恋愛映画の名手・今泉力哉監督が12人の女性との告白の記録を綴る連載『赤い実、告白、桃の花。』。本連載も“12人目”にむけてついにクライマックスへ。
今回はいつもと趣向を変えて、ラブレーター形式で “11人目”への想いを綴ります。
「お」さんについてはどこから話そうか。せっかく前回ラブレターについて書いたのだから、趣向を変えて、彼女への手紙のように書いてみようと思う。
「お」さんへ。
先日、あなたから数年ぶりに連絡があった時、嬉しさとともに懐かしさを感じました。その懐かしさのうちには、私があなたを好きだったあの時期を思い起こすということも、もちろん含まれています。人生で同じ人に2回告白したのも、あなたが最初で最後となりました。というのも、私は今、結婚しているからです。
「お」さんがなぜ、わざわざ、私に「結婚することになりました」という報告のメールをくれたのかわかりませんが、すごく嬉しかったです。好きだった人には幸せになってほしい。今までつきあった人や好きになった人が、決して幸せになっていない現状も少なからずあるからです。
あなたは憶えていないであろう、あなたとのいろんな瞬間を私は憶えています。
まず、思い出されるのはバイト後に映画館があったビルの後ろの公園での、淡麗グリーンラベルロング缶。あなたはいつもそれを飲んでいたイメージがあります。私はコンビニでその商品を見ると、時々、あなたのことを思い出します。何度か、それこそ、2、3度とかその程度の回数だったかもしれませんが、あなたと公園で内容のない話をしながらロング缶を飲んだ時間が確かに存在したことを記憶していて、その時間は、ああ、これを幸せと呼ぶのだろうな、というような時間でした。少なくとも、私にとっては。
次に、実現はしていないのに憶えていることとして、12月24日に飲みにいけたかもしれないこと、というのを憶えています。私はあなたが好きだったから、なんとなくクリスマスイブなんかには誘いにくかった。でもクリスマスを過ぎたある日に、あなたと話していた時、「えー、誘ってくれたらよかったのに。別に24日なら空いてたのに」というようなことをあなたは言った。そういう記念日などに何のこだわりもない、おんなおんなしていないところがすごく魅力的でした。
ある時、あなたに彼氏ができて、その彼氏とあなたがいる場で(そこは確か飲み屋でした、私とあなたは飲んでいた、彼氏はそこで働いていたのかな、曖昧だ)、あなたとともにトイレの個室に入り、内側から鍵をかけたことがありました。私はあなたに無理やりキスを迫ったりとか、そういったことをしたかったのではなく、単純に彼氏に嫉妬していたので、そういう行動をとったら、その彼氏がどう思うだろう(まあ嫌がるだろうな)、と思ったのです。案の定、彼はすぐに扉の外まで飛んできて、ドンドンドン、と扉を叩きました。彼があなたをきちんと想っている証拠です。その彼とは別れてしまったのだろうけど、私はあの時の行動を反省しています。でも、嫉妬するくらいには好きだったのです。
最初に告白してフラれて、それから半年くらい経った頃。
どういう流れだったのか憶えていないのですが、だめもとであなたに映画に出てほしいと言ったら、出てもらえることになりました。その映画は『微温(ぬるま)』というタイトルの44分の映画となりましたが、確か当初の仮タイトルは『アロエとか』だったと記憶しています。とにかく、あなたに出てもらった以上、つまらない映画にすることはできなかった。一生懸命仕上げを頑張り、その結果、その映画は私に初めて、映画祭でのグランプリをもたらしました。それですぐにプロの映画監督になったわけではないですが、大げさではなく、あなたがいなければ、私は今、映画監督をしていなかったかもしれません。
映画の撮影が終わって、完成までの間、私はまたあなたへの気持ちが大きくなって、2度目の告白を決意しました。しかも、なぜか、バイト中に7階の受付で告白するんだと決めていました。その当日。ふたりきりになった瞬間に、告白しようと思ったら、極度の緊張からお腹が痛くなってしまいました。具合が悪そうにしている私を見て、あなたは「早退したら?」と言いました。いや、違うんだ、告白しようとしていて、具合が悪くなっているのだから、早退したくないんだ。私はお腹が痛くなりながらも、告白しました。
それからどれくらい経ったのか。私はどうせだめなことを知って告白しているので、特にあなたの返事なんて求めていなかったのに、1週間後か2週間後かのバイトの際、あなたは私に「(告白の)返事なんだけど……」みたいなことを言ったので、私は「ああ、いい。いい。わかってるから」と言い、あなたは「そう?」と言いました。そしてそれ以上、余計なことは何も言いませんでした。今の私なら「ごめんなさい」でもなんでもいいから、返事を聞くべきだったなと思います。どうせOKでないことはわかっていたとしても。
なぜ、「お」さんにあんなに惹かれていたのか。
「お」さんの魅力とは一体なんだったのか。
「さ」さん同様、映画館のバイト仲間。少し彫りの深い顔。アジアンな東欧のような美しさというのが当てはまるのだろうか。男っぽくて、そして確か冬に時々鬱になる。写真を撮っていて、どこか病的。目の下のくま。そばかす。おっさんぽさ。見る人から見れば一切色気なく見えるが、見る人から見れば妙に色っぽい。そのどれもが魅力的だった。
何も話さなくてもただただ見ていたい。
そんな魅力のある人だった。決して器用ではないのに、無理して人づきあいをしていて、疲れたりもする。少年のようにはにかみ笑う顔が魅力的で、豪快に笑うときは顔をくしゃっとさせる。声も好きだった。結局、私は面食いなのかもしれない。ふと、そんなことを今、思った。
まさか、結婚か。でも、そう。とてもいいことだと思う。
いつか生きていたら、またどこかで会いましょう。
ふらっと映画を観に来てほしいです。
『たまの映画』を福岡の映画館に観に来てくれた時のように。
きっと死ぬまで魅力的なんだろうな。
老けて落ちるタイプの魅力じゃないもの。
あなたが纏っている魅力は。
以上。次回は最終回。妻について。
(文:今泉力哉)