恋愛映画の名手・今泉力哉監督が12人の女性との告白の記録を綴る連載『赤い実、告白、桃の花。』。
故郷の福島を離れ、大学生活を綴る名古屋篇の第4回目。今回は、今泉監督が初めて、ちゃんとした告白をされます。
高校時代までずっと卓球をしてきた私は「そろそろ太陽に当たりたい」という理由と「4月中はずっと夕食がおごってもらえる」という2つの理由から、ある体育会系の部活にはいった。大学といえば、サークル活動などが盛んで、みんなただただ集まってはお酒を飲んだり、いちゃいちゃしたり、みたいなものを想像する人が多いと思う。もし私が大学に入った時に、それこそ「映画研究会」とか「映像サークル」みたいなものが存在していたら、そこに入っていたかもしれないが、そういったものは存在せず、私は映画づくりとはまったく縁もゆかりもない、運動系の部活動に4年間在籍、自分なりに一生懸命練習し、大会などもあったから選手に選ばれるよう努力もした。ただ、元来運動神経のまったくない私は卓球以外のこのスポーツもずっと下手で、まあどうしようもなかった。
ゆるいサークルのような場ではない、とさきほど書いたが、それでも皆さんお年頃。先輩の中にもつきあっている人はいたし、そのまま結婚された方もいる。自分もそれなりにいろいろあった。ひとりの人に告白され、「ごめんなさい」と言い、ひとりの人に告白して、10カ月つきあって、別れた。
大学3年の時だった。あたらしく1年生としてはいってきた「こ」さんは、小柄でとてもかわいらしく、またすごくまっすぐで、間違ったことが嫌いな子だった。変に頑固というか。そういうのは田舎で生まれたからというのもあったんだと思う。どこか自分にすごく似たものを感じた。お兄さんがいて、二人兄妹だったと思う。色気などとは無縁で、どこか男らしかった。男らしいというよりも少年みたいな感じか。私は徐々に彼女に惹かれていった。けらけら笑う子だった。顔をくしゃくしゃにして。
「こ」さんは、部活内で学部も一緒の同級生のとある女子ととても仲が良かった。その同級生「さ」さんはもう少し女性らしい部分がある子で、柔らかな印象のある人だった。のちにわかることだが、「こ」さんは私が「さ」さんを好きだと思っていたらしい。別に好きじゃなかった。どこにも惹かれなかった。そこまで言うとさすがに「さ」さんに失礼だが、なんだか不思議なものである。
部活内で、私と同期だった男子は私を含め4人いた。もともと男子は5人いたのだが、1人は早々にやめていった。彼は卒業後、今何かと話題のTOSHIBAに入社。携帯のデザインなどをしていた。しかもかっこいい。性格もいい。彼女もかわいい(結婚したかな?)。この世にはそういう人がいる。彼以外の私を含めた4人の中で、ひとり、断トツでもてる男がいて、しかもその部活の運動も一番できて、しかもめちゃくちゃ面白くて、今は信用金庫で働いている2児の父親という男がいる。そいつ以外の3人は、まあもてなかった。そのうちのひとりが「さ」さんを好きになった。そして、いつ、どう告白したのかはわからないが、「さ」さんとつきあうことになった。そいつも「さ」という名前だったから、「さ」が後輩の「さ」さんに告白して、「さ」と「さ」さんがつきあうことになった。なんだか厄介な話だが、二人がつきあうことになったと聞いた時、私は、まじか!と自分のことのように喜んだ。
私が「こ」さんを気に入っていることは、同期の「さ」をはじめ、私と仲のいい何人かだけが知っていた。女子部員は誰も知らなかったと思う。しかし、「さ」が「さ」さんとつきあって少しした時、1つ後輩の2年の女子のひとりから、「◯◯日の◯◯時に◯◯に来てもらえませんか?」とメールか電話で呼び出された。言われた時間に言われた場所に行くと、その子はいつも以上に濃い化粧をして緊張していたので、間違いなく告白されると思った。そして、案の定、告白された。vol.2での文化祭でのあやふやな出来事を除けば、人生ではじめて告白された。人生で告白されたのはこの1度きりだ。彼女が自分を好きだなんて一切気づいていなかった。でも本当に嬉しかった。人から好きになられることがこんなに嬉しいことだなんて初めて知った。まあ不思議だったが。
私は「ごめんなさい。でもありがとう」と言った。告白して、ふられるときの「ありがとう」なんて、きっと噓だと思っていたのだけど、本当に「ありがとう」と思った。でもタイプじゃなかったし、これは結婚している現在まで続く(続いた)ことだけど、私は自分が告白してしかつきあったことがなかった。告白されてつきあう、ということがちょっとわからない。自分が相手を好きでいたい人間なのだ。「ごめん」といったあとも、だらだらと少し話をした。向こうがどう感じていたかはわからないけれど、私はすごく居心地のいい時間を過ごせた気がする。ものすごくできた、素敵な女性だったんだな、と今は思う。見た目で男を選ばない女性というのはやっぱり素晴らしいと思う。とか、なんだかんだ言って、彼女とつきあわなかった理由は、見た目だったのかもしれない。残酷だけど私はそういう人間で、でも人間ってそういうものだと思う。私だけじゃないと思う。でも、なぜこのタイミングで彼女が私に告白をしてきたのか。その理由を私は数日後に知ることとなる。
数日後。
「さ」さんと順調につきあい始めた「さ」が私に言った。
「今泉、『こ』のこと好きなんでしょ?なんか『さ』さんから聞いたんだけど、『こ』もおまえのこと気になってるらしいよ」
私が「こ」さんとつきあう可能性があることを、件の彼女は感じていたのだ。私が「こ」さんを好きなこと。入学してきた後輩の「こ」さんが私を気にしていること。それで、私たちがつきあう前に私にだめもとで告白をした。そういうことだったのだ。
残酷である。
しかし、彼女の人生とは関係なく、私にとっては人生初の両想いである。
それから10分もせず、私はひとりになれる場所に移動し、「こ」さんに電話をした。
「もしもし、今泉ですけど…」
「はい。なんですか」
「あの、さっき『さ』から聞いたんだけどね…」
「はい…」
「『こ』さんって俺のこと、好きなの?」
こんな上からの、ばかみたいな告白があるだろうか。最低である。
せめて会って告白するべきだった。彼女は黙ってしまう。
「…」
「…」
「…」
もし、これが何かの勘違いだった場合、相当に痛い。そして、相手は部活の後輩である。明日からも顔を合わせるのだ。「俺のこと、好きなの?」は!?なにさまだ。この沈黙の間、私は、けっこう本気でやってしまった、と思っていた。しかし、彼女は言った。
「はい」
はじめてのデートはどこだったか、憶えていない。でも一緒に地下鉄に乗っている時に「これよかったら」と、あるMDを渡されたのを憶えている。そのMDには、ひたすらaikoの曲がはいっていた。彼女は背が低く、私は背が高いので、『カブトムシ』とかを聞いて、少しぞわっとした。その、ぞわっ、は良くも悪くもだった。
動物園に行ったり、水族館に行ったり、映画館で一緒に映画を見たりした。
はじめてキスをしたのは焼肉かなにかを食べた帰りだった。彼女は実家暮らしだったけど、まあまあ遠かったから、時々、名古屋でお兄さんが一人暮らししているアパートに泊まったりしていた。そのアパートのそばまで送り届けて、そのアパートの外で、だった。酔っていたし、焼肉を食っていたし、恥ずかしかったし、なんだかへんな気持ちだった。そして帰った。
クリスマスイブにセンチュリーシネマに『アメリ』を見に行ったら満席で、次の回のチケットをとって、それまで映画館そばの喫茶店みたいなところで時間をつぶしたりしたことを憶えている。デートの前日はいつもなんだか眠れなくて、私は『アメリ』中に少し寝てしまった。動物園の時も水族館の時も、私はデート中にたくさんあくびをした。どうも、デートの前日というものはうまく眠れない。きっと彼女をたくさん不安にさせただろう。
彼女の誕生日プレゼントに、古着屋で白いアディダスのジャージを買おうとして(そのチョイスもどうかしてると今では思うけど…)、サイズがわからず、店員の女性に「プレゼントなんですけどサイズがあんまりわからなくて」と言ったら、その店員さんが「私と比べて(彼女さんの身長)どうですか?」と聞いてきて、「同じくらいですね」と言ったら、「着てみましょうか?」と言ってその白いジャージを着てみせてくれて、そしたらすごくめちゃめちゃ似合ってしまって、しかもめちゃくちゃかわいくて、参った。でも、そんなことはもちろん内緒にして彼女にプレゼントした。このエピソードが拙作『サッドティー』という映画に出てくるエピソードのもとになっている。いつだったか、どこだったか、憶えていないけれど、バンプ・オブ・チキンの『天体観測』がひたすら流れている場でキスをした記憶もある。
そんな風に順調につきあってきて、迎えた私の誕生日。
2月1日。
つきあってから、8カ月くらい経っていた。ちょうどvol.3の「し」さんに告白する前日にみんなにあーだこーだ言われたりした川村邸。同じ場所。あれからちょうど丸2年と1日。そういう空気になった。お互いに初めてだった私たちは、つきあっていく中で、なんとなく私の誕生日がその日になることを約束はしていないまでも意識していたし、お互いに感じていた。お酒は飲んでいただろうか。飲んでいた気がする。同居していた友達にも今日は帰ってこないで、と伝えていた。キスをしたりして、ことがはじまった。のだが、まあそこは童貞である。ぜんぜんうまくいかなかった。具体的にはあまり言いたくないのだが、彼女の頭がどんどん上に上にあがっていって、壁にぶつかった。「いてっ」そんなざまだった。とても気まずかったが、しかたがない。うまくいかなかった。彼女が泊まったのか、そのまま帰ったのかは憶えていないが、彼女を駅かどこかまで送っていく時に信号待ちをしている時分、「もっとAVとかみて勉強してください」と言われた。きつくではなく、すごく優しく。大久手か吹上か。そのあたりだった。
結局、彼女とはそういうことがうまくできないまま、別れることになる。それから2カ月くらい経ったある日。つきあって10カ月くらい。私は「別れたい」と言った。別れ話も同じ場所、川村邸で行われた。彼女は泣いていて理由を欲しがった。私は、すぐにひとりになりたくなってしまう、という理由以外にあまり理由が見当たらなかった。そんな理由で彼女が納得するはずがなかった。彼女は「ほかに好きな人ができた、という理由以外では別れたくない」というようなことを言った。ほかに好きな人はいなかった。でも、ひとりになりたかった。彼女を好きじゃなくなってきている自分もいた。まったく納得していなかったが、私が一切折れないのを知った彼女は、諦めて、別れることを承諾し、帰ろうとして、玄関に向かった。私も玄関に向かった。家を去り際に彼女が言った。
「今泉さんには私より好きな人、一生できないから」
と。
「あと、好きな人ができたら必ず教えてください」
つよがり。と。なんだろ。
とんでもない言葉を私に残して「こ」さんは去っていった。
私は自らふったのにも関わらず、その後すぐに好きな人ができることもなく、彼女を長くひきずっていた。「好きな人ができたら必ず教えてください」ということは、それまでずっと好きで居続けてくれる、という意味だと私は思っていた。だからという訳ではないが、なんだか他の人を好きになる気も起きなかった。し、だいだいひとりになりたくて別れたのだ。でも、なんだかすごい言葉だなって思った。
それから、数カ月後。彼女に新しい彼氏ができたことを誰かから聞いて知った時、「なんだよ!」と思った。「あの言葉は何だったんだよ!」と。「つうか、そっちも彼氏できたら教えろよ!」と勝手ながらに思った。「好きで居続けてくれるんじゃないのかい!」とまで思った。ふっておいて。でも、当時の私はそう思った。あたらしくできた彼氏は私も知っている人だった。それに、そいつはすごく「こ」さんのことが好きだった。そのことを知っていたから、これでよかったんだな、と思った。でもなぜか悔しかった。自分でもどういう感情なのかわからなかったけど、好きな気持ちがきっと残っていたんだろう。
「こ」さんから、別れる理由を求められた時、本当に見当たらなくて、具体的には全然応えられなかったけど、今思えば彼女を好きじゃなくなっていった理由はいろいろあったと思う。たとえば、一緒にいる時にTVで流れていたセンチュリー21のCMをきっかけに彼女が「ケイン・コスギが好き」と知ったことなどは、私の中でかなり大きな理由だった。正直、aikoのMDもこの時になってみれば、ひとつの理由だったのかもしれない。でもそんなことは言えなかった。私に限らず、音楽のCDやMDをもらって少しひいてしまう人っていると思う。私は誰にもそんなもの、あげたことはない。でもすごく微妙な話なんだけど、これがつきあう前だったら全然違ってくる。片想い中に好きな人が好きな音楽や好きな小説などを知り、その人を知ろうとすることなどはたくさんあると思う。そのセレクトやセンスとかそういう部分ももちろんあると思うけど、でも片想い中だったらaikoもケインも逆にプラスになった可能性だってある。意外!みたいな。実際、この連載に今後出てくる、私が好きになった人たちの影響で、私はいろんな音楽を知り、映画を知り、映画監督を知り、小説を知ることになる。よく、女性のファッションや映画や音楽の趣味が、彼氏や好きだった人の影響、みたいなことを聞くことがあると思うけど、そんなの逆だってぜんぜんある。少なくとも私は、近くにいた友達と同じくらい、好きになった人たちの趣味や好みの影響を受けて、形成されている。ひとつ例を挙げるとすれば、山下敦弘監督やその映画と出会わせてくれたのも、好きになった女性が山下さんのファンでその映画の存在を教えてくれたからだった。
今、「こ」さんは結婚して子供もいるらしい。ばりばり仕事もしているらしい。「こ」さんらしい。本当に私みたいな人と別れてよかったと思う。結婚相手が誰なのかはまったくわからない。わからない方がいいこともたくさんある。
AVを借りたことがなかった訳ではなかったが、あまり見る習慣がなかった私は、彼女と別れた後、GEOでアルバイトをはじめた。御器所GEO。大学時代、最後に好きになった人はビデオ屋のバイト仲間だった。「な」さん。ふにゃふにゃした人だった。今きっとどうやっても繋がれない人で、正直、会えるものなら12人中、1番会ってみたい人かもしれない。
(つづく)
(文:今泉力哉)
今泉監督の最新作『退屈な日々にさようならを』が下記映画館にて上映が決定!
5/20~ 宇都宮ヒカリ座
5/27〜 名古屋シネマテーク
6/8~ 横川シネマ
6/10~ 第七藝術劇場
6/17~ シネマ・ジャック&ベティ
6/17~ 立誠シネマ
6/24~ 元町映画館
6/24~ キネカ大森