ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

第26回「朝ドラ復活の鍵――7つの大罪」(前編)

連載『指南役のTVコンシェルジュ』今回は特別編。
指南役さんの最新刊『「朝ドラ」一人勝ちの法則』 (光文社新書)発売記念!

ドラマのヒットの法則を分析したこの最新刊と連動し、肝となる内容の一部を特別大公開!
もちろん書籍そのままではなく『TVコンシェルジュ』用に加筆・編集された特別バージョンでお届けします。

好評を博した『ひよっこ』が終わり、この10月からNHKの朝ドラは『わろてんか』を絶賛放映中である。
舞台は、明治後期から昭和の戦後期へと至る京都・大阪。「笑い」で世の中を明るくしようと、夫婦で寄席経営に挑む物語で、吉本興業の創業者・吉本せいがモデルと言われる。主演は葵わかな、制作はBK――大阪放送局である。

思えば、前作の『ひよっこ』は、開始から2カ月ほどは視聴率が10%台と伸び悩んだが、6月に入ると時々20%を出すようになり、同月後半のビートルズ来日公演のエピソードを機に20%台に定着。以後右肩上がりで、終盤は自己最高値を更新し続けた。終わってみれば、お茶の間から「ひよロス」と惜しまれるほどの傑作だった。

朝ドラの黄金法則「7つの大罪」

もっとも、そうなることは、僕には序盤からある程度は見えていた。なぜなら、『ひよっこ』は、朝ドラならではの定番、王道とも言える、いわゆる黄金法則を満たしていたからだ。
それは、俗にこう呼ばれる。――「朝ドラ7つの大罪」と。そう、7つの大罪。いや、何も悪いことをしているワケじゃない。一見、ネガティブに見える7つの要素だけど、こと朝ドラにとってはプラスに作用するという意味合いである。

1つ、例を挙げよう。――「夫殺し」である。
もちろん、ヒロイン自身が夫を殺めるわけじゃない(それじゃ2時間ドラマのサスペンスになってしまう)。そうではなく、物語の都合上、途中で夫が消されてしまうという意味合いだ。原因は、病気だったり、戦死だったり、はたまた謎の失踪だったり――。
だが、そうすることで物語が盛り上がるのは事実である。『ひよっこ』の場合、沢村一樹演ずる父親の失踪がこれに当たる。そのエピソードで有村架純演ずるヒロインみね子が上京して働かざるを得なくなり、ストーリーを大きく動かす原動力となったのは承知の通りである。

そんな次第で、一見ネガティブに捉えられがちだけど、物語を盛り上げる意味で欠かすことのできない要素――それが、「朝ドラ7つの大罪」である。

連ドラ冬の時代に一人勝ち

それにしても、テレビ界を見渡せば、未だ民放の連ドラが苦戦を続ける中にあって、このNHK朝ドラのみ一人勝ちの状態にある。

実際、ここ数年、話題を集めたドラマで、NHK朝ドラが占める割合はかなり高い。2010年の『ゲゲゲの女房』をはじめ、『カーネーション』(11年)、『あまちゃん』、『ごちそうさん』(ともに13年)、『花子とアン』、『マッサン』(ともに14年)、『あさが来た』(15年)、『とと姉ちゃん』(16年)、そして直近の『ひよっこ』――タイトルを聞いただけで、「あぁ、あのドラマ」と情景が思い浮かぶのは、個々の作品がヒットした証しである。最近の民放の連ドラではこうはいかない。

いや、それだけじゃない。近年、ヒット曲が朝ドラの主題歌から生まれるケースも少なくない。いきものがかりの『ありがとう』をはじめ、椎名林檎の『カーネーション』、ゆずの『雨のち晴レルヤ』、中島みゆきの『麦の唄』、AKB48の『365日の紙飛行機』、宇多田ヒカルの『花束を君に』、そして桑田佳祐の『若い広場』――それは、かつて民放の連ドラから数々のヒット曲が生まれた90年代を彷彿させる。

V字回復した朝ドラ

しかし――実は、こんな状況は一昔前には考えられなかったのだ。
なぜなら、朝ドラが「国民的ドラマ」と呼ばれたのは、はるか昔の話だから。1970年代から80年代にかけて、朝ドラの視聴率が常に40%前後と、高い人気を誇った時代の話である。
それが90年代に入ると、民放の連ドラが黄金時代を迎えたのとは対照的に、朝ドラは失速し始めた。長い暗黒時代に入り、視聴率は30%台から20%台へ、そして21世紀に入ると10%台へと下降の一途。それに呼応して、朝ドラが世間の話題になる機会もめっきり減った。

それが、ここへ来て、朝ドラ大ブームである。V字回復のキッカケは2010年の『ゲゲゲの女房』だった。「失われた20年」と呼ばれた朝ドラは、同ドラマで見事に復活したのである。

人気俳優も朝ドラから

そんな次第で『ゲゲゲの女房』以降、朝ドラの視聴率はコンスタントに20%台を稼ぐようになった。「連ドラ冬の時代」と呼ばれる民放ドラマの惨状を思えば、大健闘である。

そうなると――必然的に、役者の世界にも変化が現れる。即ち、朝ドラから人気俳優が輩出されるケースが増えたのだ。今や民放で活躍する俳優陣は、ほぼ朝ドラ出身者たちで占められていると言っても過言ではないほど。
例えば、尾野真千子、杏、土屋太鳳、波瑠、高畑充希といった主役経験者をはじめ、脇で脚光を浴びた満島ひかり、綾野剛、松坂桃李、福士蒼汰、皆川猿時、足立梨花、松岡茉優、ムロツヨシ、鈴木亮平、山﨑賢人、ディーン・フジオカ、吉岡里帆、小芝風花、相楽樹、杉咲花、竹内涼真――といった面々も、今じゃ民放の連ドラでよく目にする。気がつけば、朝ドラは若手役者たちの登竜門になっているのだ。

なぜ、朝ドラはV字回復できたのか。
それを解く鍵は、ずばり“温故知新”である――。

すべてのヒットドラマはパクリである

そう、温故知新。
別の言い方をすれば、それはこうとも言える。――“パクリ”と。
え? いきなり何を言い出すのかって?
いえいえ、これは冗談ではなく、極めてマジメな話です。実は、朝ドラに限らず、世に存在する全てのヒットドラマに共通する要素は、“パクリ”なんです。

例えば、まだ記憶にも新しい昨年10月クールに放映されたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)。通称、『逃げ恥』。
かのドラマ、エンディングの「恋ダンス」も含めて社会現象とも言える人気を博したのは承知の通り。視聴率も初回の10.2%から最終回は20.8%と倍増した。何より全11回、一度も前の回から視聴率を落とさなかったのは驚きだ。これは、長い日本の連ドラ史の中でも、『男女7人秋物語』(TBS系/1987年)と『半沢直樹』(TBS系/2013年)しか例がない金字塔。近年、連ドラが不振と言われる中にあって、この大ヒットは異例である。
だが――同ドラマはパクリなのだ。

『逃げ恥』はパクリドラマだった!?

どういうことか。まず、その基本プロットだ。好き合ってもいない男女が、ひょんなことから同居を始め、やがて恋に落ちる――これ、昔からある“ボーイ・ミーツ・ガール”の定番手法なんですね。
古くは、1970年代に一世を風靡した石立鉄男主演の日本テレビ系(制作:ユニオン映画)のドラマシリーズ、『おひかえあそばせ』(71年)やそのリメイク版『雑居時代』(73年)がその種のプロットの走り。80年代に人気を博した漫画『翔んだカップル』(のちに映画化・ドラマ化)も似たようなプロットだった。
そうそう、伊藤麻衣子と鶴見辰吾が共演した83年の大映ドラマ『高校聖夫婦』(TBS系)も“カモフラージュ婚”から本物の愛を育む話だったし、あの木村拓哉と山口智子の2大スターが共演した大ヒット月9ドラマ『ロングバケーション』(フジテレビ系/96年)も、偶然の同居から本物の恋愛に発展する珠玉のラブストーリーだった。

海外に目を向けても――90年にゴールデングローブ賞を受賞したアメリカ映画『グリーン・カード』が、まさに互いのメリットから“偽装結婚”した男女がやがて真実の愛に目覚める話だったし、その男女を入れ替えたバージョンが、09年にサンドラ・ブロックとライアン・レイノルズが共演してスマッシュヒットした映画『あなたは私の婿になる』である。

『逃げ恥』がヒットした理由

かように『逃げ恥』は、いわば定番とも言える古今東西のボーイ・ミーツ・ガールのプロットを下敷きに作られたのだ。
とはいえ、同ドラマの場合、主役の男女が一緒に暮らし始める動機を「事実婚」にアレンジした。おかげで、結婚の形が多様化しつつある21世紀にあって、極めて今っぽい話になった。いや、むしろ最新の物語にさえ見える。

そう、大事なのはこのアレンジだ。よく「連ドラは時代の鏡」と言われるが、要するにそれはアレンジのことなんですね。
そして、間違ってはいけないのが――(ここ、大事なところです)連ドラも含めた映画や舞台、小説や漫画など全てのエンタテインメントのクリエイティブとは、「温故知新」のこと。それは、0から1を創る作業ではなく、1を2や3や5にブラッシュアップする作業。その意味において『逃げ恥』は100%、クリエイティブな作品と言って間違いない。そして“社会派コメディ”なる新たなるジャンルを開拓したのである。

『カリ城』はコラージュだった

そう、クリエイティブの源泉はパクリである。もう少し優しい表現だと、いわゆるオマージュである。
実際は、丸々1つの作品をパクる、オマージュするというよりは、世のヒット作の多くは、様々な作品からエッセンスを切り取り、それらをコラージュして1本の作品に仕上げることが多い。

例えば、かの宮崎駿監督の映画デビュー作にして、今も不朽の名作と語り継がれる『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)もその一つだ。
かの作品、そもそも宮崎監督に仕事の依頼が来てから劇場公開まで、わずか半年しかなかった。これはオリジナルのアニメーション映画のスケジュールとしては前代未聞、ほとんど不可能な数字である。
とはいえ、彼にとっては映画初監督作品。自身の今後のキャリアのためにも絶対に失敗したくない。そこで過去のエンタメ作品から様々なエッセンスを借用し、絶妙にコラージュすることで、この危機を乗り越えようと考えた。結果的に、この作戦がジョージ・ルーカスをして「史上最高の冒険活劇の1つ」と言わしめる大傑作を生み出す。

『カリ城』のネタ元たち

ちなみに、同映画にコラージュされた作品は以下の通りである。

 〇タイトルは、本家・モーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパンシリーズ『カリオストロ伯爵夫人』から引用
〇ヒロインのクラリスが誘拐される物語のベースは、「Damsel in distress(囚われの姫君)」と呼ばれる古典的活劇の定番
〇劇中に登場する湖とローマの遺跡は、アルセーヌ・ルパンシリーズの『緑の目の令嬢』からヒントを着想
〇巨大な時計塔の世界観は、黒岩涙香と江戸川乱歩の『幽霊塔』がモチーフ
〇冒頭のカーチェイスのシーンは、ソ連映画『コーカサス誘拐事件』(1967年)を参考にしたもの
〇その他――時計塔の内部メカニズム、本物を上回る精度の偽札、テレビ局員に扮しての敵のアジトへ潜入等々、テレビ版の第1シリーズに登場した数々のエピソードを流用
――etc.

いかがだろう。ここまで行くと、もはやコラージュの芸術作品だ。実際、同映画のポスターには、観客をワクワクさせる仕掛けが満載である。中世のお城、負傷したルパン、花嫁姿のお姫様、銀の指輪、敵は仮面男、頼りになる仲間たち、空中戦にカーチェイス、タイトルに突き刺さった短剣――これぞエンタテインメント、冒険活劇の王道である。でも、同映画を「パクリ」とか「盗作」とか呼ぶ人はいない。誰もがそれを一流のクリエイティブと称賛する。

物語のパターンは36通り

かのウィリアム・シェイクスピアは、物語の種類を36通りに分類したと言われる。
そう、エンタテインメントをヒットさせるために大事なことは、新しいストーリーを生み出すことではない。使い古された物語のパターンを、いかに現代風にアレンジするか、である。優れた作り手とは、「過去のヒット作品をどれだけ知っているか」と同義語とさえ言える。

要するに――映画『ルパン三世 カリオストロの城』をはじめ、『天空の城ラピュタ』や『となりのトトロ』、『紅の豚』など、『もののけ姫』以前の宮崎駿監督作品が大衆娯楽作品として面白いのは、宮崎監督自身が古今東西のヒット作品を知り尽くしており、それらからヒットの要素を抽出して、絶妙にコラージュしたからである。

「連ドラ冬の時代」の一方……

さて――現在、連ドラは「冬の時代」と言われるが、少し視野を広げて、エンタテインメント界全体を見渡してみると、同じストーリーものでありながら、映画界の大盛況という事実が見えてくる。
そう、映画界。昨年――2016年、日本の映画界は21世紀最高の興行収入を記録した。特に好調だったのは、売上の6割強を占める邦画である。庵野秀明監督の『シン・ゴジラ』は中高年の男性たちを映画館に呼び戻し、新海誠監督の『君の名は。』は老若男女問わず幅広く見られ、邦画歴代2位となる興行収入の偉業を達成した。初週わずか63館からスタートした『この世界の片隅に』は口コミで火がつき、じわじわと上映館数を300台へ拡大。キネマ旬報の邦画年間1位に輝いた。

驚くべきことに、60分間のテレビドラマには耐性がないと思われた21世紀の現代人が、2時間の映画はちゃんと見てくれたのである。
これは一体、どういうことか。

2016年、映画界が復活した理由

テレビの民放連ドラが不振を極める一方で、空前の大ヒットを飛ばした2016年の映画界。その理由は何か。
テレビCMを増やしたから? ――いえ、ここ数年、以前よりテレビ局が作る映画が減った分、むしろ映画のCMは減っている。
そもそも公開本数が増えた? ――いえ、前年の15年より若干増えたものの、一昨年よりは少なかった。
映画の上映中はスマホが扱えないから映画に集中できる?――それはそうだが、以前からそうだ。

16年の映画界が空前のヒットを飛ばした理由。答えは、古今東西全てのヒット・コンテンツに共通する、ある法則で作られたからである。かいつまんで言えば、それは“物語が面白くなる法則”である。

物語が面白くなる法則

そう――宣伝が多いとか、人気漫画が原作だとか、人気俳優が出るからなどの理由で映画がヒットしたのはもはや過去のこと。
今は、本当に面白い映画じゃないと人は見てくれない。逆に言えば、面白ければ、ちゃんとヒットする。かつての『ブレードランナー』や『ルパン三世 カリオストロの城』みたいに、公開当時はさほど注目されず、後からテレビ放映やソフト化などで後追いヒットする――なんてことはない。面白ければ、ちゃんとリアルタイムでヒットする。
それは、SNSやネットの発達で、面白ければ口コミで瞬時に拡散されるからである。そこにタイムラグはない。その意味では、むしろ作り手にとって作品が正当に評価される、いい時代になったと言える。

そして、ここからが大事なことだけど、面白い映画を作るには、それなりの方法論がある。当てずっぽうに作ってもヒットしない。先に挙げた『シン・ゴジラ』も『君の名は。』も『この世界の片隅に』も、ちゃんと“物語が面白くなる法則”に沿って作られたのだ。
物語が面白くなる法則って?

――「戦争が物語を作る」である。

戦争が物語を作る

そう、戦争が物語を作る――。
実は、古今東西、名作と呼ばれる映画はたいてい、戦争が物語の背景にあると思っていい。そう、戦争だ。

例えば、ヴィヴィアン・リーとクラーク・ケーブルが共演した歴史的名画『風と共に去りぬ』は、アメリカの南北戦争時代の悲恋を描いた話だったし、「映画ベスト100」などの企画に必ず上位にランクインするオーソン・ウェルズ主演の『第三の男』は、第二次世界大戦後の米英仏ソ四分割統治下にあったオーストリアの首都ウィーンが物語の舞台である。マーティン・スコセッシ監督のアメリカン・ニューシネマの代表作『タクシードライバー』も、ロバート・デ・ニーロ演ずるベトナム戦争帰りの元海兵隊員の話だった。

日本映画においても、かの小津安二郎監督の名作『東京物語』は、原節子演ずる戦死した次男の未亡人が物語のキーマンだったし、松本清張原作・野村芳太郎監督の70年代の大作『砂の器』も、物語の軸となる天才音楽家・和賀の正体は、先の戦争の大阪空襲で戸籍が消失したことに乗じて、別人に生まれ変わった本浦秀夫だった。

抗えない時代の荒波

そう、戦争が物語を作る――それは、個々の人間の努力では到底抗えない“時代の荒波”によって物語が生まれる――という意味である。
例えば、恋愛劇なら、戦争によって男は戦場に赴き、男女の仲は一時的に裂かれる。終戦後、果たして男は生きて帰って来るのか、そこに物語が生まれる。家族劇なら、愛する息子を戦場へ送る家族の複雑な思いが描かれる(表向きは万歳三唱で送り出す時代だ)。もしくは、戦争を直接描かなくても、戦後、華族や資産家が没落したり、女性が一人で生きていかねばならなかったりと、戦争をキッカケに様々な物語が生まれる。

皮肉な話だが、ハリウッドが今も優れた映画を量産し続けられる背景には、第二次世界大戦の後も、アメリカにはベトナム戦争や湾岸戦争、「911」やイラク戦争など、絶え間なく“戦争”が繰り返されてきたという悲しい現実がある。
一方、戦後一貫して平和であり続けた日本は、次第に物語を生む土壌を枯渇させていったのだ。

311から生まれた『シン・ゴジラ』

さて、そこで前述の3作品である。
まず『シン・ゴジラ』だが、かつてのオリジナルの『ゴジラ』自体、水爆実験で地上に出現した「核の落とし子」という設定だった。公開されたのは終戦から9年後の昭和29年。あの第五福竜丸が太平洋のビキニ環礁でアメリカの水爆実験で被ばくした年である。当時のゴジラは戦争の遺物、いわば核の脅威へのメタファーだった。

そして、それを受け継いだ『シン・ゴジラ』もまた、海洋投棄された大量の放射性廃棄物によって適応進化した巨大生物という設定だ。東京に上陸して放射能をまき散らすその姿は、あの東日本大震災の津波とその後の原発事故を思い起こさせる――そう、「311」も戦争同様、個々の人間の努力では到底抗えない時代の荒波である。それは、戦後長きにわたり平和を謳歌してきた日本に訪れた、久しぶりの“脅威”であった。
そう、『シン・ゴジラ』は311によって生まれたのである。

『君の名は。』も311のメタファーだった

次に『君の名は。』である。
よくある男女入れ替わり系(2人の心と体が入れ替わる)の話だが、この映画が他と違うのは、そこに時間軸のズレを入れたこと。ここから先はネタバレになるが――東京に暮らす男子高校生の瀧と岐阜の田舎に暮らす女子高校生の三葉が度々入れ替わりを経験するうち、互いを意識するようになる。ところが、ある日を境に2人の入れ替わりは終わる。原因を求め、瀧は三葉の住む町に向かうが、その町は3年前に彗星が衝突して町ごと消滅したという衝撃の事実を知る。なんと、2人の生きた時代には3年もの“時差”があったのだ。

物語はその後、奇跡が起きて、瀧は3年前の“最後の日”の三葉と入れ替わる。そこで彼は自分の運命を悟る。自分は、三葉とこの町の人達を助けるためにやってきたと――。
そう、彗星の衝突で町ごと消滅する描写は、まさに311の津波で町ごと流された悲劇のメタファーだった。

平凡が物語になるレトリック

そして、『この世界の片隅に』はもっと分かりやすい。
物語は、昭和8年の広島から始まる。主人公は一人の平凡な少女・すずである。観客はこの時点で結末を予見する。昭和20年8月6日の広島原爆投下を――。

だが、映画は終始、すずの平凡で何気ない日常を淡々と描く。18歳に成長すると、すずは軍港の街・呉へと嫁ぐが、太平洋戦争中にも関わらず、ここでも同映画に悲壮感はない。たまたま生きた時代が戦争と重なった一人の女性が、一生懸命に普通の生活を営む、日常の描写が繰り返される。それだけに、観客はそんな日々の“平凡”の大切さにあらためて気づかされるというレトリックである。

抗えない時代の荒波

お分かりいただけただろうか。『シン・ゴジラ』も『君の名は。』も『この世界の片隅に』も――いずれも戦争や311をモチーフに物語が作られている。そんな“抗えない時代の荒波”の中を懸命に生き抜く人々の姿に、観客は強く惹かれたのである。

つまり、2016年の映画界が空前の盛り上がりを見せたのは、個々の作品がちゃんと“物語が面白くなる法則(=戦争が物語を作る)”に沿って作られ、その結果、観客たちがリアルタイムで作品を評価してくれたからである。

え? その方法論がどうしてテレビの連ドラに生かされないのかって?
いえいえ、ちゃんと生かされています。
それが、NHKの連続テレビ小説、朝ドラである。例の「朝ドラのV字回復」をもたらしたのが、まさに“戦争が物語を作る”だったのだ。

すべては『ゲゲゲの女房』から始まった

時に、2010年3月29日――。
半世紀を超える朝ドラの歴史の中でも、この日ほど重要な日はないと言っても過言ではない。82作目の朝ドラ『ゲゲゲの女房』の初回放送日である。視聴率は14.8%。この数字、実は初回値としては、朝ドラ史上最低である。だが、これが朝ドラ復活のサインだった。

なぜ、朝ドラはV字回復できたのか?
――戦争が物語を作ったからである。
そう、2016年の映画界がヒットした理由と同じだ。いや、誤解なきよう、何もそれは、ストレートに戦争を描けばいいという単純な話ではない。“戦争によって物語が生まれる”という意味である。現に、『ゲゲゲの女房』に戦争シーンは登場しない。

片腕の漫画家が二人三脚を生んだ

かのドラマ、漫画家・水木しげるの奥さんの武良布枝さんが、夫妻の半生をつづったエッセイが原作である。ご存じの通り、水木先生は戦争で左腕を失くされた“片腕の漫画家”。漫画家としては致命的なハンディキャップだ。だが――その逆境が、後に夫婦の二人三脚を生み、同ドラマはお茶の間の深い共感を呼んだのである。
そう、これが「戦争が物語を作る」ということ。

オープニングで、いきものがかりの歌う『ありがとう』に乗せて、2人が自転車で並走する後ろ姿に勇気づけられた視聴者も多かっただろう。

朝ドラ史上最低の初回視聴率で船出した『ゲゲゲの女房』だが、徐々にお茶の間の評判を呼び、それと共に視聴率も上昇。最終的に期間平均視聴率18.6%と、前作から5ポイント以上もアップ。
かくして、朝ドラは息を吹き返したのである。

朝ドラ復活の陰にも「戦争」あり

そう、朝ドラ復活の陰に「戦争」あり。
ここで、21世紀の朝ドラについて、『ゲゲゲの女房』以前と以降で、戦争もしくはそれに準ずる国家的大事件が背景にある作品の割合を比較したいと思う。

 〇『ゲゲゲの女房』以前……全18作品中1作品(5.6%)
〇『ゲゲゲの女房』以降(『ひよっこ』まで)……全15作品中12作品(80%)

――片や、戦争が描かれた『純情きらり』の1作品のみ。片や『てっぱん』、『純と愛』、『まれ』を除く12作品。その差は一目瞭然である。
ちなみに、『ゲゲゲ~』以降の作品で、『あまちゃん』は311、『あさが来た』は明治維新、『ひよっこ』は東京オリンピックと、いずれも「戦争」に準ずる国家的大事件が物語の背景にある。それ以外の作品は全て、太平洋戦争が何かしら絡んでいる。

そう、朝ドラV字回復の陰に、戦争もしくはそれに準ずる国家的大事件あり――。朝ドラのV字回復は、そんな運命に翻弄されるヒロインたちによって、もたらされたのである。

リアリティが肝だった『カーネーション』

近年の朝ドラV字回復の扉を開けたのが『ゲゲゲの女房』なら、その路線を磐石にしたのは、2011年後期の『カーネーション』だろう。平均視聴率は19.1%。主演は尾野真千子。脚本は以前、彼女とドラマ『火の魚』で組み、文化庁芸術祭大賞を受賞した渡辺あやである。制作したのは大阪放送局、BKだ。

物語は、大阪・岸和田を舞台に、大正末期から昭和の戦後までを生き抜いた一人の女性の壮絶な半生で綴られる。主人公の小原糸子は、ファッションデザイナーのコシノヒロコ・ジュンコ・ミチコの「コシノ3姉妹」を育て上げ、自らも洋裁店を営んだ小篠綾子がモデルである。糸子は戦争で夫を亡くすが、彼女はそれにめげず、戦後は商売を営みつつも女手一つで3人の娘を育て上げる。そう、そこに物語があった。

感心したのは、戦時中の糸子の描写である。よく、この手のヒロインは現代目線で反戦キャラに描かれがちだが、同ドラマは違った。反戦でも好戦でもなく、糸子は戦時中、うまく立ち回って戦争をやり過ごしたのだ。そこには、「生きる」という、3人の娘を抱える母としての強い意志があった。そう、あの時代、庶民は戦争を論ずる前に、まず生きなければいけなかった。お茶の間は、そんな糸子の“リアリティ”に共感したのである。

あまちゃんは「311」から生まれた

13年前期の『あまちゃん』は、朝ドラに新風をもたらしたエポックメーキングな作品だった。
脚本はコメディの旗手・宮藤官九郎。同ドラマは、東北・岩手の三陸海岸沿いにある架空の町・北三陸市を舞台に、能年玲奈(現・のん)演ずる女子高生・アキがひょんなことから海女を志すところから始まる。その後、アキは地元のアイドルとなり、東京の事務所からスカウトされて上京して活躍するも――東日本大震災を機に北三陸に戻り、復興に携わるという話である。

そう、『あまちゃん』もまた、「311」を抜きには語れない。物語は2008年の夏から始まる。舞台は岩手の三陸海岸だ。この時点で視聴者は物語の未来を予見する。3年後にやってくる東日本大震災を。それは日本人にとって、戦争と同じくらいの歴史的インパクトを持つ。
とはいえ、同ドラマはそんな壮絶な未来にはお構いなく、平凡で、何気ない、ほのぼのとした主人公アキの日常を明るく描く。だからこそ、お茶の間はそんな日々の“平凡”の大切さに、あらためて気づかされたのである。

その辺りの物語の構造は、奇しくも能年玲奈(現・のん)がヒロインの声優を務めた映画『この世界の片隅に』とよく似ている。片渕須直監督が同映画に彼女を起用したのは、2つの物語に共通点を見たからかもしれない。

21世紀の朝ドラ最高視聴率『あさが来た』

そして、15年後期の『あさが来た』である。大阪放送局、BKの制作だ。主演は波瑠、脚本は大森美香である。
同ドラマは、朝ドラ初となる江戸時代のスタートだった。波瑠演ずる主人公の白岡あさは、明治から大正期に活躍した女性起業家のパイオニア、広岡浅子がモデルである。

同ドラマの肝は、やはり近代日本の大転換、「明治維新」だろう。あさが嫁いだ豪商「加野屋」は維新の混乱期に危機的状況に陥るが、あさの機転で乗り切る。そして、これを機に彼女は経営の才を発揮して、以後、炭坑や銀行の経営に乗り出す。一方、姉のはつが嫁いだ「山王寺屋」は維新の混乱で没落し、一家で夜逃げする。

100年以上も前の“女性が不遇だった”時代。持ち前の明るさで未来を切り開いた白岡あさのひたむきな姿に、お茶の間は共感したのである。彼女の口癖「びっくりぽん」も流行語になった。
期間平均視聴率は23.5%。これは、21世紀の朝ドラ最高値である。

東京オリンピックに翻弄されるヒロイン

そして、直近の朝ドラ『ひよっこ』である。物語は戦後日本の大きな転換点となった東京オリンピックの年に始まる。
有村架純演ずるヒロインみね子は、奥茨城で生まれ、高校まで地元で平穏に過ごす。しかし、オリンピックで変貌する東京の建築現場で働く、出稼ぎ中の父親のよもやの失踪で、彼女の人生は大きく変わる。急遽、高校を卒業して集団就職で上京、父に代わって仕送りの為にラジオ工場で働くことに。だが、その工場もオリンピック後の不景気に見舞われ、倒産。今度は赤坂の洋食屋に職を転じ、そこで一人の女優と出会い、彼女の導きで記憶喪失の父親と再会――。

そう、東京オリンピックという戦後日本の国家的大事業で東京が大きく変貌する中、ヒロインの運命も翻弄されていく構図は、まさに「戦争が物語を作る」に等しい。

朝ドラは一日にしてならず

さて、前置きが長くなったが、ここからがいよいよ本題である。
先に『ゲゲゲの女房』が今日の“朝ドラ一人勝ち”の扉を開けたと述べたが、実はその背景には「戦争が物語を作る」に加えて、朝ドラならではの高視聴率を取る“黄金法則”の復活もあった。それが、このコラムの冒頭で紹介した「朝ドラ7つの大罪」である。
そう、7つの大罪――。
それは、かつて1970年代から80年代にかけて、朝ドラ全盛期と呼ばれた時代の定番の法則だった。かつての朝ドラはその「7つの大罪」を頑なに守ることで、高い視聴率を維持したのである。

しかし、その法則は簡単に生み出されたワケではない。朝ドラの開始年は1961年。そこから長い年月をかけ、試行錯誤を繰り返し、ようやくたどり着いたのである。

コラムの後編では、いかにして朝ドラが「7つの大罪」にたどり着いたのか、その歴史を振り返りたいと思う。そして、何ゆえそれが中世ヨーロッパのように一時は忘却の彼方へと追いやられ、20世紀末から21世紀にかけて朝ドラが長い暗黒時代に陥ったのか、その理由も。

さあ、めくるめく朝ドラの壮大な歴史の旅が始まる。
(後編へつづく)

(文:指南役 イラスト:高田真弓)

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