Eテレに『地球ドラマチック』なる番組枠がある。
世界中からえりすぐりのドキュメンタリーを集め、渡辺徹サンのナレーションで放送する枠だ。ちゃんと日本語に吹き替えられているので、耳で聞きつつ片手間に見られる(字幕だとずっと画面に集中しなくちゃいけないもんネ)。
この枠で、以前放送されたラインナップに「バック・トゥ・ザ・70’sライフ~ハイテク創成期を体験~」なる一風変わったドキュメンタリーがあった。日本でも評判になったので、見た人もいるだろう。
こんな内容だ。英国に住む6人家族のサリバン・バーンズ一家。番組は一家に1970年代の生活を体験させるべく、家の中を一時的に改造する。ゲーム機や携帯電話、パソコンなどのハイテク機器は全て撤去され、冷蔵庫やテレビなどの家電製品は70年代のものに。部屋の間取りは70年代の平均的住宅を考慮して壁を作って狭められ、壁紙やインテリアは当時流行の花柄模様に変えられた。彼らの服装もヒッピー風ファッションに――。
そんな70年代ハウスで、一家は1日を1年として、1970年から79年までの10年間を10日間で体験する。いわば70年代へのタイムスリップだ。
70年代の暮らしに悪戦苦闘
最初は物珍しさも手伝い、白黒テレビで見る古い番組や居間に置かれたレコードプレイヤーで聴く70年代の音楽に喜ぶ一家。でも、次第にハイテク機器のない暮らしに不便を強いられる。
母親は電子レンジが使えず、洗濯機も二層式のため、一日の大半を家事に費やすことに。父親はエアバッグもパワステもない70年代の車で恐怖を覚えつつ出社。子供たちは何もない子供部屋に退屈して、70年代のチョッパータイプの自転車で外出する。ところが長男は門限時間を過ぎても帰らない。70年代ルールの彼は携帯電話を持たないため、困った母親は長男の友人に連絡を取ろうとするが、そもそも電話番号は全て自分の携帯電話に入っているため、お手上げに――。
極めつけは停電。そう、70年代のイギリスは労働者のストライキが多く、当時、頻繁に起きた停電も再現されたのだ。仕方なくその夜、一家はキャンドルとガスコンロで一晩を過ごす。
70年代の暮らしで一家が得たもの
だが、そんな一家に、毎日(毎年)少しずつハイテク機器が届き、生活が改善される。
3日目(1972年)にはカセットデッキが送られてきて、父親は自分好みのミュージックテープを作ったかつての思い出に浸る。5日目(1974年)には大型冷凍庫が届き、母親は冷凍食品のおかげで家事の負担が減る。6日目(1975年)にはコンピューターゲームがやってきて、簡素なテニスゲームに親子が夢中になる――。
そして色々あって迎えた最終日。一家は70年代の思い出話に花を咲かせる。ハイテク機器のない不便な暮らしで一家が手に入れたもの。それは家族の団らんだった――というオチ。
恐ろしきBBCのディテール
これ、いわゆる実験型ドキュメンタリーなんですね。ほら、一ヶ月間、マクドナルドを食べ続ける映画『スーパーサイズ・ミー』でもお馴染の手法。被験者に一定期間、あるシチュエーションを体験させて、その変遷を記録する。
制作はイギリスのBBC。この番組の何が凄いって、ディテールの詰めがハンパないこと。家電製品はちゃんと当時の製品を八方手を尽くして探し出し、修理して使う。白黒テレビで流れる番組は当時の番組で、新聞のテレビ欄も当時のもの(なんと、それとリンクしてるのだ! これだけでも凄い)。
圧巻は、父親が勤めるオフィスで、父親だけパソコンがない。彼の元にコンピューターが届くのは8日目の1977年で、もちろん当時のコンピューター。あまりの旧式仕様に、彼はそのPCで仕事をするのを諦めるというオチが付く。
ドキュメンタリーって?
いかがです? ドキュメンタリーというと何だか堅苦しく考えがちだけど、こんなワクワクするドキュメンタリーだってあるんです。
ここで、ドキュメンタリーの定義について簡単に説明しておきましょう。
基本は、作り手がある視点(テーマ)を持って対象を追いかける番組、それをドキュメンタリーと呼びます。
大きく4つのタイプに分類され――
①事象モノ
②人物モノ
③紀行モノ
④自然モノ
――というのが一般的なドキュメンタリーの種類。
事象モノとは、ドキュメンタリーの基本形で、何かテーマを前面に掲げ、それを追いかける番組。『NHKスペシャル』や『NNNドキュメント』(日本テレビ系)、『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)など多くのドキュメンタリーはこれに該当します。かつてNスぺで放映された「映像の世紀」みたいな歴史を扱う場合もここ。
それに対し、『情熱大陸』(TBS系)や『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)に代表される、誰か一人の人物に焦点を当て、長期間密着して掘り下げるものが、いわゆる人物モノ。事象モノとの違いは、テーマが先に来るか、人が先に来るか。
紀行モノは、かつて一世を風靡したジャンルですね。まだ海外旅行が一般化する前、『兼高かおるの世界の旅』(TBS系)や『日立ドキュメンタリー すばらしい世界旅行』(日本テレビ系)など、最もお茶の間で見られたのがこのタイプ。先日亡くなられた冨田勲サン作曲のテーマソングでお馴染の『新日本紀行』(NHK)もそう。
とはいえ、今、地上波で残っているのは、『世界遺産』(TBS系)くらいでしょうか(BSにはいっぱいあるけどネ)。
自然モノは、大自然や動物界の営みを追うジャンル。撮影に時間がかかったり、専門的な技術を要したりするので、日本よりも外国の制作会社が得意とする分野ですね。「ナショナルジオグラフィックチャンネル」や「ディスカバリーチャンネル」、「アニマルプラネット」あたりが有名。日本の『ダーウィンが来た! 生きもの新伝説』(NHK)も番組内で使われる映像は、大抵そこからの借用だったりする。
日本のドキュメンタリーが冴えない理由
あっ、そうそう。ドキュメンタリーにとって最も大事な定義を忘れていました。それは――やらせや演出はご法度。
それをやると、リアリティショーやバラエティ番組になります。もちろん、リアリティショーやバラエティ番組におけるやらせや演出が悪いワケではなく、それは番組を面白くするために必要なこと。単に、両者の番組の定義が違うだけですね。
また、報道番組ともドキュメンタリーは微妙に違う。報道は原則、両論併記だけど、ドキュメンタリーはバリバリ偏ってもいい。それこそが作り手(ディレクター)の視点だから。
――とはいえ、日本のドキュメンタリーが今ひとつ冴えないのは、硬派なジャーナリズム路線か、お涙頂戴ものに偏りがちだから。
もちろん、個々の番組は素晴らしいクオリティだし、賞だって毎年ドキュメンタリーはたくさん取る。事実、テレビ界の権威と呼ばれる「ギャラクシー賞」の2015年度の受賞番組だって、優秀賞3本のうち2本、選奨10本のうち6本がドキュメンタリーだ。そして、その多くは極めて硬派である。
世界で見られた『すきやばし次郎』
NHKは別として、民放の番組は視聴率を常に求められる。
ぶっちゃけ、硬派なドキュメンタリー番組は、視聴率は取りにくい。そうなるとオンエアされる時間帯は自然、深夜(しかも日曜の深夜が多い)に追いやられ、数字がとれないからスポンサーも付きにくく、結果、予算もかけられない。だから自ずと少人数のチームでコツコツ撮るしかなく、さらに地味で硬派な番組に仕上がるという負のスパイラル――。
さて、どうしたものか。
1つ、ヒントがあります。
それは、アメリカで2012年に封切られたドキュメンタリー映画『二郎は鮨の夢を見る』――。
そう、ご存知ミシュラン三つ星の銀座の鮨の名店『すきやばし次郎』の店主・小野二郎サンに迫ったもの。デヴィッド・ゲルブ監督が3ヶ月にわたり密着撮影したその映像は、フィリップ・グラスの曲に乗せて、それはそれは華麗なる職人技と鮨の美しさを堪能できます。
ナレーションは一切なし。監督が発する質問も削られ、画面上には二郎サンの語りだけが際立つ。もはや“鮨道”の境地だ。
この映画、当初はニューヨークでたった2館の上映だったのが、口コミで評判を呼び、あれよあれよと上映館を増やし、最終的には世界30ヶ国以上で250万ドル以上の興行収入を叩き出したのです。
海外でウケる三要素
そう、ドキュメンタリーだって、やればできる。
要は、素材選びと光の当て方次第で、客は呼べるんですね。
この『すきやばし次郎』の場合――正直、僕ら日本人にしてみれば、日本一有名な鮨店だし、今更感があるけど――外国人の監督にしてみれば、それはカリフォルニアロールとは違う本物の“日本の鮨”の世界。その神髄を知りたいし、加えてかの店は“ミシュラン三つ星”という圧倒的なオリジナリティ。それを交響曲に乗せて、美しい鮨ネタと職人技を見せようってもんだから――観客はそれだけで気持ちがいい。
そう、極めて日本的な「ローカル」なネタに、三つ星という圧倒的な「オリジナリティ」。そして観客の心を揺さぶる「感動」の仕掛け――この三つの要素が、同作品が世界中の人々に見られた理由なんですね。
もう、お分かりいただけました?
日本のドキュメンタリーが、小さなマーケットの“負のスパイラル”から抜け出す方法。それは――海外に打って出ること。
そう、番組を海外に輸出して、多くの人に見てもらえたら、それだけ実入りも増えるし、次にもっとお金をかけて、さらにいい作品を撮れるってワケ。
そのためには、日本国内だけではなく、広く海外でも見てもらえるような番組にしないといけない。幸い、先の『二郎は鮨の夢を見る』が教えてくれたように、どうやらその鍵は「ローカル」「オリジナリティ」「感動」の三要素にあるらしい――。
キング・オブ・ドキュメンタリー
突然ですが、『情熱大陸』(TBS系)――ご存知ですよね? 葉加瀬太郎サンのオープニングテーマでもお馴染のドキュメンタリーの老舗番組だ。
スタートは1998年4月だから、もう20年近く放送されている。スポンサーはアサヒビールとマツダ。知名度、人気ともドキュメンタリー界の王様、キング・オブ・ドキュメンタリーと言っていいだろう。
そうそう、この『情熱大陸』。TBS系列で放送されているけど、制作は大阪の毎日放送、MBSなんですね。
実は、かの番組がキング・オブ・ドキュメンタリーであるゆえんは、MBS制作という点も大きいのです。なぜなら、これまでMBSは「ドキュメンタリーのMBS」と呼ばれるくらい、数々の優れたドキュメンタリー番組を輩出してきたのだから。
その昔、テレビ界には「腸ねん転」と呼ばれる時代があって、かつてMBSは東京のNET(現・テレビ朝日)と系列を組んでいたんです。しかし、当時のNETは系列局も少なく、人気番組も数えるほど。仕方なくMBSは番組を自社制作するしかなかったんですね。その結果――関西随一の制作力と売上を誇るテレビ局に。中でもドキュメンタリーを作らせたら天下一品だったんです。例えば、かの冒険家・植村直己の数々のドキュメンタリー番組は、全てMBSの制作だったんですね。
そう、その華麗なるドキュメンタリーのDNAが、今や『情熱大陸』に受け継がれてるってワケ。
ドキュメンタリー初の海外進出
ちょっと話が脱線しちゃったけど、なぜ突然、『情熱大陸』の話を始めたかと言うと、かの番組、今年5月から初めて海外でも放送されるようになったんですね。
相手先はフィリピンの3大ネットワークの1つ、地上波放送局のGMA NewsTV。『JOUNETSU TAIRIKU』という番組名で、英語字幕と英語のナレーションに再編集して放送されている。
この“海外輸出”の試み、そもそも日本のドキュメンタリー史上、初めてだったんですね。
何が言いたいのかというと、恐らく――同番組は今後、海外ウケを狙った方向へ微修正されるんじゃないかってこと。フィリピンで評判になれば、そのうち欧米へも輸出されるかもしれない。そうなれば近い将来、世界中で『JOUNETSU TAIRIKU』が見られるようになるかもしれない。
いくら『情熱大陸』が日本のキング・オブ・ドキュメンタリーたって、視聴率はせいぜい5~6%。それよりも世界中で見られる方が遥かにいい。
そうして1つの成功事例ができると――他のドキュメンタリー番組も追随しやすいってワケ。だから『情熱大陸』の責任は重大なんです。
幸い、先の『二郎は鮨の夢を見る』でも述べた通り、ドキュメンタリーが海外でウケる三要素は、「ローカル」「オリジナリティ」「感動」と分かっている。
ならば――僕は、次に挙げる番組こそ、その三要素を満たし、海外へ打って出るべきだと考えている。
ドキュメンタリーの歴史を変えた番組
その番組とは――NHKの『ドキュメント72時間』。
誰しも一度は見たことがあるだろう。コンビニやバスターミナルなどの特定の場所に3日間、72時間カメラを据えて、そこで展開される人間模様を定点観測する番組だ。
実はこの番組、ドキュメンタリーとしても、その100年の歴史を打ち破るくらいの画期的なフォーマットなんですね。
先に述べた通り、ドキュメンタリーというのは大きく4つに分類されるけど、この番組はそのどれにも該当しない。そもそもドキュメンタリーは、ある程度、ゴールを想定して作られるもの。それに対して、この番組は日常の中の一コマ、3日間を切り取って放送するだけ。ゴールもへったくれもない。こんなドキュメンタリーのフォーマットは、世界中どこを探してもないんです。
日本の“今”が見える
え? そんな番組のどこに海外でウケる要素があるかって?
例えば――そう、新宿のカプセルホテルに72時間、密着した回があった。それは、大都会の片隅で展開される様々な人間模様――要するに、日本の“今”が垣間見えたんですね。
例えば、オーストラリアから来た旅行者はカプセルを見て「宇宙船みたい」と喜び、関西からやってきた中年夫婦はデパートの店頭でお好み焼きを500枚売ってきたと誇らしげに語る。家族仲が悪く、家に帰らずあちこちのカプセルホテルを転々とするサラリーマンがいれば、陸上の実業団選手で十種競技の全国3位の17歳の若者もいる。ジャグリングの全国大会のために福岡から上京してきた大学院生がいる一方、山形から声優を志して上京してきた若い女性の姿も。
中には、社長と喧嘩して会社を辞め、ニュージーランドへワーキングホリデーに旅立つ20代の若武者もいた。
――そう、まさにそこは都会の人間交差点。皆、様々な人生を背負い、ひと時の休息をとり、明日へと旅立つ。たかがカプセルホテル、されどカプセルホテル。
ほら、カプセルホテルという極めて日本的で「ローカル」な場所に、72時間という世界に類を見ない「オリジナリティ」なフォーマット。そして、そこで交錯する人間模様に僕らは心揺さぶられ、「感動」する――。
これほど海外でウケる要素を秘めたドキュメンタリーがあるだろうか。
ドキュメンタリーの未来
考えたら、冒頭で紹介したBBCの「バック・トゥ・ザ・70’sライフ」だって、イギリスの70年代の暮らしを復習できる極めて「ローカル」なネタだし、家ごとタイプスリップするアイデアとディテールは「オリジナリティ」に富んでるし、最後は家族の団らんという「感動」的なオチで終わる――。
ほら、かの番組が日本で放送されて評判になったのも頷けるでしょ? ドキュメンタリーが広く海外でウケる要素が揃っていたんです。
ドキュメンタリーと言うと、華やかなドラマやバラエティの世界、テレビ局の一丁目一番地と言われる報道番組に比べて、ずっと日陰の存在だった。
でも、これからは違う。やり方次第で、世界中に輸出される可能性を秘めている。面白いドキュメンタリーに国境はないのだ。
日本のテレビは、ずっとガラパゴスと呼ばれてきた。案外、その鎖国の殻を破るのはドキュメンタリーかもしれない。
そう、ピンチはチャンス。
ドキュメンタリーの逆襲が、今始まった。
(文:指南役 イラスト:高田真弓)