ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
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行定勲が振り返る日本映画界の10年『セカチュー』の功罪から『ナラタージュ』まで

『ナラタージュ』企画から10年以上の時を経てついに映画化

10月7日(土)に公開される映画『ナラタージュ』。松本潤、有村架純、坂口健太郎という豪華な布陣で、メガホンをとるのは行定勲監督。松本潤演じる教師・葉山と、有村架純演じる生徒・泉との禁断の恋を描く。
だがこの『ナラタージュ』、島本理生の原作小説に惚れ込んだ行定勲監督が映画化を熱望するも実現までには10年以上の時を要したという。

今回“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリー”では、行定勲監督に濡れ場について語ってもらった前回に続き、2度目のインタビュー。『ナラタージュ』が成立するまでの日本映画界の10年の変化や問題点、また松本潤をはじめとしたジャニーズ俳優について感じたことを聞いた。

松本潤を選んだのは“本当のキャスティング”

行定「この映画は本当の意味での“キャスティング”をした映画なんです。おそらく松本潤くらいのスターになると『嵐の松本潤でやれそうな企画、何かないか?』って、松本潤ありきのところから出発している企画がほとんどだと思うんです。でも『ナラタージュ』は企画が先にあって。『誰がやればこの映画が広く誰かの心に刺さるんだろう?』と考えて、たくさんの俳優の中から松本潤を選んだんです。それは本人に直接伝えましたし、本人も『長年やっているとこういうことにもたどり着けるんだなあ』と感慨深げでした」

岩井俊二「この映画を成立させるのがすごい」

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――10年以上の時をかけて、この企画と松本潤さんが出会い、成立したということなんですね。

行定「この間岩井俊二監督と対談をしたんですが、岩井監督は『ナラタージュ』を見て『行定映画のど真ん中な映画だけど、今の日本映画界の中では、正直ど真ん中な作品ではない。しかし、これを成立させるのがすごいよね』と言ってくれたんです。正直、もう少し小さい規模で公開するような作品として成立させることは、いつだってできたんです。でも、僕はこの作品はメジャーで大規模公開してヒットさせるべき作品だと思ったから、自分でハードルを上げました。ただ、メジャー公開しようとすると、この内容だとなかなか成立しなくて、うまくいかないまま時間が過ぎていきました」

『ナラタージュ』成立の向かい風に!? キラキラ映画が量産され続けた10年間

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――この10年、色々とトライはし続けてきたんですね。

行定「色々なプロデューサーのところに持っていくものの『面白いけど、今の時代にはなあ…』みたいなことを言われてまして。『それより、スケジュール空けられるなら、これはどう?』なんて少女漫画をさし出される。そんなことが続きましたね」

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――少女漫画ですか……。この10年間が時代的にそういう流れだったんですかね?

行定「プロデュ―サー主導で映画が作られる中で、なんとなく『こういう種類の映画が当たる』っていうイメージがあったんでしょうね。もとはといえば『世界の中心で、愛をさけぶ』が当たって、恋愛劇がジャンルとして復権したということに端を発することなんだと思うんですけど。そこから、純愛ブームみたいな感じで少女漫画原作も含めて映画が量産されていった。ただ僕自身は、ずっと若い男女の恋愛を描き続けたかったかというとそうでもなくて。もともとは成瀬巳喜男やミケランジェロ・アントニオーニを見て影響を受けたりしていたので、愛の不毛さというか、男女のどうしようもなさを描きたかったんですよね。恋愛が内包する、好き、嫌いと簡単に分けられないような奥行きのあるものこそ、映画にすると広がりが生まれるんじゃないか、と。小説の『ナラタージュ』を読んだときにそれができるんじゃないかと思ったんです」

『ナラタージュ』『円卓』……時代へのカウンターとして出す行定映画

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――確かに、『ナラタージュ』は簡単には分けられない感情が刻印された、奥行きのある作品でした。

行定「まあ、このキャストが揃ったら、もっとキラキラした映画もできるはずじゃないですか(笑)。でも、そういうキラキラした映画が飽和状態になっている今だからこそ、そこにカウンターとしての『ナラタージュ』を世に出す意味があると思ったりします。ベッドシーンや醜い痴話喧嘩も描きました。そういったキラキラ映画とは似て非なるものとして、大きな規模で公開することにもこだわりました

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――ちなみにこれまでの行定監督の作品の中で、『ナラタージュ』のようにカウンター的な発想が強いものって何があるんですか?

行定「『今度は愛妻家』や『円卓』ですかね。『円卓』なんかは西加奈子原作で、当代きっての天才・芦田愛菜主演でヒットすると思ったんだけど、2つともヒットせず……。『世界の中心で、愛をさけぶ』とか作っておきながら、僕自身は中心からズレてるのかなあ(笑)。『パレード』なんかもそこをねらったのですが」

当たると思ってなかった『世界の中心で、愛をさけぶ』と『ナラタージュ』の共通点

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――『世界の中心で、愛をさけぶ』は行定監督の中でヒットすると思って作ったんですか?

行定「作るからにはもちろん。でも、正直言うとわからなかったですね(笑)。ただ、企画段階ではそう思っていましたが、できあがったときは『これはいけるんじゃないか?』と思いました。それを東宝のプロデュ―サーの市川南さんに言ったら、『いやいや、20億円なんて絶対いかないですよ!大変なんですよ、20億って』って言ってたんで、まあ人の予想も超えるようなこともあるんですよ(笑)」

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――それが、あれよという間に興行収入85億円になりました。

行定「『世界の中心で、愛をさけぶ』も内容としては、『ナラタージュ』と同じで小規模に作ろうと思えばつくれた映画だったんですよね。でも、あのときは迫力のある映像にしたいという意味で海外でも撮影をして、メジャーな映画として公開しました。『ナラタージュ』も思いとしては何も変わってなくて、小規模でも作れるけど、できるだけ凄みを持たせたいという思いは強いですね」

たくさんの人に見られてこそ映画

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――こうしてお話を伺って感じたんですが、監督もかなりお金のことを考えるんですね。

行定「そこはプロですからね。もちろん、良い作品がヒットするとは限らないことも、その逆で『なんでこんな作品が大ヒットするんだ?』というものがあることも知っています。でも少なくとも、リクープという投じたお金がきちんと返ってくるラインはちゃんと目指さないと。ただ厳密にいうとお金で考えているというよりは、どちらかというと観客動員で考えているんですよね。何人お客さんが見てくれれば、かかった制作費がカバーできるんだろうって考えたりしますね。だから若手の監督が『お金出してもらえないんすよ!』なんて文句を言ってると、その企画で何人くらいお客さんが見そうかを尋ねるようにしています。僕もその企画を見て『それじゃ2000人くらいしか入らないんじゃない?』なんて水を差しながら(笑)。僕の概念では、たくさんの人に見られてこそ映画なんですよ。自分の作りたいものが作れればいいとは決して思っていないんです」

一定数いる“不幸になりたい人たち”

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――行定監督のような考え方の方がいらっしゃる一方で、きっと、自分の作りたいものが作れればいいと思っている人もいますよね。

行定「もちろん。それはそれでありだとは思います。しかし、自分の作りたいものに固執すると自ずと予算が集まらない。予算がないということは、スタッフに貧乏させるということになる。そんな、人に不幸を与えるエゴが歴史に残る作品になるとは到底思えない。ただ、不幸になりたい人って一定数いるんですよね(笑)」

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――不幸になりたい人たち、ですか。

行定「貧乏して映画を作ったことを、自慢する人たちですね。いかに安い制作費で作ったかを誇りにする人です。彼らの映画の作り方は長くはできない手法です。いろんな方面に苦労をかけますからね。一方で、僕らはプロとしてやり続けたいから、お金のことはもちろん、観客に対しても人生においての教訓や、喜びや悲しみを持ち帰っていただくということに意識的でいなきゃいけない。でもそれを意識する前に、内輪で『天才!』とか『傑作!』とか褒められちゃうとそういう意識が育たないんじゃないですかね。ちなみに、僕は若いときに宣伝の人に『傑作!』ってチラシに書かれそうになって一回すごく怒ったことがあります。宣伝するのに自分で自分の作品を傑作っていうのは嫌だという感覚があったんでしょうね。それ以降、その噂が伝わったのか、僕のチラシには『傑作』の文字は使われなくなりました(笑)」

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――若手の頃から、その姿勢で約20年の間、映画監督として続けてこられた姿勢がかっこいいです。

行定「そんなことないです(笑)。偉そうに言ってしまいましたが、自分でも10戦して3勝7敗くらいの感覚ですけどね。ただ、『ナラタージュ』はこの10年以上の間、ずっと勝てると思っていたから、企画が通らなくてもひるみはしなかったです。さすがに原作の映画化の権利をずっと持っていたまま映画化できずにいたから、出版社からはプレッシャーを感じて焦りはしましたが。そんな中、松本潤がこの企画に乗ってくれることになって光が見えたんです。そこに10年前にはデビューもしていなかった有村架純と坂口健太郎が加わったことで、この形として成立したので、やっぱりこのタイミングで作るべき映画だったんだと思いましたけどね」

俳優・松本潤の凄さを印象づけた“最初のひとこと”

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――企画が成立し、葉山を演じることが決まった後の松本さんはいかがでしたか?

行定「最初に聞かれたことをすごくよく覚えています。実は『ナラタージュ』のシナリオは、有村架純演じる泉の気持ちはたくさん書いてあるんだけど、松本潤演じる葉山の気持ちはほとんど書かれてないんですよ。松本潤くらいのスターだったら『俺のこと書いてないからもっと書いてよ』みたいなことを言ってきてもいいわけです。でも松本潤はひとこと『泉から俺はどんな風に見えてますか?』って聞いてきたんですよね。だから『泉から見た葉山は、輪郭のぼやけた、目力のない鈍い光の人』という説明をしました。葉山は自分の家族の問題で、眼光が落ちている。でも、女の子はそういう鈍い光の人を目の前にすると、自分がその男の目の光を取り戻せるんじゃないかと過信してしまう。要するに、葉山は無自覚に泉を翻弄してるんです」

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――その話をした後の松本さんはどんな雰囲気でした?

行定「『面白いですね』ってすぐに理解してくれた様子で、そのあとすぐに『じゃあ、どういうビジュアルにしましょうか』と言ってきたんです。“普通の役者”は、『俺のチャームポイントはここだから!』みたいな感じでビジュアルを提案してくる人が多い。もうこの会話だけで松本潤が凡百の“普通の役者”とは一線を画していることを確信しました。そこから会話を進めて、メガネをかけることと、眼光を120%から40%くらいに、つまり3分の1くらいに落としてもらうことを提案しました。そうしたら『なるほど、眉毛も少し消して、俺じゃない人間にした方がいいってことですよね』って嫌味なく言ってくれて。彼は自分に対して冷静で、とても大人な人ですね。まあ、僕が接したジャニーズの人たちはみんな大人でしたけどね」

ジャニーズが持つ振れ幅の凄さ

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――最近の行定監督は昨年公開の『ピンクとグレー』で中島裕翔さんを、舞台では森田剛さんを起用され、ジャニーズの方とのお仕事も増えていますよね。

行定「僕は映画や舞台で俳優としての彼らを起用しているけど、ライブなんかでスターとしての彼らを見るのがとても好きなんです。ライブでの彼らはね、本当にすごいんですよ!(笑) 普通はできないだろう、っていうことをちゃんとやってのける。でも、そこまでやれる人たちだから、振れ幅もすごいんです。ライブのときが、例えば一番右に振れているときだとしたら、僕は演出する立場として『左に振れているときはどんなもんなの?』という問いかけをするんです。そうすると彼らの持っている日常性というか、本質のようなものが炙り出てくるんですよね」

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――ライブや演技以外のときの日常で、彼らと接していて感じることはありましたか?

行定「彼らはみんな個人としての自分をちゃんと持っていて、普段飲んだりしても、礼儀もしっかりしていて、人への配慮もできる。自分がプロである自覚を持っていて、人間としていい加減なところがないんです。そしてクリエイティブに対する理解度が高い。だって、この10年以上、色んなプロデューサーに持っていっても信じてくれなかったこの『ナラタージュ』という映画の可能性を松本潤は信じてくれましたからね(笑)」

『ナラタージュ』は10月7日(土)公開。
(取材・文:霜田明寛 写真:浅野まき)


【関連情報】

『ナラタージュ』

出演:
松本 潤 有村架純
坂口健太郎
大西礼芳 古舘佑太郎 神岡実希 駒木根隆介 金子大地/市川実日子 瀬戸康史

監督:行定勲
原作:島本理生(「ナラタージュ」角川文庫刊)
脚本:堀泉杏
音楽:めいなCo.
主題歌:「ナラタージュ」adieu(ソニー・ミュージックレコーズ)/ 作詞・作曲:野田洋次郎
配給:東宝=アスミック・エース (C)2017「ナラタージュ」製作委員会

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