ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
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「他者を理解することが“癒し”」鬼才・キム・ギドクが語る『人間論』

キム・ギドク監督、4年ぶりの登場

韓国映画の鬼才・キム・ギドク。アカデミー賞の受賞などで注目が集まる韓国映画界だが、1996年にデビューしたキム・ギドクは、巨大エンターテイメント作品というよりも人間をじっくりと見つめるような良作を作り続け、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)受賞をはじめ、カンヌ、ベルリンと世界三大映画祭を制覇し、国際的評価も高い名監督である。現在は、ロシアを拠点に、中央アジアなどで映画を作り続けている。


日本での最新公開作は『人間の時間』。藤井美菜、チャン・グンソク、オダギリジョーと日韓のスターが揃うが、『春夏秋冬、そして春』や『弓』といった2000年代前半の作品も彷彿とさせる濃厚なキム・ギドク作品だ。原題は『人間、空間、時間、そして人間(Human, Space, Time and Human)』というタイトルだったこの映画は、クルーズ船の中に閉じ込められた人々のパニックを描くことで“人間”を炙り出す。


今回、永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリーでは、新作の日本公開にあたり、オープン時の記念インタビュー以来、4年ぶりにキム・ギドク監督に話を聞いた。

“目を背けたくなること”に目を向けることで見えてくるもの

整形、高校生の援助交際、韓国で拷問を受ける脱北者、妊娠中に福島原発の放射能を浴びた夫婦etc……キム・ギドクの映画では、目を背けたくなるような現実が描かれ、そして本作も例外ではない。

「目を背けたくなることも、現実に起きていることです。それを自分の目できちんと見つめることで、“人間とは何か”を悟れるようになる、と思っています。今回の作品も、見るのが辛いシーンも多いかもしれません。でも私は、人間を描く上で、嘘をつきたくはありません。だからこそ、人間の欲望を赤裸々に描くべきだと考えました。『人間』『空間』『時間』と、3つのチャプターに分けてありますが、権力への欲や、金銭への欲、性欲……と、ありのままに見せ続けることで、逆に最後にはメッセージを理解してもらえるはずだと信じて作りました」

中でも、性欲が引き起こす悲劇は、作中を通じて描かれ続け、人間への諦めをも感じてしまいそうになる。

「人間である以上、性欲は繰り返されていきます。私も人間として生きてきたわけですが、たくさんの悩みがあり、葛藤を経てきました。そんな中で“人間とは何か”を考えるようになっていったんです。人として生きていくと、どうしても心に傷を負ったり、怒りを感じたりしてしまいますよね。私は以前は、そういう心の傷や怒りは癒す方法がないと思っていました」

だが、人間を描く本作の制作を経て、感じ方が変わっていったという。

「人間を理解できないと、相手を憎むしかなくなってしまうので、そこから抜け出すために、人間について考え続けました。そうして本作のシナリオを書きながら『人間は自然だ。そして、人間はエネルギーだ』という本作のテーマとも言える結論にたどり着きました」

人間について考え続けた結果、辿りついたという『人間は自然だ』『人間はエネルギーだ』というキム・ギドクのメッセージ。それはそのまま本作のテーマにもなっているというが、大きすぎて掴みどころがないようにも思える。それぞれ順番に解説してもらった。

原点回帰ではなく「見つめる次元が変わった」

今回の『人間の時間』には何かを悟ったような喋らない老人が登場するが、その設定は『春夏秋冬、そして春』や『弓』といった過去のキム・ギドク作品を想起させる。だが、その2作品が“ひとりの人生”を描いているのに対し、『人間の時間』はもう少し、大きな視点で描かれているように感じる。

「私が、今回の作品で、環境・自然・神といった大きな視点で描いていると感じてくれたのなら嬉しいです。『春夏秋冬、そして春』は、四季になぞらえてひとりの人生を語りました。『人間の時間』は、また少し次元が別で、タイトルでは『人間の時間』といいながらも『自然の時間』といってもいいイメージです。“人間は自然の一部なのだ”という観点で作っています。なので、原点に戻ったのではなく、自分の見つめる次元が別の段階になった、という感じでしょうか」

そしてもうひとつ。『人間はエネルギーだ』とはどういうことなのだろうか。

「今回の作品の2つめの『空間』というチャプターでは、食べ物を巡って人々が争う姿を描きました。そこでは、権力を握った人と、権力を持っていない人々が衝突していきます。この対立の構図は、見方を変えると“エネルギーの衝突”といっていいと思います。エネルギー同士が喧嘩をしている。その事象がいい・悪いではなく、人間同士の争いはエネルギーの衝突なのだ、という次元で考えると、何か乗り越えるきっかけが見えてくる気がしています」

たどり着いた人への諦め「トラはトラだ」

「人間は自然だ」「人間はエネルギーだ」という大きなメッセージ。本作ではその大きなテーマが描かれることはもちろんだが、人と人の関係性も細かく描写されていく。船の中で生き残る人が少なくなっていく中で描かれる、他人を信じられるかどうか、の心の揺れ。キム・ギドク自身は“他人を信じる”ことをどう考えているのだろうか。

「まずは自分に正直になって、自分をコントロールしていくこと。それが大切だと思います。ただ、自分のことはコントロールできても、どうしても他人をコントロールすることはできません

そしてギドクは、動物の例えを使って、人へのある種の諦めを語りだした。そしてそれはこの映画全体に通底している人間観かもしれない。

「トラはトラ、うさぎはうさぎで、これは決して変わることがないんです。以前の私は、トラもうさぎになれると思っていたんですが、その考えは変わりました。トラはトラであり、うさぎはうさぎでしかないということを受け入れてこそ、何かを悟ることができるのだと思います。とはいえ『トラが悪い』『うさぎはいい』といったことは一概には言えません。良し悪しではなく『トラはトラだ』『うさぎはうさぎだ』という見方をすることが大事なのだと思います」

『人間の時間』には「人間を理解したい」というキム・ギドクの想いが、様々な葛藤を経て、以前にも増してより濃厚に出ている。それは『心の傷や怒りは癒す方法がない』と考えていたギドクの大きな変化かもしれない。

「人間を理解することが、癒しになると思うようになりました。人が人に対して怒りを抱いたりする、そういうシステムがあるのだと理解する。自分ではない他者を理解することは、人にとって癒しになるんです。その理解であり癒しの過程を、今回の映画では描いたつもりです」

『人間の時間』
3月20日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開

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監督・脚本:キム・ギドク
出演:藤井美菜  チャン・グンソク
アン・ソンギ  イ・ソンジェ  リュ・スンボム  ソン・ギユン / オダギリジョー
原題:『Human, Space, Time and Human』 字幕:根本理恵
提供:キングレコード 配給・宣伝:太秦
(c) 2018 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
【2018年|韓国|カラー|DCP|122分|R18】
公式サイト:ningennojikan.com

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