日活ロマンポルノの生誕45周年を記念して、5人の映画監督がオリジナル新作を撮る、ロマンポルノリブートプロジェクト。行定勲監督、塩田明彦監督に続く第3弾『牝猫たち』でメガホンを握ったのは山田孝之主演の『凶悪』や、綾野剛主演の『日本で一番悪い奴ら』で知られる白石和彌監督。
そしてその白石監督が、ヒロインに抜擢したのが、女優の井端珠里さんだ。1998年にドラマ『眠れる森』の中山美穂の少女時代を演じてデビュー。約20年の女優のキャリアの中で、この規模の映画の主演をするのは初めてだ。
これまで、日活ロマンポルノリブートプロジェクトに関しては、監督×主演女優対談をおこなってきた“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリー”。だが、今回は、白石監督と井端さんそれぞれに独占取材。
脱がずに合格したというオーディションの話から、演じた風俗嬢と女優という仕事の共通点、そして今回の作品を経て、井端さんが到達した境地まで……涙ながらに、熱く語ってもらった。
ロマンポルノはフランス映画のようなオシャレな感覚
――まず、井端さんはロマンポルノというものに馴染みはあったのでしょうか?
「私、出身が日大藝術学部の映画学科なんですけど、高校生の頃から映画鑑賞が趣味だったんです。その頃、俳優の友人に薦められて『赫い髪の女』を見たことがきっかけで、ロマンポルノに触れていきました。当時は、オシャレなものを見ている感覚でした。ちょっと、フランス映画を見ているときの感覚に近いといいますか」
どうせなら素晴らしい監督のもとで脱ぎたい
――ではロマンポルノで、脱ぐということにはそんなに抵抗はなかった感じなのでしょうか?
「あまり抵抗はなかったですが、女優としては、どうせ脱ぐんだったら、素晴らしい作品で、素晴らしい監督のもとで脱ぎたいという気持ちは、やっぱりありますよね」
――では、白石和彌監督のもとだったら、大丈夫だということでしょうか?
「『凶悪』を見て、白石監督の大ファンになったんですよね。社会的な内容とコメディセンスのバランスの良さが絶妙といいますか、ああいったダークな話をエンタメにするのって、なかなかできることじゃないと思うんです」
出逢っていたふたり
――じゃあ、オーディションも、初めて白石監督に会えるということで、前向きに臨まれた感じですか?
「実は、最初のオーディションで、白石監督のほうから『会ったことあるんだよ、覚えてる?』って言われたんです。私のほうは覚えてなかったんですけど……」
――ええっ、出逢っていたんですか?
「若松孝二監督の『17 歳の風景 少年は何を見たのか』という作品に出たことがあったんです。そのときは、怖いという噂のあった若松監督に、怒られないようにということだけ考えていて。緊張しながら現場にいたんですよね。だからスタッフさんのお顔も覚えていないような状態だったんですけど、そのときの助監督が白石監督だったんです」
――白石監督は、あれから10年近く経っているのに井端さんのことを覚えていた、と。
「『17歳の風景~』のあとも、他の作品で私の名前を見つけると『あ、あの子まだやってるんだ』と気にかけてくださったみたいで、女優としてこんなに嬉しいことはないな、と。そのお話を聞いて、勝手に運命的なものを感じてしまったんです」
脱げずに終了 落ちたと感じたオーディション
――じゃあ、オーディションも、イケるな、という感じで。
「というわけでもなくて……。最初のオーディションのときは、ちょうど『日本で一番悪い奴ら』の公開前だったんですが、チラシを渡されて『見てね』って言われて。『もう二度と会うことはないけど、作品は見てね』っていう意味なのかな、と落ち込んで」
――ネガティブに勘ぐりすぎですよ!(笑)
「そうしたら次のオーディションの連絡が来て、製作サイドから『服を脱ぐ審査があるかもしれないから、その覚悟をして来てください』と言われたんです。それで覚悟して行ったんですけど、結局脱がないままオーディションが終わったんです。それで『落ちたな』と思って、失恋したような気持ちですごく悲しく帰ったんです」
――でも、結果は合格でした。
「本当に嬉しかったです。2回のオーディションの間が1週間くらいあったんですけど、その間に白石監督が私の他の出演作をたくさん見てくださった、と聞いたのも嬉しかったですね」
音尾琢真さんのシーンはほとんどアドリブ
――じゃもう現場では相思相愛で大盛り上がりですね。
「それが、お互い、必要最低限のことしか喋ってないんですよね(笑)。雑談は『あの映画見たー?』とかそれくらいで」
――現場全体としてはどんな空気だったんですか?
「もちろん一定の緊張感はあったんですけど、台本にないセリフも増やしたり、アドリブで色々と遊んだりして、和気あいあいと楽しく過ごした感じでしたね。特に男性俳優陣は、監督が信頼する、お芝居のうまい方ばかりだったのでアドリブも安心感がありましたね」
――ちなみに、どのあたりがアドリブだったのでしょうか?
「音尾琢真さんとのシーンはだいたいアドリブでしたね。音尾さんが店長を務める、私達風俗嬢の待機場所のシーンは、どんな芝居をしてもいい空気感がありました。ただ今回、撮影後にあとからアフレコで音を入れる形だったんです。だから、アフレコのときに音尾さんが『俺、なんて言ったんだっけなあ』なんて言いながら、苦労されてました(笑)」
――じゃあ、井端さんと音尾さんのあの素晴らしい濡れ場シーンもアドリブで?
「ええ、あのシーンは現場で、監督が音尾さんに『最近(セックスを)いつしたの?』って聞いてみて、なんて指示をされながら、楽しい空気で作っていきましたね」
涙が止まらなかった緊縛シーン
――もうひとつ、印象的だったのがSMクラブの緊縛シーンです。実は撮影現場にも潜入させていただいたんですが、SM女王様にかなり長い時間、本格的に吊し上げられてましたよね。日活ロマンポルノの初代女王・白川和子さんもいらっしゃいましたし、色々とすごい現場でした。
「当初、緊縛されたままでの撮影は5分程度が限界といわれていたのを、10分は縛られたままでした。監督のSっ気をあらためて感じましたね……。しかも、女王様の気持ちが盛り上がってしまい、予定よりきついポーズにされてしまったんです。途中からは、呼吸もできなくて、涙が出てきてしまいました」
白川和子に抱きしめられて
――しかも、他のシーンを撮っているときも、吊るされたままでしたよね。
「はい、そうしたらその間に白川和子さんがやって来て、私を抱きしめて『これからはあなたたちの時代だから頑張ってね』っておっしゃってくださって。でも、そういう、女優の仕事がつらくて涙してるとかじゃないのに、って(笑)」
――物理的に痛くて涙が出てるだけなのに(笑)。
「ええ、でも偉大な女優さんに抱きしめられながら、そんな優しい言葉をかけられたら、感化されてより涙が止まらなくなっちゃいました」
――そんなに痛い中で、気持ちよさそうなお芝居をされていたんですね。
「あのシーンに関しては白石監督の演出も割とざっくりで。『痛かったら痛い顔していいし、気持ちよかったら、気持ちいい顔していいよ』って言われていたんです。でも、縛られながら、痛かったけど、『セクシーさも必要なはずだ』と思ってそっちの芝居をしましたね」
女優と風俗嬢 “ギリギリ”という共通点
――ちなみに今回、『牝猫たち』は、エロチックなシーン以外でも、風俗嬢の日常をきちんと描いていた印象を受けました。風俗嬢という仕事をする雅子を演じて、感じたことはありましたか?
「もしかしたら、語弊があるかもしれませんし、実際に働いている方からは『何もわかってない』と言われるかもしれませんが……。私自身は、自分の女優という仕事と近い感覚を、今回、演じてみて感じました。体を張る仕事であることも同じですし、ギャンブル性の高い仕事で、いつ何が弾けて、どこにいくかもわからないギリギリのところでやっているというのは近いところがあるんじゃないかな、と」
風俗で働くことは特別なことじゃない
――言い方を変えれば、女優も風俗嬢も、そう特別なお仕事ではないということでしょうか?
「はい、風俗で働く人たちの話を見聞きしても、そう特別なことをしているように感じないんですよね。実は、そこにドラマチックな物語があるわけではなくて。雅子みたいに、普通に生きてきたつもりが、社会に馴染めなくて、会社をやめて、お金が続かなくて、風俗で働く。そういう女の子って、今の日本には、ごく身近にいると思うんです。私自身も、女優の仕事をやりながらも、表面に見える、きらびやかな世界とは真反対の崖っぷちの感覚を感じています」
まとわりつく子役時代の幻影
――崖っぷち感、ですか?
「何かを得ようとして、前に前に進むんだけど、満たされない感覚ですね。常にずっと何かを探していて、自分に満足ができなくて、常に欲求不満。そういう心の安定しない感覚が雅子にも感じられたからこそ、感情移入できましたね」
――キャリアも長い井端さんが、そんなふうに感じられていたとは意外でした。
「もう何度もやめようと思いましたし、常に向いていないと思っています。もともと、子役としてデビューしたんですが、どうしても、そこから脱せられない感覚があったんです。子役としての井端珠里が、常に私に幻影としてまとわりついているといいますか……。そこがコンプレックスだったんです」
――でも続けることができたのはなぜなのでしょうか?
「今回もそうなんですけど、私がやめようと思ったときに、誰かが私を引き上げてくれて、『お前はまだやるんだよ!』って頬を引っ叩かれているような感覚なんです」
「私、女優やってるんです」と初めて言えるラストシーン
――そうしてたどり着いた白石監督作品のヒロイン。できあがったものをみて、何を感じられましたか?
「今回の作品で、子役の井端珠里の幻影が消えたんですよね。最後、雅子のアップのカットで終わるんです。それを見て『雅子は、自分の人生を受け入れたんだな』って感じたんです。そうしたら、私も初めて、自分のことが好きになれたんです。自分の人生で初めて『私、女優やってるんです』って言っていいと思えるカットでした」
と、ラストを思い出しながら、井端さんの瞳からは涙が。“女優・井端珠里”にとってのターニングポイントになるであろう作品『牝猫たち』は1月14日(土)公開。
(取材・文:霜田明寛 写真:浅野まき)