ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
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第62回 三谷幸喜脚本ドラマ『もしがく』は本当は面白い論

俗に、優れたドラマは“ニコハチの法則”――2話と5話と8話が軸になる。

まず、最初の平常運転回の2話――ここで、そのドラマが「何を面白がらせたいのか」が明らかになる。次に、物語の前半部における1つの達成感(ヤマ場)が描かれる5話――しかし、それは通過点に過ぎないと分かる。そして、主人公の心の内が明かされ、最終回へ向けた起点となる8話――いわゆるエポックメーキング回。これら3回がキチンと描かれていれば、大抵、そのドラマは傑作である。

例えば――かの三谷幸喜サンの最高傑作とも評されるドラマ『王様のレストラン』(フジテレビ系)もそう。その2話「復活への第一歩」では、ギャルソンの千石(松本幸四郎)がわざとメニューにないオーダーを受け、シェフのしずか(山口智子)の眠れる才能を掘り起こすのに加え、従業員らが一丸となって“テーブルの6人のお客に同時に料理を提供する”ミッションを達成する。要は、このドラマの肝は「しずかの成長物語と従業員のチームワーク」であると。

更に、5話の「奇跡の夜」では、店の看板メニューの「びっくりムース」が誕生するまでの奇跡の一夜(ワンナイト・ムービー)が描かれ、前半のヤマ場の回となった。そして8話の「恋をしたシェフ」では、パリの三ツ星レストランから、しずかの引き抜きの話が持ち上がり、ある意味「ベル・エキップ」は最大のピンチを迎える。その結末はある意味、意外なものであったが、ソレが最終回へ向けた新たな伏線になるという、まさに“ニコハチ”が物語の要となったのである。

『もしがく』はベース・オン・トゥルー・ストーリー

そこで、現在放映中のフジテレビ系のドラマ『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』(※以下、もしがく)の話に移る。こちらも、脚本は三谷幸喜サンである。舞台は、1984年の東京・渋谷の「八分坂」。風営法の改正(新風営法)で廃業寸前のストリップ小屋「WS劇場」を、主人公の起死回生のアイデアで様々な人々を巻き込みつつ、再生させる群像劇だ。そう、三谷サンお得意の“チームワーク+再生モノ”である。

ご承知の通り、同ドラマは三谷サンがまだ売れる前の経験が元になっている。「八分坂」のモデルはしぶや百軒店、「WS劇場」のモデルは渋谷道頓堀劇場だ。いわゆる実話を基にした“ベース・オン・トゥルー・ストーリー”だが、かなりオリジナルの要素が強い。三谷サンにとって、実に25年ぶりの民放のプライムタイムの連ドラ(※2000年のフジテレビ系『合い言葉は勇気』以来)であり、オンエア前は今クール一番の話題を集めた。

まぁ、何せキャストが映画並みに豪華なのだ。主演は、三谷サンとは『鎌倉殿の13人』で源義経を演じた菅田将暉――。ソコに二階堂ふみ、神木隆之介、浜辺美波らも名を連ね、早くも主役クラスが渋滞している。三谷組からは、井上順、坂東彌十郎、浅野和之、小池栄子、菊地凛子、市原隼人、シルビア・グラブ、秋元才加と、実力派の面々。脇も凄い。名優・小林薫に名バイプレイヤー野間口徹、個性派・戸塚純貴に旬の顔・ひょうろくと、こちらも芸達者揃い。更にサプライズゲストに、堺正章、生田斗真、小栗旬ら大物たち。極めつけは、ドラマの冒頭でシェイクスピアの名台詞を語るハリウッド俳優・渡辺謙である。

ニコハチの法則を踏襲した『もしがく』

これら豪華キャストを群像劇の名手の三谷サンがどう料理するのかと、お茶の間が盛り上がったのは必然だろう。しかし――ご承知の通り、ここへ至るまで『もしがく』はなかなか苦戦している。まぁ、1つの指標に過ぎないが、以下が各話の視聴率(関東地区)の推移である。

1話 5.4%
2話 4.4%
3話 4.0%
4話 3.7%
5話 3.8%
6話 3.3%
7話 3.3%
8話 3.4%
9話 2.8%

――断っておくが、個人視聴率じゃない。世帯視聴率だ。残念ながら右肩下がりである。しかし、ここで冒頭の「ニコハチの法則」を思い出してもらいたい。右肩下がりではあるが――よく見ると、ところどころ微上昇してる。5話と8話だ。そう、ニコハチの“コハチ”である。わずか0.1ポイントだが、上昇には違いない。そして、ニコハチの“ニ”に当たる2話――視聴率では前週より1ポイントも下がっているが、多くの連ドラは2話で数字を落とすので、ここは目をつぶろう(笑)。

それよりも――この2話の「八分坂日記」は、ネガティブな感想が目立った1話から一転、評価する声が多かったのである。オンエア翌日のウェブメディアの「Smart FLASH」(光文社)でも、「三谷幸喜ドラマ『もしがく』2話でようやく “真価” 発揮…」と題した記事が即上がったほど。同記事には、SNSの声もいくつか紹介されている。

《第2話までが第1話でしょ》
《ここまでが1話だったら良かった》
《初回2時間SPで一気に1・2話放送していたら、また違った》

――そう、2話のラストは、風営法の改正(新風営法)で過激なストリップが禁じられ、廃業の危機にある「WS劇場」を、演出家の久部(菅田将暉)が“芝居を見せる劇場に変えたい”と、劇場の支配人やダンサーらを前に熱弁を振るうシーンだった。事実、80年代は小劇場ブーム真っ盛り。その波に乗れば、ありえない話ではない。かくして、劇場関係者の賛同を得て、物語は一気に動き出したのである。

ちなみに、ニコハチの法則に従うと――同ドラマの5話「いよいよ開幕」では、様々なハプニングを乗り越え、“久部版”シェイクスピアの『夏の夜の夢』が初日を迎える。前半のヤマ場だ。劇場は招待客を無理やり詰め込んで満席となり、場内は笑いであふれ、帰途に就く客は一様に笑顔だった。しかし――当の久部にとってソレは史上最低のクオリティ。同回のラスト、そんな落ち込む久部の前に初老の男が現れる。彼こそは日本を代表するシェイクスピア俳優・是尾礼三郎(浅野和之)だった――という一筋の光明でドラマは後半へ。

更に、ニコハチの8話の「対決」の回では、久部が、思いを寄せる劇場ダンサーのリカ(二階堂ふみ)を巡り、彼女の元情夫のトロ(生田斗真)と“生死”を賭けた対決を演じる。この時の“俳優・菅田将暉”の渾身の芝居たるや。久しぶりに、SNSで『もしがく』が“神回”と話題になったのは記憶に新しい。事実、三谷サン自身も、朝日新聞に連載するコラムで「第8話における彼の渾身の芝居は、テレビ史に残る驚愕の名演技です」と、オンエアの2ヶ月前に絶賛していたほど――。

そう、『もしがく』は優れたドラマに共通する「ニコハチの法則」をちゃんと踏襲しているんです。つまり、ドラマとしての“骨格”は間違いない。だから、全体を通して見れば、ちゃんと傑作になるはずなんです。今からでも遅くない。『もしがく』を未見あるいは、1話で早々に脱落した人たちは、ぜひTVerやFOD(フジテレビ・オン・デマンド)で全話見返してほしい。時間のない方は、ニコハチ(2・5・8話)だけでも。きっと、あなたの中に“気づき”が芽生えるはず――。

菅田将暉演ずる久部は、70年代のショーケン

そうそう、主演の菅田将暉が三谷ドラマにハマるかどうか、当初心配する向きもあったけど――大丈夫。まったく心配ない。なんだったら、TVerやFODで再度見返す際には、久部の演技に特に注目してほしい。すべてのシーンにちゃんと意味のある芝居を付けており、1つも流してないから。ちゃんと彼の中にプランがあるんです。

三谷サンは、菅田サン演じる久部を、70年代のショーケン(萩原健一)をイメージして書いたらしいけど、実際、ところどころで久部がショーケンに見えるのは間違いない(笑)。基本、人間としてはクズだけど、クズゆえに好きなコトには一途だったり、後先考えずに行動したり、私欲がまるでなかったり――そんな愛すべきクズなトコロは、70年代のショーケンそのもの(褒めてます)。

あと、ドラマの評価で言えば、あの『踊る大捜査線』(フジテレビ系)だって、オンエア時点は平凡な10%台の視聴率(※当時としてはそれほど高くない)で、最終回に初めて20%を超え、ソコから遡って評価されたとも。もっと言えば、アニメの世界では、オンエア時に低視聴率だった作品ほど、再放送で火が着いたケースが多い。『ルパン三世』1stシーズン、『宇宙戦艦ヤマト』、『機動戦士ガンダム』――etc

連ドラと映画の決定的な違い

ならば、現状の『もしがく』の“不調”の原因は何か。簡単です。つまるところ――キャストの“多牌”に尽きると思います。同ドラマのアイコンは、「八分坂」にキャストが勢ぞろい(※ソレも全員じゃない)したビジュアルだけど、総勢24人は、さすがに多すぎる。え? 豪華役者陣が多数登場する作品は、映画『有頂天ホテル』を始め、三谷サンのお手の物だろうって?

いえいえ――いわゆる“オールスター映画”は、2時間の映画だから成立するんです。一方、こちらは1クールの連ドラ。連ドラと映画の違いって、何だか分かります? ざっくり言えば、連ドラとは“キャラクター”を見せるコンテンツ。一方、映画は“物語”を見せるコンテンツなんです。

アニメ『ドラえもん』を例に解説しましょう。レギュラー放送では、のび太やジャイアンらレギュラー陣の“キャラクター”が作品のベースにあり、そこに毎回、ドラえもんの道具が加わるコトでエピソードが生まれ、予想外のオチがついて、何らかの教訓が生まれる。一方、映画になると、レギュラー5人(のび太・ドラえもん・しずか・スネ夫・ジャイアン)が遭遇する“物語”がメインとなり、5人のキャラはむしろ薄まる。映画版のジャイアンが“いいヤツ”なのは、そういうコトである。

そう、映画『有頂天ホテル』が、役所広司や松たか子、佐藤浩市、香取慎吾、篠原涼子、戸田恵子、オダギリジョー、原田美枝子、唐沢寿明、津川雅彦、伊東四朗、西田敏行ら、そうそうたるオールスターキャストでも破綻しなかったのは、同映画が2時間16分で“物語”を見せる構造だから。豪華キャスト陣は、ソレを構成する「登場人物」の一人一人に過ぎなかったのである。ゆえに、個々の人物を深掘りする必要はなかった。ソコが一話一話、特定の人物にスポットライトを当て、深掘りする連ドラとは大きく異なる。

連ドラで視聴者が感情移入できるのはMAX8人

「マジックナンバー・エイト」という言葉がある。アメリカのNASAも提唱する組織学上の理論で、人間が一度に把握できる人数は「最大8人」だとする法則である。その理論に従えば、連ドラ作りにおいて、視聴者が登場人物に感情移入できるのは、MAX8人までとなる。つまり、物語の主要キャラクター(深掘りする人物)を8人以内に収めないといけない。論より証拠。共に群像劇として人気の2つのドラマで検証してみよう。

①『王様のレストラン』の8人
千石(松本幸四郎)、しずか(山口智子)、禄郎(筒井道隆)、三条(鈴木京香)、範朝(西村雅彦)、梶原(小野武彦)、大庭(白井晃)、稲毛(梶原善)である。同ドラマの従業員は全部で12人だが、個々の人物にスポットライトが当たるのは、この8人である。

②『踊る大捜査線』の8人
青島(織田裕二)、すみれ(深津絵里)、室井(柳葉敏郎)、雪乃(水野美紀)、和久(いかりや長介)、真下(ユースケ・サンタマリア)、袴田課長(小野武彦)、神田署長(北村総一朗)である。こちらも湾岸署の署員は他にも大勢いるが、個々に見せ場が用意されているのは、やはりこの8人である。

いかがだろう。一見、大人数の群像劇に見えても、両ドラマとも1クールの中で深掘りしているのは“8人”。一方、『もしがく』は――主役クラスだけでも4人。本来なら、ココに戸塚純貴や市原隼人、野間口徹ら実力派の役者たちが加わる程度で、ほどよい群像劇になったはずが――三谷サンが民放の連ドラを離れている間に、彼自身がすっかり大物になって、もはや本人の制御が利かない世界で大物俳優(小林薫、坂東彌十郎、シルビア・グラブ、井上順、堺正章、小池栄子、菊地凛子、浅野和之、生田斗真、小栗旬ほか)らがキャスティングされたのである。むろん、彼ら一人一人に見せ場を作らねばならず、結果として――“登場人物の紹介回”である第1話があのようになったと推察する(深く語るのは控えたい)。

日本の連ドラに足りないジャンル

ただ、これだけは言わせていただく。同ドラマは民放連ドラの可能性を広げるエポックメーキングな作品なのは間違いない。ソレは冒頭でも申し上げた“ベース・オン・トゥルー・ストーリー”がカギになる。日本だと、実話を基にした作品というと、妙に堅苦しくなったり、なぜかジャーナリスティックな視点が求められたりするけど、アメリカではその手の作品は日常的によくあって、しかもエンタメ寄りの作風も珍しくない。

例えば――1960年代を舞台に、パイロットや医師、弁護士に偽装して「天才詐欺師」と呼ばれた実在の男をレオナルド・ディカプリオが演じた映画『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』は痛快なコメディだったし、1950年代半ばに1人のミルクセーキミキサーのセールスマンが、マクドナルド兄弟から経営権を奪い、今日の「マクドナルド」を創業する歴史をダークな視点で描いた映画『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』なんて、ゾクゾクするほど面白かった。

それらの作品は、過去のある時代が舞台になっているものの、観客を面白がらせる“主眼”は、実際にあったエピソードのほう。過度に“時代描写”に軸足を置いていない点がミソ。あくまでソレは、物語にリアリティを持たせる演出の1つに過ぎないと――。

そう、『もしがく』も、1984年の渋谷が舞台になっているものの、その舞台装置=時代描写を面白がるんじゃなくて、あくまで「その時、ソコで何が起きたか?」のほうに主眼が置かれている点で、画期的である。SNSで、しばしば「1984年っぽくない」と、同ドラマへのネガティブな感想が散見されるけど、そりゃあ、“1984年っぽい渋谷”を見せるなら、当時、若者たちが闊歩していた、渋谷パルコに至る公園通りを描くべきで、間違っても、かつて花街として栄えるも、80年代には裏ぶれた雰囲気が漂っていた「しぶや百軒店」を舞台にすべきじゃない(笑)。

セゾン文化華やかりし80年代の渋谷

ちなみに、80年代の渋谷は、西武百貨店が糸井重里サンのコピー「おいしい生活」で注目されたり、パルコが「コム・デ・ギャルソン」や「イッセイミヤケ」、「ヨウジヤマモト」などのDCブランドブームを仕掛けたりと、“セゾン文化”華やかりし時代。その象徴が西武百貨店のB館からパルコへの坂道を上る公園通りで、80年代の若者たちが行き交う最先端のストリートだった。

セゾンとは、当時の西武百貨店を旗艦とする、今は亡き堤清二氏が率いた西武流通グループのブランドネームである。単なる流通業に留まらず、「モノからコトへ」と、40年前にして“コト消費”を打ち出した先進性に驚く。西武美術館(後のセゾン美術館)、パルコブックセンター/リブロ、西武劇場(現:パルコ劇場)、ビックリハウス、無印良品、六本木WAVE、LOFT、J-WAVE――セゾンが遺したフィロソフィー(哲学)は、今も21世紀の都市の中に生き続ける。

――えーっと、何の話をしてたんだっけ(笑)。そうそう、80年代の渋谷を描くコトが『もしがく』の目的じゃないと。とはいえ、同ドラマはリアリティの観点から、さりげなく「1984年」を見せるコトも怠らない。

例えば、1話の冒頭に登場する、久部が黒崎(小澤雄太)と共に作った劇団「天上天下」から追い出されるシーン。あの舞台「小劇場ジョン・ジョン」のモデルは、言うまでもなく、公園通りの東京山手教会の地下にかつてあった「渋谷ジァン・ジァン」である。あの手の小劇場こそ、80年代の小劇場ブームのメッカで、若者たちが作る自由な演劇に、若い観客らが熱狂した。仮に、あの劇団「天上天下」を描くドラマなら、公園通りが舞台になるので、80年代満載のドラマになったはずである(笑)。

他にも、八分坂にあるジャズ喫茶「テンペスト」は、しぶや百軒店に古くからある「名曲喫茶ライオン」(創業は1926年!)を明らかにモチーフにしているし、同じく「八分坂神社」も、ちゃんと百軒店の奥に千代田稲荷神社というモデルがある。ついでに言えば、同神社の巫女を務める樹里(浜辺美波)の普段着は、1983年9月に雑誌「Olive」が「ロマンチック宣言」で、それまでのシティガールから路線転換した“オリーブ少女”に他ならない。

閑話休題。では、そんな『もしがく』の舞台となった1984年の「しぶや百軒店」にあるストリップ小屋「渋谷道頓堀劇場」で、実際に何があったのか。ソレが分かると、同ドラマがもっと面白くなる――。

若き日の三谷幸喜青年

その辺りの話は、当時、渋谷道頓堀劇場の社長を務めていた矢野浩祐サンが1991年に上梓した自伝「俺の『道頓堀劇場』物語」(ライトプレス出版)に詳しい。コトの発端は、1984年8月に大幅改正された風営法(新風営法/翌85年2月施行)である。それまで事実上、野放し状態だったストリップ小屋が同法の規制対象となり、深夜営業が禁止され、過激なショーも一切ご法度になった。

そう、過激なショー――ここに書くのもはばかられるが、当時のストリップ小屋はお客さんを舞台に上げて、女性ダンサーと××させるコトも普通にあったらしい。ダンサーが舞台上からお客さん全員とジャンケンをして、勝ち残った1人が舞台へ上がれる仕組み。「そりゃ規制されるわ!」と今なら普通に思うけど(笑)、まぁ、80年代前半の風俗産業は、そのくらい過激だったんです。

で、まさに、そんな1984年のストリップ小屋の「渋谷道頓堀劇場」に、幕間のコントの座付き作家として出入りしていたのが、同年3月に大学を卒業したばかりの放送作家時代の三谷幸喜サンだったと。当時、三谷サンが担当していたのが「コント山口君と竹田君」で、三谷サンは劇場の向かいにあるアパートの控室と劇場を往復する毎日だったとか。

そう、まさに『もしがく』で、神木隆之介サン演じる蓬莱省吾が、お笑いコンビ「コントオブキングス」の座付き作家をしている姿が、まんま若き日の三谷幸喜青年だったんです。ちなみに三谷サン、当時スタッフから冷やかされて、ダンサーとのジャンケンに無理やり参加させられたコトもあったそう。その際、わざと後出しジャンケンで負けて、窮地を脱したとか(笑)。その辺りの裏話は、YouTubeの「ホイチョイ的映画生活~この1本~」の三谷幸喜サンのゲスト回「三谷幸喜、民放25年ぶりの連ドラ」でたっぷり堪能できるので、よろしければ、ぜひ(笑)。

史実としての渋谷道頓堀劇場

で、そんな若き三谷サンが当時、リアルに遭遇したのが、前述の風営法の改正(新風営法)だったと。で、先に紹介した矢野浩祐社長の自伝に戻るけど、新風営法を前に「このままではつぶされてしまう」と劇場の未来に危機感を抱いた社長は、「ストリップの原点に立ち返ろう」と考えたそう。これからは過激に走るのではなく、観客の想像力を掻き立て、ショーとして満足させようと。客層も、それまでのねじりハチマキのオヤジやタチの悪い酔っ払いではなく、感性のいい若い人たちを相手に勝負したい、と――。

色々と思案していると、ある日、友人がヒントをくれたという。「今、アメリカでは童話をベースにしたポルノビデオがヒットしている。『白雪姫』や『赤ずきんちゃん』といった童話がポルノ仕立てになっており、清く美しいはずのメルヘンの世界と、ポルノとのミスマッチが若者たちにウケいている」――その話を聞いた社長は「これだ!」と、膝を打った。

かくして、矢野社長の発案で、「竹取物語」をベースにした、お色気要素のある集団劇のプロジェクトがスタートする。当初、女性ダンサーたちは慣れない台詞劇の稽古に戸惑うが、次第に演劇の面白さに目覚め、稽古も熱を帯びていったそう。そして、初日を迎えた。結果は――特に宣伝もしなかったので、客入りこそ今一つだったが、舞台と客席にこれまでとは違う雰囲気が漂い、本気の熱気が感じられたという。矢野社長は「これならいける」と確実な手応えを覚えたそう。

ところが――ここで思わぬアクシデントが起きる。初日の幕が下りたところで、ダンサーの1人が倒れたのである。「これでは明日、幕を上げることができない」――矢野社長は八方手を尽くして新しいダンサーを探し回るが、翌日になっても見つからない。いよいよ手詰まりか…と諦めかけたその時、とあるツテで不動産会社に勤めるOLから「話を聞くだけなら」との返事をもらう。「普通のOLが客前で脱いでくれるのか」と、まるで勝算はなかったが、道玄坂の喫茶店で会うだけ会うコトにした。時に、開演まで1時間を切っていた。

その女性こそ誰あろう、後にマスコミの寵児となる元祖アイドルストリッパーの清水ひとみである。集団劇のチームは、彼女の加入後、間もなく「ザ・かぐや姫」と命名され、清水ひとみはそのヒロインとして、やがて渋谷道頓堀劇場の救世主となる。劇場にはマスコミが殺到し、若手文化人らも競って同演劇のコラムを書いた。客層は若者やサラリーマンの姿が目立ち、しぶや百軒店の坂道は入場を待つ行列が道玄坂まで伸びたという。

そう、1980年代半ば、渋谷の百軒店にある「渋谷道頓堀劇場」は、突如降って湧いた「新風営法」を機に、若者たちの間で社会現象となる“奇跡”を起こした。それは紛れもない史実である。背景に80年代の小劇場ブームがあり、そのロケーションもブームの震源地の1つである渋谷だったのも幸いした。そして、若き三谷幸喜青年は、その“奇跡”を最も間近で見た1人であった。

ドラマ『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』は、そんな“史実”をモチーフにした、ベース・オン・トゥルー・ストーリーである。こんな面白い題材をドラマ化しない手はないし、ドラマ化するなら書き手は当事者の1人である三谷サン以外にいない。その意味で、日本の連ドラ界に、ベース・オン・トゥルー・ストーリーを根付かせる意味において、同ドラマは重要なカギとなる。

テーマは「ショウ・マスト・ゴー・オン」

最後に、『もしがく』のテーマ(このドラマの言わんとするトコロ)を考えてみる。大方の人は気づいていると思うけど、「ショウ・マスト・ゴー・オン」だろう。ショービジネスの慣用句で、“舞台はいったん幕が開いたら、何があっても途中で中断させてはならない”――。三谷幸喜サンが1991年に、自身が主宰する東京サンシャインボーイズに書いた舞台の演目でもあり、93年に同劇団に書いて、後に自身が監督して映画化もされた『ラヂオの時間』も同じテーマだった。

同ドラマも――5話の“初日”を迎える際に、モネ(秋元才加)が息子の紅白帽を買いに新宿まで出かけたり、パトラねえさん(アンミカ)が腰を痛めて立ち芝居ができなくなったり、うる爺(井上順)が本番前に委縮したりと、トラブルが続出するも――久部の奮闘でなんとか乗り切る。そう、ショウ・マスト・ゴー・オン。また、6話で事故にあったうる爺の穴を是尾礼三郎が埋め、7話ではるお(大水洋介)が去った代役を派出所の大瀬(戸塚純貴)が務めた。8話では元情夫のトロに新宿に売られようとしたリカを、久部が迫真の芝居で救った。

そして9話――劇場オーナーのジェシー(シルビア・グラブ)の闇取引にトニー(市原隼人)が駆り出され、公演までに戻ると言い残して、劇場をあとにする。だが、公演が始まっても戻らない。刻々と迫るトニーの出番――。その間、演者とスタッフらは協力して、トニーの出番を少しでも遅らせるべく奮闘する。かつて舞台初日に一人奮闘していた久部の仕事を、今では皆が協力してやっている。そう、ショウ・マスト・ゴー・オン――。

ラストシーンを予想する。“史実”に基づけば、同ドラマに足りないのは、モデルとなった渋谷道頓堀劇場に、素人ながら代役で急遽出演して一躍スターになり、廃業寸前だった同劇場を救った「清水ひとみ」という“最後の1ピース”である。

ならば、いつの間にか、久部の勤勉なアシスタントとなり、劇場関係者の誰よりもシェイクスピアを深く理解する彼女こそ、その役に適格じゃないだろうか。そう、八分神社の巫女の彼女こそ――

ちなみに、三谷幸喜青年が主宰する東京サンシャインボーイズの観客動員が初めて1000人を超えるのは、1989年の「天国から北へ3キロ」――『もしがく』の5年後である。

                         完

ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
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