ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

松江哲明『童貞。をプロデュース』10周年を通して見える社会とカルチャーの変化

2007年に公開されて以降の10年間、池袋シネマ・ロサで8月になると公開されてきたドキュメンタリー映画『童貞。をプロデュース』。監督を務める松江哲明さんは『童貞。をプロデュース』のあとも、精力的に作品を作り続け、最近ではテレビ東京系列で放送された『山田孝之のカンヌ映画祭』や『映画 山田孝之3D』も話題になり、“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリー”でも6月にインタビューを行った

そしてこの夏、『童貞。をプロデュース』が公開10周年を迎え、ついに池袋シネマ・ロサでの連続公開を終えることになったという。DVD化されておらず、劇場でしか観ることのできないこの作品の、貴重な上映機会を前に、松江哲明監督にインタビュー。

『童貞。をプロデュース』という作品を通じて、童貞という言葉の10年での変化や、自分や社会の変化、はたまた“好きなことで生きていく”ことの怖さなどを語ってもらった。そして、10年残るドキュメンタリーを作ってしまった監督の胸中とは……?

童貞という言葉がポジティブに使われるようになった

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――若者が童貞であることを自ら告白して、肯定しあっている様子を見た松江さんが「今っぽいな」と感じて、『童貞。をプロデュース』は始まったと伺いました。それから10年、童貞やそれをとりまくカルチャーに変化は感じますか?

ひとつのモノを見る視点というか、文化になってきているのかな、というのは感じます。それこそ、チェリーさんなんていうサイトが出てくるくらいですからね……。
2016年の興行収入ランキング1位の『君の名は。』や、このあいだ公開された『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』の主人公なんてまさに童貞じゃないですか。ああいうキャラクターを主人公に添えた映画を、東宝が作るようになった。『モテキ』だってそうですよね。
『童貞。をプロデュース』は、最初ガンダーラ映画祭という映画祭に出品するために作ったんですが、そういうイベントで上映する規模の作品でさえ、最初は、タイトルがダメだと言われましたからね。だから、かつては童貞という言葉は今ほどポジティブなものではない、むしろネガティブなものでしたし、この10年での大きな変化を感じます

童貞とは性体験の有無のことではない

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――チェリーというサイトの僕らが聞くのも何なんですが、なぜそんなにみんながポジティブに童貞という言葉を使うようになってきたのでしょうか?

「うーん……そう言った方が今はモテるからじゃないですか? 童貞って単に性体験の有無だけではなく、精神年齢だったり、性経験を経ずに生きてきた経験値のことだと思います。アニメが好きな人や、オタクと言われた人たちが一般化してきたこととも近いものがある気がします。ちょうどこのあいだ沼津に行ったら、アニメキャラクターのTシャツを着て、人形を連れている男性が堂々と一人で入店し、食事をしていたんです。観光地だけでなく、そんな大人、池袋や秋葉原に行けば、今は普通にいますよね。僕が幼い頃は、宮崎勤のショックが大きくて、自分の趣味を人に見せるのはヤバイことっていう認識が強かったんですよね。だから、生きる時代や世代の違いだと思いますし、羨ましい面もありますよ」

下北沢→池袋→渋谷『童貞。~』の広がり方

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――作品自体の広がりについても伺えればと思います。今おっしゃられたように、最初はガンダーラ映画祭のしまだゆきやすさんが、松江さんに声をかけて、そこで上映するために作られたものだったんですよね。

「最初は下北沢の小さいギャラリーで、しまださんの持ってるプロジェクターで上映して、40人~50人くらいで酸欠になりそうになりながら見ていたんです。それが池袋のシネマ・ロサで2週間やることになり、3週間になり、今度は渋谷のユーロスペースでやることになって。その後毎年、シネマ・ロサでやってもらって、しかも動員数字的には毎年伸びている。この10年間で『童貞。をプロデュース』自体も一般化していったように思いますね。毎年、初めて見に来てくれる人も多いんです。最初はそんな広がるつもりで作っていないものが、どんどんと広がっていった。始まりは映画祭用のインディペンデント映画ですが、10年やるって、ある意味メジャー映画ですよね(笑)」

上映終了に「正直、ホッとしている」

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――それって、単純に、松江さんとしては嬉しいことなんですか?

「うーん……僕の気持ちと作品を好きでいてくれる人の気持ちは違いますからね。シネマ・ロサさんが上映したいって言ってくださって、人が来るから上映は続けてきた。映画って観る人のもので、育ててくれたのはお客さんなんです。それは、本当にありがたいことです。でも10年という区切りで、いったん上映をやめることになって、正直ちょっとホッとしてる部分もあります」

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――心中としては複雑な部分もあるんですね。

「一番複雑なのは、しまださんがもういないってことなんですよね。しまださんが作ったのは、否定的な意味ではなく、閉じた世界だった。しまださんはレフリーや興行師のような役割で、みんなを焚き付けて、戦わせていったんです。僕だけじゃなく、山下敦弘くんや村上賢司さんが、競作の形であの映画祭のために作品を作って、だからこそ変なものができた。『童貞。をプロデュース』はそういった閉じた世界だからこそ、出来上がった作品なんです。でも、しまださんが亡くなった時に、もう閉じた世界にいることはできないんだな、と覚悟をしたんです。もう、僕はそういう世界にずっといることはできない。それなら、自分の知らない世界の人と、面白いものを作ろうと思って、わかりやすい言い方をすれば世界を広げていきたいと思ったんです」

山田孝之という焚き付け役

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――今の松江さんにとって、しまださんのような焚き付けてくれる役割の人はいないんですか?

「今は……山田孝之くんがそういう役割に近いかな。僕と山下敦弘くんが呼び出されて、山田くんに『やりましょうよ』みたいなことを言われる(笑)。もちろん、自分だけのことを考えてるんじゃなく、誰と誰を組ませると面白いとか、これをすると世の中はどうなるとか、山田孝之はちゃんと考えてるんです。そういうところがしまださんに似ていて。しまださんが生きていたら会わせたかったなあ……」

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――もともとは山田孝之さんというと、ゼロ年代の前半は、芸能界の王道を歩んでいた人というイメージだったのですが、松江さんや山下さんと会って変質していった部分もあるのでしょうか?


(©2017「映画 山田孝之3D」製作委員会)

「それは、やってた仕事が王道に見えていただけなんじゃないですかね。山田くん自身も『クローズZERO』(2007年)あたりからやりたい仕事が選べるようになってきたって言ってますからね。『山田孝之のカンヌ映画祭』や『映画 山田孝之3D』で話を聞いていて、彼が変わったのではなく、もともと、変な人だったんだと思いましたね」

“好きなことで生きていく”ことのキツさ

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――また少し作品の話に戻ります。『童貞。をプロデュース』の後半では24歳の梅澤さんが埼玉の奥地で自分の好きなものに囲まれて過ごします。ですが、決して裕福と言える生活ではないという2007年の若者の姿が映し出されています。

「梅澤くんはラストに出てくるあの人にこう言われますよね。『自分が好きなことをして生きて何が悪い』と。僕は、その言葉は今は非常に突き刺さるんですよ。好きなことで生きていくって本当にキツいんです。僕は今年40歳になりますが、自分の好きなことをして生きてきた人が突然亡くなったり、自分を壊していくのを何人も見てきました。これからもそういう別れはあるでしょう。 辞める方や距離を置く方が幸せに見えます。好きなことをして生きていくのは一見、楽しいように見えるかもしれないけど、社会とのバランスを取るのは本当に難しいんです」

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――社会とのバランス、ですか。

「この国自体が、正規雇用者を望まず、使い捨てできる人を望んでいる。働かずに、好きなことに没頭してくれる人のほうが、この国の社会にとって都合がいいんです。だから、この国は成長しない人に対して優しいですよね。一方で、自分の頭で考えて、自分で仕事を創って生きていく人は、社会にとって都合が悪いんですよ。目立つ人はすぐに足を引っぱられ、尖ったことをすると叩かれてしまいます。この10年で有名人の揚げ足を取ることや不正を見つけて攻撃することが日常化してしまったと思います」

10年変わっていない社会

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――正規雇用者ではない梅澤さんは、2007年の元日に「さぁ、晋三、ゴミを漁れ!」とmixiに投稿します。そのメッセージが、『童貞。をプロデュース』を10年見続けていると、一時期は古く感じられたのが、今、逆にビビットに響いてくる感じがしました。

「それこそ、未だに安倍晋三が首相として残っているというのが、あの時代から何も変わっていない証拠ですよね。あの映画は、国のトップにああいう人達がいる一方で、こういう人間たちも生きているんだというカウンターの意味もあって、その象徴が安倍晋三だったんです。そのカウンターが今でも通じてしまう。あのときは安倍晋三は時事ネタのつもりというか、格差社会やファストフードも含めて、社会的なトピックだったんです。それが通常のことになってしまった。社会が変わっていないから、『童貞。をプロデュース』がいまだに、古びないものとして観れてしまうんですよね」

移動し続けないと死ぬ

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――松江さんのお話を聞いて、考えて生きないとマズい気がしてきました……。

「別にしっかりしろ、とかちゃんと生きろとか言いたいわけじゃないんです。単純に、僕がこの国に殺されたくないんです。仲間たちのように死にたくない。同じところにい続けても閉じていく一方だということが分かったので、僕は移動をし続けた。同じことをやり続けてると、40歳や50歳になってガタがきてしまうんですよ。サブカルに限らず、凄い人って新しい人と新しいことをやり続けて、世界を広げ続けているんですよ。僕もそれがしたかったし、そうしなきゃ過去に作ったものも殺してしまうような気がしたんです。だから、移動をし続けているけど、それは端から見たら裏切り者に見えるかもしれない。逆に、新しい場所で僕がつまらないものを作ったら、それは終わりだ、と思ってやっています」

大ヒットよりも、社会にどんな球を投げて爆発させるか

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――『童貞。をプロデュース』梅澤さんのシーンがそうであったように、社会があって、松江さんの作品があるんですね。

「作品って、社会に出るものですからね。でも、社会に認められるためにモノを作るという発想は僕には理解できないんです。この時代に、大ヒット作なんて作る自信はないです。制作者としてそれはマズいと分かってるんですが、未だに数字だけで作品を考える人と話をしてるとどこか合わないな、と思ってしまいますね。
 
それよりは、社会にどんな球を投げて、爆発させるかを考えていきたいんです。テレビの『日本はスゴい!』みたいな番組を見て普段モヤモヤしていた人が、僕の作品を見て、少しスッキリして欲しい。それは僕が若い頃に見たものに救われてきたからです。あの頃は深夜に変な番組がたくさんやっていましたから。そういう番組が減ったからこそ、僕が作れているのかな、と思っています。これからも場所を変えながら球を投げていくつもりです。『童貞。をプロデュース』は、10年前に投げて、自分の予想以上に爆発した球だったんだと思います」

『童貞。をプロデュース』は8月25日(金)より31日(木)まで池袋シネマ・ロサにて、一週間限定レイトショー。

(取材・文:霜田明寛 写真:浅野まき)


■『童貞。をプロデュース』10周年記念レイトショー

構成・編集・プロデュース:松江哲明
出演:加賀賢三(童貞1号)/梅澤嘉朗(童貞2号)/峯田和伸(特別出演)/カンパニー松尾/ほか

特別料金:\1,300均一 水曜レディースデー\1,000 連日21:00より上映、8/26(土)・8/27(日)は16:30からの上映もあり。
【イベント】
☆舞台挨拶   8/25(金)21:00の回(上映後) 登壇者(予定):松江哲明監督、加賀賢三(出演)、梅澤嘉朗(出演)
☆トークショー 8/31(木)21:00の回(上映後) 登壇者(予定):松江哲明監督、村上賢司(映画監督)池袋シネマ・ロサ

(※8月26日追記:26日以降の上映は中止となりました)

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