やりきれなかったあの頃の感情を10年経って表現に昇華
週刊SPA! で好評連載中、この度単行本第1巻が発売された『くだばれ!大学生』。
“イケてない”大学生の主人公の視点で、パリピ大学生への劣等感や、友人をどこかで見下してしまう気持ちなどの微細な感情を笑いに包んで描く、“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリー”にドンピシャな漫画となっている。
そこでチェリーでは作者のサレンダー橋本先生にインタビュー。
大学卒業から約10年、会社員として働きながら漫画を描いているサレンダー先生。やりきれなかったあの頃の感情とどう向き合い、作品にしているのか?
学生時代にスクールカーストに悩んでいた人は、社会人になるとどうなるのか……!?
そして、現在進行形で人と人の“序列のつけあい”に悩んでいる人たちには、どんなアドバイスをくれるのか……?
<プロフィール>:サレンダー橋本
88年、神奈川県生まれ。昼はサラリーマンの兼業漫画家。’15年、自身初の単行本『恥をかくのが死ぬほど怖いんだ。』(小学館)を刊行。’18年には『働かざる者たち』(小学館)を発売。現在、『週刊SPA!』で「全員くたばれ!大学生」(扶桑社)を、『ヤングチャンピオン』(秋田書店)では「明日クビになりそう」を連載中
他人への鋭い批評眼は自分を苦しめる
――作品に、橋本さんの大学時代が反映されているとしたら、正直だいぶ生きづらい大学生だったんじゃないかと思いました。
橋本「当時はスクールカーストなんていう言葉がなかったので、自分の状況を説明する言葉を持ち合わせていなかったんです。単純に『なんで僕には気の合う人がいないんだろう』という悩みを抱えていました」
――やっぱり主人公のように、周りを鋭い目で見ていたんですか?
橋本「大学時代は、聞く音楽で人をバカにしたりしてました。周りが鈍く見えちゃってて。なんで彼らはこんなことも気づかないんだろう、みたいな。よくないですよねえ」
――他人への鋭い視線って自分をも苦しめませんか?
橋本「ええ、他人をジャッジする目で、自分のこともジャッジするようになるんですよね。結局それで、ひとりでがんじがらめになって、動けなくなってましたね」
10年経つと、やっと笑える
――大学時代から約10年が経ち、マンガに描かれているような、パリピ大学生たちにはどんなことを思われていますか?
橋本「彼らは……賢くて、器用ですよね。今思えば彼らは『4年間の大学生活が終わったら社会に出て遊べなくなる』ってことをわかっていて遊んでいたんですよね。そうやって遊んでる人のほうが、単純に素直でいいですよね」
――一方、ご自身は10年の時を経てどんな変化が起きましたか?
橋本「10年かけて、やっと当時の彼らと同じくらい素直になれました(笑)。10年経って『あの頃に抱えていたモヤモヤや苛立ちって本当にどうでもいいことだな』って思えるようになりました。でもあの頃は必死で、到底そんなふうには思えなかったんです」
――作品は、そんな10年前の自分を、今の橋本さんが客観的に描いている、という感じなのでしょうか?
橋本「10年前の自分を諭しているような感覚ですよね。10年経ってやっと、あの頃の自分を客観的に説明する表現を持ち合わせたといいますか……」
強烈な“同い年への意識”
――実際、主人公が、同じクラスの江口さんに「10年後から来たみたいな口利きやがって」とくさす場面もありますよね。
橋本「ええ、漫画では、今の自分の考えていることを、江口さんをはじめ、色々なキャラクターにちらしている感じですね」
――主人公が仲良くできて、救いの存在となるのは、おじさんだったり、中国人マッサージ嬢だったりしますよね。なかなか同世代の女性とうまく交流できない(笑)。
橋本「おっぱいがあるから、女性は。大学生の男は、おっぱいとは普通に喋れないですよね」
――(笑)。一方で、同級生の男には主人公はものすごいライバル心を抱きます。
橋本「同い年ってすごく意識してしまうんですよね。同級生に限らず、スポーツ選手や芸能人のような外の世界の人に対してもです。僕、メッシと同い年なんです。だから、メッシのことは常に気にかけてますね」
――作中にも、主人公と大谷を対比するような描写がありますもんね。
「社会の序列は容姿じゃない」からラクになった
――大学を出て就職されたわけですが、会社でも大学時代のような苦しさを感じられたりしましたか?
橋本「会社はいいですよね。容姿が気持ち悪くても、普通に扱ってくれるから。まあ、本来はそれが当たり前ですけど(笑)。そこはフラットになったというか。社会での序列は、仕事ができるかどうか。容姿がイケてるかどうかではないから、まだ挽回のしようがある気がしますよね」
――社会人になってから、あの頃にはなかった気づきを得られたりしましたか?
橋本「会社の飲み会の二次会で、スナックに行ったんですよ。そこでバイトしてた女子大生が『西野カナが好き』って言ってて。僕も含めたみんなでちょっと小馬鹿にしながら『トリセツ歌ってよ』って振ったんですよ」
――(笑)。たしかに『西野カナが好き』って言われたら、ついつい茶化してしまいそうです……。
橋本「そうしたら、そのコがものすごく心を込めて『トリセツ』を歌ってくれて。僕、聞きながら泣いちゃったんですよ。その歌が本当に素晴らしくて。純粋に“西野カナが好き”っていう彼女の気持ちが伝わってきて、気づいたら涙が……」
――まさかの名シーンに展開しましたね……。
橋本「そのときに気づいたんです。彼女みたいに、素直にまっすぐな“好き”の気持ちを持っているコのほうが、僕なんかより人として正しい、って。僕は大学時代から、遠回りして、やっと彼女のところまでたどり着けたんです。なので、そんな気づきとともに、それまでの自分を供養するつもりで書いている漫画ですね」
“自分のランキング”を持とう
――それでは最後に、大学生をはじめとした、コミュニティ内での序列に悩む人に、ラクに生きるためのアドバイスをお願いします。
橋本「今いるコミュニティが全てだと思わないこと、ですかね。今いる世界は狭い世界だと思うし、その中での序列なんて、狭い世界のくだらないものだから」
――たしかに、他にももっともっと世界はありますもんね。
橋本「はい、あとはこれは僕のやり方ですが“他人の作った序列に参加せずに、自分で序列を作る”というのも手だと思います」
――どういうことでしょうか?
橋本「自分のオリジナルのランキングを作るんです。そしてその中では自分がずっと1位だと思って過ごすんです」
――(笑)!
橋本「まあ、よくいえば自分の物差しをもって、世界を見つめる、ということでしょうか(笑)。僕は大学時代、そうしていました」
――それで友達はできるんですか?(笑)
橋本「友達は実はひとりだけいて、僕は彼のことを2位だと思っていました。でも彼も彼でランキングを持っていて、その中では彼が1位で、僕が2位。そういう見下し合っているような関係性だったんです(笑)。でも彼とは今でも会っているくらいなので、お互い居心地が良かったんだと思います」
(取材・文:霜田明寛)
<あらすじ>
包茎大学哲学科に入学した主人公の亀田哲太。5月になっても友達ができず、休み時間は机の木目を見ながらパリピの声を盗み聞きする日々を送っている。おしゃれカルチャーグループに近づこうとしたり、麻雀ができると嘘をつき、スタバでバイトしているフリをしたり……見ていると胸が苦しくなるほどイキってしまう。
そんな彼に友達はできるのか――!?●作品情報
『全員くたばれ!大学生』第1巻発売中 / 著者:サレンダー橋本 /ページ数:176ページ ・定価900円+税
https://www.amazon.co.jp/dp/4594082424