『3月のライオン』連載10年目で初の実写化!
『ハチミツとクローバー』で知られる羽海野チカさんによる、今年で連載10年目を迎える人気漫画『3月のライオン』。この春、前編・後編で成る2部作として実写映画化される。監督を務めるのは、NHK時代に『ちゅらさん』、『ハゲタカ』、『龍馬伝』といった作品を手がけ、独立後も『るろうに剣心』シリーズ、『プラチナデータ』、『秘密 THE TOP SECRET』、『ミュージアム』といったヒット作をおくりだす大友啓史監督だ。
『3月のライオン』公開に合わせて、“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリー”では大友監督に独占インタビュー。これまでも多くの人気原作を映画化、さらには『るろうに剣心』シリーズをはじめ、キャスティングにも定評のある大友監督に
・人気原作を映画化するときに考えること
・映画化するときの役者の選び方
といった話をはじめ、今回の作品で新たな輝きを見せた有村架純さん、高橋一生さん、豊川悦司さんといったキャストのお話、さらには、NHK出身の大友監督が考える『プロフェッショナルとは……』といったお話まで伺った。
『3月のライオン』とは●●な話である
――この超人気原作を映画化していくという作業は、相当大変なものだったのではないかと思いますので、その過程からお伺いできればと思います。まず、大友監督は『3月のライオン』を、どんなお話と捉えられたのでしょうか?
「童貞だった少年が、成長していく話ですよね(笑)」
――思いっきり媒体に合わせていただいた答え、ありがとうございます!(笑)もう少し、詳しくご解説をお願いします!
「童貞って、捨てる前と、捨てた後で世界が思いっきり変わりますよね。後編での高橋一生さんが演じる先生のセリフに反映させてますが、少年の成長にとって「小さな一歩に見えるけど、実は偉大な一歩」を巡る話だと思ったんです」
前後編2本分必要だったワケ
――本当にそうですね。
「『3月のライオン』では、小学生にして家族を失ってしまった主人公が、父親の友人である棋士に『君は、将棋好き?』と聞かれて、一縷(いちる)の望みをかけて『好きです』と嘘をつく。生きていくための嘘ですよね。でも、その嘘が真になっていく。つまり、『3月のライオン』は生きるための『将棋が好きです』という嘘が、本当になっていくまでの話なんです。
原作を映画化する上では、まずその縦軸をかなり早い段階で決めました。その一歩を踏むに至る変化ってとても大きいけど一方で繊細ですから、その過程を丁寧に描くためには、前後編2本分必要だと思ったんですよね」
――確かに主人公がその変化を遂げるためには、彼と将棋だけを描けばいいわけではないですもんね。
「そう、その変化を描く、すなわち彼に『将棋が好き』って言ってもらえるようになるために、彼に影響を与える多くの登場人物を配置しなければいけない。初めての師匠である島田、親友の二海堂、義姉の不倫相手である後藤や彼に対する気持ちの変化……」
向田邦子ドラマのような豊かさをもった『3月のライオン』
――それだけ多くの登場人物を出しながらも、原作の全てのエピソードを入れるわけにはいかないわけで、なかなか大変な作業だったんじゃないですか?
「原作は、向田邦子ドラマのような豊かさがあるんですよね。例えば向田さんの『あ・うん』ってお父さんが死んだ後に、ポケットの中に浮気の痕跡を見つけたりする。“仲のいい家族像”を一辺倒に描かずに、残酷な機微を四季折々や食卓と共に描く。その豊かさが向田邦子ドラマですよね。『3月のライオン』にもそういう特質があると思ったので、それをどう削がないようにするか、という点には気を使いました」
本当の青春は恋愛だけじゃない
――その豊かさって、例えば映画版ではどういうところに出したのでしょうか?
「最近は、恋愛だけを描く青春映画も多いけど、本当の青春って、それだけじゃないですよね。恋愛だけではなく『将来僕は何をするんだろう』っていうことに悩んだりもする。
『3月のライオン』の主人公の零くんは、きっと「恋」という感情を持つ余裕もなく、将棋一本にすがるように生きてきた少年です。それが、川本家と出会い、彼女たちと触れ合うことによって、食卓の豊かさ、四季の移り変わり、人の愛情といったものに気付いていくんです。そして恋らしき感情も芽生えていく」
閉じていた芽が開いていく
――ただ、そういった人として豊かになっていくことが、棋士としての彼を一瞬、弱くすることに繋がってしまったりもします。
「そう、何かを背負おうとした瞬間に弱くなったり、間違った方向に行ってしまったりもする。でも、最終的にはその迂回も、彼を強くしていくかもしれないんです。だから、将棋だけに集中していることが彼にとっては幸せとも限らなくて、今まで閉じていた彼の可能性に関わる多くの芽が、ふわっと開いていく話でもあるんですよね」
主人公・零が反感を買わないように……
――こうやって作品についての話を伺っていくと、10代の青年でありながらプロである、というある種特殊な零を主人公に、多くの人が共感できるような映画を作り出すのはなかなか至難の業だったように感じられます。
「零は高校生なのに年収700万円で、一人暮らし。しかも、酔っ払っていたら助けられて、助けてくれた川本家が美人3姉妹で、おいしいもんまで食わせてもらえる。しかも、原作の長女あかりさんは色っぽくてね、なんか思春期の少年にとってはドキドキするような眩しい存在です。もう、ある種のファンタジーですよ。それは、チェリーボーイの皆さんからしたら、反感を買いかねないですよね」
――めっちゃ悔しいです!零くんになりたいっす!
「でしょ?この映画を成立させる上で大切な零くんの孤独感も、一歩間違うと感じられなくなってしまうしね。なので、漫画では成立しているその設定を実写化したときに、なんかリアリティないよねって突っ込まれないように、しっかり現実の出来事として落としていかなきゃいけなかったんです。
だから、長女のあかりに零くんが助けてもらうタイミングを原作とは変えたりね。そして、零くんが酔っ払って泣きながら『お父さんごめんね』って言う。それを聞いた長女のあかりは、自分にも、出ていったお父さんへの感情があるわけで、零くんと感情がつながるんです。それで、助ける理由ができあがりますよね。そうすると、チェリーの皆さんの『世の中そんなうまくいかねえよ!』っていう反感を少し抑えられるかな、と(笑)。そういう細かい配慮はしていますね」
キャスティングの名手・大友監督が語る役者選びの基準
――監督が、原作を映画にするにあたり、丁寧に構築されてきたことの一部分を垣間見ることができました。さて、そんな考え抜かれた作品に、彩りを与えるキャスティングも、超重要だったと思います。キャスティングの基準はどんなものだったのでしょうか?
「脚本に書いてない何かを背負ってくれる、っていうのはひとつの基準ですよね。例えば、高倉健さんだったら、背中だけで男の孤独や哀愁を表現してくれますよね。今回も、脚本には書いてないけれど、存在する要素を表現できるような演技力や艷っぽさを持っている俳優さんを選ぶようにしました」
――書いてないけれど、存在する要素といいますと、例えばどんなものでしょうか?
「零くんの父親の幸田さんは、零くんとの対局の時、もし豊川悦司さんではない俳優さんが演じたとしたら、棋士として、自分を負かすようなこんなに強い零を育てたことに満足した、枯れた人に見えてしまったと思うんですよ。ただ、豊川さんには艶があるじゃないですか。豊川さんが演じることで、幸田さん自身も、勝負の世界にまだまだしがみついているプロの棋士のひとり、絶対勝ちたいと思っていたという見え方がどこかで感じられると思うんですよね。そういうキャスティングをすることで、直接は描かなくても、物語に奥行きというか、違う要素が見えてくると思うんですよね」
新境地!有村架純、色気のワケ
――その意味で言えば、義姉の香子を有村架純さんが演じることで出てくる奥行きも素晴らしかったです!
「そこは意識したんですよ。もしかしたら零くんを異性として好きなのかもしれない、と思わせるような、原作よりも少しオトナの女性の雰囲気。2人は義理の姉と弟で、血がつながってるわけではないから、一線を越えちゃいけないわけではない。でも、形式的には姉と弟でもある。一線を越えてしまったら何かが変わるという危うさは、意識しましたね」
――もう最初の、香子が、零くんの部屋を訪れるところから、何か起きるんじゃないかとドキドキでした……!原作では、香子が零くんの部屋に入るためのセリフが「トイレに行きたいの」だったじゃないですか。それが映画では「おしっこ漏れそうなの」になっていて、あの瞬間、新たな有村架純さんが見られた上に、一気にあのシーンの危うさが増しました。
「そう、あそこはまた、キレ気味に言うんじゃなくて、耳元で息がかかるように言うのが大事なんですよ。そこは大切に演出しましたね」
――最高の演出です!そして、部屋に入ってからの、シャツを借りるくだりのドキドキ!
「ええ、もしかしたら、あの2人が家族として幸田家で暮らしていたときにも、香子が薄着になったり、シャツを貸してもらうようなやりとりはあったかもしれません。でも幸田家という空間で起こるそれは、ただのお姉ちゃんであり家族としての行動なんですよ。でも、零が自立をして、一人暮らしを始めたあの部屋に来る香子は、お姉ちゃんというより、ひとりの女のウェイトが大きくなっているはずですから。そこで見る、お姉ちゃんの素肌はまた違ったものになるんです」
――そこでまた今までとは違う有村架純さんの魅力が見られましたよね。
「やっぱり、有村架純さんの素晴らしさって、無防備な色気というか、手の届きそうで、届かないという絶妙な色気だと思うんですよ。彼女はもちろん美人なんだけど、役の上では、絶対に手の届かない場所にはいかないんですよね。かといって、ずっと手の届きそうな位置にいるわけでもない。その危うさが色気に変わっていくんですね、きっと。それが今回の描きたかった香子像にピッタリとハマりました」
高橋一生の勘の良さ
――まさに、前後編通じて、届くのか届かない感じにドキドキさせられ続けました。その逆で、出てくる度に安心できたのが、高橋一生さん演じる先生です。
「高橋一生さんは、零くんの隣で一緒に座ってラーメン食べてくれるだけで、ほっとさせてくれる感じを出してくれましたよね。先生というよりも、先輩感。自分も零くんと同じような悩みを抱えていた時期があるから、理解をしてくれるけど、余計なことは言わない。黙って隣にいることが大事、という感じ。あれをもう少し暑苦しいタイプの俳優さんがやったら変わっちゃうと思うんですよね」
――確かに高橋一生さんだからこそかもしれません。2人の距離感を絶妙に出されていました。
「やっぱり、いい役者さんは勘がいいんですよ。高橋一生さんは、その絶妙な距離感、さじ加減をサッと掴んで、素晴らしい距離感での芝居をしてくれました」
映画監督・大友啓史が考えるプロフェッショナル
――さて最後に……この実写映画『3月のライオン』は、より零くんという存在を通したプロフェッショナルの話になっていた気がします。大友監督自身も、映画監督というプロフェッショナルの道を歩んでいるわけですが、共感できる部分や、自分の人生に重なるような部分はありましたか?
「僕自身が、零くんのように孤独にもがいていたのは、高校生から浪人にかけての頃ですかね。小学校、中学校と野球をやっていたんですが、高校生になってケガでやめてしまったんですね。そこから大学生の中に混じって、ひとりで下宿をして暮らしていて、目標もなかった頃が、暗黒の時期でした」
――そこから映画監督を目指すようになるわけですか?
「いや、実は最初から映画監督を目指していたわけではなく、NHKに入ってドキュメンタリーの仕事をして、ドラマをやって、アメリカに行って映像を学んで、そのあとまた一生懸命演出をしていたら、今があるという感じなんですよね。でも、何をやっていいかわからなかった時期を経て今があるからこそ、零くんに共感できる部分もありますね」
――逆に違うなと感じた部分はありますか?
「孤独の質ですかね。僕もNHKをやめていますし、監督という仕事は孤独な部分もあるんですが、やっぱり映画は集団芸術とも言われているように、俳優さん、衣装さん、メイクさん……と多くの人が、僕のやりたいことを助けてくれます。でも、将棋の勝負の世界は、本当にひとりで戦っている。僕らだってもちろん評価はされる仕事だけど、彼らは勝ち負けが全てで、明確にB級・C級とランク分けがされていく。それこそ、映画のように自分の子どもに負けることもあります。実際にも70代の加藤一二三さんと、中学生の対局がおこなわれたけれど、50歳以上の差がある人間が同じリングに立つっていうのは、プロの世界でも、なかなかないことですよね。そういう意味で、孤独の質の差を、羨望とともに感じましたね」
自身もプロフェッショナルとして戦ってきたからこそ、孤独と、そこを起点にした豊かさを描けたという大友監督。「いい役者は勘がよく距離感をサッと掴む」と語ってくれた監督だが、監督自身も、素晴らしい勘の良さとチェリーへの絶妙な距離感で、サッと我々に寄ったトークを展開してくれた。『3月のライオン』前編は3月18日、後編は4月22日より二部作連続公開。
(取材・文:霜田明寛 写真:浅野まき)
映画『3月のライオン』
監督:大友啓史
出演:神木隆之介 有村架純 倉科カナ 染谷将太 清原果耶 / 佐々木蔵之介 加瀬亮 伊勢谷友介
前田吟 高橋一生 岩松了 斉木しげる 中村倫也 尾上寛之 奥野瑛太 甲本雅裕 新津ちせ 板谷由夏 / 伊藤英明 / 豊川悦司
原作:羽海野チカ「3月のライオン」(白泉社刊・ヤングアニマル連載) 脚本:岩下悠子 渡部亮平 大友啓史
前編主題歌:ぼくのりりっくのぼうよみ「Be Noble」(コネクトーン) 後編主題歌:藤原さくら「春の歌」(スピードスターレコーズ)
配給:東宝=アスミック・エース (C)2017 映画「3月のライオン」製作委員会