前回の本連載の『ポプテピピック』のコラム、思った以上に反響があり、正直驚きました。お読みいただいた皆さん、ありがとうございました。
要は――地上波キー局の番組じゃなくても、まるでお祭りに参加するように見ていた人が多かったんですね。あらためて、過渡期にある今のテレビ界の姿をおぼろげながら可視化できたように思います。
さて、そこで1つ気になったこと――。そんな風に“お祭り視聴”が実現できた『ポプテピピック』、いわゆる視聴率はどれくらいだったのだろう。
もちろん――同番組は、TOKYO MXとBS11のサイマル放送に加え、10の配信元による異例のインターネット同時生配信。現状のビデオリサーチの計測方法では視聴率の全体像は測りようがない。とはいえ、初回放送時に、Twitterのトレンドランキングでは「ポプテピピック」が栄えある世界1位という偉業を達成した。仮に、地上波キー局の番組として放送されていたなら、どれくらいの視聴率を稼いでいたのだろうかと、単純に興味が湧く。
もう1つの世界トレンド1位
それを推測するのに、1つ参考になるかもしれない番組がある。
昨年11月にAbemaTVで放映された「新しい地図」の3人(稲垣吾郎・草彅剛・香取慎吾)による『72時間ホンネテレビ』だ。同番組も『ポプテピピック』同様、ツイッターのトレンドランキングで「森くん」が世界1位になるなど、SNS上を大いに賑わせた。しかも、インターネットによる生配信番組という立ち位置も同じだ。
ちなみに、同番組は、3日間の総視聴数が7400万を超えたことでも話題になった。ただ、それは視聴者が番組にアクセスした合計値なので、一人が何度も番組にアクセスしたケースもあり、単純な“視聴者数”とは異なる。それでも、ネット配信番組としては前代未聞の数値に「いよいよネットが地上波に追いついたか?」なんて感想も多く聞かれた。
しかし――同じ月の月末、それを打ち消すような報道が流れる。
突如、ビデオリサーチ社がニュースリリースとして、同番組の推定視聴者数を「207万人」と発表したのだ。先に発表された総視聴数との開きに、業界関係者ばかりでなく、お茶の間も少なからず困惑した。
いや、騒動はそれだけに収まらない。翌日、AbemaTVを運営するサイバーエージェントの藤田晋社長がビデオリサーチ社に抗議して、同記事は削除されたのだ。詳細な経緯は不明だが、なんとも後味の悪い空気が残った。
ちなみに、ビデオリサーチ社は推定視聴者数の算出に際し、同番組へのスマホやPCからの接触率を2.4%と推計したという。測定方法が違うので単純には置き換えられないが、仮に視聴率でこの数字なら深夜の番組だ。ゴールデンなら即打ち切りのレベルである。
推定接触率2.4%――。衝撃の数値だ。ネット生配信に、ツイッター世界トレンド1位と、同番組と成り立ちが似ている『ポプテピピック』も、実情はその程度の視聴率(接触率)だったのだろうか?
SNSと視聴率は連動しない?
『72時間ホンネテレビ』と『ポプテピピック』に共通するのは、SNS上の異常な盛り上がりである。両番組とも配信中(放送中)は関連ワードがツイッターのトレンドの上位を独占するなど、いわばお祭り状態だった。
その状況は――直近ならそう、「平昌オリンピック」が近いだろうか。肌感覚では、オリンピック中継と『72時間』と『ポプテ』は、SNS上の盛り上がりにおいて、さほど差がないようにも思われた。
ちなみに、下が先の2月の月間視聴率TOP5である。見事にオリンピックが独占している。しかも最近、とんとお見掛けしない高い数字ばかりだ。
2月の月間視聴率TOP5(ビデオリサーチ調べ/関東)
1位 平昌オリンピック中継(フィギュア男子フリー羽生金) 33.9%
2位 平昌オリンピック中継(開会式) 28.5%
3位 平昌オリンピック中継(カーリング女子準決勝日本対韓国) 25.7%
4位 平昌オリンピック中継(カーリング女子3位決定戦) 25.0%
5位 平昌オリンピック中継(スケート女子1000m小平銀・高木銅)24.9%
一方、昨年11月の『72時間』は推定接触率2.4%である。その差は10倍以上――。
もしかしたら、SNSと視聴率は連動しないのだろうか?
SNSで可視化されたテレビの強み
いや、そんなことはない。本連載でも以前、第1回の「テレビはオワコン!?」で指摘したように、例えば、アメリカの「スーパーボウル中継」は、スマホ元年と言われる2010年以降、それまでの40%台前半の視聴率から一気に40%台後半へとハネ上がり、以後もずっとその状態をキープしている。要は、スーパーボウルの中継を見ながらSNSにアクセスすると、皆が自分と同じ思いでいることが確認できたんですね。そんな“同時体験”の快感に視聴者が目覚めたのだ。
そう――これが、テレビ視聴が持つ快感。例えば、普段飽きるほど聴いている曲でも、テレビやラジオから流れてくると、思わず聴き入ってしまう。あれは「今この瞬間、自分は皆と同じ曲を聴いている!」という快感に浸れるから。SNSはそれを可視化してくれたのである。
「箱根駅伝」はお正月の孤独を紛らわせたい男女が集う
同様の現象は、日本でも見受けられる。日本のお正月の風物詩――『箱根駅伝中継』(日本テレビ系)もその1つだ。
実際、青山学院大がV4を飾った今年の視聴率は、往路が歴代1位の29.4%、復路が歴代3位の29.7%と、視聴率的には大成功の大会だった。断わっておくが、山の神もいない、際立ったスターのいない大会である。
番組は、レース開始時刻の午前8時10分前に始まり、往復ともゴールテープが切られる午後2時過ぎまで、実に6時間以上も完全中継される。そんな長時間にわたって30%近い視聴率を維持できるのは、ひとえにSNSのお陰である。何せ、レースが行われている間、ツイッターのタイムラインはほぼ「箱根」一色。みんな「この祭りに乗り遅れるな!」と、チャンネルを合わせるのだ。
ちなみに、NTTデータの調査によると、箱根駅伝のツイートを分析した結果、浮かび上がった平均的視聴者像は、男性が34歳、女性が28歳で、男女ともに未婚が多くを占めたという。そう――皆、お正月の孤独を紛らわすために、誰かとつながりたかったのだ。
視聴率と比例して増えた『逃げ恥』のツイート
視聴率とSNSの相関関係は、ヒットドラマを通して見ると、もっと分かりやすい。
例えば、2016年10月クールに放送され、「恋ダンス」現象を巻き起こしたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)。家事代行の雇い主と従業員の関係で出会った2人の男女が、“契約結婚”を通して、やがて真実の愛に目覚める話である。同ドラマで脚本家の野木亜紀子サンが一躍ブレイクし、主演を務めたガッキーと相手役の星野源サンの人気も爆発した。
同ドラマの視聴率とツイート数の変化を追うと、見事に比例して右肩上がりなのが分かる。初回は、視聴率10.2%に対して、ツイート数は1万そこそこだったのが、中盤の5話では視聴率13.3%に対して、ツイート数は約2万。終盤の8話になると視聴率16.1%に対して、ツイート数は3万5千、そして最終回は視聴率20.8%に対して、ツイート数は8万を超えたのである――。
SNSの落とし穴
――以上を踏まえると、やはり視聴率とSNSは相関関係にあると思って間違いないと思う。
だが、実は1つ、SNSには大きな落とし穴がある。それを教えてくれるのは、かの国民的歌番組である。
――そう、『紅白歌合戦』だ。
紅白も先の番組たちと同様、毎回、SNSが盛り上がる番組として知られるが、スポーツ中継やヒットドラマと違い、その関係は少々“いびつ”である。
面白い記事がある。
電通総研のフェローであり、メディアコンサルタントの境治サンの署名記事で、昨年1月6日のYahoo!ニュースにも取り上げられた『「グダグダ紅白」がツイッターでもっとも盛り上がったのは「ゴジラマイク」だった』がそう。この中で、境サンは2015年と16年の紅白のツイート数を比較・分析している。
興味深いのは、15年に比べて16年のツイート数が約1.5倍も増加している点。境サンは、同年の「シン・ゴジラ」ネタ(ありましたナ)を始めとするグダグダ演出がネガティブな反応も含めてSNSを盛り上げたと分析する一方、それが視聴率を押し上げたかどうかは、確認できないと結論付けている。
実際、ツイート数が前年の1.5倍になった割には、16年の紅白(第2部)の視聴率は15年(同)からわずか1%しか増えていない。
母数の圧倒的な違い
僕は、その記事を読んで、境サンの分析に頷く一方、あるデータにくぎ付けになった。それは、紅白についてツイートした人数である。15年が約3万3,000人で、16年が約5万9,000人――なるほど、そもそもツイートした人数が倍近く増えているので、ツイートも増えたワケである。
いや、僕が驚いたのはそこじゃない。その母数だ。紅白の視聴率は約40%。大雑把に言えば、約4,000万人が見た計算になる。対して、ツイートしたのは3万~6万人。桁が3つも違う。3つだ。正直、3万人が6万人に増えたところで、視聴率の母数――4,000万人に比べたら、吹けば飛ぶような数字である。
サイレントマジョリティー
総務省の「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」(2017年7月)によると、日本におけるツイッターの利用率は約3割弱という。つまり、約3,000万人だ。このうち40%が紅白を見たとすると、約1,200万人。そのうち実際に紅白に関してツイートしたのは6万人。率にして、0.5%――。
0.5%である。SNS時代と言いつつ、積極的に発言する人々の割合はこんなものなのだ。恐らく――0.5%の背後には、その10~20倍の沈黙の読み手がいると思われる。そう、サイレントマジョリティーだ。近年の米スーパーボウルや箱根駅伝の視聴率上昇は、そんな沈黙の彼らが動いた結果だろうし、SNS時代を迎えても紅白が大きく数字を伸ばせないのは、やはり彼らが動くのをためらっているからかもしれない。
地上波テレビの視聴率の正体
段々、見えてきた。
確かに、視聴率とSNSには相関関係がある。しかし、それは視聴率全体を押し上げるというよりは、一種の上澄み液みたいなもので、影響を及ぼすにしても全体の5~10%が上乗せされるに過ぎない。
一方、テレビの視聴率を構成する大部分――残る90~95%が、テレビの強みであり、今日に至るまでテレビが繁栄してきた正体なのだ。SNSが影響を及ぼさない、いわば視聴率の“幹”の部分だ。
僕は、その視聴率を構成する正体は、地上波テレビ(NHKとキー局)の持つ“リーチ”力だと思う。
リーチとは、テレビ業界の専門用語で「到達率」のこと。元々の意味は、ある期間内に特定のCMに触れさせることを指したが、それが転じて――テレビというメディアの持つ“引力の強さ”のような意味合いでも用いられるようになった。
地上波テレビの伝家の宝刀――リーチ
ほら、家にいる時、何をするともなくテレビをつけることってありません? 新聞のテレビ欄を見ることなく、とりあえず日テレにチャンネルを合わせてみたり、「今、なんかやってないかな」くらいの軽い気持ちでザッピングしたり――。
あの行動がリーチである。そして、テレビが他のメディアと比べて圧倒的に強いのが、その引力の強さとハードルの低さなのだ。深く考えもせず、ちょっと手を伸ばすだけで、簡単にテレビの扉を開いてしまう。別段、『紅白歌合戦』を見たいつもりじゃなかったのに、気がついたらテレビをつけて紅白を見ていた――それがリーチ。地上波テレビが半世紀を超える歴史で築き上げた、いわば“伝家の宝刀”である。
見たい人しか見なかった『72時間』と『ポプテ』
そして、話は冒頭に戻ります。
ビデオリサーチ社が一度は発表したものの、AbemaTVの藤田晋社長の抗議を受けて撤回した、あの数字。『72時間ホンネテレビ』の推定視聴者数は「207万人」で、推定接触率は「2.4%」――。
つまり、あの数字は、純粋に『72時間』を見たいと思い、行動を起こした人々の数値だったんですね。実際、番組を見るには、自らアプリにアクセスしたり、サイトを探したりといった強い行動力が求められる。
それに対して、地上波テレビの視聴率は、特に目的もなく、なんとなく手を伸ばしたらテレビを見ていた人々の数値――伝家の宝刀“リーチ”で構成される。その割合は、視聴率全体の実に90~95%にも達する。
藤田社長にしてみれば、ビデオリサーチ社の出した『72時間』の数字はそれなりに説得力のあるものかもしれないけど、そもそも地上波テレビとは視聴率の成り立ちが違うのだから、それと比較されるような数字はスポンサーの誤解を招きかねない――そんな心境だったのかもしれない。
そうなると、このコラムの冒頭で提起した『ポプテピピック』の視聴率の近似値も、自ずと見えてくる。それは、『ポプテ』を見たいと強く思い、行動したユーザーたちが、SNSによって可視化された数値である。地上波テレビのリーチで構成される圧倒的な視聴率とは別もの。恐らく――『72時間』の数値と大差ないと思われる。
民放キー局が放送法改正に反対する理由
ここから先の話はあまり長くない。
そういえば最近、「放送法改正」に関するニュースがチラチラとネットなどを騒がせている。聞けば、民放キー局の主要5局は、それに反対を唱えているという。その理由として、放送法4条の撤廃に触れて「政治的公平が保たれなくなる」云々――。
まぁ、欧米の先進国ではとうに、それに該当する放送法は撤廃されているし、極端な政治的偏りやフェイクニュースの類いは、政府よりも、BPOなりの第三者機関で取り締まるのが本来のスジなので、実はそこは大きな争点ではない。
ここまでお読みになられた皆さんなら、薄々、民放5局が法改正に反対する本当の理由が分かると思う。そう、放送法改正の要とは「放送と通信の融合」のこと。それはつまり――地上波テレビの伝家の宝刀である“リーチ”が失われる危険性を意味する。
アメリカのテレビは日本の未来?
実際、とうに放送と通信の垣根が取り払われたアメリカでは、地上波テレビの優位はない。4大ネットワークは有料放送のHBOや動画配信のNetflixらと同列に並べられ、人々はケーブルテレビと契約して、膨大なチャンネルの中から番組を選んで視聴する。視聴率はよくて2~3%という世界である。
そんな状況を見せられたら、民放5局が反対したくなるのも分かる。なんたって伝家の宝刀だ。フォースを失ったヨーダは、ただの老人である。
とはいえ、この4月から日本でも視聴率の測定法が変わる。それまでの世帯視聴率から、個人視聴率をベースとしたリアルタイムとタイムシフトの合計値になる。それは、まさにアメリカを後追いする行為だ。
そう、時代は変わる。結局、世の中を動かすのは視聴者のニーズである。視聴者がテレビの多チャンネル化を望めば、自ずとテレビの未来もその方向へ進む。
その時、テレビ界に求められるのは、SNSも含めた“能動的”な新たなる視聴率の指標だろう。シード権のように特定の事業者(放送局)だけが享受できる「リーチ」とは違う、創意工夫して視聴者を獲得した番組が正当に評価される環境づくり――。
そんな未来では、人々は今よりもっとテレビを好きになっているかもしれない。
(文:指南役 イラスト:高田真弓)