第七回　人はなぜ自慰行為をするのか

　今回はセルフマネイジメント、略してセルマについてのお話をしようかと思います。

53歳と26歳のセルマ

　先日、先輩の役者さんと飲んでいる時に、「俺、53歳だけどセルマするよ」って話が出ました。「まぁそうだよな」と41歳の私は特に驚くことなく思いました。自分が、あと10年ちょっとで長らく親しんできた行為をやめるとも思えなかったからです。

　その一週間後に、26歳の実家暮らしの若者と飲んでいる時に、「自分の部屋がないので、居間で家族とテレビをみながらポケットの中に手を突っ込み、こっそりセルマをする」という豪快なこっそり話を聞きました。「早く一人暮らししろ」とアドバイスしました。「家族は全員気付いているぞ」とも付け加えました。
　
　普段、酒の席での下ネタが大嫌いで、芸術論しか語らない私は、二週続けて人のセルマ話を聞いて、「我々はいつまでセルマをするのだろう。なんのためにセルマをするのだろう」と興味が湧きました。それで、まずは飲みの席や仕事の打ち合わせの場で会った男性にどんな時にセルマをするのか尋ねてまわりました。

することがないとき

　一番多かった答えは、性欲の解消…ではなくて、「暇だから」、「他にすることがないから」、「間がもたない時に」という答えでした。
　確かに私も20代の頃、バイトが休みだけど貧乏で遊びに行く金もないって時に、家でゴロゴロしてすでに30回くらい読んだ「東京プー」を読み返しつつ、それでも時間が有り余ってしまい、セルマってました。そこに性欲はなく、あったのは人生に対する小さな諦めでした。

寝れないから

　「明日の朝、早いんだけどなぜか眠れない……」という時にすると眠くなるので、睡眠導入剤としてのセルマリティ。これもよくしてました。同意します。

悔しくて

　これは私は経験がありませんが、多くの知り合いからあがった動機です。むかつく女の知り合いとか女上司とかふられた彼女とかをセルマのオカズにすることで、小さなリベンジを果たすというもの。リベンジセルマ。

落ち着くため

　1度セルマをすると妙に落ち着くので、という意見。「祖母の訃報を聞いて、まず1回して落ち着いた」と語った人がいました。ちょっとどうかと思いますが、でも射精後の賢者モードの有効な使い方かもしれません。

健康のため

　「サウナで汗をかくのと同じ理屈で、体外に排出するというのはデトックス効果があるからね」とのことです。この方は「中でセルマをしてもいいサウナがあれば流行るよね」とも言っていたので、「それ、フィンランドには昔からありますよ」と教えてあげたら、「へぇ、さすが本場！」と感心していました。嘘ですよと言うのを忘れました。

向かい合うカーテンのない部屋

　書いていて急に思い出しましたが、20代の頃、お金がなくてしばらく部屋にカーテンがなかったのですが、向かいのアパートに住んでいた住人もカーテンがなく、お互いの部屋が丸見えでした。向こうの部屋からも私が見えているのだろうと思い、むげん堂で変な柄の布を買ってきて、画鋲で留めてカーテン代わりにしていました。日差しの強い日は、その布の柄が、ステンドグラスのように畳を染めていたのを思い出します。

　向かいの住人はいつまでもカーテンを買わなかったので、私はよくベッドに座ってテレビを見る彼の背中を見ていました。彼は食事もベッドの上でしていました。セルマもしていました。夏はパンツ一丁でした。私は夜勤のバイトをしていて昼夜逆転の生活でしたが、彼も同じ生活時間の人で、朝に近い深夜の、でも新聞配達のカブのシフトチェンジの音はまだ聞こえてこない、そんな深夜と明け方の狭間の時間などには、もうこの世の中には私と彼の2人しかいないんじゃないかと思うこともありました。

いつしか私は彼を自分の分身のように愛おしくも哀しい存在と思うようになっていました。でもいつも後ろ姿を見るばかりで、結局、1度も彼の顔を見たことはありませんでした。あの彼が振り向いたら、私と同じ顔だった……、みたいなSFちょいホラー展開もあったかもしれません。

　数年前、仕事がうまくいかなかった時に、あの時の後ろ姿が強烈に恋しくなって、もしかしたらまだあのアパートで、彼がセルマをしている姿が見れるかもしれないと、阿佐ヶ谷の馬橋稲荷神社脇にあったアパートに行ってみました。私のアパートも彼のアパートもボロいまま残っていましたが、どちらの部屋にもカーテンがついていました。

　その時、「もう大人なんだから、知らない人のセルマを見るために昔住んでいたアパートを訪ねている場合ではない。家では子供が待っている」と強く思いました。私はあの時、本当の意味で大人になったんだと思います。

はたして、セルマとは

　話がゆるやかに逸れました。
　セルマの話です。
　セルマには、エロ本やエロビデオなどの具体的なオカズを必要とする人と想像でまかなう人がいますね。

　私は想像派です。
　想像派というのは、自分のコロポックルへの刺激と脳内での想像の出来事をリンクさせるという作業をしているわけですね。人力VRです。現実世界で行われるコロポックルへの上下運動による刺激と、脳内世界で展開する筆舌に尽くしがたいエロ行為は、とても距離のある、遠い世界の別の出来事です。しかし、それが未知との遭遇をして絶頂に達した結果、想像でしかなかったものが、白濁液という現実の物に変化して、コロポックルから発射されるのです。みなさんはこれが何を意味するかおわかりですか？

　セルマとは、脳内の想像を現実世界に現出させる魔法である、と言えるのです。

　何を言っているのかわかりませんか？
　今はほとんどの人が、どんなにエッチな女性を想像しようとも、それを白濁液という形でしか現出させることが出来ないわけですが、今後、より想像力を強化して、“この世界に飛び交う目に見えない物語”をもうほんとうの意味で信じることが出来れば、コロポックルからとんでもないスケベな女性はもちろん、現金とか乗用車とか一戸建てとか誰もが幸せに生きる社会とか、そういったものを射精出来るようになるということです。

　馬鹿な話と笑うのは簡単ですが、思い描いた理想を現実世界で形にすることを、我々は怠ってはいけないとも思います。
♪イマジン オール ザ チンポ
♪リヴィン ライフ イン ピースです。

　人はなんのためにセルマをするのかという最初の問いに戻れば、人は理想を具現化するためにセルマをすると答えましょう。

　さぁ、チンポを手に立ち上がれ。
　君のセルマで世界をよりよく。

（文：福原充則　イラスト：佐藤由紀奈）

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