家族愛、恋愛、動物愛、……etc.
世の中には「愛」をテーマにした映画が数えきれないほど存在する。多くの人が作品の中に「愛」という要素を期待しているのだろう。
一方で「みんなに刺さる愛」というテーマに対して、斜に構えてしまう人がいるのも確かだ。
彼らが斜に構えてしまう背景として、“信じていた仲間に裏切られた”“生まれつき親に愛されなかった”など、どうしても自分を守るために、感覚を歪ませざるをえないできごとがあったことが予想される。
中でも容姿や性格、抱いた夢の大きさが原因で理不尽にさげすまれてきた経験がある人は、“自分の理想”と“周囲に抱かれている印象”とのギャップに、どんどん傷を深めてしまう。一昔前に女子高生が殺到した、ケータイ小説が原作の映画のように「みんなに刺さる愛」では治療は不可能である。
子供のころはみんな(一般大衆)に刺さるありきたりな愛に心動かされていても、傷つきまくった後ではチープに感じ、共感できなくなるのだ。
しかし先日、観る人を選ばない愛の映画を発見した。
6月27日から公開中の『ラブ&ピース』は「自分はだれにも愛されてない」「居場所なんかない」と思いこんでいる人にこそ観てほしい作品だ。
「ラブ&ピース」の劣等感を包み込むストーリー
2020年の東京オリンピックに向けて湧き上がる現代の東京が本作の舞台。
主人公は音楽で成功する夢を見つつも挫折し、会社員をしている青年・鈴木良一(長谷川博己)。彼は同僚の寺島裕子(麻生久美子)に片思いをしているが、小心者すぎて話すことすらできない。彼は会社でも失敗ばかりで「無価値」と陰で馬鹿にされる、さえない日々を過ごしている。
そんなある日、良一はデパートの屋上で売られていたミドリガメと出会い、飼うことにする。良一はその日から唯一の友人である亀に「ロックスターになりたい! 寺島裕子さんと付き合いたい!」という胸の内を明かすようになっていった。
そんな願いごとを背負った亀が彼の人生を大きく変えることとなる。
酷くさげすまれる者は、夢と理想の自分だけを頼りに生きている
見どころが多い本作の中でも特に印象に残るシーンがあった。
それは良一が会社で周囲にバカにされ、劣等感にさいなまれる場面だ。
園監督自身も、本作の脚本を書いた若い時、働いていた管理会社で周囲の人たちにぞんざいに扱われていたという。
その時の雰囲気をそのまま書いているというだけあって、“さげすまれる描写”はリアルだった。
筆者も大学生の頃、店主が客の前で店員を怒鳴りちらすことで有名なラーメン屋で働いていた。アルバイトが最短で1時間半でやめたこともあるお店だ。
通っていた大学の裏にあったこともあって、客として来た、好きな女の子や後輩の前でもひどく罵られ、惨めという気持ちを感じない日はなかった。
劇中には、良一が使用するPCから顔にいたるまで、「廃棄」というシールを貼られている場面がある。
この描写は、さげすまれる者の心情をこれ以上ないくらい忠実に映している。
惨めな気持ちが限界に来た時の筆者も、「廃棄」というシールが顔に貼られているような心持ちになり、その姿をみて、道端の人にさえ笑われているという被害妄想にとりつかれてしまうこともあった。
主人公に無名だったころの園子温が重なる、
25年前の夢がスクリーンいっぱいに広がった
『ラブ&ピース』は1990年、園子温監督が無名の若者だったころに書いた脚本が元になっている。良一が「ロックスターになりたい」と思っているように、当時の園監督も映画監督になることを夢みていた。その頃に描いた物語が25年の時を経て、映画になったのだ。
本作はまさに「俺は映画監督になる」という気持ちを抱きつつも、世間に認められなかった当時の自分への愛を昇華させた作品。大御所俳優や日本最高峰の特撮技術を取り入れた本作は、何者でも無かった当時の園子温が観た夢である。
現実に圧迫されればされるほど、人は大きい夢を抱く。「現実を見ろ!」という声もあるが、夢が潰れることは、唯一愛せる“自分の一面”を殺すことになってしまう。
かつてこっち側だった大先輩の作品は、常識など気にせず、夢を持って、“はみ出し者の自分を大切にして生きること”を肯定してくれた 。
ラブ&ピースは劣等感の特効薬だ
自己愛、ペットからご主人さまへの愛、容姿にとらわれない恋愛、音楽への愛……。この作品にはベクトルは違えど、大きい愛が随所に描かれている。
その個人的な感情が大きなうねりとなり、最後は“みんなに刺さる巨大な愛”になる。最後のコンサートのシーンは圧巻だ。
本作を観る者は、この映画の中から自分が本当に譲れない気持ち、愛を注ぎたい対象が何なのかを知ることができるはずだ。
その整理がついた後、みんなに注がれた愛を素直に感じることができるかもしれない。
(文:小峰克彦)
■『ラブ&ピース』6月27日(土)よりTOHOシネマズ新宿ほか全国にて公開。
©「ラブ&ピース」製作委員会
配給: アスミック・エース