ドラマ『古畑任三郎』(フジテレビ系)の3rdシーズンにこんな話がある。
津川雅彦演じる小説家の安斎が、小学校時代に同級生だった古畑を家に招く。安斎は、若い妻が編集者と浮気していることに絶望し、自らの命と引き換えに彼女を陥れる犯罪を計画する。それは拳銃で自殺して、妻が殺したように見せかけ、古畑に逮捕させるというもの。しかし、古畑に計画を見破られ、未遂に終わる。老い先短い人生を思い、悲嘆に暮れる安斎。この時の古畑の台詞がいい。
古畑「また一からやり直せばいいじゃないですか」
安斎「俺たちはいくつになったと思っているんだ。もう振り出しには戻れない」
古畑「とんでもない。まだ始まったばかりです。いくらでもやり直せます」
そして安斎に詰め寄り、こう諭す。
古畑「よろしいですか、よろしいですか。例え、例えですね。明日、死ぬとしても、やり直しちゃいけないって誰が決めたんですか? 誰が決めたんですか?」
――この回は、『古畑』史上唯一事件が未遂に終わり、犯人が逮捕されない珍しい回となる。え? 再放送もやっていないのに、いきなり何の話を始めるんだって?
いえ、これには理由があるんです。皆さん――最近、ドラマ見てます? 1月クールの連ドラ。多分、最初のほうは見ていたけど、途中から平昌オリンピックが始まったりして、何話か見逃すうち、いつしか脱落していた――なんて人も多いのでは。もう、終盤だし、最終回は目前。今から見直しても話についていけない、と。
そこで、冒頭の話です。古畑に倣って、そんな方々に僕はこう訴えたい。
「例え、例えですね。明日、最終回だとしても――連ドラを最終回から見ちゃいけないって、誰が決めたんですか? 誰が決めたんですか?」
山田太一さんの連ドラ理論
これは、本連載でも前に一度紹介したけど、脚本家の山田太一先生が連ドラの在り方として、こんな趣旨のことを話されたことがあった。
「連続ドラマというのは、映画館で見る映画と違い、視聴者がアタマから黙って見てくれるものじゃないし、途中2、3話飛ばされることもある。それでも、ある回を15分でも集中して見ると、物語の世界観とか、話の流れとか、漠然としたテーマみたいなものが自然と伝わってくる。そういうドラマが優れた連続ドラマだと思います」
いかがだろう。先ほどの古畑の言葉と併せて、この山田先生の言葉を解釈すると――例え、最終回からドラマを見始めたとしても、十分楽しめるということになる。そう、今からでも遅くはないのだ。皆さん、連ドラを見ましょう。例え、それが最終回からでも――。
そこで今回は、僕がおススメする1月クールの連ドラの見どころをサクッとご紹介したいと思います。
名人・野木亜紀子がオリジナルに挑んだ『アンナチュラル』
まず、TBS金ドラ枠の『アンナチュラル』である。ご存知、脚本は『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)でもお馴染みの名人・野木亜紀子サン。これまでは原作付きの脚色が多かった彼女だけど、今回はオリジナルに挑戦。しかも、法医学ミステリーという、かなり難易度の高い分野だ。正直、さすがの野木サンでもどうかと思ったが――いやいや、前言撤回。驚いた。これが、めちゃくちゃ面白いのだ。
物語の舞台は、不自然死究明研究所なる架空の施設。通称「UDIラボ」。石原さとみ演ずる主人公・三澄ミコトは、そこに勤める法医解剖医。不自然な死(アンナチュラル・デス)を遂げた死体を解剖して、死因を究明するのが彼女の仕事だ。
共演陣に、ミコトのよき相棒として市川実日子演ずる臨床検査技師の東海林夕子、そして窪田正孝演ずる医大生のバイトの久部。一方、UDIにはもう一人、法医解剖医がいて、全く組織に馴染もうとしない中堂を演じるのが、井浦新。そして、彼ら個性的なメンバーを束ねるのが、どこかトボけた神倉所長。演じるのは松重豊サン――。
そのフォーマットは『踊る大捜査線』
物語は基本、一話完結である。ただ、石原さとみ演ずる主人公ミコトの幼少期に壮絶な事件があったり、井浦新演ずる中堂の抱える秘密があったりで、ゆるく連続ドラマ的な側面もある。その意味では、あの『踊る大捜査線』に近い。だからUDI内の人間関係も刻々と変わる。
で、野木サンの脚本だけど、これがもう、神レベルなのだ。もはやハリウッド・ドラマのクオリティに近い。毎回2転、3転あって、表層的な事件だけじゃなく、人間の内面に訴える展開もある。それでいて連ドラ的に話も転がるから、次の回も気になって仕方ない。
そして特筆すべきは、その演出。これはヒロインである石原さとみサンの力も大きいけど、基本ライトコメディで見やすいんですね。法医学というと、つい暗い話を連想しちゃうけど、いえいえ、全然明るい。それって、連ドラにとってすごく大事なことなんです。かと言って、ちゃんと締めるところは締めるから、ふざけた話にならない。要はメリハリが効いているということ。
ハイ、今クール一番というより、今年一番のドラマだと思います。まだ1月クールだけどね(笑)。
吉岡里帆の単独初主演作『きみ棲み』
次に取り上げたいのが、同じくTBSの火曜10時の『きみが心に棲みついた』である。この枠は近年、『逃げ恥』や『カルテット』などの話題作が放映され、枠としての注目度も高い。比較的ドラマ好きの人たちが好んで見る枠で、作り手のモチベーションも高く、新しいことにチャレンジしやすい良枠だ。
で、1月クールは、吉岡里帆主演の『きみ棲み』。なんと言っても、彼女にとって初の単独主演ドラマになる。今、最も伸び盛りの女優なだけに、これは期待せずにはおられない。
――と言いたいところだけど、脚本は、深キョンとディーン・フジオカが共演した『ダメな私に恋してください』(通称・ダメ恋)や、波瑠と東出昌大が共演した『あなたのことはそれほど』(通称・あなそれ)の吉澤智子サン。いずれも同枠で放映されたドラマで、後半、視聴率を上げたのはよかったんだけど――特に『あなそれ』に顕著だったんだけど、軽く炎上したんですね。
そう、放映前から脚本に一抹の不安があったんです(笑)。そうでなくても、吉岡サンは同性の視聴者から誤解されやすい。炎上に発展しなければいいが――。
だが、悪い予感は当たる。
生温かい目で、ネタとして楽しみたい『きみ棲み』
『きみ棲み』は原作(コミック)付きのドラマである。だから、脚本が全て悪いワケじゃない。あらかじめ、そこはフォローさせてください(笑)。
まず、吉岡里帆演ずるヒロイン今日子は、下着メーカーに勤めるOLである。その性格は、昔から自分に自信が持てず、動揺すると挙動不審になるため、あだ名は「キョドコ」。まぁ、それはいい。
そんな彼女には、ある心のトラウマがある。それは、大学時代に知り合った、向井理演ずる星名に「君はそのままでいい」と言われ、つい好きになってしまい、彼の言うままに行動したところ、心も体も傷ついてしまったこと。これが物語のベースになる。
そして1話。会社の先輩から合コンに誘われたキョドコ。そこで、桐谷健太演ずる編集者の吉崎と出会うが、ストレートな性格の彼から説教を食らい、逆にその誠実な性格に惹かれる。最初はキョドコを避けていた吉崎も、次第に彼女の素直さに気づき、2人は接近する。しかし、キョドコの前に、再び星名が現れ――という三角関係。
視聴者の心情としては、キョドコと吉崎にくっついてもらいたいんだけど、星名から頼まれごとをされると断れないキョドコもいて(実は心の中では今も彼が好き)、下着姿でランウェイを歩かされたりして、「何やってんだよ!」とテレビの前でツッコんでしまう。
まぁ、早い話がヒロインに感情移入しづらいんだけど、それは吉岡里帆サン自身も分かっていて――とはいえ、役者というのは元来、変わった役をやりたがる生きものでもあり、彼女なりに前向きに演じている。
そんな次第で、生温かい目で、ネタとして楽しみましょう(笑)。
平凡なキムタクが見られる『BG〜身辺警護人〜』
続いて、テレビ朝日の『BG〜身辺警護人〜』である。ご存知、主演は木村拓哉。テレ朝の連ドラは『アイムホーム』以来3年ぶり。枠も前回と同じく、あの『ドクターX』と同じ木9枠だ。
で、キムタクと言えば視聴率だけど、中盤まで平均14%台半ばと、前回の『アイム~』と同じくらい。昨今の連ドラは2桁行けば御の字、十分だと思います。さすが木村拓哉。
そして脚本は、前に『GOOD LUCK!!』(TBS系)と『エンジン』(フジテレビ系)で彼と組んだことのある井上由美子サン。キムタクに何をやらせればいいのか、わかってる脚本家の一人ですね。
物語は、かつて有名プロサッカー選手のボディーガードを務めた、キムタク演ずる島崎が、とある事故の責任を取り、今はしがない民間警備会社で働いているところから始まる。社内の部署異動で再びボディーガードの仕事に就くが、腕は確かだけど派手な立ち振る舞いを好まず、堅実な仕事を身上とする。その辺りのキャラ設定は、1話で江口洋介演ずる警視庁SPの落合に対し、民間ゆえに、あえて丸腰で犯人と接する意味を説いたりして、これは見応えがあった。
鍵は平凡・キムタクの中年バージョンの確立か
そう、要は“平凡・キムタク”の路線なんです。系譜としては、かつての『あすなろ白書』や『ラブジェネレーション』、『GOOD LUCK!!』に近い。
その、警視庁SPに対する“民間警備会社のボディーガード”という立ち位置は、あの『踊る大捜査線』の本店に対する“所轄”を連想させる。それって、ドラマの主人公としては王道なんですね。小さな仕事を地道に遂行していたら、大きな仕事にぶつかって、結果的に大きな仕事まで解決してしまうのは、この種の物語の定番フォーマット。1話は比較的、その構造がうまく行っていたと思います。
ただ、回が進むごとに、かつての“一流ボディーガード”のキャラが見え隠れして、時おりスーパーマンぶりを発揮するのが、ちょっと惜しい。やるなら、過去の栄光を封印して、とことん平凡キャラで行くのも1つの美学。でも、思い切ってそこへ振り切れないのは、キムタク自身に迷いがあるからかもしれない。
若い時の彼なら、『あすなろ白書』であえて脇の取手クンの役を選んだように、引き算の芝居ができたんだけど、それは当時の彼の“自信の裏返し”でもあったワケで――。今の木村拓哉にそれを求めるのは少し酷かもしれない。
ただ、日本屈指の名優であるのは確かなので、その脱皮に期待したい。
『もみ消して冬』は類似作のない異色コメディ
さて、続いて紹介するドラマは、日テレの土曜ドラマ『もみ消して冬〜わが家の問題なかったことに〜』である。
最近はジャニーズの主演作が多い土曜22時枠だけど、今回もHey! Say! JUMPの山田涼介が主演を務める既定路線。脚本は、『プロポーズ大作戦』や『世界一難しい恋』の金子茂樹サンで、彼もまたジャニーズ主演作を書くことが多いが――昔から独特の作風で知られる人で、それは今回も同様である。
そう、このドラマ、かなり異色作なんですね。普通、ドラマは何らかの元ネタがあるものだけど、同ドラマに限っては類似作が見当たらない。山田涼介演ずる主人公・北沢秀作は華麗なる一族の末っ子で、エリート警察官。兄と姉がおり、小澤征悦演ずる兄・博文は天才外科医、波瑠演ずる姉・知晶は敏腕弁護士、そして一家の主は中村梅雀演ずる私立中学の学園長の父・泰蔵である。同ドラマはこの一家が繰り広げる異色コメディなのだ。
見どころは、ドSキャラの波瑠
物語は、北沢家に起きた不祥事を、兄と姉から、末っ子のエリート警察官である秀作がもみ消し工作(軽犯罪!)を押し付けられ、それを解決することで一家が平和を取り戻すというもの。いちいち「火曜サスペンス劇場」の音楽がかかったりして、コメディ全開だ。話自体もさることながら、中でも一番の見どころは――波瑠である。
本来、役者の格で言えば、彼女は主役を張るべき人である。だが、『世界一難しい恋』で脚本の金子茂樹サンと組んだ縁だろう、今回は敢えて脇に甘んじている。そして、その「ドSキャラ」が実にいいのだ。伸び伸びと演じている。
同ドラマはオリンピックの開幕前まで視聴率二桁と堅調に推移してきたが、それは波瑠のおかげと言っても過言じゃない。それくらいのハマり役なのだ。以前、彼女が主演した朝ドラ『あさが来た』のヒロイン・あさ以来と言ってもいい。彼女を見るために、このドラマはあるとも――。
『トドメの接吻』はよくある話だが…
そして最後に紹介したいのが、日テレの日曜ドラマ『トドメの接吻』である。このドラマ、早い話が、よくあるタイムリープものですね。アニメ『時をかける少女』や、漫画原作の『僕だけがいない街』と同じ系譜。時間をさかのぼって、何度も人生をやり直すというもの。
同ドラマは、山﨑賢人演ずる主人公・旺太郎の前に、ある日、門脇麦演ずる謎の女が現れ、無理やりキスされるところから始まる。気がつくと、なんと一週間前に戻っている――。鍵は“キス”。やがて旺太郎はこのからくりに気づき、学習することで自らの運命を変えていく。
この物語には、1つの大きな背景がある。それは12年前の海難事故。旺太郎の父が船長を務めるクルーズ船に、幼い旺太郎が弟・光太と密かに乗り込み、その時に事故が起こる。旺太郎は救出されるが、光太は消息不明に――。
そして現代――。実刑判決を受けた父の代わりに、賠償金を払うことになった旺太郎はホストとなり、客の金に執着するクズ男になっていた。そんなある日、100億の資産を持つセレブの令嬢・美尊(新木優子)が友人に連れられ来店する。美尊を格好の金づると狙いを定めた旺太郎は、彼女に取り入るために、何度もタイムリープを繰り返す――。
山﨑賢人vs.新田真剣佑
同ドラマの見どころは、この“クズ男”のホストを演じる山﨑賢人ですね。これが実に似合っている(笑)。チャラい、あくどい。普通、主役はどこかで賢者モードになりたがるけど、クズ男を振り切って演じる山﨑賢人サンはさすがである。
そして、もう一つの見どころは、山﨑賢人演ずる旺太郎が、美尊に会いに乗馬倶楽部を訪れた際に出会う、彼女の兄――新田真剣佑演ずる尊氏だ。こちらも、真剣佑お得意のキャラというか、段々とダークサイドに落ちていく描写が実にいい。
正直――よくあるタイムリープの話だけに、最初は連ドラで10話前後も話が持つものかと心配したが、稀有でした。オリジナルのドラマだけど、実によく練られている。それもそのはず、脚本は『ROOKIES』のいずみ吉紘サン。緻密なプロットを積み上げ、ストーリーテリングを練り上げるのが上手な方。これぞ名人芸だ。
――という次第で、まだまだ1月クールで面白いドラマはたくさんあるけど、ひとまずはこの辺で。あとは、皆さんの目でそれぞれお確かめください。
なに、今からでも遅くはありません。最後に、あらためてこの言葉を送りたいと思います。
「例え、例えですね。明日、最終回だとしても――連ドラを最終回から見ちゃいけないって、誰が決めたんですか? 誰が決めたんですか?」
(文:指南役 イラスト:高田真弓)