ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

vol.10「さ」さん 〜映画館バイトの恋〜

恋愛映画の名手・今泉力哉監督が12人の女性との告白の記録を綴る連載『赤い実、告白、桃の花。』。
本連載も“12人目”にむけてついにクライマックスへ。
今回は、映画監督が映画館でバイトしていた時代、1枚のラブレーターにまつわるお話です。

これは人生で初めてラブレターを書いた相手についての話だ。

昔から映画館でアルバイトをする、ということには憧れがあって、そのことを実現させてくれたのはvol.8の「る」さんだ。別れているのかどうか曖昧な時期。映画館でアルバイトをしたがっていた私に、彼女が「○○という映画館がアルバイトを募集してるよ」などと情報を教えてくれた。ある時は一緒に早稲田松竹という映画館に履歴書を出したりした。しかし、彼女だけが採用された。私は書類で落ちた。彼女はもともと新宿武蔵野館でアルバイトしていたし、映画館でのバイトにも慣れていた。その後も彼女は情報をくれた。ある日、彼女が言った。
「渋谷に新しいミニシアターができて、アルバイトを募集してるよ」と。

その映画館がアミューズCQN(現・ヒューマントラストシネマ渋谷)という映画館だった。2004年のことだった。そこで働きだした後、vol.9の「す」さんとつきあったり別れたりがあった、さらに後。私はそのバイト仲間のひとりを好きになった。好きになったきっかけはわからないがどこか暗さのある人だった。「さ」さん。顔と声が好きだった。彼女は当時は大学生だった。今は結婚している。その結婚式にも当時のバイト仲間たちと一緒に出席した。私の結婚式の二次会にも彼女はいた気がする。彼女の新居で当時のバイト仲間の集まりがあった時、私の家族みんなでお邪魔したこともある。もちろん、昔、私がその人を好きだったことを妻は知っている。面白いよなぁ。時間、と、関係性。

彼女は日によって、態度が違った。
気分屋というのとも違う。何というのだろう。言葉が見つからない。まあ気分屋でもいいかもしれない。彼女を好きだった私は、その日ごとに彼女の態度が違うので、勝手に混乱していた。嫌われてしまったのかな、とか。なぜ今日は機嫌がいいのかな、とか。まともに告白をしたりはしていなかったのだが、バイト仲間の男連中には、私が彼女を好いていることも話していたし、自然と彼女もそのことを知っていた。バイトしてどれくらい経ったのだろう。私もひとりの人とつきあって別れてなどしていた期間があるのだから、半年以上は優に過ぎていただろう。それこそ、1〜2年近く彼女を好きだったのかもしれない。

ある時、バイト仲間の家で6人くらいで集まって鍋だか何だかをしていた。忘年会か新年会か。とにかく冬だったと思う。ビールが切れたか何かで、「さ」さんと一緒にふたりきりで夜中の買い出しに出かけた。その日の「さ」さんは異常に機嫌がよくて、ものすごく大したことない会話でも爆笑していて、なんだかすごく嬉しかった。買い出し中、大した話もしなかったけど、「今日はすげえ楽しいね」みたいな話をして、部屋に戻ったのを憶えている。誰か好きな人がいて、その人と意図せずふたりきりになれた時間。その時が本当に永遠に続けばいいのにという時間。大した話をしていないのに気まずくない時間。そういう時間の連なりだけの映画をいつかつくってみたい。その瞬間瞬間の高揚と共に。

季節も憶えていないある日。
私たちは中野の四文屋で飲んでいた。四文屋には「さ」さんとその他のバイト仲間もいた。4人だったと思う。もしかしたら3人だったかもしれない。もうひとり、バイト仲間の女性がいたのは憶えている。何飲みだったのだろう。四文屋というお店を知ったのもその時が初めてだった。私はその飲み屋に行く前に彼女宛にラブレターを書いていた。ノートパソコンで。なぜ手書きで書かなかったのだろう。しかもA4用紙に印刷して。縦書きで3、4枚だったろうか。ラブレターというより作文である。それを折らずに入れられる茶封筒に入れて(そこは折らないんかい)、それを鞄に忍ばせていた。だいたい、なんで書いたのだろう、ラブレター。四文屋でお酒を飲みながら渡す頃合いを探っていた気がする。黒糖梅酒などを飲みすぎて記憶を失いかけていた。いや、失った。私は寝てしまっていて、「帰るよ」と起こされるまでずっと寝ていたらしい。靴箱の前で、封筒を持ってきたことだけはなんとか憶えていた私はそれを彼女に渡した。それ以外のことは憶えていない。後日、彼女からの返事なんてあったのだろうか。そんなことも憶えていない。でもどうでもいい。彼女が私を好きじゃないことくらい、ラブレターを渡す前からわかっていた。

「さ」さんを好きだった。きちんとふられたかどうかは憶えていないけど、私が彼女を好きだったことは間違いなくて、でも時間とともに私はまた別の人を好きになる。それは同じ映画館で新しくアルバイトを始めた「お」さん。彼女は「さ」さんにこれまた輪をかけて、不思議な暗さを纏った女性だった。すごく好きになっていった。一緒に働くと緊張した。彼女も日によって機嫌が違った。なんでそういうめんどくさそうな女性にばかり惹かれるのだろうか。めんどくさくない女性はなぜ魅力がないのだろうか。そして、どうして手が届かなそうな人にばかり恋をするのか。届いたら別れてしまうのか。幸せになりたい。あ、私、結婚してました。

先にも書いたが、「さ」さんとは今でも良好な関係で、「さ」さんもその旦那さんも私の映画が公開されたら映画館に見に来てくれたりする。一番最近公開された映画に関しては、「さ」さんよりも先に旦那さんの方が見に来てくれてすごく嬉しかった。変な嫉妬心も抱かない。なんだろ。ふたりはものすごくお似合いなのだ。「さ」さんはこういう人を好きになるんだなあ。なるほどなあ、という。あのふたりの関係性を知らないけど、きっと彼女の方が惚れている気がする。

ラブレターを渡して何年か経ったある日。それこそ、もう私は結婚した後だったかもしれないけど、何かのタイミングで当時のバイト仲間が集まっていた時に、彼女に私が渡したラブレターの話題になった。その際、彼女が言った。
「まだ持ってるよ」
めちゃくちゃ嬉しかった。でも捨ててほしくもある。実際、その時がいつかも憶えていないから、今は捨てられているかもしれないけど。

(文:今泉力哉)

今、あなたにオススメ
ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
PAGE TOP