ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

吉田恵輔“絶望のあとの光”を描く監督が評価の高まる6年間で感じたこと

『さんかく』(10)『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(13)『空白』(21)など、男女の機微から、才能と承認欲求、犯罪の加害者/被害者バッシングまで……。様々な題材をスクリーンに映し出す吉田恵輔監督。最新作となる『神は見返りを求める』は、岸井ゆきの演じる底辺YouTuber・ゆりちゃんと、そのサポートをする男・ムロツヨシ演じる田母神を巡る物語。『“見返りを求める男”と“恩を仇で返す女”の心温まりづらいラブストーリー』と喧伝される本作だが、今回も現代を切り取った上で、いつの時代にも通じる、“何かをしてあげる男と、される女”の絶妙な関係性の変化を描く大傑作となっている。

永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリーでは『ヒメアノ~ル』以来、6年ぶりに吉田監督にインタビュー。
この6年間多くの作品を撮り続けた監督に起きた変化とは? そして『神は見返りを求める』のキモとなる恩が仇にならなかったかもしれないあのシーンの意図とは……?
6年前の取材をすぐに思い出してくれた兄貴分的な雰囲気の吉田監督が「今の童貞は童貞じゃない」などチェリー向けの話も含めて存分に語ってくれた……!

※作品前半の内容に一部触れる部分がございますのでご了承ください。

吉田恵輔監督プロフィール
よしだけいすけ(『よし』は土に口)1975年生まれ、埼玉県出身。東京ビジュアルアーツ在学中から自主映画を制作し、塚本晋也監督作品の照明を担当する。2006年に『なま夏』を自主制作し、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭ファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門のグランプリを受賞。2008年に小説「純喫茶磯辺」を発表し、自らの手で映画化する。その他の監督作品に、『机のなかみ』(07)、『さんかく』(10)、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(13)、『麦子さんと』(13)、『銀の匙 Silver Spoon』(14)、『ヒメアノ~ル』(16)、『犬猿』(18)、『愛しのアイリーン』(18)、『BLUE/ブルー』(21)、『空白』(21)などがある。

■評価されればされるほど翼をもがれたようになっていく

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――吉田さんへのインタビューは6年ぶりになります。吉田さんはこのあいだに、多くの作品を作られてきました。この6年間、いかがでしたか?

吉田「どっちかっていうと、翼をもがれていく感じなんだよね」

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――翼をもがれていく……とはどういうことでしょうか?

吉田「評価をされればされるほど、みんなが作品を覚えちゃってるじゃん。もともと飽きっぽいから、同じネタを続けたくはないんだけど、どうしても脚本を書いてるうちに『これは3年前のあの作品のあの部分に近いな』みたいなことに気づいていくわけ。誰も見てない作品だったら『もう1回同じテーマでやっちゃおうか!』ってできるのかもしれないけど、それもできなくなってくるからね。どんどん手詰まりになっていくんじゃないか、という不安はあるよね」

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――昨年は、東京国際映画祭で特集上映もされていましたし、『空白』は特に高く評価されていました。

吉田「本当は『あの人はテキトーだ』って言われ続けたいんだけどね。そうじゃないと映画って窮屈じゃん。実際、俺、超テキトーなおじさんだから、すごい人だと思われても困るしね。だから東京国際映画祭に選ばれたときのコメントも『うれションしました』にしといたんだけど、司会の人に真面目に『お漏らしをされたと書かれていますが……』とか振られちゃってさ。東京国際映画祭の品位を下げて帰ってきたよね(笑)」

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――国際映画祭の会見という場だったので、あれが外国の方向けに通訳されているのも笑いました(笑)。賞を受賞すること自体は嬉しいものなんですか?

吉田「基本的には興味ないんだけど、次回作を撮るときのお金やキャスティング……いわゆる“人を動かすときの箔”としては便利なものでもあるんだよね。でも、スーツを着て電車に乗るのがめんどくさいから、できたらトロフィーは郵送にして欲しいなあ(笑)」

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――前回の『空白』から一気に雰囲気が変わったのも、すごい人と思われたくないという意図があるのでしょうか?

吉田「自由でいたいし、期待をされたくないからね。俺は去年『巨匠になる!』って言っていたんだけど、そこから一気に『次はカンヌ……じゃなくてテレ東深夜!』って方向転換した感じだよね(笑)。『空白』を経て何かメッセージ性の強いものを期待して見てみたら、気ぐるみのジェイコブから目ん玉がびよーんって飛び出てる――それを見たら、この人はただ好きだからやってるだけだな、って安心感をもってもらえると思うんだよね」

■『神は見返りを求める』に学ぶ通過点であることの素晴らしさ

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――そんな“テレ東深夜”感を標榜される『神は見返りを求める』ですが、タイトルと“You Tuberの女性とそれをサポートする男性の話”という設定だけ聞いたときに性的な見返りを求める話なのかなと思ってしまいました。

吉田「監督っていう職業についたやつが、今そんな話を出しちゃったら、さすがにマズいでしょ(笑)。マズいというか、このご時世の中だと『お前もそうだろ!』って思われちゃうよね」

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――ただ、監督とムロツヨシさん演じる田母神を重ねるわけではありませんが、ちゃんと田母神は、劇中でそういった“チャンス”に対して自らを律するという選択をとりますよね。

吉田「あれは、『弱っている人の立場につけこむことはしません』『俺はあそこで止めるタイプの監督です』っていうアピールだね(笑)」

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――そういった話題に触れるのも難しい中、冗談にしながらのサービストークありがとうございます(笑)。では仮にもし吉田監督が田母神だったらあの場はどうしますか?

吉田「俺はやらないね。でもそれは“次回ヤレる”自信があるから」

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―-どういうことでしょうか(笑)。

吉田「あの日にヤッてしまって男を下げるより、それを断って『素敵な人だな』って思われるというプラスを頂いた上で結ばれる、ってほうに俺は行くかな」

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――素晴らしいですね! でもそれって吉田さんのような大人の余裕あってからこそできることでは……。僕らは、次回は絶対いけるなと思って解散したら、その後、相手の目の色が変わってたみたいなことがよくあります。

吉田「たしかに、危ないな。オトナ童貞だったらチャンスは逃さないほうがいいかもね(笑)。もちろん、行くからには全力で支えるんだぞ! 田母神も、もとから支えてたしね」

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――そうですね! 田母神さんは本当に支えていましたし、愛を感じました。

吉田「あの2人はあそこでヤッてたら、つきあってる2人だと思うんだよね。よくある、その瞬間付き合うと宣言してヤるわけじゃないけど、ヤッた後にちゃんと好き同士になって『俺たち付き合ってるよね……』になる関係。だから、あそこでヤっていたら今回の作品で描いた悲劇は起こっていなかったはずなんだ」

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――やはり物語上の大きな分岐点だったんですね。あのシーンは見ていてとても切なかったです。最後に大写しになる、決してイケてるとはいえないゆりちゃんの靴下も含めて……。

吉田「靴下、イタくて切ない感じがあって好きなんだよね。なんか、ちゃんと準備ができてない感じで悲しい気持ちになるよね。俺、『愛しのアイリーン』のセックスシーンでも、おじさんが全裸で、靴下だけ履いている足を撮ってるんだよね(笑)」

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――あれも印象的でした(笑)。もし僕らが田母神のような経験をしたらどう捉えればいんですかね?

吉田「もう、そのコの通過点であっただけいいじゃない。セックスしたら言われなかった『ありがとう』の一言だけもらえたら、それでもう十分でしょ。セックスをしちゃったら、その『ありがとう』はもらえないかもしれない

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――たしかに、セックスと天秤にかけた上で、なお尊く感じられる『ありがとう』は、僕ら“通過点たち”はもらっているかもしれません……!

吉田「周りの人と比べちゃだめなんだよ。2.5秒目があっただけでも、自己ベストを更新してればいいんだよ。ウサイン・ボルトっていう超人がいたって、これだけ陸上をやろうとする人がいるんだから。数で他人と比べあったってしょうがない。どんな底辺でも、なんか幸せそうな奴っているじゃん? あれが本当の勝ち組だよ。ペヤングの自分アレンジの開発を頑張ってる奴なんて、250円しか使ってないかもしれないけど、ミシュランレストランに通ってる奴より幸せかもしれない。ウサイン・ボルトも才能だけど、そういうのも才能なんだよ」

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――とても腑に落ちます……。それでも例えば、劇中で岸井ゆきのさん演じるゆりちゃんにそういった噂がたったように、他の男とヤってるかもしれないという話を聞いて心が落ち着かないときはどうすればよいのでしょうか?

吉田「まあ、ゆりちゃんの場合は処女感もあるから、童貞からすると余計裏切りに感じるよな……。でもそういう経験をして人は強くなると思うんだよね。異性に対して幻想を抱いていいことなんてひとつもない。相手の汚い部分をいっぱい知って理解した上でつきあうと、汚い中にもこんなに美しい瞬間があるんだ――って、そこで見えた美しいピュアさを噛みしめることができると思うんだよね」

■今の童貞は童貞じゃない

吉田「それにしても、君たちも6年間よく生き残っていたねえ。俺思うんだけど、今の童貞はもはや童貞じゃないと思うんだよね」

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――ありがとうございます。なんとか続けられております(笑)。で、今の童貞は童貞ではない、とは――?

吉田「俺、寝る前に自分が見たことある女性の裸――まあだいたいアダルトビデオの女優さんの顔なんだけど、500人は思い浮かべながら寝ようと思うと、250人くらいで眠りにつくんだよね」

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――羊を数えるの大人バージョンですね(笑)。

吉田「そう(笑)。250人は余裕で思い浮かべられる。でもこれって、人類の歴史で言ったら、ホントに最近のことだと思うんだよね。江戸時代なんて、ビデオはおろか、エロ本も写真もないじゃない。そういうメディアがないときは、女性の裸を見ることなんてなかなかないわけでしょ。こないだ伊香保の珍宝館にいったけど、あれじゃなかなかヌケないよね。でも昔はそれしかなかった。だから今の童貞が江戸時代の童貞に会ったら『え、お前100人以上も女性の体見たことあるの?どんな化け物だよ……』って言われると思うんだよ。下手したらボコボコにされるよ(笑)。めちゃめちゃカワイイ子がグラビアに出てるわけだし、江戸時代の童貞からしたら、もう今の童貞は童貞じゃないよ」

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――とても納得の理論なのですが――逆に、知ってしまってはいるのに、いくことはできない現代のほうが悔しさは増すのではないでしょうか?

吉田「そうだね……まあ少なくとも室町時代の童貞には『お前、それでいってないの?クズが!』って言われるだろうね(笑)。選択肢を知ってしまうって怖いことだね。選択肢は少ないほうが、諦めもつく。現代病かもしれないね」

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――それこそ、今回のYou Tuberゆりちゃんも、なかなか刺激的なパフォーマンスをしていますが、今の子にとっての選択肢のひとつとして現れてくる可能性がありますもんね。

吉田「そうだね。ただ希望でもあると思うのが、モテ方も変わってきてるってことだよね。トップYouTuberになればモテるよね。今は、太ってて人気者、みたいな人もいるし、ルックスじゃなくて、キャラや企画力やトーク力といったYou Tubeのセンスでモテている。それは活路としてあるよね」

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―-たしかに“3高”なんて言われていた昔より、モテ方は多様になってきているのかもしれません。

吉田「そう、しかもそれだって、まだ俺たちが知ってる世界の中だけの話だよね。最近、新井英樹さんが『SPUNK -スパンク!-』っていう漫画でSM界のことを描いてて、その繋がりで女王様たちと仲良くなって話を聞いたんだけど、SMクラブってセックスができるわけじゃないんだよ」

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―-そうなんですね!

吉田「真冬に男が来た瞬間、裸にさせられた上に、ベランダで正座させられたり、氷水ぶっかけられたりするんだって。で、震えながらも、また氷水かけられたりして3時間したら何万円かのお金払って帰るの。でも満足して、また来るんだってさ。人間はまだ、正座して氷水をぶっかけられることに、何万円も払える可能性を持ってるんだよ!」

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――なんだか、まだ見ぬ可能性に、勇気が湧いてきました!

吉田「でしょ? 俺なんて『映画監督やってます』って、とてもじゃないけど偉そうにはできないよ。世の中は広くて、まだまだそういう“選ばれし奴隷たち”がたくさんいるんだもん。ノーマルである自分が小物に感じられてくるよ」

■“絶望のあとの光”がスクリーンに映り込む

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――今日は、映画の話はもちろん、僕らの媒体にあわせた話まで、ありがとうございます。僭越ながら、今日も僕以外のスタッフや、映画関係者の顔も見ながら大胆なことを言いつつも言葉を選ぶ吉田監督に、あの素晴らしい作品たちができあがる一因を体感させてもらったような感触です。

吉田「人の顔を見て生きてきたからねえ……。自由に地雷原を裸で走ってるように見えるでしょ? でも実は、地図上でどこに地雷が埋まってるかは全部把握した上で、めちゃくちゃ安パイなルートを裸で走ってるから(笑)。俺は日本一威厳のない監督を目指してるからね」

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―-とはいえ、作品に威厳はあるというか、一瞬ふざけているように見えても社会に接続されている感じがします。

吉田「社会をきちんと見た上で、テキトーにしてるんだよ。きちんと社会を見て、自分の考えもあった上で、それに縛られずに、なるべく自由に見えるようにしている。これは、俺がそうしてるってだけじゃなくて、みんなもそうしないと苦しいよ、生きていきづらいよ、ってことでもある。これから日本はもっと大変になるから」

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――えっ、そうなんですか?

吉田「うん、まあそれを語ると3時間はかかるから、今日は割愛させてもらうけど、いつか絶望授業をしてあげるよ(笑)。とはいえ、戦後の日本とか、今よりもっと酷い時期はあったわけだよね。けど、その中に、光を見出して人間は強く生きてきた。でも、今はそれこそ選択肢が多くなったり、見えなくていいものが見えてしまったり、外野の意見が多くなったり……色んなことが要因で、光を見つけづらくなっていると思うんだよね。みんな光を見つける能力が低下してるから、童貞もセックス以外の光を見つけようとしてもいいと思う」

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――最後まで、我々に合わせて頂きありがとうございます(笑)。『空白』はじめ、最近の吉田監督の作品を見ていると、絶望のあとに光が差し込んでくるような感覚を覚えます。

吉田「俺自身も、いっぱい地獄を見てきているからね。でも、そんな地獄の中で見た光もある。俺の映画を見てくれる人の中に、同じような地獄を見てる人がいたら、ちょっと何かの助けになるんじゃない? って思ってるよ」

(取材・文:霜田明寛 写真:勝田健太郎

■作品情報
『神は見返りを求める』6月24日公開


ムロツヨシ 岸井ゆきの
若葉竜也 吉村界人 淡梨 栁俊太郎
田村健太郎 中山求一郎 廣瀬祐樹 下川恭平 前原滉
監督・脚本:𠮷田恵輔
主題歌:空白ごっこ「サンクチュアリ」 挿入歌:空白ごっこ「かみさま」(ポニーキャニオン) 音楽:佐藤望配給:パルコ 宣伝:FINOR 制作プロダクション:ダブ   ©2022「神は見返りを求める」製作委員会
公式サイト:kami-mikaeri.com Twitter:@MikaeriKami

<あらすじ>
本作の主人公・イベント会社に勤める田母神(ムロツヨシ)は、合コンで底辺YouTuber・ゆりちゃん(岸井ゆきの)に出会う。田母神は、再生回数に悩む彼女を不憫に思い、まるで「神」かの様に見返りを求めず、ゆりちゃんのYouTubeチャンネルを手伝うようになる。ふたりは、人気がでないながらも、力を合わせて前向きに頑張り、お互い良きパートナーになっていくが…あることをきっかけに、二人の関係が豹変する。

ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
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