松居大悟・最新作は74分ワンカットの意欲作
主宰を務める劇団・ゴジゲンに、映画『アフロ田中』『アズミ・ハルコは行方不明』に、銀杏BOYZやクリープハイプのPVの監督に、放送中のドラマ『バイプレイヤーズ〜もしも名脇役がテレ東朝ドラで無人島生活したら〜』の監督を務めるなど、ボーダーを設けず活躍する、松居大悟。
3月3日に公開された最新映画『アイスと雨音』は、昨年3月に松居が演出を務める予定だった舞台が中止になったという事実を受けて、実際に公演をおこなう予定だった劇場を使って撮影された意欲作。74分ワンカットで撮影した手法はもちろん、オーディションで選ばれた演技未経験者を含むフレッシュなキャストたちや、全編で流れるMOROHAの音楽も注目を集めている。
“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリー”には、5回目の登場の松居だが、今回は『アイスと雨音』でメイキングを担当している、映像作家のエリザベス宮地も参加。同い年の2人に、この意欲作ができあがるまでの話はもちろん、MOROHAというアーティストから受けた影響まで存分に語り合ってもらった。
MOROHAの曲に映像をつける難しさ
――お二人はそれぞれ松居さんが『tomorrow』、宮地さんが『バラ色の日々』など、MOROHAのPVを作られてます。MOROHAの曲は言葉が強い分、映像をのせるのは大変なのではないでしょうか。
松居「MOROHAの歌詞は強いから、『tomorrow』は真逆にしようと思ってつくりました。最初は少年時代から、大人になっていくっていう普通のストーリーにしてたんですけど、それを見せたらMOROHAのUKに『これだったら別にやる必要なくない?』って言われてしまって。それで歌詞通りにしない、真逆の方向に舵をとりました。主人公の東出くんの少年時代を描くのではなく、大人になってから野球少年に怒ってる東出くんにしよう、みたいな感じで」
宮地「あの曲で、ベンチと便座をかけてたのは天才だと思ったよ。松居くんが『tomorrow』で元カノを描写していたので、僕はMOROHAのドキュメンタリー『其ノ灯、暮ラシ』で『tomorrow』をかけるときは、女のコじゃない人にぶつけようと思って、結果おじいちゃんのシーンに使いました。歌詞はあわないけど、家族にも使えるんじゃないかな、と。『tomorrow』を見て差別化をはかることになりましたね」
「火消しは金にならない」
――そして今回の『アイスと雨音』ではMOROHAが実際に出演し、全編で楽曲が流れます。企画の発端もMOROHAにあったのでしょうか。
松居「もともと予定された舞台公演の中止が決まって、その直後にMOROHAのアフロに会ったんです。それでラム肉食べながら愚痴ってたんですけど、そうしたらアフロが『半年も経ったら、きっとその気持ちは忘れてるだろうけど、それでいいの?』って。それで俺も『この感情で何ができるだろう』って考えて。そのまま舞台が中止になるっていう映画を作ろうって思いたったんです」
――実際に『アイスと雨音』の冒頭でもアフロさんが『時が解決してくれるって?』みたいなセリフをおっしゃいますよね。
松居「そうなんです。だから、あのセリフは、あのときアフロが俺に言った言葉をかけてるみたいなニュアンスなんです」
宮地「アフロくんは人を掻き立てるプロというか、本当にそういうのがうまいですよね」
松居「うん、きっとアフロは個人的な感情で作ってるのに、私信ではなくちゃんと普遍的な言葉にできる。みんなにとってちゃんと刺さる言葉にできる」
宮地「このあいだ僕も、とある騒動を起こしてしまって、どう解決すべきか、落ち込んでたんですよ。それで、アフロくんに相談したら『火消しは金になんないっすよ』ってメールが来て。金、っていうのはあくまでヒップホップ的な比喩だと思うんですけど、火消しは金にならないから、とにかく火を起こし続けろ、と。火を起こしたら金が発生するぞ、と」
松居「なるほど」
宮地「ぐさっと来たというか、染みましたね」
“感想が気にならない”境地
――実際、松居さんの舞台が中止になったからそれを題材に映画を作るというのも火を起こし続けている感じがありますが、大丈夫だったんですか?
松居「クレームはきました。でも、そこに関しては覚悟を持ってやってるんで」
宮地「映画が公開になっても、きっとお客さんの感想も松居くんはそこまで気になってないですよね」
松居「この作品に関しては、撮るという行為自体が自分の中での決着ではあるから。この作品を見て、好きになって欲しい、何か感じて欲しい、救われて欲しい、諦めないで欲しい……そういうの一切ないんだよね。別にどっちでもいいんです」
――感想が気にならないのは意外な感じがしますが、作品をつくって、そういう感情になるときって、時々あるんですか?
松居「銀杏BOYZの『エンジェルベイビー』のPV作ったときもそうでした。尊敬する人に頼まれたということ自体、もしくは撮るということ自体に価値を感じているからなのか、『曲はいいけどPVはクソ』って言われるたびに、気持ちよくなっちゃって(笑)。『やってやったぞ!』っていう感覚が強かったですね」
――宮地さんにもその感覚はわかるものですか?
宮地「僕にとっては『其ノ灯、暮ラシ』や『バラ色の日々』は、まさにそういう作品でした。それを世に出すことで、なんと思われても関係がない。そういうものを作らせる力がMOROHAにはあるんですよね。自分と対話して、戦って、作品を作った時点でそれが終わるという感覚ですかね」
松居「あ、もちろん、興行は成功したいですよ!(笑) 興行とは別の話です」
宮地「まあ、そういう、空気読まないでやりたいことやる見本として、若い人に受け取ってもらえたら嬉しいですよね。YouTuberとか、みんな大変そうじゃないですか。YouTuberじゃなくても、みんなSNS上で気を使って、『空気読もう』という意識で発信しなきゃいけないのは大変だな、と」
――どうやったら、宮地さんのように、その“空気読まない強さ”を持てるんでしょうか?
宮地「余裕がなくなる……んですかね? 僕の場合はMOROHAの曲に対して、どれだけ裸になれるのかって考えていたら、余裕がなくなっていったという感覚が近いかもしれません」
キャストは“一緒に喧嘩してくれた仲間”
――今回の『アイスと雨音』は、そういう感覚で作られた作品ということで、いつもの松居作品の作り方とはちょっと違うということですよね?
松居「いつもは、なるべく多くの人に喜んでもらいたいと思って作ってます。でも今回はMOROHAが、僕をいつもと違う感じにさせてるんだと思います。でも不思議なのは、そんなMOROHAは『ひとりでも多くの人に自分たちの音楽聞いて欲しい』って言うことなんですよね。口では『売れたい』って言っている。本当はどうなのか、まだわからないところでもあるんですけど」
――例えば『男子高校生の日常』だったり、松居さん自身が投影されているような作品もこれまで多く作られてきたと思うんですが、今回はそういうことでもないんでしょうか?
松居「ああいう青春は、経験してないですから(笑)」
宮地「きっと、松居くんが高校生だったら、あの中にはいないよね」
松居「当てはまる人はいない。でも、撮ってるとき、稽古してるときは、彼らと一緒につくれた、という感覚はありますね。今回のキャストに関しては、共犯者というイメージが近いかもしれません。一緒に喧嘩をしてくれた仲間といいますか。もともと自分が監督ぶるのが好きじゃないというのもあるけれど、彼らとの間に境界線も引いてないですし」
――ちなみにキャストの中でも、田中怜子さんは演技経験があるわけではなく、関西に住む本当に普通の女の子だったと聞きました。何か特別な練習や演出をされたりしたんですか?
松居「いや全くで、怜子に関しては全部おまかせでした。怜子はいることが奇跡で、いるだけで価値のあるコなので」
“覚悟の一発撮り”OKの瞬間
――今回の撮影現場での松居さんがどんな感じだったかを教えてください。
宮地「映画本編でも松居くんは出演していて『命を燃やせ!』って言ってるんですけど、まさにあんな感じでした」
――本編に演出家として出ている松居さんは、映画『アイスと雨音』の監督としての松居さんと近いと。
松居「ほぼ一緒ですね」
宮地「だからこそ、メイキングを撮影していてもどっちかわかりにくくなるんですよね(笑)。だからというわけではありませんが、映画として成り立つのかは、見ていて正直、不安でした。クオリティを保てるのか。それは本編の撮影の塩谷さんも同じだったと思います」
――『覚悟の一発撮り』というコピーにもあるように、撮り方も挑戦的ですし、スタッフ・キャストともに緊張感は漂いますよね。
宮地「『次がある』って感じが少しでも漂ってしまったらダメだと思うんですよね」
松居「そうだね。正直、1回目はそういう雰囲気があったね」
――結果4テイク目でOKになったということですが、宮地さんは横で見ていて『これがOKになるな』と感じた瞬間はありましたか?
宮地「1テイク目のときは、松居くんが怒ってるのが伝わってきて。でも4テイク目のラストカットは松居くんが泣きながら来たんですよ。僕はそのカットの役者たちの芝居は見れなかったけど、松居くんを見て、これはOKだな、と」
松居「泣いたの、覚えてない」
一緒にいると、素敵なことが起こりそうな人
――最後に、公開を前にした今、お互いのことを、どんな存在として捉えているか教えてもらえますでしょうか。
宮地「僕にとっての松居大悟は『この人といたら素敵なことが起こりそう』と思える人。その空気感が、彼自身にも、彼の現場にもあるんです。だから、今回も、『オーディションと最終日の本番だけ撮りに来てくれ』って言われたのに、稽古から撮ってしまいました(笑)」
松居「味方、ですかね。正直、同世代の人が面白いものを作ったら、悔しくなったりすることもあるんですけど、きっと宮地が面白いものを作ったら嬉しいと思うんです。そんな風に素直に思えるのは貴重ですね。友だちなんだと思います」
(取材・文:霜田明寛 写真:浅野まき)
映画『アイスと雨音』
渋谷ユーロスペース、イオンシネマ板橋ほか全国順次ロードショー
©「アイスと雨音」実行委員会
<配給>SPOTTED PRODUCTIONS
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監督・脚本・編集:松居大悟
出演:森田想・田中怜子・田中偉登・青木柚・紅甘・戸塚丈太郎・門井一将・若杉実森・利重剛/MOROHA
音楽・主題歌「遠郷タワー」:MOROHA
『アイスと雨音』主題歌
MOROHA「遠郷タワー」ミュージックビデオ
公開日と同じ3月3日にリニューアルした「東京タワー」地上250mのトップデッキとコラボレーション、
田中怜子の 1 年前のオーディション映像、カメラに収められていた松居監督からの合格を告げる電話、東京タワーを眺める姿、
74 分ワンカットで挑む「撮影本番」、1 年後の姿まで追っていく。同じく 400
名の中からオーディションで選ばれた、森田想・田中怜子・田中偉登・青木 柚・紅甘・戸塚丈太郎の 6
人の若手俳優たちとの稽古での日常の中の、希望や不安、笑いと涙、意志やまなざしと、MOROHA の言葉と交わりシンクロする。
今年、10 周年を迎える MOROHA の『東京タワー』×『遠郷タワー』コラボ MUSIC
VIDEO、映画『アイスと雨音』のサブストーリーとしてもお楽しみください。