ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

vol.2 「や」さん 〜告白されて、恋を知る〜 前編

恋愛映画の名手・今泉力哉監督が12人の女性との告白の記録を綴る新連載『赤い実、告白、桃の花。』。「告白とは何か?」を考えた【vol.0 告白のススメ】、小学生の頃の初恋を振り返った【vol.1「ほ」さん 〜初恋と呼べる恋〜】に続き、今回はvol.2。今泉監督が初恋と入れ替わるように恋をした人の話です。

「や」さんである。中学2、3年時に同じクラスだった。彼女はさほどもてないタイプの女性だったのではないだろうか。色気というものがあまりない、男っぽい女子だった。短髪、陸上部。でも、私は好きだった。性格も、顔も。かっこよかった。かわいかった。さっぱりしていた。いつも明るかった。たっはー、と笑った。でも、前回書いたが、私はこの時、「や」さんを好きな気持ちに罪悪感を感じていた。勝手に。それまで好きだった「ほ」さんのことが頭にあったのだ。だから、告白をする、などという行動にでることはなかった。彼女とのエピソードは少ない。告白をしていないから。それに無理だとわかっていた。彼女のような女性が私を相手にするはずがなかった。彼女は、たしか、イケメン好きだった。曖昧だが、そういう感じだった。

中学校時代の私は相変わらず卓球に明け暮れていた。3年時には部長になった。前陣速攻型。漫画の『ピンポン』でいうペコの型。台から離れず、ひたすら攻める。そういう型だった。
中学1年か2年の頃、思春期のホルモン的ななにかだったのだと思うが、自分の足がとんでもなく臭かった時期があった。その匂いはとんでもなく衝撃的で、別に誰かから指摘されたことは一切なかったのだが、相当に悩んだ。中学時代の一番の悩みだったかもしれない。部活の際、卓球シューズに履き替える際、靴ひもを縛ろうとしゃがむと、もう、その顔と足の距離で臭いのである。これは私だけの悩みなのか、この年頃のみんなの悩みなのか知りたくて、でも学校では誰にも相談できなくて、一度、誰もいない昇降口で、みんなの靴の匂いを嗅いで回ったことがあった。私だけが臭かった。母に相談し、自宅では、よくわからない炭の粉のはいった袋を靴に入れておくくらいに悩んでいた。その匂いも、中学3年時にはなくなっていた。あれは何だったのだろう。

勉強はできた。運動はできなかった。今の中学校がどういう間隔でテストがあるのかわからないが、当時は、1学期に中間と期末、2学期に中間と期末、3学期に期末、計5回の大きなテストがあった。そしてその成績優秀者上位30人(50人だったかもしれない)が書かれた紙が、廊下の掲示板に貼り出された。そういうことも今では問題になったりするのだろうか。詳しくはわからないが、これは個人的にはとても刺激になったし、負けず嫌いの私は、この順位をすごく気にした。
1年の2学期までは、さほど試験勉強をせずとも10位前後をキープしていたのに、3学期期末で30位くらいまで落ち、それが悔しくて、2年時から試験前には勉強するようになり、10位以内をキープするようになった。完全に理数系だった私は、社会、が本当に苦手だった。学校の授業にまったくついていけなかった。先生が何を話しているのかわからなかった。だから、試験が近づいた時の社会の授業時間は、先生の話など一切聞かず、ひたすら教科書の試験範囲と言われたページの最初から最後までを、頭からただただノートに丸写しにして、まるまる憶えるよう努力した。効率は悪いがそれしか勉強方法がなかったのだ。2年の3学期か、3年の1学期かに初めて1位をとり、そこからはもう落ちられないと思い、1位を何度もとった。

また、卓球と勉強以外では、映画を見ていた。といっても、地方の映画館では大作しかやっていなくて、近所にできた創夢館というレンタルビデオ屋でVHSの映画を借りてきて、よく見ていた。もちろん、映画館でも見ていた。映画館にはいつもじいちゃんに連れていってもらっていた。じいちゃんは基本的にアクション映画しか見なかった。当時、封切り初日に一緒に見た『セブン』を憶えている。上映前のすごい人の列と、上映後のじいちゃんの顔も含めて。
じいちゃんはまだ元気だ。創夢館はもうない。創夢館ってすごい名前だ。

中学3年。高校受験。
私は市内で一番の進学校に推薦で合格した。一般受験ではなく、面接と小論文だけの試験。面接では、どういう職種かも知らないのに、SEになりたい、と言った。中学校の先生と面談などで話し合って、試験対策をして、将来なりたいものについて話した際にそういう話になったんだと思う。システムエンジニア。いまだにそれがどういう仕事かわからない。しかし、受かった。あほみたいだ。でも、受かってよかった。後日、高校に合格するよりも嬉しいことがあった。

卒業式当日。
教室では、女子を中心に、みんな連絡先を書くカード帳みたいなものを交換したり、卒業アルバムのうしろの方のまっしろなページにお互いにひと言書き合ったりしていた。
「高校でもがんばってね」
「高校に行っても遊ぼうね」
「(部活名)高校でも続けてね」
などなど。みんながみんな、お互いに書き合うのだ。
私はそういうことに積極的ではなかったが、書いてと言われれば書くし、書いてもらいたい気持ちもあったから、自分の机の上に卒業アルバムを広げて置いておいた。全員が書いてくれたかどうかはわからないが、当たり障りなく誰とでも仲良くできるタイプだった自分の卒業アルバムは、たくさんのクラスメイトの言葉で埋まっていた。誰が何を書いたかはぜんぜん憶えていない。でも「や」さんが書いた言葉だけは憶えている。

「りきやは5組のヒーローです」

そんな感じの言葉だった。一語一句は憶えていないが、“ヒーロー”という言葉は間違いなくあった。そこにはまったく深い意味はない。恋愛感情など1ミリもない。推薦で高校に受かった、ということだけをさした言葉だった。それでも、すごく嬉しかった。この頃にはもう「ほ」さんのことを想うことはなくなっていた。完全に「や」さんを好きだった。

高校1年の時だったか、2年の時だったか。「や」さんのお母さんかお父さんが亡くなった。本当に今この文章を書いていて、自分が最低だと思う。どっちが亡くなったかを憶えていないなんて。でも、亡くなった。それで中学の同級生の間で、彼女の家を訪れる訪れないという連絡が回ってきた。私は、そんな理由なのに、会えるかもしれないことに少し浮かれていた。結局は、どういう理由だったか憶えていないが訪れなかったし、会えなかった。たしか、「や」さんの姉と私の姉が同学年で、姉だけは訪れた気がする。
その時に、卒業アルバムで住所を確認した。彼女の家は、私が自転車で高校に通う通学路を少しだけ遠回りすれば、通れるあたりにあった。私は下校時に、たびたび彼女の家があるであろうあたりを自転車で通って帰った。もしかしたら、ばったり会えたりしないだろうか、と期待しながら。しかし、一度も会えたことはなかった。それに、彼女はおろか、彼女の家すらよくよく特定できずにいた。このあたりが、また、私の面倒くさい罪悪感のアレである。なんとなく近くを通って偶然会えるのはセーフで、きちんと家の住所を調べて、その家の前付近の道で張るのはアウトなのだ。

同じ頃、彼女の家に電話したことがあった。私は携帯電話を持っておらず、家の電話から家の電話にかけた。告白しようとしたのか。なにか用事があったのか。声が聞きたかったのか。励まそうとしたのか。今ではなぜ電話をかけたのかも憶えていない。でも、かけた。その記憶はある。結局、誰も出なかった気がする。

高校でもあいかわらず卓球部に入った私は、市の大会でもそこそこ勝てる力を持っていた。ただ、元来が運動音痴な私のプレーはどこか滑稽だったらしく、チャンスボールは全然スマッシュで決められないのに、そんな打ちにくいボールはスマッシュで返せるの?みたいなへんてこなプレーで、ただ真剣に試合をしているだけなのに観覧席の他校から笑いが起きたりしていた。他校の強い選手たちとも仲良くなった。もちろん、中学時代から大会で仲良くなっていた者もたくさんいた。「や」さんが通っている高校の卓球部にも友達が何人もいた。ある大会時に、その高校のキャプテンが言った。
「あれ、今泉って郡山五中(母校の中学校名。郡山一中から七中まである。通称、番号中である。)だよね。「や」さん、知ってる?かわいくねえ?」
彼女は可愛くなっているらしかった。それか、そのキャプテンと私の好みが一致しただけか。
とにかく、私は誇らしかった。

正直、今思えば、進学校である男子校に行くよりも、「や」さんと同じ高校に行きたかった。「や」さんと同じ高校に行くくらいのちょうどいい学力の同級生の男が羨ましかった。決して馬鹿にしているわけではなく、本当に。だって、好きな女の子のために学校のランクを落として受けるなんて、田舎では許されるはずもなかったし、だいたい当時の自分にはそんな発想はなかった。だったら、ちょうど同じ学力だったら、それよりしあわせなことはないだろう。高校時代をともに過ごしてみたかった。こちらは男子校である(※現在は共学になった)。何の出会いもない。いや、男子校に通いながらもよろしくやっている同級生はたくさんいた。でも私は卓球しかしていなかった。勉強もさほどがんばらなくなっていた。映画はもっと見るようになっていた。出会いはない。私が3年間、「や」さんを想い続けるのは、別に大変なことでもなんでもなかった。

(つづく)

(文:今泉力哉)

『赤い実、告白、桃の花。』。中学から高校を跨ぐvol.2。後編のアップをお楽しみに!
「告白とは何か?」を考えた【vol.0 告白のススメ】、小学生の頃の初恋を振り返った【vol.1「ほ」さん 〜初恋と呼べる恋〜】など、過去記事はこちら!

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