ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

第12回「モテ期と君の嘘」

劇団「ゴジゲン」所属の俳優であり、自身でも劇団「ザ・プレイボーイズ」を主催し脚本・演出を手掛ける善雄善雄さんが、ごく個人的で、でも普遍的な“あの頃”を綴る連載第12回。
今回は、辛すぎた高校生活に突如訪れた「モテ期」について。しかし、自己肯定感が欠如していた善雄さんにとって、それは哀しくも不思議な青春の思い出となるのでした。

「付き合って欲しいんだけど…」
「………え?」

それは、まさに青天の霹靂でした。

高校2年になる前の、短い春休み。
僕は人伝てで紹介してもらった、大学生が中心になって結成した劇団に、エキストラとして参加していました。

その公演が終わり、高2の1学期がはじまってからも、週末にときどきその劇団の先輩からバイトを紹介してもらったり、遊んでもらったりしていたのですが、
そんなある日の週末、先輩の家に大人数でお邪魔して宴会をしていた際、珍しく僕の携帯に着信が入りました。

電話の相手は、他校の演劇部の、同い年の女の子でした。

キッチンの方に移動してから電話に出ると、「今いい?」的な確認ののち、生まれて初めて、前述の、いわゆる告白というものを受けました。

率直な感想は、「いや…えええええ!!!?」という感じでした。

なんというか、まったく理解が追いつかない。というかいつの間に好きになられていたんだ。最近なんかよくメールとかくるなぁとは思っていたけれど、それが恋とはまさか夢にも思わなかった。

そういえば…この日の約2週間ほど前。

共通の友人(女の子)から、とある舞台を、告白してくれた子と僕の3人で見に行こうと誘われ、
待ち合わせ場所に着いたら共通の友人がドタキャンをかまし、この子と2人きりで観劇することになったんだった。

あれはそういうことだったのか。

そしてその日の夜、ドタキャンした友人から、「デート楽しかった?」的な、からかうようなメールが届いてたんだった。

あれはそういうことだったのか。

そんで2人で舞台を観たのち、「せっかくだからプリクラ撮ろ!」と、何故かその子に誘われて2人でプリクラを撮ることになり、
撮影中、「もう少し真ん中に寄って」と指示されて急に顔が大接近する形になり、そのあと彼女は顔を真っ赤にして「ここ暑い」と言いながら首筋を手でパタパタと扇いでいたんだった。

あれはそういうことだったのか!!!

今にして思えば、「普通気づくだろバカなのか」という感想しか持てないのですが、
ドタキャンも、普通に都合が悪くなったものだと信じ切っていたし、
プリクラに関しても「女子高生は誰とでも撮るんだなぁ」と真剣に思ってたし、
「プリクラの機械はカーテンで仕切られてるから暑いのか」などと、なに一つ感づけてはいませんでした。

なんというか…ひとたび高校に戻るとひたすら「キモい」と陰口を叩かれていた僕ですので、
たぶんその当時、自己肯定感というものが欠落してしまっており、
自分に向けてもらえた好意など、信じられなくなっていたのだと思います。

プリント倶楽部、通称プリクラが一斉を風靡していたあのころ。

プリクラを撮るために彼女に誘われるがまま訪れたのは、富山駅のすぐ近くに鎮座する、「プリクラビル」とでも呼ぶべき怪しげな建物でした。

1フロアあたりの面積はとても狭いのに、なぜか異様なほど縦に長く伸びたそのビルは、いくつかの階に無理矢理プリクラの機械を何台も詰め込んでアホほど窮屈になっている上、常に薄暗いという、とても怪しげな空気を放つ場所でした。

そんな所でも、当時はどうやらプリクラが撮れる貴重な場として、県内中から高校生が集っているようでした。

彼女に言われるままそのビルのエレベーターに乗り込むと、そこに居合せたのは、まさに僕に対して「キモい!」と教室で騒いでいる、同じ高校のギャル2人組でした。

「うわああ、あいつらだ!!!」などと心で叫びながらも、なるたけ平静を装い、全くなにも気付いていないふりをしましたが、
当時着る服も持っていなかったため、その日も休日だというのに僕は高校の制服を着てしまっていて、
向こうが気づいてない可能性など、1000%ありませんでした。

「うわ、このキモいやつ女連れで歩いてるよ」
「お前ごときがプリクラ撮ろうとしてんじゃねぇよ、キモっ」

…その場で実際にそんなことは言ってはなかったのですが、これまで陰口を言われすぎた僕には、そういう幻聴が聞こえた気がしたし、
さらには、教室でこのことを話題にして、あることないこと言いながらまた僕を笑いものにするのだろうなと、実態のない妄想がぐちゃぐちゃと頭の中を踏み荒らしていき、
僕はひたすらエレベーターのドアを向いて、気配を殺し続けていました。

少しして、上昇していたエレベーターが止まり、ドアが開くと、
一緒に来ていた彼女は、
「あれ、もう一個上かな?」と言い、この階では降りないのか、目的地が後ろにいるギャルと同じ階だったら嫌だなぁとぼやっと考えていたところ、
彼女は「あ、やっぱこの階だ」と言いながら、閉まりかけたエレベーターの扉の間を、するりと降りて行きました。

「ええええ!!?」と思い、すぐに僕も降りようとしましたが無情にも目の前で扉は閉まり、
エレベーターの中は、取り残された僕と、当時僕が最も恐れる存在、ギャル達だけになりました。

そんな僕を見て、後ろにいたギャル2人は笑い出し、
1人のギャルがもう1人のギャルに対して、
「ねぇー!開けてあげなよー!!」と言い、また笑っていました。

また、笑われている。学校の外に来てまで笑われている。
エレベータを降りそびれた愚鈍な僕は、永遠にも思える次の階で止まるまでの時間を待ち、
ドアが空いた瞬間に逃げるように外に出て、先ほど彼女が降りたフロアまで階段を駆け下りました。

表情に不安と申し訳なさを浮かべた彼女と合流し、前述した通りプリクラは撮れたのですが、
エレベーター内のことで、そのときの僕の頭の中はごちゃごちゃのままで、
これがいわゆるデートというやつなのかも、赤面している彼女の意味も、なにもわからなくなっておりました。

話は再び、先輩の家にて、電話で告白を受けている時に遡ります。

「付き合ってほしい」と言ってもらえたものの、そんなこと一切想定していなかった僕は、完全にフリーズしていました。

彼女のことを好きかと言われたら、今のところ恋愛感情は全く無い。でももしかすると、これから好きになる可能性もあるかもしれない。「悩むならとりあえず付き合ってみればいいじゃん」って誰かが言ってたし。でもこれが誰の言葉かもわからない。いきなり出てきて適当なことを言うな。

そんなことをぐるぐると考えて、結局「ちょっと考えさせてほしい…」と伝え、その日は電話を切りました。

そうして1週間ほど経ったのち、今度は僕から電話して、「ごめん、付き合えない」という旨を伝えました。この先好きになれるイメージを持てなかったのが、主な理由でした。

それに対し、彼女は「わかった」と言い、
「でももし気が変わったら言ってね。私はずっと好きでいると思うから」
と、付け加えました。
ずっとが、いつかそうじゃなくなるということはわかっていましたが、その言葉はなんだか嬉く思いました。

そして少しの罪悪感を抱えながら、しばらく経ったころ。

ある日、中学で同級生だった男子とばったり会い、そいつから、
「俺、〇〇(告白してくれた子の名前)と高校一緒なんだけど、お前、あいつと付き合ってるの?」
と、突然聞かれました。

「いや、付き合ってないけど」と、告白のことは伏せて答えると、

「あいつ、『これ彼氏!』って言いながら、お前とのプリクラ、高校で見せびらかしてるよ」
と、その男は言いました。

いや…えええええー……?

どういうことなんだ。ちゃんと断ったはずなのに。いつの間に付き合ってることになったんだ。間違って付き合うって言ったっけ?いやあれから一度も連絡すらとっていないのに?

あまりの衝撃に絶句していると、その元同級生は、「やっぱ嘘じゃん。おかしいと思ったんだよ。あいつフォークダンスの授業とかでも1人だけ楽しそうなんだよ。男の手触れるから。学校一の男好きだぜ。気持ち悪ぃ」などとまくし立てました。

他校の人間が、僕の高校での見られ方を知らないように、彼女が学校でどう思われているのかを、僕はその日初めて知りました。

嘘をついたのはよくない。でも、こんな言われ方するほどなのか。お前らみたいなのがそんなだから、そうでもしなきゃならないことになってんじゃねぇのか。

とはいえ、そんなことは一言も言えず、初めて僕を好きになり、好きだと言ってくれた女の子の悪口を、僕はただ黙って聞いているよりありませんでした。

その後も彼女と連絡をとることはありませんでしたが、またしばらくして、彼女と同じ高校に通う、同じく演劇部の、中学で僕と同級生だった女の子から、

「付き合ってるの?」
というメールが飛んできました。

どんな事情があったにせよ、その嘘に加担することもできず、「付き合ってない」と正直に答えると、
突然メール相手のその子から、

「へー。じゃー、あたしと付き合おうか(笑)」
という文が届きました。

いやいや…えええええええ!!!?

どういうことなの!なんなの!

「じゃー」ってなんだよ!なにがじゃーなんだよ!

っていうかその(笑)はなんなの!!な・ん・な・の!!!!!

…あとから気づいたことですが、高校生活がつらすぎて学校の外での演劇活動にのめり込むようになり、
大学生の劇団にエキストラとはいえ混ざりに行ったりする僕の姿勢は、他校演劇部の女子たちからは、わりと好意的に受け止めてもらっているようでした。
間違いなく、これが僕の人生最初のモテ期でした。

この日、この短期間でのいろいろに僕もテンパりまくり、このメールもそのあと冗談だと流され、特に進展もなく終わったのですが、
ここからだいぶ未来、この「(笑)告白」を送ってきた女の子が僕の初体験の相手となるのですが、その話はまた別の機会に。

最初に告白してくれた彼女とは、その後一度だけ会いました。
高校生活も終わり際の、センター試験の会場でした。

彼女は僕と目が合うとすぐに目を逸らし、そのまま人混みに紛れて見えなくなりました。
ずっと好きでいるなんてやっぱり嘘だったよなぁ。今ここで僕と会ったことが、彼女のセンター試験の悪い影響にならなきゃいいなぁ、なんてことを、ぼんやりと考えていました。

あれから、元気にされているでしょうか?

付き合ってると嘘をついたのは褒められたことではないけれど、一時期好きでいてくれたことは、本当だったと信じています。
それに、あのときの告白や、ずっと好きでいると言ってくれたことは、僕の消えかけだった自己肯定感を上げてくれました。
「(笑)」もつけずに、まっすぐ伝えてくれてありがとう。

あなたが誰にも、自分にも嘘のない幸せを見つけていることを、
遠くから、祈っています。

ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
PAGE TOP