ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

アナウンサー試験で最終まで残るもマスコミに就職しなかった美女と童貞はいま

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多くの学生が憧れ、わずかな席を奪いあう。狭き門“マスコミ就活”。
難関大学と呼ばれる大学の学生でも苦労するのが当たり前だとか。

2015年9月に『面接で泣いていた落ちこぼれ就活生が半年でテレビの女子アナに内定した理由』が出版されました。
4年間で30人もの学生を女子アナに内定させたという著者・霜田明寛氏はなんと3年前まで無職。マスコミ就活に3度挑戦するも内定を得られなかったという意外な過去を持つ就活本作家です。
しかし早稲田大学在学中に第四回出版甲子園準グランプリを受賞すると、23歳で『テレビ局就活の極意 パンチラ見せれば通るわよっ!?』 を出版。
この処女作と二作目『マスコミ就活革命(レボリューション)~普通の僕らの負けない就活術~』がきっかけとなり就活相談や講演依頼が殺到しました。現在は早稲田大学生協で就職講座を担当。ベストセラー作家・水野敬也さんの弟子として文筆業をする傍ら、ソーシャルトレンドニュースの編集長としても活躍しています。

昨年、本作の出版記念イベントが行われ、その中で霜田氏と女優・青山郁代さんの対談が行われました。

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青山さんは学生時代にミス同志社女子大学の2006年準グランプリを受賞。
また関西126大学の中から最優秀ミスキャンパスを選出するプリンセス関西2007ではミス・プリンセス関西グランプリを受賞。(大会ブログアクセス数1位に贈られるPV賞も同時受賞)
大学卒業後は就職せずに現在は女優として『レ・ミゼラブル』のコゼット役をはじめ『ミス・サイゴン』『ペール・ギュント』などに出演し、舞台を中心に活躍。近年ではテレビ朝日『関ジャニの仕分け∞』のカラオケ得点対決に出演したり、テレビ朝日ドラマ『相棒 14』に出演したりと幅広く活動されています。

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霜田氏と青山さんは学生時代、一緒にアナウンサー就活に挑戦していた親友同士。
また、彼女はミスキャン研究家としても知られる霜田氏が“一番最初に仲良くなったミスキャン”でもあるそう。
“マスコミに就職しなかったけれど、表現に生きる二人”に就活をしていた学生時代から現在までの9年間を振り返っていただきました。

マスコミ就活生、必見! 自分自身が主役か、情報が主役か?

――アナウンサー就活をしていたお二人ですが、マスコミに就職せずに現在のように女優、作家として活動をされるきっかけは何だったのでしょうか?

青山「物心ついた時から女優さんになるのが夢でした。6歳でミュージカルと出逢ってからはわき目も振らず一心に歌やダンスを勉強し、宝塚音楽学校の受験も経験しました。宝塚受験には残念ながら落ちてしまいましたが、歌をもっと勉強したくて音楽科のある女子大に入学しました。
大学に入って、沢山の出逢いがあり、新しい世界を知ったことで自分も就職活動をするべきなのではと思うようになりました。「就職するのなら今まで学んできた表現の分野を生かせる仕事がしたい!」という思いやミスキャンに出たこともあって、アナウンサー試験を受けはじめました。
アナウンサーの世界はとても魅力的。負けず嫌いなのもあって就活の辞め時を完全に見失いながら4回生になってもアナウンサー試験を受けていました。でも常に心の中に「女優になる夢は本当にもういいのだろうか……?」という迷いがありました。

そんな就活のさなかで、ミュージカルの主役を決めるオーディションの情報が舞い込んだのが転機となりました。
そのオーディションを受け、最後の3人に残ったのに残念ながら落選してしまったんです。その時、就活で落ちた時と比にならないくらい悔しくて……ああやっぱり私はミュージカルをやりたいんだと思って就活をやめました。あれは自分の本心に気付く大きな転機でしたね」

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霜田「僕は芸人として事務所に所属するようになってからですかね。芸人をやめてからもう一回就活するようになるんですけどね(笑)。

その後に出版甲子園という大会で準優勝して本を出せることになったので、ひたすら執筆していたという感じです。2009年6月が発売で、その年の3月に卒業だったので、いつのまにか卒業していました」

青山「二人で就活をやめた時に、“なんでアナウンサーになれなかったのか”を話していて、私たちは情報を伝えたかったんじゃなくて、自分というものを表現したかったんだって結論になったよね。私たちにとって良くも悪くも主役は「情報」じゃなくて「自分自身」だった(笑)。アナウンサーは「情報」を正確に伝えられなくてはいけないから。私たちは根本が違っていたんだって話をしたよね」

――演劇やお笑いサークルなど、表現活動をしていた学生の中にも、就活をするに当たってこのような本音を持っている方は多そうですね。

霜田「そんな僕らだから、就活中は、一歩引いて周りの就活生を観察してたよね」

青山「それ、主に霜田が観察してたんでしょ!(笑) でも確かにあの頃アナウンサー試験が終わると二人集合して、「今日の観察結果」を報告しあってた。
霜田は明るさや優しさの裏に近親者にしか見せない悪魔的な部分があって・・・(笑)でも、そんなひねくれた視点で人を見るからこそ見つけられたポイントを明るく、笑えるように示したのが、一冊目の『パンチラ見せれば通るわよっ! テレビ局就活の極意』だよね」

霜田「すごくいい言葉でほめてくれてありがとう! 6年前に戻って1冊目の宣伝文にしたいくらい(笑)」

ミスキャン研究家・霜田明寛 学生時代からミスキャン青山郁代に手は出さない!

――9年来の親友というお二人ですが、出会った瞬間のことは覚えていますか?

霜田「えーっと……」

青山「あたし覚えてるよ!(笑) 中部日本放送の選考で出会って、香川のテレビ局で再会して仲良くなったんだよ」

霜田「あ、そうだ! その後再び香川に行って、一緒に選考を受けることになった時、郁代ちゃんと同じホテルだったんですよ。僕は当時、童貞みたいなものだったので、アナウンサー試験どころじゃなかった」

青山「やめて誤解される(笑)。当時、地方局を受ける人たちで情報を交換したり、同じホテルに泊まっていることもよくあったんです」

霜田「(笑)。それで『ねるねるねるね』の事件が起きたんだよね」

青山「そう! 香川のテレビ局を一緒に受けた時、エントリーシートとして、一枚の画用紙に何でも好きなこと書いてきてくれってお題があって、それを元にプレゼンする選考があったんです。
普通は家で書いてくるのに、彼はとても真面目で熱心なので、香川にある『世界の中心で愛を叫ぶ』のロケ地を見てからエントリーシートを書くといって、白紙を持って来てたんです。

だから試験の前日に現地を取材してからエントリーシートを書いていたんですけど、そのすぐ横で私がお菓子の『ねるねるねるね』を作っていて、霜田のエントリーシートにこぼしちゃったんです。そしたらこんなに優しい霜田に『殺すぞ!』って怒鳴られました (笑)」

霜田「自分で言うのもなんですが、温和な性格なんですけどね。その時せっぱつまっていたんだろうね(笑)」

青山「あんなに怖い霜田を見たのは後にも先にもあの1回だけですね。私は翌日の選考で落ちたんですけど、霜田はその次の最終まで残ったので、その時は“ねるねるねるね”の事もあったし心から嬉しかったです」

人生のどん底でそばに居た人は親友になる

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霜田「なんで郁代ちゃんと9年も続くほど仲良くなれたかって、きっとお互い「挫折」しているからなんですよね。彼女はV6の坂本昌行さんが主演の『ゾロ ザ・ミュージカル』で2011年にミュージカルデビューするんですが、僕が2冊目の本『マスコミ就活革命』を出した年と一緒なんですよね。アナウンサー就活をしてから4年も経っているという……」

青山「そうだねーその間、あたしも霜田も色んな事があった。彼が売れない芸人をやっている時からそばでみていましたからね。
霜田もあたしが養成所の試演会で、お稽古場にパイプ椅子を並べてお芝居したり歌を歌っていたころから毎回観に来てくれたよね。初めての手作りのソロライブも駆けつけてくれたし」

霜田「どん底な時は一緒に泣いたりしていたよね」

青山「早稲田のカフェで一緒に泣いたね(笑)。 霜田が芸人辞めた時。彼、本当に大変だったんですよ。(書けないようなひどい話が続く)……あー思い出すだけで泣きそう。本当に悔しかった」

霜田「僕も郁代ちゃんがコゼットを演じた『レ・ミゼラブル』観て号泣していましたけどね(笑)。でも他人のために泣ける人、普通は親ぐらいじゃないですか。本当にありがたい存在です」

面接官の目は節穴じゃない!

青山「最後に一つ伝えたいことがあるんですけど……いいですか?」

霜田「ぜひぜひ!」

青山「就活時代、ある局のアナウンサー試験の“最終面接”で『特技を披露してください』と言われたので、そこで持ち歌のように大好きなミュージカルの曲を歌ったんです。
物心ついた時からミュージカル女優になりたくて、中学二年生から歌を習っていたので、特技といわれたら歌しか思い浮かばなくて。

そしたらその場にいた社長に『君は歌をやった方がいい。歌っている時の君はとてもキラキラしているよ』と言われたんです。

結局落とされちゃって、『失敗したなー歌わなきゃよかった』ってその時はすごく落ち込んだんですけど、歌をお仕事にできた今、あの面接官の大人が言っていたことって正しかったんだなって思えます。
面接官はどんなにその学生が大好きでも、アナウンサーに向いていないと思ったら落としてくださるんです。
就活の時に出会った面接官の目は、決して節穴ではない。いい意味でも悪い意味でも、その会社と合っていなかったら落としてくださるんです。今就活真っ只中の人達も結果に腐らず、意地悪だと思わず、自分が何に向いてるのか考えつつ、夢に向かって頑張ってほしいです」

霜田「僕もアナウンサー試験の面接で『アナウンサーにしては面白すぎる……』『芸人やれば?』って言われた(笑)
新聞社を受けた時は『君、文章上手いから、文章を仕事にできるよ!』って言われたし、今振り返ってみると、大人に予言されていたのかも」

女優とライターという厳しい道で、しっかりお金を稼ぎ、夢を叶え続けている二人。
就活という「普通のレール」に苦しみながらも乗り、自分で決断してそこから降りたからこそ、選ばれた人しか歩けない道につき進んでいます。

そして霜田編集長自身が「就活や人生が思うようにいかない学生」だったからこそ、就活や進路に悩んでいる人に寄りそい、かつての自分を救うように、挫折した人を押し上げ、導くことができるのではないでしょうか。

何十人もの就活生と向き合う中で生まれた著作『面接で泣いていた落ちこぼれ就活生が半年でテレビの女子アナに内定した理由』。
就活に悩む学生はもちろん、自分の歩く道を見直したい人にとっても、この先をもっと楽しく生きるためのヒントが載っているかもしれません。

(文:ソーシャルトレンドニュース編集部)

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■面接で泣いていた落ちこぼれ就活生が半年でテレビの女子アナに内定した理由
著者:霜田明寛
発行元:日経BP社
価格:本体1,300円+税
URL:http://www.amazon.co.jp/dp/482225108X/

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