ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

vol.4「よ」さん〜好きな人から恋愛相談される〜

恋愛映画の名手・今泉力哉監督が12人の女性との告白の記録を綴る連載『赤い実、告白、桃の花。』。
故郷の福島を離れ、名古屋の大学に入学。名古屋篇が始まります。

「よ」さん。彼女は本当に人気があった。わかりやすく学年のマドンナ的な子だったと思う。通っていた芸術系の大学は課題があってよく生徒が寝泊まりしていた。徹夜じゃないとできない課題なども多かったからだ。それが関係あるのかはわからないけれど、「よ」さんがいろんなところで寝ているのを見ていた記憶がある。あと誕生日を憶えている。憶えやすい誕生日だった。うさぎみたいな顔をしていた。顔も薄く、ちっちゃくて、魅力的だった。彼女はとにかくモテたし、自分がモテることを知っていたと思う。でも素朴だった。田舎者っぽさもあった。だから2年か3年の時、クラブで遊んでいる音楽とかに詳しいDJとかしてそうなお洒落な先輩とつきあって、別れたりしていた。

ある日、「よ」さんから恋愛相談を受けた。
私と仲のよかった研究生から告白されたのだという。それで、つきあった方がいいかどうか迷っている、とのことだった。好きな人から恋愛相談をされるという経験はなかなかない。初めてのことだった。それはとても嬉しいことで、でもとっても複雑なことだった。もちろん「やめた方がいいよ」と言った。なにせ私は彼女が好きだったのだ。彼女はその研究生をふった。

課題終わりの飲み会で、彼女が飲み過ぎて吐いたことがあった。和風建築の居酒屋の階段に彼女の吐瀉物が流れていた。二階にあるトイレに向かう途中で吐いたのだろう。それを率先して掃除したことを憶えている。そのくらい好きだった。あばたも、というやつだ。彼女には本当にえくぼがあった。

私が彼女に告白したのはいつだったろう。告白したことは何となく憶えているのだが、それがいつだったのか、しっかりと伝えたのか、そのあたりもぜんぜん憶えていない。でも彼女は私に好かれていることを知っていたと思う。だから告白したんだと思う。ひどい話だけど、ここまでいろんな感情が曖昧な相手もそういない。12人中こんなに恋愛感情がなくなってしまっている人がいるなんて。自分でもショックである。でもその理由として、きっとダラダラと長い期間好きだったから、というのがあるのかもしれない。それに、なんだろう。もう同級生のひとりなのかもしれない。

そもそも彼女の魅力って何だったのだろう。
見た目?たしかに可愛らしい。
性格?たしかにいい人だった。
見た目やキャラクター、いい人という性格には惹かれていたが、それだけだった気もする。十分じゃないか!否!十分すぎるようでいて、それって今思うと、彼女のことを全然知らなかったんだと思うし、知ろうとしていなかったんだと思う。表面的な部分に惹かれていただけだったんだと思う。そんなだもの。好きになってもらえるはずがなかった。

彼女をあまり好きじゃなくなったきっかけは憶えている。学校の同期何人かと、誰かの家でDVDで『この森で、天使はバスを降りた』を見ていた日があった。彼女は映画の途中で寝ていた。私もこの映画の内容をたいして憶えてはいない。しかし、この時彼女が寝たことはよく憶えている。この時、自分の中で何かが冷めた。彼女はあまり映画が好きじゃなかったのだ。今は知らない。いや、当時の本当のことは知らない。でも私の中の彼女は映画が好きじゃなかった。私の中の彼女。相当気持ち悪いですね。

でも、こうして振り返って見ると彼女の印象は「よく寝ている子」ってことになる。そんなことないはずなのに。なんでだろ。いつだったか、ふたりきりの空間で彼女の寝顔を眺めていたことがある。その印象がものすごく残っているせいかもしれない。なぜか広い教室の前方中央の席で彼女は健やかに寝ていて教室には彼女の他に私しかいなかった。あまり近づけずに彼女の寝顔を見ていた自分がいた。やっぱり気持ち悪いですね。

それから12年くらい経ったある夜。
大学の同級生だった男から相当久々な電話がかかってきた。
私は東京の映画学校で社員として働いていた。確かもう今の妻と結婚していた。
電話口で彼は言った。
「今度、結婚するんだ」と。
「相手、誰だと思う?」と。
その相手が「よ」さんだった。びっくりした。ほんとドッキリ的な驚きがあった。これだけの時を経て同級生同士が結婚すること。つきあっていることも知らなかった。しかも彼が「よ」さんを好きだった、みたいな話は学生時代は一切聞いたことがなかったし、彼は学生時代、後輩とつきあっていた。うん。でも。その時に思った正直な気持ちは、不思議と(彼女、結婚できてよかったなあ)といったものだった。彼、のほうではなく、彼女、のほうがだ。

大学卒業後に誰かの結婚式などで再会するたびに、何というか、彼女は結婚とかもうできない女性になっている気がしていたのだ。彼女の魅力が落ちていっているわけとかではなく。なんだろ。モテていた時がある人独特の空気をまとっているというか。いつ会っても、もちろん彼女は魅力的ではあるのだけど。なんだろ。言語化できないけど。だから、結婚した彼に嫉妬心も一切抱かなかったし、切ないけど、つきあわなくても好きな気持ちがなくなることもあるんだな、と思った。

ふたりの結婚式当日。
私はその当日の朝まで東京で飲んでいてグダグダな二日酔いで東京から名古屋に向かう新幹線に乗った。式場のトイレでスーツに着替えた。そのくらい格好とかどう見られるかとかもどうでもよかったのかもしれない。新郎の友人としての挨拶を大学の同期何人かでしたのだが、私は上記に書いたゲロのエピソードを披露し、いかに新婦が大学時代にモテたか、そして私もいかに好きだったかを話したら異常にウケた。結婚式で「ゲロを掃除するほど好きだった」みたいな話である。ウケた。それはいい。もちろんウケた方がいい。でも、その時の自分は心ここにあらずであった。なぜならその式の会場には新婦の友人として招待されていた、パン屋さんになりたくておにぎり屋でバイトしていたvol.3「し」さんがいたからだ。昔の彼女の前で、昔好きだった別の人の話を披露し、大爆笑をとる。あまり居心地のいいものではなかった。彼女とは会釈程度の挨拶をした。今は多分、地元に帰って生活している。パン屋さんになっているかどうかは確認できていない。そもそも本当にパン屋さんになろうとしたのかも正直、確かめられてはいない。

「よ」さんは子供も産み、しあわせに暮らしている。と思う。
夫から年賀状が来る間柄だ。

(つづく)

(文:今泉力哉)

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