初めに断っておくが、10月クールの連ドラも絶賛放送中のタイミングに、今さら7月クールの連ドラの話をするのは、決して原稿が遅れたワケ――である。ハイ、その通りです。遅れちゃった。ごめんちゃい。申し訳ない。だが、心配はいらない。
そもそも、これだけネットでテレビドラマが見られるようになった昨今、もはや“〇月クール”にこだわることなど、ナンセンスなのだ。今やNetflixやHulu、Paraviなどの動画配信サイトに加入すれば、新作から旧作まで、いつの時代のドラマだって見ることができる。別にオンタイムの視聴にこだわる必要などないのだ。
いや、何も開き直っているワケじゃない。実際、全てのドラマをオンタイムで見ている人間など、この世に皆無なのだ。一週間にオンエアされる新作ドラマの数は、深夜ドラマまで入れると30本近く。断言しよう、その全てに目を通している人間など、テレビ誌の編集者にだっていない。彼らだってチームで分担して見ている。ましてや個人で、全部の新作ドラマに目を通すことなど不可能なのだ。
この世に、存在しない職業がある。それは、テレビ評論家である。サンプル数が限られる映画評論家や音楽評論家と違い、テレビは地上波だけでも毎日24時間、NHKは2チャンネル、民放は5つのキー局で流れっぱなし。その全てに目を通している人間など、今は亡きナンシー関サンくらいのもの――。
それに、だ。
終わってからドラマを振り返るメリットだってある。もはや個々の作品の評価は定まっており、わざわざ低評価のドラマを見て、時間を無駄にすることもない。あなたは既に太鼓判を押された未見のドラマのみを、ネットで狙い撃ちすればいいのです。「新コンタックかぜEX」のCMの広瀬すずサンのように「狙い撃ち♪」――なんつって。
あっ、7月クールの連ドラの話の後は、現行の10月クールの感想もちょいしますので、どうかそれで、ご勘弁のほどを。
7月クールの意味
さて、そんな次第で(すっかりドヤ顔)、まずは今更だが「7月クール」の位置づけの話から始めたい(そこからかよっ!)。大体、いつも「チャレンジ枠」と呼ばれるんですね。2つの意味で――。
1つは、夏場は1年を通じて、最も世帯視聴率が下がる(外出機会が増える&お盆が入る)季節だし、大型スポーツイベントや歌謡祭などで番組自体が度々休止にもなる。だから、必然的にエース級の役者や有名脚本家の登板が回避され、若手俳優や新人脚本家が起用されやすいんです。それでチャレンジ枠。
もう1つは、7月クールは夏休みを迎えることから、学生を中心に若者層の視聴機会が増えるシーズンでもある。そうなると、彼らの好む恋愛ドラマや学園ドラマを流しやすい環境に。今の連ドラは50代以上を狙ったお仕事ドラマが中心なので、その意味でも7月クールは、若者向けの作品に挑めるチャレンジ枠と呼ばれるワケ――。
で、実際、今年の7月クールはどうだったか?
まさに、2クール目に突入した『あなたの番です』(日テレ)が、その戦略でまんまと数字を伸ばしたんですね。
確変した『あなたの番です』
前回の本コラムでも解説した通り、『あなたの番です』は海外に売りやすいよう、2クールで作られたのは承知の通りである。実際、制作費は平均的な同枠のドラマより、かなり高くついており、そもそも番組を販売して利益を回収することが前提となっている。
その手法、まさにアメリカのドラマと同じなんですね。あちらではファーストラン(最初のオンエア)で、制作会社がテレビ局からもらえる金額では、到底、制作費は回収できない。その代り、制作会社が著作権を持つので(日本も早くそうなってほしいところ)、彼らはそのあとで、地方局や海外のテレビ局にドラマを販売することで、制作費を回収していく。初期投資やリスクは大きいものの、当たれば莫大な収益が望める。そのために確実にヒットできるよう、自然とドラマのクオリティは上がる。キャスティングよりも、脚本が重視される。アメリカのドラマが面白いのは、そういう理由である。
で、『あな番』の2クール目だけど、「反撃編」と銘打って、新たに横浜流星演ずる二階堂こと“どーやん”(このあだ名のセンスはどうだろう)がメインキャラクターの一人に加わり、更に、それまで均一に描かれていた住民たちの中から、西野七瀬演ずる“黒島ちゃん”がクローズアップされた。そう――若者層に人気の2人を前面に押し出す作戦に出たんですね。その結果、視聴率はそれまでの一桁から二桁へとステップアップ。最終回は同枠最高の19.4%と、見事に勝ち組のドラマになったんです。
俗に、客は物語よりキャラクターに共感すると言う――。
そう、大多数のミーハーの支持を得るには、感情移入したくなる人物を立たせるのが一番。結局、エンタテインメントは真ん中を取ったチームが勝つゲームなんですね。真ん中=ミーハーを味方につけるには、魅力的なキャラクターをクローズアップさせるに限るんです。
もっとも、キャラクターを売るには、その背景となる物語がちゃんと描かれているのが大前提(ディズニーやピクサーのキャラクターがそうであるように)。その意味では、前半に1クールをかけて丹念にドラマの世界観を作り込んだ『あな番』には、後半、キャラクターがハネる下地が十分あったというワケ。
つまり――前半で物語を、後半で人物をクローズアップさせる戦略は当初からの想定通り。『あな番』2クール構造の裏には、そんな理由もあったんです。
最終回の物議を振り返る
さて、そんな『あな番』だが、最終回は20%に迫る高視聴率を獲得したものの、その結末については、お茶の間の評価は必ずしも絶賛とはならなかった。
一番多かった不満が「最も怪しい黒島ちゃん(西野七瀬)が黒幕で拍子抜けした」というもの。まぁ、分からなくはないけど、そもそもこのドラマ、ミステリー部分は、割とセオリー通りのことしかやってないんですね。セオリー通りとは、推理モノにおける「ノックスの十戒」に代表される暗黙のルールのこと。例えば、「犯人は物語の当初に登場していなければならない」とか「変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない」とか「双子・一人二役は予め読者に知らされなければならない」等々――。
そのルールに従えば、2クール目から登場した面々(例えば、二階堂や黒島ちゃんのストーカーの内山)は黒幕になりえないし、探偵役の翔太も明白にシロだ。菜奈の双子説もありえないし、明らかに言動が怪しい尾野ちゃんは最も黒幕から遠い。結局、1話で交換殺人ゲームに参加した13人のうち、生き残った8人の中からしか黒幕は選べないのである。
そもそも、ミステリーの世界って、ルールがしっかりしていて、書き手はもちろん、ファンもその道のマニアが多く、素人が軽はずみに手を出せる分野じゃないんですね。新作のミステリーを書こうと思ったら、最低限、古今東西の主要なミステリー作品は読んでおかないといけない(多分、1000作は下らない)し、ネタ被りはもちろんご法度。基本、新しいアイデアは投入できないと思っていい。
その点、同ドラマは菜奈(原田知世)と翔太はミステリー好きという設定で、それは暗に「このドラマはミステリーの世界をリスペクトしてますよ!」と、お茶の間にエクスキューズしていたということ。つまり、いくらストーリーで奇をてらおうとも、肝心の謎解き部分はオーソドックスなパターンで行くという決意表明だったのだ。
そんな次第で、同ドラマの黒幕は黒島ちゃんで、全く問題ないのである。
『あな番』と似ている、あの歴史的名作
それはそうと、彼女に関して1つ面白い考察がある。
黒島ちゃん、そもそも自分でDV彼氏を殺すはずが――交換殺人ゲームで他の人に先を越されてしまった(つまり他の人に彼氏を殺された)結果、図らずもゲームに参加(自分が引いた紙に書かれていた赤池美里を殺害)することになり、誰とも知らぬ相手と“共犯関係”に至ったんです。
この構図、実は横溝正史原作の『犬神家の一族』とちょっと似てるんですね。あの話も、佐兵衛翁の長女・松子が息子の佐清(有名な仮面の人!)に遺産を継がせるために、妹たちの息子を殺して回るが、その後処理を勝手に青沼静馬と、彼に脅された息子の佐清が担い、図らずも両者の間に共犯関係が成立、捜査を混乱させたんです。
もっと言えば、『あな番』はドラマの最後に黒島ちゃんが赤池おばあちゃんの孫と判明するけど、それも『犬神家』におけるキーマンである珠世(映画版で島田陽子が演じた)が、映画の終盤に佐兵衛翁の実の孫と判明するくだりとよく似ている。
そう、『あな番』と『犬神家』は構造が割と似ているんです。
だとすれば、『あな番』における本当の黒幕は、『犬神家』における佐兵衛翁に該当する――赤池おばあちゃんということになる。となると、ラストで彼女が病院の屋上から落とされる(?)描写も、因果応報ということに――。
もっとも、あのシーンについては、物語の一件落着後に、まだ続きがあると匂わせる、ミステリーにありがちな「遊び」という解釈もあります。
例えば、ウルトラシリーズ第一作の『ウルトラQ』に、「2020年の挑戦」という回があるんだけど、未来から来たケムール人が人工の水たまりを使って人間を自分たちの世界へ転送させる話なんですね。で、色々あってケムール人を退治して、物語は一件落着するんだけど、ラストで刑事が冗談で水たまりに足をツッコむと、悲鳴を上げながら体が消える描写で終わるんです。
――そう、『あな番』のラストも、その手の遊びとするのが自然かも。
実際、Huluで独占配信された黒島ちゃんの高校時代を描いたスピンオフを見ても、本編のラストシーンに繋がる新展開はない。もっとも、Hulu版で事件の核心を描いたら、それはHuluに未加入の視聴者を疎外する行為になり、以前、テレビ朝日が『仮面ライダーディケイド』の最終回で「この続きは映画で」とやって、大炎上してBPOからお叱りを受けて以来、その手の手法は地上波のドラマではご法度。だから、本編は本編で完結と考えるのがいいでしょう。
『なつぞら』がオマージュしたあの映画
2クールと言えば、こちらも終わったドラマだけど、一応触れておこう。NHK朝ドラの『なつぞら』である。
同ドラマ、序盤は草刈正雄サン演ずる泰樹じいちゃん人気もあって、北海道編がやたら評判よかったのは承知の通り。中盤以降のアニメ編は、一時客離れが起きたけど、若き高畑勲や宮崎駿らが奮闘したアニメ黎明期の様子がリアルに描かれ、アニメファンからは一定の評価を得たと思う。終盤、なつが結婚して以降は、ちょっと話がダレたけど、史実の『アルプスの少女ハイジ』に該当する『大草原の少女ソラ』を作る辺りから、オープニングのアニメ(ココに繋がるのね!)などの伏線を次々に回収して、一件落着――。
まぁ、全体として朝ドラ100作目のプレッシャーの中、ヒロインの広瀬すずサンはさすがの貫禄で、よく頑張ったと思う(収録中、朝ドラのヒロインは一回は倒れるのに、彼女は無事に乗り切った)し、脚本の大森寿美男サンも過去のヒロイン達をカメオ出演させるなどの行政的なミッションに応えつつ、見事に書き切った。できれば、もっとラクな環境で書いてもらえたら、彼の上手さがもっと見られたと思うけど、それはまたの機会に。
そんな中、最終回のオンエア後に、視聴者の間である興味深い考察が生まれたことを、今回は紹介したいと思います。それは、糸井重里サンや岡田斗司夫サンを始め、ツイッターなどでも言及する人たちが多かったけど――“『なつぞら』は、映画『ラ・ラ・ランド』へのオマージュではなかったか”――というもの。
どういうことか。
まず、なつが着る服は原色が多く(ちなみに、最終回は鮮やかな黄色のワンピースだった)、それは『ラ・ラ・ランド』でヒロインのミアが着ていたポップな色使いの衣装を連想させたんですね。
そして何より、なつと天陽クンの関係が、同映画のミアとセバスチャン(セブ)の関係を彷彿させたこと。両作品とも、2人は互いに夢を抱いて同じ時間を過ごすも、やがて微妙にすれ違いが生じ、別々の道へと歩み出す。ヒロインは夢を求めて遠くへ旅立ち、一方、男は街に留まる――。
確かに、似ている。『なつぞら』で一久さん(高畑勲がモデル)の存在感が薄かったのは、要するにあの物語は、最後までなつと天陽クンの話だったからです。それは、この後の展開を見ても明らか。
――数年後、念願の夢を叶えたヒロイン(ミア、なつ)は結婚も果たし、一女を設け、かつて過ごした街を訪れる。そして、かつて夢を誓い合った男(セブ、天陽)と再会する。
もう一つの世界――パラレルワールド
そう、ここで両作品とも奇跡が起こります。
まず、『ラ・ラ・ランド』では、仮に2人が別れず、共に過ごしていた場合の幸せなパラレルワールドな5年間が、2人の幻想として描かれる。
一方、『なつぞら』では、死んだはずの天陽クンとなつが、心の中で“会話”する。そして、2人は失われた時間を取り戻す――。
ここから先は、いよいよ『なつぞら』の真骨頂です。
天陽クンは、その失われた時間を、死ぬ前に菓子屋の雪月の包装紙にしたためていた。そこには十勝の自然と、「もう一つの世界のなつ」――アニメーターにならず、十勝に留まったなつ(!)が描かれていた。
一方のなつは、そんな天陽クンの思いを受け継ぎ、新作アニメ『大草原の少女ソラ』を描く。それは、ソラ(もう一つの世界のなつ)が北海道に根差して酪農を続ける物語。最終回、ソラはレイ(もう一つの世界の天陽)と再会し、2人の未来に思いを馳せる――
そうなんです。『大草原の少女ソラ』は、なつと天陽クンにとってのパラレルワールドだったんですね。まさに、『ラ・ラ・ランド』のラストに描かれた、もう一つのミアとセブの5年間と同じ構図――。
極めつけは、『なつぞら』のラストシーンでしょう。なつ一家(なつ・一久・優)が小高い丘から十勝の街を見下ろすんだけど、その構図は、雪月の包装紙に天陽クンが描いた画に対して、鏡のように反転していたんです。まさに、両者はパラレルワールドの関係にあったと。
――もう、これは『なつぞら』=『ラ・ラ・ランド』と見て、間違いないでしょう。やっぱり、大森寿美男サンはいい仕事をしてくれました。
若者層にヒットした『凪のお暇』
さて、ここからは7月クールの個々の連ドラの評価に移りましょう。あとで10月クールの話もするので、サクッと行きますね。
まずは、個人的に7月クールでトップと思う作品から。何と言っても、TBS金曜10時の「金ドラ」枠の『凪のお暇』だと思います。
原作はコナリミサトサンの漫画で、脚本はフジテレビヤングシナリオ大賞出身の大島里美サン。全10話の平均視聴率は堂々二桁の10.0%。素晴らしいのは、前半5話より後半5話のほうが、視聴率が高かったこと。更に特筆すべきは、近年、「若者のテレビ離れ」と言われがちなF1層(20歳~34歳の女性)やティーンの人たちが熱心に見てくれたこと――。
そう、早い話が、『凪のお暇』は若者層にヒットしたんです。これぞ、チャレンジ枠と呼ばれる7月クールの面目躍如。
TBSが偉いのは、昨年も7月クールに『チア☆ダン』なる学園ドラマを仕掛けていたんですね。まぁ、アレは平均7%台と振るわなかったけど、そうやって毎年、果敢に若者層にアプローチを続けるTBSの姿勢は評価したいと思います。
それにしても――なぜ、『凪のお暇』はヒットしたのか。
まず、原作漫画から面白いんです。ドラマよりストレートにエッチな描写があったりするけど、そこは女性漫画家だけあって、いやらしさよりも、リアリティの方が引き立つ。それでいて今っぽいユルさがあったり、「人間関係あるある」が描かれていて、ぐいぐいと読ませる。
そう、ドラマの空気感は、ほぼほぼ原作通りなんですね。というより、原作の持つ良さを、脚本の大島里美サンと、演出チーフの坪井敏雄サンが素直に増幅させたという感じ。昨今、ドラマ化に際して、妙に作り手側が自分たちのカラーを出したがり、いわゆる“原作レイプ”に発展する事例が少なくない中、今回の『凪のお暇』ドラマチームの仕事ぶりは素晴らしかった。
加えて、ヒロイン・凪を演じた黒木華サンである。実は彼女、原作の凪より若干、天然感が強かったんですね。俗に、上手い役者は役を演じるより、役を自分に引き寄せるというが、まさにアレ。ドラマ版の凪は、黒木サンにしか出せない天然の味があり、それがまた、ドラマの世界観・空気感に絶妙にハマったんです
あの伝説のドラマを彷彿
まぁ、『凪のお暇』のストーリー自体は、人生に挫折した主人公がドロップアウトして、転がり込んだ先で、様々な人々と出会ううちに「自分」を取り戻して再生するという、よくある“自分探し系”のドラマである。
ただ、抜群に空気感がよかったんですね。
凪のドロップアウト先は、立川の「エレガンスパレス」なる古アパートだけど、とにかく住民たちが個性的で、癒される。そこへ、前述の黒木華サンの天然の空気感が加味されるワケだから、全体にゆるやかな時間が流れることに――。これが実によかった。
この構図、前にどこかで見たことがあると思ったら、2003年に日テレで放送された木皿泉サン脚本の『すいか』なんですね、小林聡美サンが主人公を演じたアレ。あの話も、ひょんなことから日常に疲れたヒロインが会社をドロップアウトして、三茶にある「ハピネス三茶」なる古アパートに転がり込むところから始まった。そこで個性的な住民たちと触れ合ううちに、次第に自分らしさを取り戻していくというもの。そう、物語の基本構造は同じなんです。それに、ドラマ全体にユルい時間が流れる空気感もよく似ていた。
キーマンはあの人
ちなみに、『凪のお暇』における、ヒロインを除く重要なキーマンって誰だと思います?
「空気が読む」のは上手いが、打たれ弱い元カレ役の高橋一生? それとも、癒しキャラで「メンヘラ製造機」のゴンこと中村倫也? 登場した瞬間から、大物感がダダ洩れしていた三田佳子サン?
――残念ながら、彼らはキーマンというよりは、物語を推進する重要なキャラクターだったり、超大物女優だったりして、少々ニュアンスが異なる。キーマンとは、一見、その他大勢のサブキャラの一人ながら、妙にドラマの世界観に寄与したり、さりげなく主人公の背中を押してあげたりする役回りのこと。
ずばり――それは凪の友人で、一時はコインランドリーの共同経営を目指した“坂本さん”こと市川実日子サンです。なぜなら、彼女が脇キャラとして登場するだけで、このドラマにある種のクオリティが生まれたから。
そう、市川実日子――。雑誌「Olive」の専属モデルをスタートに、その後、女優業にも進出。知的な雰囲気を持ちながら、男っぷりのいい性格と、凛とした佇まいが持ち味。いわゆる美人キャラではないが、それが逆に親近感となり、サブカル好きな雰囲気も併せ持つ。
ちなみに、彼女も黒木サン同様、役を自分に引き寄せるタイプで、近年は映画『シン・ゴジラ』やドラマ『アンナチュラル』で存在感のある役を演じたことからも分かる通り、物語のキーマンになりやすい。
そして何より、市川サンは今から16年前に、ドラマ『すいか』において、ハピネス三茶の個性的な住民の一人を演じたんです――。
オマージュにあふれた『ルパンの娘』
続いては、7月クールにおける僕の2推しのドラマ、フジテレビの木10『ルパンの娘』である。
ご存知、大ヒット映画『翔んで埼玉』の監督・武内英樹×脚本・徳永友一のコンビが送る、100%のエンタテインメント・ドラマ――。
かつては木10――木曜ドラマと言えば、唐沢寿明版の『白い巨塔』や『最高の離婚』、『ナオミとカナコ』など、ちょっと大人向けの名作ドラマやミステリーが並んだものだけど、ここ2年ほど――『モンテ・クリスト伯 -華麗なる復讐-』あたりから、シンプルなエンタメ路線に振り切った感がある。月9が「世界仕様」の新しいドラマ作りを目指している一方、木10はもう少し敷居を低く、フィクション寄りの作風を求めているのだと思う。
で、『ルパンの娘』だ。主演の深キョンも映画『ヤッターマン』同様、この種のフィクション色の強い作品だと俄然ハマる。相手役の瀬戸康史サンも今回、体を鍛えて臨んだそうで(なんと筋トレで10kg増量!)、アクションシーンは吹き替えなしでやり切ったとかで、モチベーションが半端なかった。
まぁ、視聴率こそ平均7%台に終わったけど、最終回は自己最高の9.8%と二桁目前まで上昇。SNS等の感想を拾うと、笑って泣けて、また笑えるコメディとして、内容面の評価はかなり高かったと思う。
中でも、僕が感心したのは、これは多くの人たちも指摘している通り、作品の端々に過去の名作へのオマージュが見られたことである。
例えば――
〇タイトルバッグの音楽は『ミッション:インポッシブル』風
〇オープニング映像は007シリーズをオマージュ
〇泥棒一家の華(深田恭子)と警察一家の和馬(瀬戸康史)の“叶わぬ恋”の一連のシーンは『ロミオとジュリエット』をオマージュ
〇Lの一族が活躍するクライマックスシーンの劇伴(ワンダバ)は『帰ってきたウルトラマン』風
〇10話のラスト、教会で和馬とエミリ(岸井ゆきの)の結婚式を司る神父が自らマスクを取って正体(渡部篤郎)を明かすシーンは、『ルパン三世カリオストロの城』をオマージュ
〇そこへ華が乗り込み、花婿の和馬を強奪するシーンは映画『卒業』をオマージュ
〇そして2人が手を繋いで逃げるシーンにかかる曲はチャイコフスキーの「ロメオとジュリエット」
――等々、挙げればキリがない。
俗に、エンタテインメントとは温故知新。旧作をリスペクトして、現代風にアレンジする行為こそ、クリエイティブの一丁目一番地。その意味では、『ルパンの娘』はクリエイティブに満ちあふれた作品と見て、間違いないでしょう。
あとからジワジワ人気が出る作品
多分だけど、“ルパン”つながりで言えば、同ドラマは『ルパン三世』1stシーズンや映画『ルパン三世カリオストロの城』同様、後からジワジワ人気が上がるタイプの作品だと思います。
ちなみに、1stルパンって、本放送時は3%台と壊滅的低視聴率を出しながら(その結果、高畑勲・宮崎駿両氏が演出に加わるのだから、結果オーライとも)、再放送では20%台の数字を叩き出して、2ndシーズンが作られるキッカケになったんですね。
一方のカリ城も、公開当時はその年(1979年)に全国ロードショー公開された映画で、最低の興行収入を記録したそうで。その結果、宮崎駿監督は『風の谷のナウシカ』まで、4年近く映画界を干されちゃったんです。
まぁ、そんな1stもカリ城も、今やルパンシリーズで2大傑作と呼ばれるほどの屈指の人気を誇るので、リアルタイムの数字が悪かった『ルパンの娘』は、むしろ縁起がいいとも言えるでしょう(笑)。
もし、同ドラマを未見の人がいたら、FODに加入して、ぜひ一気見(ビンジ・ウォッチング)するのをお勧めします。ぶっちゃけ、加入した月の末日に解約すれば、料金は発生しないし(笑)。とはいえ、個人的にはフジの過去の名作が見放題だから、FODは加入して損はないと思います。
見どころは?
ついでに、未見の方に、同ドラマの見どころも解説しておきましょう。
前述のオマージュシーンは外せないとして、まず、1話で囚われの身になった和馬の後ろに、天井から仮面をつけた華が逆さ吊りで降りて来て、図らずも2ショットになるシーンがあるんですね。これ、21世紀の恋愛ドラマのベストショットだと思います。ここはしっかり瞼に焼き付けて。
あと、幼馴染みの華に思いを寄せる、世界を股に掛ける泥棒の円城寺輝というキャラがいるんだけど、彼が5話で防犯レーザーを華麗に避けて、入り口までたどり着くシーンも必見です。演じる大貫勇輔サンは世界的なプロ・ダンサーで、ミュージカル俳優でもある。毎回、見られる彼と華のミュージカルシーンも要注目。特に最終回の彼の独唱シーンはセルフパロディとして秀逸です。
そして、9話・10話・11話(最終回)のラスト3話は紛うことなく神回ですね。ここは、余計な先入観なしに見た方がいいので、黙っておきましょう。
7月クールで結果オーライ『ノーサイド・ゲーム』
続いて、僕の推す7月クールの“連ドラ三傑”は――TBSの日9ドラマ『ノーサイド・ゲーム』である。
今となっては、“みんな大好きラグビーW杯”状態だけど、わずか3ヶ月前は、お茶の間はドラマの出演者(大泉洋、松たか子ほか)には興味があっても、ラグビーという競技自体にはさほど関心がなかったんですね。
本当は、W杯との相乗効果が期待できる10月クールの放送がよかったんだろうけど、今クールの日9ドラマは、あの『グランメゾン東京』――ぶっちゃけ、ドラマの放映時期を決める際に一番優先されるのは、役者のスケジュールなんです。となれば、そこが動かせないなら、W杯に向けて盛り上げるタイミングがいいだろうと、夏ドラマになったんでしょう。自局でW杯は中継しないのに、このスタンスは素晴らしい。日テレとNHKは感謝しなきゃ(笑)。
もっとも、7月クールならではの利点もある。先にも述べた通り、他のクールに比べて若干ハードルが低く、色々とチャレンジしやすいんですね。実際、今回の演出チーフを務めたのは、元ラガーマンで、慶応大学時代には日本選手権で社会人1位のトヨタ自動車を破り、日本一にも輝いた福澤克雄監督。そんな彼が「自分自身最高傑作」と自負するだけあって、役者の知名度よりも、ラグビー経験の有無でキャスティングしたりと、“攻めるドラマ作り”ができたのは、7月クールだったからとも言えます。
中でも驚いたのが、ラグビー元日本代表で、キャプテン経験もある廣瀬俊朗サンを、福澤監督自ら口説いて役者として起用したこと。最初こそやや台詞回しがぎこちなかったが(当たり前だ)、回を追うごとに役の“浜畑”になりきり、最終回では準主役的な扱いにまで成長したのは、お見事。やっぱり日本代表でキャプテンまで務めた男は違いますね。
そんな福澤監督ですが、今回、同ドラマにおいて彼の本気度が最も感じられるシーンと言えば、5話でアストロズが宿敵・サイクロンズに挑んだ一戦で間違いないでしょう。約15分間にも渡り、途中にサイドストーリーを挟むことなく、なんとゲーム一本で押し切ったアレ――。スポ根ドラマにありがちな過度なリピートやスローモーションも多用することなく、生の試合のようにリアルタイムで見せ切ったんですね。
なぜ、こんな神業ができたというと、俗に「偶然はない」と言われるラグビーという競技の性格と、ラグビーを熟知した福澤監督の綿密な演出の賜物でしょう。つまり、“頭脳のスポーツ”と評されるラグビーだからこそ、そこに計算され尽くしたディレクションを施すことで、地上波のプライムタイムの15分間に耐え得るゲームを作れたんです。いや、ほんと神業。これ、福澤監督以外じゃ絶対に無理――。
そうそう、面白いのは、今回、このコラムを書くにあたって、改めてこの5話をParaviで見返したんだけど、このW杯の40日間ですっかりラグビーに詳しくなった今の僕らの視点で見ると、手に取るように次の展開が分かったりして、前に見た時よりも数倍面白いんですね。よかったら、皆さんもぜひ。
かつてメジャーなスポーツだったラグビー
ところで、今の若い人たちには知らないかもしれないけど、かつて、昭和の時代はラグビーのドラマって、割とポピュラーだったんですね。日テレの日曜夜8時台なんて、昭和の時代は学園青春ドラマのメッカで、夏木陽介サンの『青春とはなんだ』に始まり、竜雷太サンの『でっかい青春』や中村雅俊サンの『われら青春!』など、ラグビードラマは同枠の定番だった。
そして、忘れちゃいけない、80年代にはTBSの『スクール☆ウォーズ』の存在。ご存知、大映テレビの制作で、伊藤かずえ演ずるヒロインに「馬上から失礼します」と言わせたり、イソップを始めとする濃すぎるキャラたちが人気を博したりと、今も語り継がれる伝説のドラマだ。オープニングでいきなりネタバレしながらも、最終回に「花園」で全国制覇を成し遂げる有終の美は、それなりに感動したのを覚えている。
そう、花園――。高校野球の甲子園に匹敵する、高校ラグビーの聖地ですね。そして大学と社会人ラグビーの聖地と言えば、長らく「国立」こと、国立競技場だった。
思えば、昭和の時代は、毎年1月15日の「成人の日」は、社会人1位と大学1位が聖地・国立で日本一を争う「ラグビー日本選手権」が、長らく日本の風物詩だった。スタンドには成人式帰りの晴れ着の女性たちが花を添えたりして、それはもう、国民的なお祭りだったんですね。
そもそも、なぜ昭和の時代はラグビーが花形スポーツだったかというと――ラグビーって、イギリスの上流階級の子弟が学ぶパブリックスクールで生まれただけあって、明治の時代からそれらの学校を規範とする私大(慶応・早稲田・明治など)に、早くから取り入れられたんです。かつて「蹴球」といえば、サッカーではなく、ラグビーを指したほど(現に、今でも慶応のラグビー部の正式名称は蹴球部だし、早稲田もラグビー蹴球部だ)。そう、昔はラグビーの方がサッカーより、ずっとメジャーだったんです。
それが平成になり、1993年にJリーグができたあたりから形成が逆転。翌94年を頂点に、ラグビーの競技人口は減少に転じ、以後、右肩下がりに。ラグビー界最大のお祭りの日本選手権も、96年を最後に社会人1位と大学1位が対決する“天王山方式”が終了。更に2000年から「成人の日」もハッピーマンデーになったことで、日本選手権=成人の日の構図が崩れ、ラグビーは国民的関心から急速に遠のくことに――。
スポ根ドラマはリアルスポーツとリンクする
それが、なぜここへ来てラグビー人気が復活して、再び、ラグビードラマまで作られたかというと――それはもう、昨今のラグビーW杯の盛り上がりを抜きには語れませんナ。
というか、いわゆる“スポ根ドラマ”の歴史を紐解くと、大抵、そこにはリアルスポーツの隆盛があって、密接にリンクしてるんです。全ての源流をさかのぼれば――そう、1964年の東京オリンピックに行き着きます。あの王者ソ連を破って金メダルに輝いた「東洋の魔女」こと日本女子バレーボールチームと、熱血指導で率いた「鬼の大松」こと大松博文監督に――ほら、例の大河ドラマの『いだてん』で、チュートリアル徳井サンが演じて話題になった、あの人に。
熱血コーチが選手たちを猛特訓して、その苦しみに耐え抜いたチームが一丸となって、時の王者を倒す――そんなスポ根ドラマのフォーマットは、先の東京オリンピックで生まれたんですね。そして4年後――メキシコオリンピックの年に、再びオリンピック熱が高まる中、ドラマとして花開いたんです。それが元祖スポ根ドラマと言われる『サインはV』(TBS系)だった(先ごろ、同ドラマで鬼コーチ役を務めた中山仁サンが亡くなられました。ご冥福をお祈りします)。
以来、スポ根ドラマは、リアルスポーツの隆盛とリンクしながら、続々と作られます。例えば、アニメの『巨人の星』は球界の盟主である巨人の「V9時代」の全盛期に登場したし、プロボウラーの活躍を描いた『美しきチャレンジャー』も、ボウリングブーム真っ盛りに作られた。そして前述の『スクール☆ウォーズ』は、1981年の全国高校ラグビーで奇跡の初優勝を遂げた元日本代表の山口良治監督率いる伏見工業をモデルに作られたのは承知の通り――。
で、今回の『ノーサイド・ゲーム』。恐らく、その元ネタは、今から4年前のイングランドW杯で日本が強敵・南アフリカ相手に勝利し、「ブライトンの奇跡」と呼ばれた伝説の一戦ですね。なぜなら、あの試合で、日本ラグビーは世界に認められ、今回のW杯の日本招致へと繋がったし、同ドラマに出演した廣瀬俊朗サンも、前キャプテンとしてあの試合に接し、試合前にはチームのモチベーションを上げて“陰の功労者”と呼ばれたほど――。
そう、『ノーサイド・ゲーム』の最終回で、アストロズが王者サイクロンズ相手に見せた奇跡の元ネタは、先の大会の「ブライトンの奇跡」だったんです。もっとも、同試合を中継したNHKの豊原謙二郎アナは、4年後の今回のW杯で、あの「日本対アイルランド」戦の実況を担当し、ノーサイドの笛の直後にこう叫んだ。「もうこれは、奇跡とは言わせない!」
――もう、現実の方が、ドラマより先に行っちゃってる(笑)。まさに、事実は小説より奇なり。
7月クール、期待外れに終わった作品たち
さて、ここからは一転、前評判に反して、7月クールの期待外れに終わった作品たちを振り返りたいと思う。
まず――恐らくこれは衆目の一致するところだろうけど、TBS火曜10時の『Heaven? 〜ご苦楽レストラン〜』は外せないでしょう(笑)。
かのドラマ、石原さとみ演じるミステリー作家の黒須仮名子が、自身の美食趣味を満たすためにフレンチレストラン「ロワン・ディシー」をオープンする話である。原作は、佐々木倫子サンの人気コミック。見どころは、彼女が自ら集めた欠陥だらけのスタッフたちが、トラブルを巻き起こしながらも、やがて最強のチームに生まれ変わるというもの――これだけ聞くと、なんだかとても面白そうだ。
実際、寄せ集めのポンコツ集団が成長して、一流のチームに生まれ変わるプロットって、エンタメの世界では『がんばれベアーズ』方式と言って、王道なんです。同じレストランものなら、三谷幸喜サン脚本の『王様のレストラン』もこのパターンだった。
まぁ、そこまでは問題ない。問題は――ドラマ化に際しての演出である。同ドラマの演出チーフは木村ひさしサン。エンドロールで自分の名前を手書きで見せるなど、かなり自己愛の強い人だが、案の定――その姿勢は仕事にも表れている。例えば、本作では登場人物たちのモノローグ(心の声)を、頭の上にCGで顔を映して喋らせるという奇策を用いているが、正直――滑っている。しかもクドい(笑)。見ていてイライラする。一事が万事、この調子なのだ。
以前、三谷幸喜サンが最も信頼を寄せる演出家の河野圭太サン(『王様のレストラン』や『古畑任三郎』でお馴染みのベテラン演出家)がおっしゃっていたんだけど、河野サンが理想とするドラマ演出とは、演出家の存在をお茶の間に微塵も感じさせないドラマなんですね。つまり、観客は自然とドラマの世界観に没頭して、登場人物のキャラクターやストーリーを楽しむ――その状態を陰ながらサポートするのが、演出家の役目だと。そう、要は裏方さん。僕もその意見に大賛成だ。
なぜなら、ドラマはやっぱり「脚本」だから。アメリカのドラマ界はこれが徹底していて、あちらでは脚本家に支払われるギャランティの方が、主演俳優より高いケースは珍しくない。だから、最高の脚本と、それを演じる役者たちの魅力を、いかに削ぐことなくお茶の間に届けられるか――それがデキる演出家の条件となる。
となれば――このドラマ、そもそも登場人物たちが魅力的に描かれていたのか、そこから怪しい。特にSNSなどで「ウザい」と散々やり玉に挙げられた志尊淳サンなんて、被害者の最たるもの。言うまでもなく、役者に芝居(キャラクター)を付けるのは演出家の仕事。志尊サン演じる「川合太一」がお茶の間にウザいと感じられたら、それは芝居を付けた演出家の責任なんです。
せっかく、今の連ドラ界で屈指にキャスティングが難しいとされる役者の2トップ――志尊淳サンと岸部一徳サンを押さえておきながら、彼らの魅力を十分に生かせなかった同ドラマの責任は、つくづく重いと思う。
安く作って、安くなった感の『偽装不倫』
そして、7月クールで、僕の考えるもう一つの期待外れドラマが――日テレの水10の『偽装不倫』である。平均視聴率こそ10.3%と、ギリギリ二桁に乗せたけど、どうにも主役の2人に感情移入できず、ラブストーリーとして致命的に盛り上がりに欠けた感がある。
原作は、『東京タラレバ娘』や『海月姫』でお馴染みの東村アキコサンの漫画だ。婚活に疲れたアラサーの独身のヒロインが、韓国へ一人旅をする機内でイケメンの韓国人男性と知り合い、ひょんなことから「既婚者」と嘘を付いたところから不倫の誘いを受けるというプロット。それ自体は、すごく面白そうだ。
しかし――しかし、である。
これ、ドラマ化にあたり、設定を変えちゃったんですね。杏演ずる主人公の鐘子が一人旅で向かう先は韓国ではなく、九州の博多に。しかも機内で知り合う男性は韓国人ではなく、日本人(宮沢氷魚)になっちゃった。
原作では、異国人同士ゆえに距離感もあって、意思疎通がうまくいかずに鐘子は最初についた「人妻」の嘘を打ち明けられずに悩み続けるんだけど、ドラマ版では日本人同士なので、そこまで距離感はない。ひと言、「本当は独身です。ごめんなさい」と鐘子が打ち明ければ、万事解決して2人はハッピーになれるのに、視聴者は終始優柔不断な鐘子にイライラされっぱなしだったんです。
これ、恐らく昨今の「働き方改革」や、制作費の削減などもあって、ドラマの現場の“懐事情”から設定が変更されたんだろうけど(原作からドラマ化に際し、設定が変わること自体は珍しい話じゃない)、その一方で、世の中には変えちゃいけないこともあって、『偽装不倫』の場合、“日韓の国境を超えた愛”というのは絶対に変えちゃいけなかったんです。
折しも、日韓がギクシャクしている時勢でもあり、だからこそ、そんな二国間で愛を貫く2人に物語性が生まれ、俄然面白くなったのに、惜しい。
これ、実際に僕が経験したことなんだけど、前に博多に里帰りした際に、屋台でたまたま、若い日本人女性と韓国人男性のカップルと隣り合ったんですね。福岡は船で行き来できるくらい韓国と近いので、それ自体は別段珍しい話じゃない。僕が2人に興味を惹かれたのは――その日、2人は明日から“2年間の別れ”をする最後の夜だったんです。
もう、お分かりですね。そう、韓国には兵役の義務があるので、成人男性は2年間、入隊しないといけない。明日、その韓国人男性は国に戻り、入隊する予定だったんですね。で、2年間、2人は離れ離れになると――。これ、めちゃくちゃドラマチックじゃないですか。僕はその時、日韓のラブストーリーは絶対にドラマになると確信したんです。
分かります? 『偽装不倫』もそれくらいドラマチックにできたのに、あっさり根幹の設定を変えたことで、安いドラマになっちゃったんです。
10月クール連ドラ雑感
ここから先の話は長くない。
原稿が遅れたついでに、現行の10月クールの連ドラの感想もちょっとやっときますね。
まずは――こちら。Twitterでは毎クールやってるんだけど、「連ドラ一口批評」を、今回は遅れたお詫びにこちらのコラムで(笑)。その後で、個別に気になるドラマをもう少し詳しく解説しましょう。
では、10月クール連ドラ一口批評から――
『シャーロック』バイオリン。『まだ結婚できない男』歩くだけで面白い。『G線上のあなたと私』波瑠だけ。『同期のサクラ』ワンパターン(褒めてます)。『ドクターX』ワンパターン(どうでも)。『モトカレマニア』脳内議論。『4分間のマリーゴールド』暗い。『時効警察はじめました』お好きに。『俺の話は長い』超面白い。『おっさんずラブin the sky』熱中時代・刑事編。『グランメゾン東京』七人の侍。『ニッポンノワール』疲れる。
――という感じ(笑)。では、以下に個々の感想をもう少し掘り下げます。
『シャーロック』は少女漫画
まず、フジの月9の『シャーロック』から。まぁ、ディーン様の正解というか、ディーン・フジオカを起用するには、やはりこの手のキャラの立った役を当て、外連味たっぷりに見せるのに限りますね。ある意味、少女漫画の世界とも。
フジテレビはBBC版『シャーロック』とは別ものと言ってるけど、それはその通りで、こちらの脚本は井上由美子サンのオリジナル。ところどころに原作を思わせるオマージュが散見されるくらい。
一方、BBC版は原作に忠実に、ドラマが展開する。まぁ、それができるのは、ロンドンの街並みが、ホームズが活躍した19世紀後半からほとんど変わってないからですね。あちらは地震が少なく、且つ石文化だから、平気で築500年くらいの建物に住んでいたりする。ホームズとワトソンの住むベーカー街もほとんど変わってないし、ビッグベンも160年前からずっとそこにある。だから、原作をいじらずに物語が作れるんです。
「月9」がやるべきドラマとは?
僕は、この「月9」という枠は、昨年4月クールの『コンフィデンスマンJP』以降、世界仕様の新しいドラマ(その気になれば海外でも売れるドラマ)を作る枠に変わったと思っている。だから、医療ドラマや刑事ドラマにしても、テレ朝のドラマにありがちな単純な一話完結にはせず、そこに作家的な視点や、今っぽさを入れている。
例えば、前クールの『監察医 朝顔』にしても、単なる法医学者と刑事の父娘の話に終わらせず、そこに東日本大震災で失った母親の遺体を探すというサイドストーリーを入れることで、社会性のあるドラマに仕上げた。
その方法論に立てば、僕は月9でやるべきは、実はシャーロック・ホームズではなく、日本が生んだ名探偵と怪盗――明智小五郎と怪人二十面相だったのではと思う。特に、映画『ジョーカー』が世界的大ヒットしている現状を見るに、怪人二十面相の心理面を、作家的見地から掘り下げて描けば、かなり面白くなったのでは――なんつって。
女性陣を一新した『まだ結婚できない男』
続いては、今クールで僕が最も楽しみにしているドラマの1つ、『まだ結婚できない男』である。もう、阿部寛サン演じる桑野は歩いているだけで面白いが、それはそうと、キャスト陣――特に桑野を取り囲む女性陣を一新したことが議論を呼んでいる。
ただ、これはフォローさせてもらうと、続編モノって基本、ゴールポスト(ドラマの終着点)を動かすか、主人公以外のキャストを一新しないと成立しないんですね。じゃないと、前作の繰り返しになってしまうから。もしくは、かつての『熱中時代・刑事編』みたいにタイトルだけ同じで、パラレルワールドの世界を描くか。ちなみに、今クールでは『おっさんずラブin the sky』がこのパターン。
1つ例を挙げましょう。続編で成功したドラマと言えば、『JIN-仁-』があります。アレは、続編でゴールポストを動かしたんですね。正編では「江戸の人々を近代医療(ペニシリン)で救う」ことがゴールだったけど、続編では「坂本龍馬を暗殺から守る」ことにゴールが変わり、前作を上回る視聴率を獲得した。
これを『まだ結婚できない男』に当てはめると――ゴールポストは「結婚できるか否か」でドラマのコンセプトに関わるので、そこは動かせないんです。ならば、キャストを一新するしかなかったんですね。現状、女性陣で言えば、夏川結衣→吉田羊、国仲涼子→深川麻衣、高島礼子→稲森いずみと、前作からスライドしてるけど、個人的には吉田羊サンは上手くキャラが立っていると思います。
働き方改革は脚本にも影響する
とはいえ、今のところ、『まだ結婚できない男』の視聴率は、15%前後で推移した前作に比べ、10%前後と少々物足りない。13年も経って、テレビを取り巻く視聴環境の変化と言ってしまえば、それまでだけど、僕はもう一つ――ドラマの制作環境の変化もあると思う。鍵は「働き方改革」だ。
例えば、今作の5話は、桑野と例の女性陣らがひょんなことから鎌倉で一緒になる、通称「ロケ回」だった(連ドラは美術さんに負担をかけすぎないために、大抵1回はロケ回が入ります)。これ、前作では4話がロケ回だったんですね。桑野と夏美(夏川結衣)がひょんなことから柴又の「はとバスツアー」で一緒になるも、新人のバスガイドが説明する横から桑野がウンチクを挟み、それが元でバスガイドは泣き出し、夏美とも口論に――。
ただ、この回はもう一班ロケ隊がいて、英治(塚本高史)やみちる(国仲涼子)らは、今は亡き多摩テックの遊園地に出掛け、彼らも家族連れの大混雑に巻き込まれるという、散々な目に遭うんです。つまり、2班体制でロケが組まれていたんですね。
制約を受ける脚本
つまり、同じロケ回でも、今回は鎌倉の1班だったけど、13年前は柴又と多摩テックの2班体制が組まれていたんです。これ、恐らく「働き方改革」の影響で、今や長時間の撮影は回避される傾向にあり、だからと言って、制作費は変わらないので人を増やせず、結果として脚本が制約を受けるんですね。
ちなみに、前作の4話のラストは、柴又の一件を詫びたい桑野が、夏美を自宅マンションの屋上から見える花火に誘うも、夏美はみちるたちと花火に行く先約があり、これを断る。しかし、当日、みちるたちの一行は、またもや大混雑に巻き込まれ、ろくに花火を見られない。そこで夏美が一計を案じて、桑野が一人花火を楽しむマンションの屋上を訪ねる。
夏美「あの……ご一緒してもいいですか」
桑野「(動揺しつつも)ええ、まぁ……そう、おっしゃられるなら、僕は別に」
夏美「(笑顔で)ありがとうございます」
桑野「(ハニかむ)うん……あの」
ここで夏美が後ろを振り返る。
夏美「みんな、いいって!」
次の瞬間、みちるたち一行がドカドカと屋上に上がってくる。
――ほら、めちゃくちゃ面白いでしょ(笑)。
そう、2班体制のロケには、ちゃんとこのラストに繋がる伏線があったんですね。今作の脚本が今ひとつハネないという声もあるけど、そこには「働き方改革」から来る、こんな弊害もあることを、頭の片隅に置いておいてください。
ちなみに、ハリウッドが作るドラマはユニオンの関係でもっと労働時間に厳しいけど、あちらはドラマを売買するシンジケーション(流通市場)が確立されており、ドラマに潤沢な予算をかけられるんですね。日本のドラマ市場も近い将来、そうなりたいところ――。
『俺の話は長い』はシットコム市場を作れるか
さて、続いて僕が、今クールおすすめするドラマが――まぁ、これはみんなも絶賛してるけど、日テレの土曜ドラマ『俺の話は長い』ですね。
1回の放送につき、30分×2話という珍しいフォーマット。これ、要するにアメリカの「シットコム」のフォーマットなんです。ほら、『フレンズ』とか『セックス・アンド・ザ・シティ』とか『ビッグバン★セオリー ギークなボクらの恋愛法則』とか、あれがシットコム。
あちらでは、エミー賞などで扱うドラマは、2つのジャンルに分かれていて、1つは60分尺のドラマ部門、もう1つが30分尺のコメディ部門と、ちゃんと30分のシットコム市場が確立されているんですね。
つまり――このドラマは、同じ日テレの『あなたの番です』などと同様、海外市場を狙っているということ。まぁ、実際に売れるかどうかは分からないけど、そういう腹積もりで作っていると。
脚本・金子茂樹の打率の高さ
このドラマの面白さの肝は、何と言っても脚本を手掛ける金子茂樹サンでしょう。2004年に脚本家の登竜門として最も有名なフジテレビヤングシナリオ大賞の「大賞」を受賞し、いきなり翌05年の月9ドラマ『危険なアネキ』に、メインライターとして連ドラデビューを果たしたシンデレラボーイ。
彼の名前を一躍有名にした作品と言えば、これはもう、07年の月9ドラマ『プロポーズ大作戦』ですね。主演は山下智久と長澤まさみ。結婚式の途中でスライドに投影された写真の過去に何度も戻って、プロポーズをやり直すプロットは秀逸だった。後に韓国と中国でもリメイクされたことが、その傑作ぶりを物語る。
その後も、金子サンは、『VOICE[ヴォイス]〜命なき者の声〜』、『SUMMER NUDE』(以上、フジテレビ)、『きょうは会社休みます。』、『世界一難しい恋』、『もみ消して冬〜わが家の問題なかったことに〜』(以上、日本テレビ)など、コンスタントにヒット作を連発。その打率の高さに驚かされる。
役者が出たい脚本家の作品
思えば、スタート前の会見で、出演者の一人の西村まさ彦サンが「大好きな脚本家の作品に出られて幸せ」と言ってたけど、金子茂樹サンの作品って、俳優たちから異常に支持されてるんですね。それだけに、本作品に臨む役者たちのモチベーションの高いこと。
主演の生田斗真サンはニートのくせに口達者なアラサー男をリアリティたっぷりに好演してるし、共演者では姉役の小池栄子サンと姪っ子役の清原果耶サンが、抜群に上手い。清原サンは普段は比較的シリアスな役どころが多いから、この手のシットコムは彼女のキャリアにとって、大きな自信になったはず。
そう、シットコムの利点は、役者たちの実力がダイレクトに分かることなんですね。それだけに、実力ある役者たちに光が当たるのはいいことだし、これを機に、日本でもシットコム市場が根付いたら、ドラマ界はもっと面白くなるはず。ひょっとしたら、近年、連ドラから遠ざかっている三谷幸喜サンがシットコムで復帰してくれたりして――。
『クランメゾン東京』の元ネタはあの有名映画
さて、ここまで長々とコラムを書いてきたが(長すぎる!)、最後は、あのスターで締めくくりたいと思う。そう、木村拓哉主演の『グランメゾン東京』である。
ここまでのところ、視聴率は二桁で順調に推移。しかも4話目で13.3%と、自己最高を更新した。ぶっちゃけ、近年のキムタクドラマの中でも屈指に面白いと思います。その理由は――超・王道だから。
そう、やっぱりスターは王道ドラマが似合うんです。
本作は、かつて天才と呼ばれたシェフ・尾花夏樹(木村拓哉)がある事件がキッカケで没落し、再起をかけて、自分を救ってくれたオーナー・早見倫子(鈴木京香)に三つ星を獲らせるべく、レストランを開業する話。とはいえ、かつてスキャンダルを起こした彼に味方する者は少ない。そこで、まずは仲間集めから始めるが――もう、この展開からして、黒澤明監督の往年の名作『七人の侍』なんですね。
そう、これはオマージュ。日本史上最も有名な作品をリスペクトすることで、もはや逃げも隠れもしない。そう、超・王道で勝負してこそ、天才・木村拓哉の実力が際立つというもの――。
そして、脚本はかつて江口洋介主演の『dinner』を書いた黒岩勉サン。数字こそ伸び悩んだけど、作品としては、僕は傑作だと思っている。今、最も面白いレストランドラマを書ける脚本家は、彼で間違いないと思います。
加えて、演出チーフは、『リバース』や『アンナチュラル』など、今、女性演出家で最も注目される塚原あゆ子サン。空気感まで伝わる瑞々しい絵を撮らせたら、彼女の右に出る人はいないでしょう。
結論――この布陣で面白くならないはずがない。
料理が美味しそうなレストランドラマ
そうそう、意外と忘れがちだけど、レストランドラマにとって大切なこと。それは、作る料理が本当に美味しそうに見えることなんですね。
その点もぬかりない。今回の料理の監修は、あの「カンテサンス」の岸田周三シェフ。ご存知、12年連続でミシュランの三つ星を獲得した若き天才。この人の作る料理は、見てくれだけじゃなく、ちゃんとビジュアル通りに美味しいので、嘘がないんです(本当)。
そして、忘れちゃいけない、キムタク自身の料理の腕。考えてみれば、あの「BISTRO SMAP」で20年に渡り、腕を振るってきたのだから、その辺の料理人より、よほどキャリアがある。同ドラマは料理シーンもたくさんあるが、もちろん全て、キムタク自身が演じている。
今後、同ドラマは三つ星の獲得と併せて、かつて尾花を貶めた“犯人”探しが佳境に入ってくるだろうが、王道ドラマの法則に従えば、真犯人は最も怪しくない人物ということになり、「ハハーン」と予想してしまうが――さて(笑)。
この続きは「反省会」でやるとしますか。今度こそ、早めに書きます(笑)。
また、お会いしましょう。