高校に通いながら僕はずっと、
「学校のやつらを見返す方法はないだろうか?」
と考えていました。
見返す必要なんてどこにもないのに、頭に浮かぶのはそんなことばかりでした。
タイミングがいいのか悪いのか、その時たまたまドハマりしたのが大槻ケンヂさんの「グミ・チョコレート・パイン」という小説で、
ざっくり内容をご紹介すると、僕みたく高校に馴染めていない男子達が、クラスの奴らを見返すためにバンドを組む、というものであり、
完全に自分と重なる現状にシンパシーしか感じず、「その手があったか…!」とばかりに感銘を受け、
「俺もなにかやらなくては!」と、誰に頼まれたわけでもないのに突き動かされていました。
しかし、音楽の素養もなければ、一緒にバンドを組むような友達もいない。
そうして導き出した結論は、「そうだ、演劇の全国大会で優勝しよう」というものでした。これを読んでいるみなさんは「浅はか」という言葉を知っていますか?意味はこのときの僕です。
高校1年、冬。先輩はみな引退していき、演劇部に残ったのは自分一人だけ。ちゃんとした指導者も不在。中学時代にコントは何本か書いたものの、長編を書いたこともない。演出の経験だってゼロ。
それがどうして、毎年甲子園と同じ数の高校が出場するトーナメントで「優勝するっ!」と、「海賊王に俺はなるっ!」みたいなテンションの夢が見れたのか。少年漫画ばかり読んでいた僕をおばあちゃんはよく「バカになるよ!」と叱りましたが、本当だ。
しかしそんな当たり前のことすら誰も教えてくれず、愚かな高校生の目には、「長い歴史の中でも全国に出場したのはほんの数回である富山県から、まさかたった一人で活動していた演劇部が、突如彗星のごとく優勝をかっさらっていく」、という輝きに満ちた未来しか見えていませんでした。
そうしてそんな完全なる夢物語を膨らませて2年生に進級した春。全校集会にて部活ごとに新入生に向けて演説&勧誘するという機会があったのですが、独り演劇部という好奇の目に晒されるのが嫌なのでその日はズル休みをし(※代理は顧問の先生)、
そうやって第一歩目すら逃げ出したにも関わらず、なんと6人もの新入部員が集まってくれました。
その後輩たちは全員が女子で、内2人がギャル、あとの4人はなにかしらのオタク、という内訳で、
一人のときは尾崎豊なんかを聞いて物思いにふけっていた広い部室の中は、オタクが数的優位だったため「サクラ大戦」の曲が爆音で流れて帝国華撃団が走ったり唸ったりし、ギャルは隙あらば隅の方でずっと携帯をいじっているという、カオスな状態となりました。
とりあえず、そんな後輩たちと全国大会の映像を見たり、
6月には研究会という名目で、その地区の演劇部が集まり、それぞれが60分以内の演目を発表してプロの方に講評してもらう、という地区大会前哨戦のような機会があり、
そこに参加するため、初めての稽古に取りかかったのでした。
台本は部室にあった、昔の先輩が書かれたもの。演出は、不肖僕。
オタクの4人が出演し、ギャルの2人は携帯をいじりながら「出たくないっす」と言ったのでそれぞれ音響照明として裏方に。
むしろギャルの方が前に出たがると思っていましたが、現実はいつも僕を裏切る。
そうして初めてながらも手探りで演出をつけ、あっという間に迎えた6月。
とうとう始まったうちの部の出番を舞台袖から見ていると、隣でスイッチを入れたり消したりするだけの超簡単な照明操作をしていたギャルが「あれ?あれ?」と言って混乱しているので「携帯の操作は得意なのにね…!」と思いながらも何も言わずにサポートしたりしつつ、
とはいえ大きなミスもなく、観客のウケもよく、なかなかの手ごたえで発表は終わり、
その後はステージに並んで、プロからの講評を受けることとなりました。
その方は毎年招いている先生であり、ものすごく厳しく、例年どの高校もボロクソに言われていると聞いていたので少々身構えながら聞いていましたが、
僕らのときにはなかなかに優しい言葉ばかりが並び、「これは良かったということだろうか…!」と少し浮足立っていると、
講評の終わり際、
「昨日東京からの最終の列車に乗り遅れてしまってね。仕方ないから夜通し飲み行って朝イチでこっちに来たんだけど、そのせいでちょっと…気持ちよく、ウトウトーっとね」
と発言しており、
優しかったのは完全にこのおっさんが寝落ちして見てなかったからに過ぎず、ものすごく複雑な気分になりました。
当時は「寝るほどつまんなかったか…」と落ち込んだりもしましたが、今にして思えば違う。全部違う。仕事なんだから、せめてホテルで寝るとかしてほしい。
そんな当たり前の対策すらできないおじさんが、長年高校演劇のあらゆる大会で審査員として幅を利かせているという狂った状況に違和感も覚えつつ、
それでも僕の全国優勝という目標は揺るぎなく、とりあえず10月初旬の地区大会に向け、夏頃より脚本の執筆に取りかかりました。
夏休み前にはやはり馴染めなかったのであろうギャル2人も辞めていき、なにかできることはなかったかと切なくなったり、
部室の中では、サクラ大戦のサウンドトラックがさらにボリュームを上げて流れ、僕は聞いたこともない曲に遠い目をしつつも。
とはいえ、初めての執筆は遅々として進まず、
あっという間に2学期もはじまってしまい、授業中に隠れて書いたり、
徹夜で書いてそのまま体育祭に出席し、100mを走ったところ終盤ヒザの力が抜けてそのままズザーっとヘッドスライディングのような形でゴールまで滑り込み、「徹夜で100mを走ってはいけない」と気付いたり、
入学以来上位をキープしていた成績も、“リーマン・ショック時の株価”ぐらい大暴落したりしつつ、日々は流れていきました。
そうしてようやく書き上がったのが、たしか地区大会の2週間前くらい。
急ぎ稽古をし、てめえの本が遅かったせいなのに「朝練やるぞ!」と後輩達を早朝に呼び集めたり、
残った部員は全員出演させていたため、辞めていったギャルに「せめて地区大会だけでも…!」と頼んでスタッフをしてもらったり、
他にいろんな人手も足りてなかったため、前回ご紹介した友達と呼びたかった男達に「手伝ってくれ!」とめちゃくちゃお願いし、全員に断られたりしました。やはりあいつらは友達とは呼べない。
そんな人望のない僕の代わりに後輩達が人出を集めてくれ、どうにか体裁を整えて迎えた地区大会。
初めて書き殴ったコメディで、臨んだ本番のステージ。
出る前は反応が怖くてガチガチに緊張していましたが、実際始まってみると、驚くくらいに笑ってもらえました。
思い返せばこのころは…楽しいばかりでした。
新入部員との出会い、初めての演出、授業中に隠れて書いたこと、成績が急落して先生に呼び出されたこと、体育祭で擦り傷だらけになったこと、ステージ上で聞こえた温かい笑い声。
決して順風満帆なことばかりではなかったけれど、少しずつ作品が立ち上がっていく体験は、震えるくらいの興奮を僕にくれました。
地区大会の少し前、いろんな作業に追われて校舎を走りまわっていたとき、
たまたま廊下で会った先生に、
「目が輝いてるね!」と言われたことがありました。
クラスでギャルに陰口を叩かれ、男子にもバカにされ、
毎日死んだ目をして通っていた高校の中で、
「クラスのやつらを見返したい」という邪なスタートだったにも関わらず、
全力で駆けずり回ったあの日々は、
今となっては、「彗星のごとく全国優勝!」という夢物語の未来より、
輝いてたのかもしれないとさえ、思うのです。
(文・善雄善雄)