ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

vol.5  27歳、無職から流れ着いた老人ホーム

連載5回目です。AVメーカー「ハマジム」所属の岩淵弘樹です。この連載は東北の田舎っぺの著者がいかにして東京の片隅で生きてきたかを書いている実録シリーズです。学生時代からビデオカメラ一台で身の周りの事柄を撮影し、作品を作ってきました。そんなドキュメンタリー監督の端くれの20代~30代、混迷の記録です。

前回は『遭難フリーター』が劇場公開されたが金が無くて新しい仕事を探し、有料老人ホームに流れ着くまででした。今回は介護の資格を取るために通った職業訓練校の話です。

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27歳、無職 職業訓練学校

2010年1月、「ホームヘルパー2級」の資格を取るため、職業訓練校に通いはじめた。通常、職業訓練校に通うための資格は退職してから1年以内の雇用保険が適用されている間に限られるが、2009年に民主党が選挙で圧勝し、その後に厚生労働省が新しいセーフティーネットとして雇用保険が切れている者でも受講できる制度が作られた。
ちょうど俺はタイミングが良く、その制度がはじまった直後に受講できることとなった。

教室には生徒が25人。男性は20~30代、女性は40~50代が多かった。全体数は女性が3分の2。毎月15万円の給付金をもらいながら、週に4回、午前10時から午後4時までの授業を受けた。
毎日講師が変わり、理念から実践まで様々なことを学んだ。学ぶことは新鮮で、かつ仕事に直結する内容なので、いつもノートに向かっていた。
必死だった。27歳になって一つもまともな職に就いてないことへの焦り、親や親戚から金を借りなければ生きていけないみじめさ、東京に出てきて何一つ成し遂げていない恐れ。それらが毎日自分を圧迫し続けるように感じていた。

施設での日々

3月から施設での実習が始まった。時間に追われるハードな業務の中で、一人一人の利用者さんに合わせた適切なケアが求められる。メモを持ち、研修用のエプロンをつけて、先輩に付いて回る。無心だ。いや、無心じゃダメだ。集中し、一つ一つの事柄をきちんと理解するように努める。
利用者さんの話を傾聴する。昔の歌を一緒に歌う。98歳の老婦とカルタをやって負ける。体の動かない方にスプーンでミキサー食を運ぶ。認知症の方に毎日はじめましてと挨拶をする。たまに覚えていてくれる。

とても細い生の先端にふれる毎日だが、死を連想することは少ない。飯を食って糞を垂れ流すだけの容れ物のような体になっても、俺の手を握る力は強く、なかなか離してくれない。
まひで硬直する目の周りから突然涙が出てきて、「泣いてますよ」とティッシュで拭いていると、「そうですね」と明るい声で返事をしてくれた。
最後まで残っている体の機能、感情の機能を補助するのが介護の仕事だ。
「若者は老人の奴隷だ」と警鐘を鳴らす本もあるが、その構造の現場で感じることは世代間の格差だけではない。ふれあってみれば、すぐにわかる。
この仕事は性に合っている。実習を通してすぐにそう思った。

唯一仲良くなれた46歳のクラスメイト

職業訓練校では、クラスメイトたちは専門学生のような軽いノリで群れているので迎合することが出来なかった。
ただ一人、千葉ロッテのジャンパーをいつも着ている赤塚不二夫似の46歳のおっさんとだけは仲良くなれた。
名前はNさん。「イワちゃん、ちゃんと飯食ってるか~!(バカボンのパパの声で再生してください)」と面倒見のよい兄貴肌の人で、どんどん好きになっていった。

3ヵ月が経ち、学校の卒業が近くなった頃、Nさんと小旅行の計画を立てた。世間話から「俺さ、城が好きなんだよ。松本城でも見に行こうよ。鈍行列車に乗ってさ」と誘われた。
俺はその様子を撮影して短編のドキュメンタリーを作りたいなと思った。大きなテーマはない。漫画みたいなNさんのことを記録したいなと思ったのだ。ただ、旅行をそのまま撮ってもしょうがないので、一つ仕掛けを用意して出発した。

オムツつけてください

青春18切符を買い、鈍行列車で長野県の松本に向かった。車内では男二人でしょうもない話を繰り返した。
「Nさん、まだ勃起するんですか?」
「イワちゃん、俺はもう垂れ下がってるよ」など、ハタから見たら気色悪い二人組にしか見えないだろう。
Nさんの趣味は献血。これまで何百回と献血に行っており、松本に着いてから二人で献血に行った。そして松本城のベンチで仕掛けを発動させた。

「Nさん、オムツを自分ではいて、その中でおしっこしてレポートを書く実習があるじゃないですか?」
「あるな」
「俺まだやってないんですよ」
「そうか、早くやれよ」
「手伝ってくれないすか?」
「馬鹿いうんじゃないよ!」
「俺にオムツ付けてくださいよ!」
「やめろ! 怒るぞ!」

この旅の様子はずっと撮影しており、なにかハプニングを起こしてNさんの生のリアクションを撮りたいと思っていた。そこで俺のオムツ交換をNさんにお願いしたいと思ったのだ。
だがNさんが本気で拒絶するので、俺が着衣のままズボンの下にオムツをはき、その中でおしっこするのでその様子を実況しながら撮影してくださいとお願いした。するとNさんは「お前がやりたいことはやらせたい」となぜか納得してくれた。

松本駅前の失禁実況中継

帰宅中のサラリーマンが行き交う松本駅の前でオムツをセットし、カメラを持つNさんの前に立った。
Nさんは「さあ岩淵さんが立ってます。表情は固いです。どうですか? これから失禁を体験しますが」と、すっかり実況をはじめている。
「あ、出ます。あ、あ……」と俺はオムツの中に失禁した。股間に生暖かさがじわりと広がっていき、爽快感はない。

「お、岩淵さんが、えー、中にしているようです。どうですか、やはり不快感はありますか?」Nさんは実況を続ける。

「不快感というか、なんとも言えない気持ちになります……」
「そうですか、利用者さんの立場になれたでしょうか。えー、こちらは夕暮れ沈む長野県松本駅です」

こうして、奇妙な男二人の小旅行は幕を閉じた。帰りの車内でNさんに、なぜ献血に何百回も行っているのか聞いたところ、「昔は短刀を持ってたくさんの人を傷つけたから」とさらっと言っていて、最後まで漫画の中のような人だなともっと好きになった。

この映像は『月刊岩淵1』というタイトルを付けてDVD-Rに焼き、100枚くらい作って自主制作物を取り扱うショップに置かせてもらった。『遭難フリーター』を作ってから次作を何も作れずに悩み続けていたが、小さな形になったのが嬉しかった。だが、こうして月刊ペースで短編ドキュメンタリーを作ろうと思っていたが、結局『月刊岩淵2』は作っていない。

(続く)
(文:岩淵弘樹)

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