■関ジャニ・渋谷すばるが“アイドルへの偏見”をふっとばす映画
「茂雄という人間は一言でいうと歌しか残ってなかった男なんです。それは渋谷くん自身にも重なります」
以前ソーシャルトレンドニュースで行ったインタビューで映画『味園ユニバース』の山下敦弘監督が語った。
そんな一部のファンには有名だった、渋谷すばるさんの隠れた魅力あふれる映画『味園ユニバース』。
公開初日の2日間で4万3334人を動員、興行収入5522万円を上げ、限られた公開規模にも関わらず、9大都市全国興行収入ランキングでは10位にランクインするなど、大ヒット中だ。
メインのストーリーは、自分の名前などすべての記憶を無くした青年・茂雄(渋谷すばるさん)が冒頭、公園のライブイベントに紛れ込むシーンからはじまる。
演奏中のバンド・赤犬のステージにふらふらとした足取りで乱入すると、ヴォーカルからマイクを奪い、和田アキ子さんの名曲『古い日記』を驚くような美声で歌い、そのままバタリと倒れてまう。
「アイドルは歌があまり上手くない」という偏見を持った人でなくとも、身を乗り出してしまうような印象的なシーンだ。「どうせアイドル」という色眼鏡をかけた人にとって革命的な衝撃であろう。
山下監督は2013年公開の自作『もらとりあむタマ子』で日本のトップアイドル・前田敦子さんを“大卒で就職できないニート”という名キャラクターに仕上げた。
今作で、またアイドル出身の日本映画スターの誕生を予感させた。
一方でこの作品が大ヒットしている背景は、意外性あるキャスティングや確かな脚本力だけではないように思える。上手く生きられない大人たちに送る強烈なメッセージが隠されているのだ。
■“人生は減点法じゃなくて加点法が大事” 不器用なヒーローが教えてくれること
渋谷さん演じるポチオこと茂雄は不器用な男だ。さらには親類から「死んでくれ」と言われてしまうようなクズ。しかし彼にはずっと大切にしてきた、たった一つのこと“歌”があった。
そんなポチオが教えてくれたことは“人生における幸せを呼ぶ考え方は、減点法ではなく加点法である”ということ。
世間一般の評価法は減点法だと思わされることが多い。人柄、言葉、仕事、恋愛、家族関係、どれか一つでも、少しでも欠ければダメな奴扱いされてしまう。
本作が教えてくれるのは“何が欠けている”のかを数えるのではなく、“何を大切に持っている”のかを考える心の持ち方が、幸せへのヒントになるということだ。
歌というたった一つの宝物で、大切になる音楽仲間が集まってくるこの物語に、抑圧された現代人の多くはきっと立ち止まり、生き方を見つめ直すきっかけになるはず。
■大阪音楽シーンを代表するバンド、邦画の名わき役、etc.
ジャンルのごった煮が生んだ新しいエンターテイメント
前作『超能力研究部の3人』でもピンク映画の巨匠いまおかしんじを脚本に迎えるなど、メジャー×サブカルというイメージが最近つきはじめた山下敦弘監督。
『味園ユニバース』も決して“メジャー”という立ち位置に偏った作品ではない。
山下監督の過去作からのつながりも多く感じる作品である。むしろ監督の名を業界に知らしめた“ダメ男3部作”のようなアンニュイな雰囲気も色濃く感じられるのだ。
今回重要な役回りの赤犬は、山下監督の大学時代から繋がりが深いバンド。卒業後も彼の映画音楽を初期から多く担当している。
特筆すべきなのは、山下監督の劇場公開デビュー作『どんてん生活』の主人公は本作にも赤犬のメンバー本人として出演しているバクパイプ&コーラスのテッペイであるということ。ここだけでも山下敦弘監督ファンたちが、『味園ユニバース』が後々に語り継ぎたくなる作品であることは間違いなさそう。
他にも大森立嗣監督らに起用されることが多く、日本映画に欠かせない名脇役、宇野祥平。さらには大根仁監督の低予算の大ヒット作『恋の渦』でも注目された松澤匠など“近年の邦画ファン”にとって、注目の面々が多く出演している点もたまらないはずだ。
山下監督はジャンルを問わない出演者たちの魅力を引き出し、自身の世界観に弱者や市井の人として落とし込んできた。ユーモアや親近感、リアリティを担保しながらも芸術の側面を持つ商業映画を産み落としてくれる個性派監督の一人だ。
その意外にも多くの人に刺さる作風は、普段映画以外のエンタメに触れている人が観ても自分の新しい感性を発見するきっかけになりそう。
多くの人にとって響く、唯一無二の混血エンターテイメントがこれからも楽しみだ。
願わくば今作の主演・渋谷すばるさんも、山下監督作品でまた観たい。
(文:小峰克彦)
『味園ユニバース』 絶賛公開中
©2015『味園ユニバース』製作委員会
配給: ギャガ