長嶋茂雄 記録でイチロー、落合、王、張本を圧倒した最多安打10回にスーパースターの所以

1月3日放送の『独占!長嶋茂雄の真実』(TBS系)は、視聴率11%(ビデオリサーチ調べ。関東地区)を獲得。『笑ってはいけない大脱獄 完全版』(日本テレビ系)や『マツコ&有吉の怒り新党』(テレビ朝日系)、『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』(テレビ東京系)という強力な裏番組がひしめくなかで、いまだ衰えぬ長嶋人気を知らしめた。

日本のプロ野球は、長嶋茂雄とともに発展したと言っても過言ではない。“ミスタープロ野球”と呼ばれる長嶋入団の頃は、プロ野球よりも六大学野球のほうが高い人気を誇っていた。だが、昭和33年、長嶋が巨人に入団したことで、プロと六大学の人気が逆転。一挙手一投足の長嶋の派手なアクションに、日本中のファンが熱狂した。
現役生活17年間で、長嶋は首位打者6回、本塁打王2回、打点王5回のタイトルを獲得している。素晴らしい経歴に違いないのだが、通算868本塁打で、本塁打王15回の王貞治や3千本安打の張本勲と比べると、記録やタイトルの数で劣ると言われることもある。

しかし、長嶋がスーパースターたる所以は、最多安打10回獲得という日本記録に隠されている。当時、最多安打は連盟表彰のない時代だったため、現役時代にスポットが当たることはなかった。94年、イチロー(オリックス/以下所属球団は当時)が200本安打を達成したことで注目され、タイトルとして表彰されるようになった部門である。

なぜ、最多安打がスーパースターの証なのだろうか。
首位打者であれば、打数が少なくても獲れるし、タイトルのために終盤に欠場するケースも出てくる。しかし、安打数はコツコツと積み上げなければならないため、試合に出なければ獲れない。
要するに、ケガをせずに、毎試合ファンの前に常に姿を現す必要がある。そして、スランプの少ない選手であることが必須となる。
もっとも難しい2つの条件をクリアしたのが、長嶋茂雄なのだ。

最多安打10回は、かなりの難関である。
イチローは94年から98年まで5年連続で獲っているが、日本最後の2年間はケガをして、両年とも30試合以上欠場。タイトルは松井稼頭央(西武)や小笠原道大(日本ハム)に譲っている。史上最多の3度の三冠王に輝いた落合博満(ロッテ)は、82年の1回だけ。“打撃の神様”川上哲治(巨人)でも、1リーグ時代を含めて6回。“孤高のバットマン”と畏れられた榎本喜八(毎日大映など)は、4回。昭和の大打者である野村克也(南海)は1回、張本勲(東映)は3回。長嶋の盟友である王貞治(巨人)も3回。今世紀の安打製造機である青木宣親(ヤクルト)や内川聖一(横浜など)は、2回だ。

そのなかで、長嶋は入団した’58年からの6年連続を含め、通算10回の獲得。80年を誇るプロ野球の歴史のなかで、長嶋の記録は突出している。 長嶋は、現役生活17年間で10試合以上欠場した年は一度もない。これが、長嶋がミスタープロ野球と呼ばれる大きな理由のひとつだろう。球場を訪れたり、テレビを点けたりすれば、必ず長嶋を見られて、1試合のうち1本はヒットを打ってくれる。ファンの満足度はかなり高いものとなった。

もし長嶋が年間20〜30試合も欠場する年が数回あったなら、ここまで国民的な人気はなかったはずだ。『一生のうち、一度しか球場に足を運べないファンもいる』と口酸っぱく言う長嶋は、ケガすることなく試合に出場し続け、好不調の波なく打ち続けることで、ファンの期待に応えていたのだ。
プロ野球を牽引した長嶋茂雄の凄さは、『最多安打10回獲得』という記録の面からも読み取れるのであった。

(文=シエ藤)

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