そう、映画監督は僕にとって天職だと思っています」

 

映画はよくも悪くも内面を映す怖いものであり、監督するにあたり人間的成長は必須だと中島は語る。

「幼さは作品に出る。前の作品の時のメンタリティではいけないと感じています」

最近家庭を持ったことは、映画監督としてよい影響をもたらしたようだ。

 

 

「落ちこぼれで居場所のなかった僕は、映画に救われたんです。だから、僕は映画に恩返しがしたい。かつての僕のような少年が、僕の映画を観て、映画監督を志し、素晴らしい映画を創る―そんな日が来たらどんなに嬉しいか」

人は1万時間同じことをやっていると夢が叶うというのは、まんざら嘘でもないと思う、とポツリ。だからこれからも諦めない。

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「いい映画は死なない。誰かの心を動かす映画を撮りたいと常に思っています。映画を通して、観た人と繋がりたいんです」

 

中島央 1975年生まれ・東京都出身。サンフランシスコ州立大学映画学科卒業後、脚本家としてキャリアをスタート。前作、『Lily』ではロサンゼルス・ムービー・アワード2010長編映画部門HONARABLE MENTION、メキシコ国際映画祭2009シルバー・パーム・アワードなど数々の賞を受賞。最新作は、映画『シークレット・チルドレン』(2014年5月10日(土)より日本全国で公開決定)

公式サイト: http://TheSecretChildren.com

作成者:ficjapan

(文:吉田瑞穂)

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