過激な性描写にも関わらず、若い女性客を多く集めた『ニンフォマニアック』や爆発処理にあたる兵士を描いた『ハート・ロッカー』、『私が、生きる肌』……と、一筋縄ではいかない洋画作品を配給し続けているブロードメディア・スタジオ。10月1日に公開された最新作は、ドローンを使った新たな戦争の形を描いた『ドローン・オブ・ウォー』だ。
これらの、ある意味“扱いの難しい”作品群を観客に届ける宣伝プロデューサーは、一体何を考え、どんな仕事をしているのか。ブロードメディア・スタジオで宣伝プロデューサーを務める小口心平さんに話を聞いた。
話は邦題のつけ方から、SNS普及の前と後での宣伝方法の変化、さらには、間口の狭い、映画業界の入り方にまで及んだ。
首相官邸への落下事件でタイトルに「ドローン」を
――『ドローン・オブ・ウォー』の冒頭で『GOOD KILL』という原題が出てきて、邦題との差に驚きました。邦題をつけるのも宣伝プロデューサーの重要なお仕事のひとつだと思うのですが、どのようにこの邦題をつけられたのでしょうか?
「この映画は、無人戦闘機・ドローンを遠隔操作し、殺戮を行う兵士たちの苦悩を描いた作品です。ちょうど、この作品の邦題を決めている今年の春頃に、首相官邸にドローンが落ちる事件があったんです。もともと、ドローンという言葉は、ほとんど日本人に浸透していなかったのですが、この事件を機に、かなり報道もされて、広く浸透しましたよね。そこで、最初はタイトルを『ドローン』だけにしようとも思ったんですが……。さすがにそれだけだと伝わらないので、戦争映画だということを分かりやすく伝えるために『ドローン・オブ・ウォー』という邦題に決めました」
――『GOOD KILL』も本編を見た後に反芻するといいタイトルですよね。
「そうなんです。ただ『良い殺人』というちょっと皮肉を込めた言葉でもあるんですよね。映画を見れば、反戦の意味も伝わると思うんですが『GOOD KILL』というタイトルだけだと、殺人を推進してしまうような、作品とは逆の意味で広まっていくのを避けたかったので。まあ、コアな映画ファンからは「原題のほうがよかった」とか言われますけどね。でも、もう邦題をつけるときには、何かしら言われるので気にしないようにしています(笑)」
――『ドローン・オブ・ウォー』以外でうまくいったな、と思う邦題はありますか?
「うーん……そんなにないですけど(笑)。最近の作品で一つ、ベルリン国際映画祭でグランプリをとった中国映画『BLACK COAL,THIN ICE(黒い炭、薄い氷)』という非常に長い原題の作品があったんです。それには『薄氷の殺人』という、火曜サスペンスのような、松本清張のような、サスペンスであることが伝わりやすい邦題をつけましたね。
普段から他社がどんな邦題をつけているかには気をつけるようにしています」
エロ要素を隠して女性客を獲得した『ニンフォマニアック』
――宣伝のお話も聞いていければと思います。『ニンフォマニアックVol.1/Vol.2(前・後編)』は過激な性描写もあり、宣伝も気を使ったんじゃないですか?
「あれはもう本当にポルノみたいな映画なので(笑)、二軸に分けて、宣伝していきました。セックスの要素で見たくなる男性と、そういうところには食いつかない女性や、スタイリッシュで感度の高い若者もターゲットにしたかったんです。まあ、ぼかしや修正がどうこうとか、実際にSEXをしているかも?とか、そういったエロ要素は勝手に盛り上がってもらって(笑)。僕が作ったポスターやチラシはかなりスタイリッシュにして、エロ要素を隠しましたね」
――結果、劇場には女性客があふれていました。それに、美術館にいるような女性が多かった感覚です。
「そうですね、客層も半分くらいは女性でした。アダルトに行かない方向に宣伝を仕掛けて、うまくいきましたね」
SNSの登場で“見せたもん勝ち”宣伝の時代が終焉
――逆に、売り出すための宣伝のイメージと、作品自体にかい離があった場合に、実際に見たお客さんから「こんなはずじゃなかった!」というネガティブな口コミが生まれるケースというのもあるんでしょうか?
「ありますね。ツイッターが出てきてそれが余計に顕著になってしまいました。ツイッターがある前は、映画業界では、“見せたもん勝ち”の宣伝が多かったんです。言葉は悪いですが、騙すというか、ひどい煽りをするといいますか。でも最近は、作品の内容とあまりにもかけ離れた宣伝をすることは減ってきていると思います。もう、ばれちゃうんですよね(笑)。SNSの力も強くて、作品評価もすぐに伝わっちゃいますし、映画ファンも目が肥えてきているので」
――煽りというと例えば「ラスト10分何かが起きる…!」みたいなフレーズですか?
「そうですね、やっぱり、そう煽られると見たくなるじゃないですか。でも、それをお客さんに期待させて、満足させられるラストが実際にある場合とない場合があるじゃないですか(笑)。自信のあるラストがある場合はもちろん堂々と勝負するし、自信なくてもそれでも行く場合もありますし……そこは本当に宣伝マンが悩むところだと思います」
劇場バイトから潜り込む!? 映画業界の入り方
――ここまで、映画宣伝のお話を伺ってきました。ただ、映画業界というのは就職先としては、非常に狭き門かなと思います。是非、映画の仕事をしたい若者のためにも、小口さん自身が、業界に入るまでの話を少しお聞かせ願えますでしょうか。
「僕は大学が関西で、しかも全く映画とは関係ない理工学部だったんです。映画研究会のようなサークルに入っていたわけでもなくて、映画の仕事を志したのは2年生くらいのときです。ちょうど就職が厳しい時期で、将来安定な会社もなかなか無いわけで、だったら好きなことを仕事にしたいな、と考えたんです。調べていくうちに、映画の配給会社というものが東京にはあることを知って、上京を決意しました」
――卒業までは映画に関わることはしていなかったんですか?
「大阪のワーナー・マイカル・シネマズで大学3・4年生の2年間、アルバイトをしていました。バイトしていると、タダで観られるので、そこで新作はひたすら観ていましたね。あとは、地元のレンタルビデオ屋がレンタル100円だったので、とにかく映画を観ていました。大学を卒業して、東京に出てきた2002・03年頃は渋谷のシネ・アミューズでアルバイトをしていました」
――ちょうどシネ・アミューズやシネマライズを中心に、渋谷のミニシアター文化が盛り上がっている頃ですね。
「まさにミニシアター全盛の時代でした。シネ・アミューズはシネカノンという配給会社が経営していたので、配給会社とのつながりもできるのではと思って。映画の宣伝会社と劇場でのアルバイトをしばらく掛け持ちしている時期が続いて、そのうちに宣伝会社が社員にしてくれるというので、劇場のバイトをやめた、という流れです」
――大学卒業直後に新卒で社員になったわけではなかったんですね。
「映画業界は会社の数も少ないですしね。本当にやりたいなら業界に紛れ込んで、アルバイトからでもいいですし、映画祭のボランティアスタッフとかで入口を探すのもいいかもですね」
――ちなみに、大学時代色々な映画を観てこられたということですが、今につながる1本をあえて選んでいただくとしたら、何ですか?
「大学生の時に見た『地獄の黙示録』ですね。もともと、ズシンと心に残る重い映画が好きです。作品自体もそうですし、こんな映画を完成させた監督や作り手たちの狂気というか、ここまで人間は壊れてしまうのか……という衝撃を受けました。戦争映画が特別好き、というわけではないですよ(笑)」
戦争を通して人間の壊れ方を描くという、『ドローン・オブ・ウォー』にも通ずる納得のチョイス。映画『ドローン・オブ・ウォー』は10月1日より全国公開中。
(取材:小峰克彦 取材・文:霜田明寛)
【プロフィール】
小口心平 1979年大阪府生まれ。立命館大学理工学部出身。映画宣伝会社を経て、現在は配給会社ブロードメディア・スタジオに勤務。洋画を中心に様々な作品の宣伝プロデューサーを務める。2016年には邦画『セトウツミ』の公開が控えている。
■関連リンク
『ドローン・オブ・ウォー』(原題:GOOD KILL)
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10月1日(木)よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー
公式サイト: www.drone-of-war.com
配給:ブロードメディア・スタジオ
©2014 CLEAR SKIES NEVADA,LLC ALL RIGHTS RESERVED.
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監督/製作/脚本:アンドリュー・ニコル 『ガタカ』『TIME/タイム』
製作:ニコラス・シャルティエ 『ハート・ロッカー』
出演:イーサン・ホーク 『6才のボクが、大人になるまで。』
ブルース・グリーンウッド ゾーイ・クラヴィッツ他
【STORY】
アメリカ空軍のトミー・イーガン少佐の赴任地はアジアでも中東でもない。
ラスベガスの基地に設置されたコンテナ内で無人機ドローンを遠隔操作し、1万キロ余りも離れた異国でのミッションを遂行している。クリックひとつでミサイルを発射する爆撃は、まるでゲームのように現実感が欠落しているのだ。
一日の任務を終えると、車でラスベガスのきらびやかな歓楽街を通り抜けて、整然と区画された住宅街のマイホームへ帰り、美しい妻モリーとふたりの幼い子供との生活に舞い戻る。繰り返されるこの毎日がトミーの日常であり、異常な現代の戦争の姿だった。