ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

第六回 辛い経験がないと創作できないと思っている人へ【お悩み相談③】

3回目の相談はジョン・ボーナムさんから

さて、なんとなく流れでお悩み相談が続いていますね。
今回は、(東京都・30歳・男・ライター)の方から。

仮にジョン・ボーナムさんとしますが、実際はこのコラムを連載しているチェリーというウェブマガジンの編集長さんです。誰からも相談が来なかったので、編集長自ら気を使って相談してくれました。まぁそもそも別に相談のコーナーじゃなかった訳で、私がちゃんと書けばいいだけの話なんですが、普段、人から相談を受ける人徳がなく、こういう場を借りて相談に乗るのが楽しくて……、すいません。

相談:世界を動かす創作をするためには辛い経験をしなければならないのか?

では、早速ご相談の内容ですが、
「多くの人の心を動かすような創作をしていきたい」という目標の話から始まり……。

(略)…ただ、作家、映画監督……といった人の多くが口にするのが「辛い経験でも、この仕事は作品に活かせる」といったことです。
確かにその通りだとは思います(実は僕も、就職活動がうまくいかなかったというつらい経験を活かして本を出すことができました)。そして、きっとこれ、自分の経験にもとづいているんだろうなあ、という描写は見ていても心を動かされます。きっと、辛い経験をせずに人生イージーモードで生きてきた人には書けないんだろうなあ、なんて感心して、決してイケメンではないので、人生それなりにハードモードだった自分の人生を肯定したりしています。しかし、しかしです。
僕は怖いのです。
これって、裏を返せば
「より大きく世界を動かす創作をするためには、より辛い経験をしなければならない」ってことになりませんか?

30歳になりまして、これからもっともっと
ビッグになっていくためには、これまでよりもっともっと辛い経験をしなければならないのか……?
と考えると気が滅入ってしまいます。

福原さんはその辺り、どうお考えなのでしょうか?
怖くなったりすることはないのですか?
教えてもらえますと嬉しいです

なるほど、確かに辛い経験は創作の燃料になりますよね。思春期に湧き上がったコールタールのようなルサンチマンをぶつけることで共感を得ている創作者は沢山いるかと思います。

ただ創作に辛い経験が必要かというと、そういうわけではありません。ルサンチマン系の表現にはルサンチマン系の観客、読者が集まりやすいというだけです。

世の中には、生まれながらのセレブがセレブであることを表現として活動し、それをセレブ好きの人が喜んで見る、ということだってあります。
ジョン・ボーナムさんが歴史が大好きで、全国の城巡りをした経験を元に本を書けば、歴史ファンが買ってくれることでしょう。
スポーツについての豊富な経験、知識を書けばスポーツファンが集まるでしょうし、安酒についての造詣が深ければせんべろファンが、異常にドスケベなら性に好奇心旺盛なファンが集まるということです。

つまり、なんであれ経験やそれに伴う知識というものは表現につながりますから、辛い経験ばかりに囚われなくてもいいと思いますし、「より大きく世界を動かしたい」と思っているならば、表現力の方が大事かと思います。

以前、ラジオでさかなクンが絶滅種のクニマスを発見した時のことを、声色を変えて一人数役を演じながら一人語りしていましたが、そのクオリティたるや、落語家になったらすぐに21人抜きで真打ちに昇格出来そうなレベルでした。表現力さえあればさかなクンのように、「魚好き」の垣根を越えて、広く愛されるということだと思います。

腐り続ける世の中で未来を向く

ただ、「どんな経験も表現の燃料になることはわかった。でも俺は“辛い経験”しか燃料に出来ねぇんだ!」とジョン・ボーナムさんは言うかもしれません。ジミー・ペイジさんに向かって言うかもしれません。確かにそうです。さかなクンも根本では「魚」が動機なわけですから。

だとすれば、私から言えることは、これからは過去の辛い経験を燃料に創作をするのではなく、未来を向いて、これからの世の中がよりよくなることを考え、それを燃料に創作活動をするといいかと思います。

なぜなら世の中は腐っているし、これからも腐り続けていると思うので、それをよくしようとすれば辛い経験だけが待っているからです。自分の無力を噛みしめるような経験が繰り返し繰り返し永遠に続くことでしょう。希望を抱くということは絶望と共に生きるということです。つまり、一生、あなたに燃料を提供してくれます。

……ただ、ここが大事ですが、そんな無限地獄のようでも、「世の中をよりよく」という姿勢は一応ポジティブなものではあるので、あなたが恐れる辛い経験に飲み込まれていくような状態からすんでのところであなたを守ってくれるかと思います。

結論としては、ジョン・ボーナムさんは、腐った明日をなんとかすべくコールタールの沼で這い回るライターになればいいと思います。

(文:福原充則)

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