ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

性に奔放すぎるのに…半世紀前の『花芯』が現代女性に響くワケを監督に聞いた

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静かだが情念的な世界を映像化

瀬戸内寂聴の小説『花芯』が映画化される。主人公の園子は非常に魅力的ではあるものの、発する言葉は、男が直視したくない男女の感覚差にはっきりと輪郭を与えていて、恐ろしくもある……。
静かだが情念的な、その世界を見事に映像化したのは、安藤尋監督。現代版にアレンジしたりすることなく、戦後の世界を鮮やかに切り取った。原作同様、映画でも、主人公の園子は、美しく、かっこいい女性としてそこに存在している。

安藤尋監督に聞く【現代女性・濡れ場・童貞】

このたび、“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン”チェリーでは、安藤尋監督にインタビュー。前半は「なぜ半世紀前の原作がこんなに現代人に自分たちの話として響くのか」という話を中心に聞いた。話は現代の女性たちの生きづらさのワケを解き明かしていく方向に展開していく。
後半は、少しテイストチェンジ。前作『海を感じる時』では市川由衣さんを、今回の『花芯』では村川絵梨さんを主演に据え、濡れ場を美しく撮ってきた監督に、濡れ場へのこだわりを聞いた。
さらに、チェリーならではの音声特別編として、“童貞ホラー映画としての『花芯』”というテーマでのトークもお届けする。

愛し続けることはできても、恋し続けることはできない

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――男性は愛と呼びたがり、女性は恋をしようとする……その対比が美しくもあり、男性としては怖くもある作品でした。

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「原作で非常に印象的で脚本にも残した部分に『愛じゃなくて恋なんだ』というセリフがあります。愛し続けることはできるけれど、恋は終わった、というのは非常に象徴的な言葉ですよね。
例えば、20年間連れ添って、愛しあっている夫婦はいるかもしれないけれど、恋をし続けている夫婦がいるか、というと難しいところですよね。“愛し続ける”ことはできても、“恋し続ける”ことはできないと言いますかね。言葉としても変ですよね」

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――そんな中、主人公の園子は、愛ではなく、恋をし続けようとしますよね。

人を好きになることは恋をすること。恋をすることは反社会的なこと

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「やはり、人を好きになるということは恋をするということだと、思うんですよね。そして、恋をするというのは、どこか反社会的な部分もある。だから、主人公の園子は、男性社会の中で、孤軍奮闘して戦っているイメージなんです。男性に理解されない中、自分ひとりで、自らの性を世に問うてる感じがするんですよね」

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――そんな女性像と性を描いた原作が、半世紀前の日本で書かれたものということも驚きです。

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「ええ、反時代的な話ですよね。でも、今でもこの『花芯』をはじめ、瀬戸内さんの作品が共感を得ているということは、現代の女性にも通じるメッセージがあるということだと思うんです」

まだまだ中身より“女性”が注目されてしまう時代

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――安藤監督が見る現代は、女性と性に関してはどういう空気なのでしょうか?

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「現代は、一見、性に関してオープンになっているように見えるけれども、それでも女性が自ら、女性の性をオープンに語るようなことは、なかなかまだ実現しづらい空気なのではないでしょうか。
だって、いまだに女性がそういう性的なものを発表すると、中身がどうという以前に、“女性が”発表したということ自体が話題になるじゃないですか。女性の作家や芸術家の方も、そこではなくて中身自体をもっと見て欲しいんだと思うんですよね。

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今も難しい、女性が性を語ること

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瀬戸内さんは、当時『子宮作家』とおとしめられたといいますが、もし現代だったらきっとネット上で炎上したりするでしょう。だから、真の意味で、女性が性というものを、女性であるということのバイアス抜きに問うていくのは、過去も現在も難しいことだと思いますよね」

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――そんな、現在でも難しいようなことに挑戦しているせいか、園子は非常にかっこいい女性に見えました。

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「彼女がかっこよく見えるのだとすれば、それは、社会がお膳立てするような選択から逸脱するような選択を、自らしているからだと思うんですよね」

園子はきっと『ゼクシィ』を読まない

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――社会がお膳立てするような選択、というと例えばどういったものでしょうか?

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「例えば現代では、結婚して子どもを作る、ということに価値を見つけざるを得ない状況があります。結婚して子どもを産めた人が勝ち組とされて、みんな、そこを目指して『ゼクシィ』を読んで婚活をする。園子はたぶん『ゼクシィ』を読まないと思うんですよ(笑)」

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――たしかに、そういった社会的な流れの方向には乗らなそうです(笑)。

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「もちろん『ゼクシィ』を読んでいる女性が悪いということではなくて、そうやって婚活して結婚しても、実はその先にも幸せが約束されない、というのが今の時代の大変なところなんじゃないかと思うんです。

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カテゴライズから逸脱していくからこそ、かっこいい

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園子は、時代の背景から、逸脱するような選択をしていきます。劇中でも『言葉を探している』というセリフが出てきますが、言葉でカテゴライズされたほうがラクじゃないですか」

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――ええ、例えば「私は“婚活女子”なの」とカテゴライズされた言葉で自己紹介できたらラクそうです。

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「でも、園子はそのカテゴライズから、あえて逸脱していく。もちろん、その先にはリスクもあるとは思いますが、そこを恐れずに選択していく。瀬戸内さんが描いた園子が、現代も色褪せない理由のひとつはそこにあるんじゃないでしょうかね」

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こんな濡れ場はイヤだ!

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――『花芯』が今を生きる僕たちに刺さった理由がわかった気がします。監督にこうして言葉にしていただいた部分に、非常に説得力を与えてくれたのが濡れ場シーンでした。

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「きちんと濡れ場が撮れたので、映画としては非常に豊かになったと思います。例えばよくある『2人が服で抱き合う→ベッドに倒れこむ→フェードアウト→夜が明ける』みたいな演出は、嫌なんですよ。見ていても嫌だし、自分では絶対にやりたくない演出です」

安藤流・濡れ場演出術

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――とはいえ、複数回ある濡れ場を、別の見せ方で演出するのもなかなか難しそうです。

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「そうなんですよね。普通に撮っていると、濡れ場って全部同じになっちゃうんです。逆に言えばちょっとした動きや表情で差が出るということでもあります。村川さんにはそのシーンでの感情を掴んでもらってから現場に臨んでもらいました。結果的に、ひとつひとつの濡れ場を、きっちり違ったものとして描けたかな、という自負はあります」

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――足から撮っているシーンがあったり、それぞれ違うシーンとなっていて素晴らしかったです。

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「色々な撮り方をしましたね。なので、村川絵梨さんと林遣都さんともリハーサルで段取りはきちんと確認しました。場所を借りて、2人にはジャージのような格好で来てもらって。こういう姿勢になってください、みたいな指示を出しました」

“表現する決意”のある女優で映画を豊かに

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――それにしても前作『海を感じる時』では市川由衣さん、今回は村川絵梨さんと、アイドル的人気もあった女優さんが、連続して安藤さんの作品で濡れ場を演じられています。

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「2人のように、脱いででもきちんと表現がしたい、と言ってくれる女優さんがいるのは嬉しいですよね。脱ぐ必要がある場所では脱いでもらう、という前提で映画が撮れるのは、とても豊かなことです。2人とも濡れ場をお芝居の場として、映画のためにちゃんと脱いでくれている感じがするんですよね」

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――こう2人続くと、安藤監督ご自身に、女性に脱ぐことを決意させる魅力があるのではないか、と勘ぐってしまうのですが……。

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「いやいや、プライベートでは全くです。作中に『きみという女は、からだじゅうのホックが外れている感じだ』というセリフがありますが、僕が出会う女性はみんな、ホックが固いです(笑)」

(取材・文:霜田明寛)
(写真:浅野まき)
■特別編
この記事では女性という観点で『花芯』を語ってもらったが、実はこの作品、男の観点で見ると『初めての童貞を捧げた女性を信頼していたら、とんでもなく性に奔放な女性だった』という、僕ら“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン”チェリーとしては恐ろしい映画でもある。そこで、音声編となるチェリーラジオでは、“童貞ホラー映画としての『花芯』”という観点で監督にお話を伺った。

■関連情報
映画『花芯』
8月6日(土) テアトル新宿他全国公開

原作:『花芯』瀬戸内寂聴著(講談社文庫刊)
監督:安藤尋 脚本:黒沢久子
出演:村川絵梨、林遣都、安藤政信 /毬谷友子
(C)2016「花芯」製作委員会

配給:クロックワークス
製作:東映ビデオ、クロックワークス

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