ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

「文学になるセックス、ならないセックス」pha×高石智一

――自分にとってセックスは、そんなに安易に手に入るものではなく、なにか憧れの素敵な行為であってほしい――

先日発売された小説『夜のこと』の一節だ。昔はたしかにあったはずのセックスという行為への畏敬の念が、回数を重ねることによってすり減り、変化していく……そんな大人になってからの多くの夜が、実体験をもとに描かれている。
書いたのは、元”日本一有名なニート”・pha(ファ)さん。これまでも『持たない幸福論』など、京大卒の高学歴ながら従来の価値観に頼らず生きていく様子を描いた書籍が注目を浴びたが、初めて書いた小説『夜のこと』が同人誌即売会・文学フリマ東京で発表されて話題を呼び、今回書籍化されることとなった。

文学フリマで『夜のこと』を発見し、書籍化を担当したのは編集者・高石智一さん。
これまでもドラマ化された『死にたい夜にかぎって』(爪切男)や、『夫のちんぽが入らない』(こだま)など、作家の実体験をもとにした話題作を多く手掛けている。
「いつも思い出すのは、やれてしまったあの人よりも、やれなかったあのコの顔」が声明文の永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリーでは、これらの作品に大きく共鳴。担当編集者の高石さんにも同席してもらい、インタビューをおこなった。

phaさんに(金がなくても)モテる秘訣を聞く

――この小説は「無職でシェアハウスなんか住んでたらモテないだろ」と友人に言われるところから始まります。が、読んでみて……phaさんがめちゃめちゃセックスしてることがわかりました……!まずは、お金に頼らないモテの秘訣を教えて下さい!

pha「自分が場を作る側にいると、一目置かれるんですよね。自分の場合、それがシェアハウスだったんですが、自分が主宰の、自分が中心の場を作ると一気にモテやすくなると思います」

――小さくてもいいから、自分の城を作るというイメージでしょうか。

pha「そうですね。自分の家がオフ会会場みたいになるとお金もかからず、知り合う人数を一気に増やすことができる。もちろん、それに応じて仲良くなれる女の子の数も増えますよね。やっぱりいつの時代も、ちょっと寂しいから、どこか人の集まってる場にいきたい、という人はいますから。そこの場の主であれば、無視はされないし、気も遣ってもらえますしね」

女性の“受け皿”であれ

――高石さんは、今回の小説のもととなった文学フリマ東京での『夜のこと』を読んで、その後に初対面を果たしていらっしゃるんですよね。

高石「ええ、もちろんその前のphaさんの書籍も読んではいます。その時点での印象は“ダルい人”。で、この『夜のこと』には、そのダルさみたいなものが根底にある世界で、恋愛とかセックスを描いているっていう構造がすごく面白かったんですよ」

――様々な夜の話を読んで、phaさんがたくさんセックスできている理由は何だと思われますか?

高石「この本の中にも“受け皿”という言葉が出てきますが、やっぱりphaさんが女性の感情の受け皿になれているからではないでしょうか。会話で言えば聞き役といいますか。それをきちんと受け止めるかどうかはおいておいて、受け皿になってくれる人を欲している人は男女問わず多いのではないかと」

pha 「グイグイ積極的に口説き落とすみたいなのは得意ではないんですよね。狩りで獲物をとるみたいな男性は苦手で……」

高石「そういう狩猟を楽しむ原始的な界隈があるのはわかってるんですが、phaさんはそことは別のところにいますよね」

pha「あとは年齢の問題もあると思います。30代後半になってくると、適当な屈託のないセックスが増えてくるんですよ」

――屈託のないセックス、ですか?

pha「人生とは別に恋愛やセックスがある、みたいな。アラサーくらいまでって、自分はどうやって生きようか、とか考えてそこと関連して相手を探したりするじゃないですか。でも30代後半くらいになると『もう自分の人生こんなもので変わらないし』って自分の将来をいったんおいておいて、そことは別に恋愛やセックスを楽しみましょうという雰囲気が出てくる気がするんですよね」

セックスは約束だけで満たされる

高石「そもそもなんですが、セックスってそんなに楽しいものなんですかね?もちろんすることで満たされる気持ちもわかるんですが、あんなに触りたかったおっぱいを触ってもすぐに飽きてしまう感覚ってあるじゃないですか。『したいなぁ』はあるけれど、いざしてみると『まあこんな感じかなぁ』に落ち着いてしまう感じがするんですよね」

pha「僕は高石さんよりも、楽しいとは感じていると思います。ただ、触れたり触れられたりという行為自体は楽しいんですが、セックスには人間関係がまとわりついてくるので、それは面倒くさいんですよね」

高石「関係性もかわりますしね」

pha「ただ、単に楽しかったセックスというのは文章にならないんですよね。この本に書かれているのも、行為自体というよりも、セックスの後に考えたことだったりしますし。むしろ、ヤラなかった感じのほうが印象に残ったりしますよね」

――セックスをする約束だけして、結局やらなかった話もでてきますね。

pha「あれは、ヤッてたほうが話としてはつまんないんですよね。約束した瞬間だけで7割~8割は満たされてるんです。で、実際にヤッちゃうとがっかりしちゃう、ということもある。単にセックスして楽しかった、なんて話は書いてもしょうがないんです」

高石「実はこの本もセックスの描写自体がたくさん入ってるわけではないんですよね。セックスした後に気持ちが内(うち)に入っていくようなキャラクターの主人公で、セックスしながらも迷っている。彼がセックスをした後にどんなことを考えているかが描かれていて、僕はそこに惹かれました」

実体験が文学になる人にある“距離感”

――そこが文学になりうる部分なのかもしれませんね。高石さんは、今回のphaさんはじめ、爪切男さんの『死にたい夜にかぎって』や、こだまさんの『夫のちんぽが入らない』など、作家さんの実体験をもとに描かれた小説を多く担当されています。ネット上まで含めれば、自分の話を書いていらっしゃる方はたくさんいると思うのですが、作品になる方は何が違うのでしょうか?

高石「距離感、だと思います。書こうとしているものごとに対して、俯瞰する位置に自分をおけるかどうか。ある程度、距離をおいて冷静になって振り返って書ける人と、その渦中にいてただ吐き出すだけの人とは大きな違いがありますね。渦中にいると、どうしても感情的になってしまって、考察が足りなくなってしまう。そうすると表現も直接的になってしまうんと思うんです」

pha「僕も最初は、どこに出すとも決めずに、自分を整理するために書き始めたんです。だんだん、書くことで供養している感覚になってきました。こだまさんの『夫のちんぽが入らない』も、距離感がすごいですよね」

高石「こだまさんも、入らなかった時点から、しばらく時をおいて書いていますからね。あの渦中で、『死にたい』と思っているときに書けるかというと、どれだけ文章力があっても難しいと思います。爪切男さんも、恋愛からちょっと離れたところで、かつての恋愛経験に笑いをまぶしたりしながら書いている。実体験とはいえ、体験を文章にして創作物にするには距離感が必要なんです」

――渦中から吐き出すのではなく、距離をとって、考えて、創作物にできる人。

高石「僕が好きなのは、物事から距離をとった上で、そこでもまだ考えてる人。決して悟ってる人が好きなわけではないんです。考えすぎて出家まではいってほしくなくて、その手前で、出家しようか悩んでるくらいが面白い作家なんじゃないでしょうか」

――感情だけでもだめだけだけど、考えすぎて悟ってもダメ、と。

高石「ええ、これは僕個人の特性でもありますが、感情が前に出過ぎてるものって“当てられた”感覚になってしまうんです。悲しさとか怒りとかが直接的過ぎると、読んだこちらがぶつけられている感じになるので、読み物としてはそうではないものがいいです。もちろん、実況のように自分の感情をネットで出す、という表現もあっていいと思いますが、本という形式でいうとそうではないものがいいですね」

――最後に、これを読んでいる、自分の体験を本にしたい方に向けて、アドバイスをお願いします。

高石「まずは実際に書いている、ということ自体が大事な気がします。あとは、いかに正直に書くかが文章の強度になります。取り繕ってかっこつけて書いてるものは響かない。自分の過去を振り返って、あれこれ思い出して、恥ずかしさのあまり『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙』って声が出てしまうようなものを書けばいいと思うし、僕はそういうものが読みたいです」

pha「僕もやっぱり恥ずかしいものが、一番面白いと思っています。さらけ出しすぎて恥ずかしいから、今回の本も皆さんにはこっそり読んで欲しいです(笑)」

(構成:霜田明寛)

■書籍情報

<著者プロフィール:pha>
1978年、大阪府生まれ。作家。京都大学総合人間学部を24歳で卒業したのち、25歳で就職。できるだけ働きたくなくて“社内ニート”になるものの、30歳を前にツイッターとプログラミングに衝撃を受けて退社し上京。シェアハウス「ギークハウスプロジェクト」を主宰し、”日本一有名なニート”と呼ばれた。著書に『持たない幸福論』『しないことリスト』『どこでもいいからどこかへ行きたい』などがある。 初の小説『夜のこと』が11月16日発売。

出版社:扶桑社/小説『夜のこと』好評発売中/ 価格:1,300円+税

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