ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

鳥飼茜 2度の離婚を経て語る「男女の軋轢」と「喪失感」 

漫画家・鳥飼茜。『サターンリターン』『先生の白い嘘』『おんなのいえ』『地獄のガールフレンド』などの作品は、衝撃とともに多くの読者を虜にしている。この7月、2016年から2018年にかけて『週刊SPA!』にて連載されていた『ロマンス暴風域』が連続ドラマ化され、放送中だ。

非正規雇用のアラサー男性と風俗嬢の純愛を描く『ロマンス暴風域』。当時『先生の白い嘘』や『地獄のガールフレンド』といった女性が主人公の作品が多く “女の本音を描く”“男女の性差がもたらす不平等を描く”などと評されていた鳥飼作品の中では、男性主人公の作品で、かつ男性誌での連載であること自体が少し異色だったことはたしか。とはいえ作品自体はもちろん、現代にきっといるだろう“男性の中では強くないほう”の本音を描く大傑作だった。
連載開始から数年、ドラマ化にあたって「自分で描いておきながら、風俗嬢とアラサー男性の純愛という内容はこの時代においてややセンシティブな物語」とコメントを発表されていた鳥飼先生。時代の変化とともに、2022年の今、“男女”についてどんなことを考えているのか。そして、多くの作品に貫かれる独特の“喪失感”は何に起因するのか――。『ロマンス暴風域』主人公が急にモテるようになる理由などとともに、“男性の中では強くないほう”である“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリー”がじっくりと聞いた。

■“異性だからわからない”はない

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――『ロマンス暴風域』は、鳥飼先生の作品としては珍しく男性が主人公です。この主人公を鳥飼先生は理解できない他者として描いていたのでしょうか? それとも異性ではあるけれど、理解できる部分もあると思って描いていたのでしょうか?

鳥飼「男性キャラクターだから理解できないとか、女性キャラクターだから理解できるといったことって、根本的にはないんです。なぜなら、自分の中にも男性っぽさがあるし、女性っぽさもあるから。私に限らず、人間はみんな男性性と女性性をある程度持ち合わせて生まれてきていると思うんです。男性として生まれてきたからって男性性100%ではない。その人がどっちかの体で、この日本の社会にポンって生まれたときに、どんな目に遭っていくかで、その人の中の女性性と男性性の割合が変わっていくんだと思うんですよね。だから“異性だから絶対にわからない”ってことは、あんまりない」

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――とても納得がいきます。そう考えると、ときにこの社会の中で見られる男女の対立やわかりあえなさはどこに起因するのでしょうか?

鳥飼「私の中にも男性性はあると思う。でも、男性同士が集まったときに生まれる独特の文化についてはわかりそうもないなって感じることも多い。たとえば、飲み会帰りの男性たちがみんなで風俗に行くことに盛り上がる感じとかね。自分がどっち側に置かれてきたか、どっちの側で経験を多く積んできたかで、それぞれに見える世界が違ってくる。でも、みんな自分の位置から見える世界をそれぞれが喋ってるから、お互いに異様に感じることが多いんじゃないかな」

■漫画には“自分とは違う人の思想”を入れてみる

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――『ロマンス暴風域』の創作の過程で、“男文化の中で多く経験を経てきた人から見える世界”を想像することで気づいたことなどはありましたか?

鳥飼「自分の描く漫画の中には何箇所か、自分とは違う人がどう思うのかを想像して入れるようにしているんです。だから、漫画の中の台詞の全てが私の思っていることではない。それで言うと、1回、男性の視点になってみるという体験としては、主人公に『女の人は結婚して子供産んだらそれが免罪符になる』みたいなことを言わせているんです。それは、女側からすると、超ヘンテコリンな理屈なんですけど(笑)。でも、自分がもし男で、主人公みたいに社会的に恵まれなかったら、そう思ったかもしれない――くらいまでは考えました。もちろんそれは、その理屈が正しいということではないし、むしろ、男性がその理屈に至ってしまう可能性があるからこそモヤモヤするんですけどね。『あなたはそう思うんだね』くらいまでは想像の域を広げることは、普段からしています。だから逆に、君らもひっくり返して想像してみてくれや、とは思うかな」

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――一方で、連載の時期も少し重なっていた『地獄のガールフレンド』は、女性たちのガールズトークを軸とした漫画でした。

鳥飼「『地獄のガールフレンド』の中では女性の登場人物たちが『なんで男は……』みたいな話をしています。でも正直、どっちかだけを悪いと決めつけても、解決にはならないじゃないですか。性善説ですけど、誰かが苦しいと感じているときには、仮に立場が反対の人達でもその苦しみの状況を肯定しているわけじゃないと思うんです。Twitter上で顔の見えない男女同士がいがみあっていたとしても、実際に目の前で人が倒れていたら『男が憎いから助けないわ!』みたいなことはないと思う。だとしたら、どこに問題があるんだろう……というのはずっと考え続けてるんですけどね」

■男女の間の軋轢が大きくなっている中で

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――2013年から17年にかけて連載された『先生の白い嘘』も含め、男女の軋轢のようなものを描き続けてらっしゃる鳥飼先生ですが、現在のこの社会の状況はどうご覧になっていますか。

鳥飼「男女の間の軋轢はどんどん大きくなっているように感じます。不理解の嵐というか、終わりなき戦争状態というか。以前は女性が不遇で、男性はそれを搾取する側にいる――と捉えていたのは事実です。もちろん実際に女性が性被害にあう事実は多くあって、『先生の白い嘘』ではまずその事実を見せたかった。でも今は、男性も女性もどっちもキツいよな、と思っています。どちらが常に100%の弱者ということでもない

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――そう考えると、『ロマンス暴風域』の主人公のサトミンもそうですが、実社会に生きる、男性の中でも所得が低いなどキツい側にいる人たちに関してはどうお感じですか?

鳥飼「怖い、というのが正直なところです。社会を恨んでいる人は、恨みが弱い人のいる方向に行くから。小田急線の事件とかもそうですよね。でも正直、犯人を悪としてただ成敗せよという空気にはのれないというか、彼らを悪人と責めて終わりにする気にはなれないんです。暴力性というのは弱い方向に流れるから、男性社会の中の弱者の暴力性は、女性に流れていく。ただ、だからその人たちが悪いのかっていうとそうじゃない。構造上、人間はそうなってしまうものですからね。むしゃくしゃを解消するために、自分より弱いものを使うっていうのは人間の仕組みだから

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――人間の仕組み、と言われてしまうとそこから逃れられない気になってしまうのですが、そこに抗うためにはどうすればいいですかね?

鳥飼「少なくとも、自分たちはそういう構造に飲み込まれているっていう意識をすることが大事かなと思います。資本主義社会の中だから、どうしても誰か自分より上にいる人と自分を比べてしまいやすい仕組みになっている。例えば港区でキラキラ遊んでる人たちを見たら、『あいつらより自分のほうが劣っている』とか『自分たちが割りを食っている』とか、思ってしまいやすい構造になっているんです。そもそも、港区で遊ぶことが最良のことなのか、っていうのもわからない。でも、そう思わされてるんだよね」

■『ロマンス暴風域』後半の主人公がモテはじめる理由

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――めちゃめちゃ深い話を聞いた後に恐縮なのですが――『ロマンス暴風域』主人公のサトミンは、いわゆる低スペック男性ではありますが、後半、女性の話を聞くというスタンスもあってどんどんとモテていきます。あそこにモテの秘訣というか僕らがモテるようになるための希望のようなものを感じてしまったのですが(笑)。

鳥飼「そこを切り取っちゃったか(笑)。あの状態のサトミンはモテてはいるけど、とても虚しかったと思うのね。でもその虚しさと引き換えでいいのなら、モテの理由を解説しますね」

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――お願いします!

鳥飼「欠落に人って寄ってくるんです。何かが欠落してしまった人に対して、それを埋めてあげたいっていう人は、ある程度いるんですよね。それに、サトミンは、あまり自分で多くを語らないですよね。それって相手からすると、『この人はこうなのかもしれない』っていう自分の想像を映し出すスクリーンが大きくなってる状況なんです。それがモテるっていうことなんですよね。都合よく想像させる余地があるってことです」

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――ちなみにその路線のモテ方で虚しさを感じないパターンはないのでしょうか?

鳥飼「話を聞くときに、相手に期待をすることですかね。目の前の人は絶対に面白い話をする、と期待する。相手に期待しながら話を一生懸命聞くことって、結果的に自分を豊かにするんです。そうすると相手も気持ちいいし、お互いにいいんじゃないかな」

■2度の離婚を経た鳥飼茜の“喪失感”

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――『ロマンス暴風域』もそうですが、連載中の『サターンリターン』でも「今の彼に興味はないんですよ。ただ『失った』ってこと自体に執着してる」という台詞があるなど、鳥飼先生の作品には独特の“喪失感”があるような気がします。先生の喪失感についてお伺いできればと思うのですが――。

鳥飼「私、最近、離婚したんですよ。離婚するに至る生活の中でも、ものすごく葛藤も衝突もあったんだけど……。結婚ってみんなが言う通り、やっぱり我慢なんだな、って。上手くいってないって言うと、みんなが相手を変える方法や自分を変える方法を提案してくれる。ただ私は、これまでどんな恋愛をしてても『本体が自分である以上、そう変わらないよ』って思ってたんです。でも、先に自分が変わってみるっていうのは思いやりなんですよね。自分がどれくらい、自分じゃないものになってみれるのか――それが愛なのかもしれないと思っていて」

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――自分が相手のために変わろうとしてみることが愛なんですね。

鳥飼「結局、恋愛って2人の“自分らしさVS自分らしさ”なんです。露悪的に言えば、強い方の自分らしさに負けて、コントロールされるほうが出てくるものなんです。言い方を変えると、自分らしさが勝っちゃう人と負けちゃう人がいる。で、自分を自分らしさとは遠い方向に変形させていくと……やっぱり苦しいんです(笑)。でも、目の前に相手がいると、やっぱり自分はどこまでも自分じゃないものに変形しようとしてしまう。だけど、やっぱり自分らしさからは逃れられない――それで私は、離婚を選んだんです。最終的には、自分らしさに戻っちゃったんです」

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――離婚をした今、どんな心持ちですか?

鳥飼「俄然、生きやすいんですよ。でも、その生きやすさって、きっと孤独とセットになってくるものでしょ。そうすると、相手が必要だってなると、自分らしさと相手らしさの間をどのくらい折り合いをつけていくのかっていうのが、きっと今後一生の課題になる。それが嫌だったら一生独りだし。でもそもそも折り合いをつけようとする行為自体が相手ありきだから、それすらも感謝しなきゃいけないのかもしれない」

■喪失は“喪失そのもの”だけを意味しない

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――恋愛を継続させる期間の話について聞いてしまいましたが、始まるときのお話も伺えればと思います。

鳥飼「よく『いい相手を選びなよ』とか言われるんですけど『選ぶって何?』って思っちゃうんです。自分に人を選ぶ権利なんてあるんだろうか、って思っちゃうから。恋愛って、タイミングで、会って『あーそういうことですか』って始まるしかない感じだと思ってるから、『どれにしようかな~』って選ぶ期間が私にはない」

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――恋が始まってしまうときの感触ってあるんでしょうか?

鳥飼「ちょっと使うのが恥ずかしい言葉なんだけど、ヴァイブスというか(笑)。他人のヴァイブスに共鳴して、自分の思ってもみない良さが出てくる――っていうのが人間関係の自然だと思うんです。そこの共鳴を抜きにして条件で語っても何も残らないと思う。異性に対しての対応は男度が強めでも女度が強めでもいい。自分の美学に照らし合わせて、他人を傷つけてなければいいと思う。きっと数回会えばそういう感じがしちゃうのが恋だと思うし、その思いやりをもった上で“始まってしまった”ものをどう良いものに形を変えていくのかっていうのが恋愛ですよね。だから、始まってしまったものは最良の形に収めるしかない、という感覚なんです」

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――恋の始まりに勘違いとかって入ってくる余地はあるのでしょうか?

鳥飼「相手が自分のことを好きが故に合わせてくれた結果『この人と合うな』って思ってしまう勘違いもあるよね。だから何が勘違いで、何が正解で、何が運命で何が作りものかなんて、結局、意味はない。それを自分がどうしていくのか、ってことにしか意味はない。よく言うけど何かを手放したら何かが入ってくるものだし、そう考えると、喪失って“喪失そのもの”だけを意味するものではないと思う。だから私も、今回の喪失についても、喪失のまま終わらせる気はないんです」

(取材・文:霜田明寛)(photo:yoichi onoda)

■作品情報
●原作漫画『ロマンス暴風域』1・2巻好評発売中

●ドラマイズム「ロマンス暴風域」

MBS/TBSドラマイズム枠にて7月5日(火)より放送中
MBS:毎週火曜 24:59~
TBS:毎週火曜 24:58~
原作:鳥飼茜「ロマンス暴風域」(扶桑社)
出演:渡辺大知 工藤遥 小野花梨 ほか
製作:「ロマンス暴風域」製作委員会・MBS
公式HP
https://www.mbs.jp/romance_bofuiki/
TBS放送後、TVer、GYAO!、MBS動画イズム 見逃し配信1週間あり
©「ロマンス暴風域」 製作委員会・MBS

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