ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

【雨傘運動】にみる若者の政治離れ 「1票が平等な日本だと…」

“一瞬じゃ変えられない”未来のために

2014年に香港で、民主化を求めておこなわれた「雨傘運動」。主体となったのは10代後半から20代前半の学生たち。その運動の中でカメラをまわしていた当時27歳の青年によるドキュメンタリー映画が『乱世備忘 僕らの雨傘運動』だ。香港では映画祭や特集上映のみできちんとした形では公開できなかったというこの映画が、日本で初めて劇場公開される。

その名にそぐわず、意外にドキュメンタリー映画を紹介してきた“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリー”。「未来は一瞬じゃ変えられない でもこの時間がいつか未来をつくる」という映画のコピーにもメディアのコンセプトとの不思議な共鳴を感じ、監督の陳梓桓(チャン・ジーウン)さんにインタビューをおこなった。

“忘れないように”創作をする

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――タイトルにもなっている『乱世備忘』の“備忘”とは“忘れないように”という意味だと伺いました。僕たちも童貞時代を“忘れないように”するメディアです!

「私も “忘れないように”創作をしているところがあります。作品を作ることで、ずっと忘れずに、考え続けていくことができますよね。それが何か次の運動にも繋がるかもしれません。私に限らず、何か大きな事件が起きると、それに伴って多くの作品が生み出されるのは“忘れないように”という側面が大きいように思います」

若者の社会運動は恋愛に近い

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――このドキュメンタリー映画には監督ご自身を含め、多くの若者が社会運動に参加する姿が描かれます。

若者が社会運動に参加するということは、恋愛に近いのではないかと思っています。必ずしもいい結果にはならなくても、そこに自分の持ち得る全ての感情を込めていく。結果はどうあれ、それは後悔するものではありません。私自身も、とてもいい経験ができたと思っています」

日本の若者の政治への関心の低さの理由

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――香港の若者の社会運動への熱量に、日本の若者の社会運動への関心の低さと比べて圧倒されました。日本は2015年にSEALDsを中心とした運動が盛り上がったものの、それまで約40年の間、大規模な学生運動のない国でした。なぜそのような差が生まれるのでしょうか?

「日本の方にとってはきっと、ひとり1票の普通選挙権があることが当たり前ですよね。でも香港はそうではなく、自分の国の議員を選ぶのにも十分な権利が与えられていないんです。当たり前に与えられて、その価値を認識できずにいることが、日本の若者の投票率の低さや政治に興味を持たない姿勢に繋がっているのかもしれませんね」

他人の命令か、自分の理想か

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――逆に日本との共通性を感じたのが、警察官の冷酷さです。民間人であるチャン監督に対しての暴力のシーンには、とてつもない恐ろしさを感じました。

「彼らは、職業のために自己を放棄しているように感じました。制服を着ることで、人間が本来持つべき理性や良心を失ってしまっているんです。警察官は上の命令を聞くことが最大の使命になっている。一方で学生は自分たちの理想のために動いています。その差はとても感じました」

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――他人の意思にただ従って動くのか、自分の頭で考えて動くのか、ということですね。

「ええ、でも仮に従うことが職務であっても、そこに人間としての理性を持ち込むことはできないのだろうか、というのは今回とても疑問に感じました。第2次世界大戦で、ナチスがユダヤ人を収容所に送るときに、彼らを運ぶ電車のダイヤを組んでいる人の話を聞いたことがあります。担当者は、どうしたらユダヤ人を最も効率よく収容所に輸送できるかをひたすら考えていたようなんです。確かにそれは彼の仕事だったかもしれませんが、彼のやり方一つによっては、少しでもユダヤ人の命を救えたかもしれません。組織の出した命令が正しくなかった場合、個人が放棄する勇気というのは必要だと思います。仮にそれが仕事であっても、です」

感じた“映画の力”

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――劇中で「もし将来自分があの警官のような大人になってしまったら、この映像を見せてくれ」と言っている若者もいましたね。

「実はあれは撮影の初日に言われたものなんです。ああ言われたことで、私は映画の持つ力に気づくことができました。映画を観ることで、映っている人はもちろんですし、映っていない人も2014年のあの日を思い出すことができる。映画を見ることで『あの時自分は何をしていたのか』そして『今自分は何をしているのか』という2つの点を考えるきっかけになると思うんですよね。映画はときに言葉よりも雄弁になり得ます。だから20年くらい経って参加した若者が40代や50代にさしかかったときに、またこの映画を上映してみたいですね」

一緒に運動するような気分で

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――最後に日本の若者にメッセージをお願いします。

「香港の文化は日本の文化に影響を受けている部分も大きくあります。私自身も、東野圭吾さんの小説を読んだりします。ただ、おそらく日本の方はあまり香港のことを知らないと思うんですよね。ぜひ、この映画を観て、出ている香港の同世代の若者と友達になるような、一緒に運動に参加するような気分で観てもらえたら嬉しいです」

(取材・文:霜田明寛 写真:浅野まき)

■関連情報
乱世備忘 僕らの雨傘運動
(原題:)亂世備忘(Yellowing)
2018年7月14日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
(C)2016 Ying E Chi All Rights Reserved.

物語――――――――――――――――――――――――――――
僕が生まれる前、1984年に香港が1997年に中国に返還される事が決まった。2014年、香港にはいまだに民主主義はない。自分たちで香港の代表を選ぶ「真の普通選挙」を求めて若者が街を占拠した、雨傘運動。同じ「香港人」であるはずの警官たちからの浴びせられる催涙弾に皆が雨傘を手に抵抗し、僕はカメラを手にデモに向かった。そこで映画の主人公となる仲間たち、大学生のレイチェル、ラッキー、仕事が終わってからデモに駆けつけてくる建築業のユウ、授業のあと1人でデモに来た中学生のレイチェルたちに出会った。香港の街が占拠され、路上にはテント村ができ、自習室ではラッキーの英語無料教室が開かれた。テントをたて、水を運び、そして夜は一緒にマットを敷いて路上に寝る日々。討議がまとまらず言い争いになると「これが民主主義」だと、皆で笑いあう。こんな香港を見るのははじめてだった。香港に暮らす「普通」の僕たちが、「香港人」として「香港の未来」を探した79日間の記録――。
当時27歳だった陳梓桓(チャン・ジーウン)監督が仲間たちと過ごした、未来のための備忘録。

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監督 陳梓桓(チャン・ジーウン)
エグゼクティブプロデューサー 崔允信(ヴィンセント・チュイ)
プロデューサー 任硯聰(ピーター・ヤム) 陳梓桓(チャン・ジーウン)
コプロデューサー 張鐵樑(チョウ・テツリョウ)
編集 胡靜(ジーン・フ) 陳梓桓(チャン・ジーウン)
音楽 何子洋(ジャックラム・ホ)
制作 影意志(雨傘運動映像ワークショップ)
原題 乱世備忘(Yellowing)
配給 太秦
監修 倉田徹

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