今回の『指南役のテレビコンシェルジュ』はチェリー10周年を記念した特別寄稿! ということで、指南役さんが2016年から2026年にかけての直近10年間のテレビ史を振り返ります。
2016年から2019年を振り返った前編に続く、今回の後編はコロナ禍に起きたテレビの変化の話から始まり、2026年の今に接続していきます。
2020年に始まったコロナ禍。その時、テレビは……
すべては“志村さんショック”から始まった
思い返せば、テレビで「コロナ」が遠い世界の話でなく、僕ら日本人の身近なデキゴトとして初めて意識されたのは――コロナが報道されて2ヶ月以上も過ぎた、3月30日の月曜日の朝だった。それは1本のニュース速報だった。「29日夜、新型コロナウイルスに感染して入院中のコメディアンの志村けんが死去。70歳」と。著名人初のコロナの犠牲者だった。
それまでのテレビは、ニュースやワイドショーでコロナを報じても、どこか他人事だった。それが初めて“自分事”として、お茶の間も「待てよ」となったのが志村サンの訃報だったと。いわゆる“志村さんショック”だ。実際、この日を境に、ニュースやワイドショーのスタジオは、軒並み出演者が間隔を開けて座るようになった。そう、“ソーシャルディスタンス”――。それまでテレビ局が再三「3密」や「マスク」などの感染対策を呼び掛けても、もう一つお茶の間に響かなかったのは、当のスタジオが3密だったからである。
ちなみに、各局が急遽放送した志村さんの追悼番組は軒並み高視聴率だった。フジテレビの『志村けんさん追悼特別番組46年間笑いをありがとう』は21.9%、TBSの『中居正広のキンスマスペシャル…1年前に志村けんさんが語ってくれたこと』は20.1%、日テレの『天才!志村どうぶつ園・大好きな志村園長SP』に至っては驚異の27.3%――。
無観客の大相撲中継に恐怖した
一方、コロナ禍における社会の変化をテレビがいち早く可視化したのは、志村さんショックからさかのぼること3週間前に初日を迎えた「大相撲春場所」だった。当時、プロ野球は無観客でオープン戦を行っており、特に違和感を覚えなかったので、場所前、「大相撲も無観客」と知らされても、僕らはあまり深く考えなかった。しかし――初日のテレビ中継を見て、お茶の間はその異様な光景に愕然としたのである。
それは、土俵の背景に無人の座布団が一面に広がる、見たことのない恐ろしい世界だった。プロ野球中継は画面に映る8割はグラウンドである。無観客でもそこまでの違和感はない。一方、大相撲中継は、逆に画面の8割が、砂っかぶりと呼ばれるタマリ席やマス席――それが一面の無人なのだ。その異様な光景に、お茶の間は息を飲んだ。
ただ、しばらくして僕らはあることに気付いた。――音だ。呼び出しの声、仕切り中の力士の気合、行事の掛け声、立ち合いのぶつかり音、取組み中の息遣い、そして投げ技が決まって土俵に叩きつけられる音――これまで観客のざわめきにかき消されていた音が、無人の館内ゆえに掘り起こされたのだ。相撲が「神事」であり、また肉体と肉体がぶつかり合う「格闘技」であることを改めて認識させられた瞬間だった。
消えていく4月クールの連ドラ
話を志村さんショックの頃に戻します。ようやくコロナが“自分事”と気づいたテレビ局は、4月に入ると一斉に動き出した。先陣を切ったのはTBSだった。プライムタイムの3本の連ドラ――『半沢直樹』、『私の家政夫ナギサさん』、『MIU404』の放送延期を早々に決定したのだ。ドラマは制作に携わるスタッフが多く、どうしても感染リスクが高まる。それを懸念しての措置だった。さすが民放一「労組」の強いTBSである。
これを受け、他局の連ドラも一斉に追随する。テレ朝は『BG~身辺警護人~』、日テレは『ハケンの品格』、フジは『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』などが続々と放送延期に。そして、4月7日――政府は全国を対象に一ヶ月を目途とする緊急事態宣言を発令。いよいよ僕らは先の見えない“長いトンネル”に入った。
一方、早めにクランクインしたので「行けるところまで行く」と、気丈に(?)振舞う連ドラもあった。フジの『SUITS/スーツ2』は、「ウチは準備期間が違うんでネ」とばかりに1話、2話と放送するも…そこでストックが尽きた(笑)。次に存在感を示したのは、テレ朝のお馴染みのドラマたちだった。シリーズものゆえの強さか、『特捜9』と『警視庁・捜査一課長』は順調に3話、4話と回数を重ねるが――こちらも弾切れ。『特捜』は4話、『捜査一課長』も6話で休止する。
その結果、プライムタイムに残る連ドラは、日テレの『美食探偵 明智五郎』と、テレ東の『行列の女神~らーめん才遊記~』の2つのみに。だが、「この壮絶な連ドラ生き残りゲーム、勝者の行方はいかに?」と思われた矢先――『美食~』は7話以降、収録できておらず、一方の『行列~』は全話撮影済みと判明する。ここに至り、伏兵のテレ東の連ドラが4月クールでただ一人、完走するコトが確定。まるで2002年のソルトレークシティ冬季五輪のショートトラックで、前を走る選手が全員転倒。一人残った最後尾のオーストラリアのブラッドバリー選手が金メダルを取ったレースを彷彿とさせた。
にわかに注目を浴びた“再放送”の存在
さて――そうなると現実問題、テレビ局は空いた連ドラ枠で何を流すかという切実な話になった。日本のテレビ史において、新番組の開始が遅れ、2~3週、代替番組を用意するコトはあるが、ドラマが1クール丸々飛んだコトなど例がない。で、にわかに注目を浴びたのが“再放送”だった。そう、このコロナ禍に起きたテレビの「3大潮流」の1つが、再放送のクローズアップである。
アメリカではサマーシーズン(夏休み期間)になると、スタッフを休ませるために、プライムタイム(19時~23時)でドラマが再放送される。あちらのスポンサーは一括して局と契約するので、いつ、どの番組でCMを流すかの裁量は、すべて局の側にある。対して、日本の民間放送は、番組ごとにスポンサーが付いて、制作費も拠出してもらう。そのため、プライムタイムに再放送を流すとなると、スポンサーとの予算も含めた調整がネックになる。ゆえに、日本では長らくプライムタイムの再放送はタブーとされてきた。
だが、もはや四の五の言ってる状況じゃない。代替番組を作る時間はないし、そもそも緊急事態宣言下では番組制作すらままならない。そこで民放各局が考えたのが、評判のよかったドラマに一部編集を施し、「特別編」と称して再放送するコト。これならスポンサーには“新作”と言い訳ができる。ある意味、錬金術だ。
例えば、TBSの『MIU404』の代替番組は、同じ「金曜ドラマ」枠で放送された『コウノドリ』の「傑作選」になった。これなら、ちょうど綾野剛と星野源が共演しているので、『MIU~』の番宣にもなる。また、テレ朝の『BG~身辺警護人~』や日テレの『ハケンの品格』といったシリーズものは、前シリーズを「傑作選」や「特別編」と銘打って再放送した。
そんな中、異彩を放ったのが、日テレの『未満警察 ミッドナイトランナー』の代替番組だった。選ばれた作品は、同じ「土曜ドラマ」枠で15年も前に放送された『野ブタ。をプロデュース』である。ジャニーズのバディものという以外、特に共通点はない。とはいえ、脚本は名人・木皿泉サンで、主要キャストの2人(亀梨和也・山下智久)が歌う主題歌「青春アミーゴ」もミリオン超えの大ヒット。で、いざ再放送すると――「懐かしい」「面白い」とSNSでバズりまくり、視聴率も11.0%と、並みいる再放送の中でも極めて高い数字を残したのだ。そう、面白いドラマは時代を経ても変わらず評価されるコトを、同ドラマは証明してくれたのである。

(第54回「コロナ禍のテレビを振り返る」より)
名作ドラマが次々と復活
かくして、『野ブタ~』の成功は、テレビ界に思わぬ朗報をもたらした。名作ドラマの再放送はお茶の間の反響も大きく、十分ビジネスになると。そこで、往年の名作ドラマが次々に投じられた。以下がその一例である。
4/18~5/3『JIN-仁- 再編集版』(TBS)
5/19~7/5『逃げるは恥だが役に立つ ムズキュン!特別編』(TBS)
5/31~6/21『愛していると言ってくれ 2020 特別版』(TBS)
6/3~7/12『ごくせん(第1シリーズ)特別編』(日本テレビ)
――中でも、特に反響が高かった再放送が、25年前のドラマ、TBSの『愛していると言ってくれ』である。番組冒頭に豊川悦司サンと常盤貴子サンの25年ぶりのリモート同窓会を付け足し、当時の思い出話に花を咲かせる話題性も手伝って、SNSのトレンド入り。何より、本編を初めて見た若い視聴者たちから「感動した!」「こんなドラマを見たかった!」等々、極めて高い評価が寄せられたのだ。繰り返す――面白いドラマは時代を経ても評価される。
スタジオはリモート体制へ
話を戻します。このコロナ禍におけるテレビ界の3大潮流の1つが「再放送」なら、2つ目は――さしずめ「リモート」でしょう。そう、ワイドショーや情報番組で、スタジオにおける3密回避やソーシャルディスタンスの必要性から取り入れられた措置。スタジオ出演者をMCなどの最少ユニットに抑え、コメンテーターなどは外部からリモート出演してもらう。4月7日の「非常事態宣言」の発令を受け、各番組とも一斉にリモート体制に入った。
そんな中、逆転の発想というか、番組の「総合司会」がリモートに回るケースも。フジテレビの『とくダネ!』の小倉智昭サンだ。まぁ、73歳(当時)のお年を考えれば、妥当な措置でしょう。ただ、驚いたのは、これが予想を超えるクオリティだったコト。小倉サンのモニターは普段の座席の位置に置かれ、しかも等身大なので、ぱっと見、普通にソコに座っているように見えた。完璧なリモート中継だった。

(第54回「コロナ禍のテレビを振り返る」より)
これ、タネを明かすと、通常のリモートはインターネット回線でつなぐところ、『とくダネ!』は小倉サンの書斎のあるビルの屋上に専用アンテナを設置。ソコから事件の中継に使われるプロ仕様の回線を使って、やりとりしたんですね。要は、毎日出演するMCだから、常設でリモート体制を完璧に整備したと。だから、スタジオにいるアナウンサーらとタイムラグなく会話できたんです。
ただ、ちょっと笑ったのが、小倉サンのモニターが木目の額縁で、まるで“遺影”のようでもあり、額縁の中の小倉サンがスタジオの伊藤利尋アナらと会話していると、まるで天国にいる小倉サンが地上と交信しているように見えたこと――(シャレです)。
コロナ特需と『半沢直樹』の“祭り”化
さて、コロナ禍におけるテレビの三大潮流――3つ目は…と、その話に行く前に、ここで、この2020年のテレビ界に起きた、思わぬ“特需”についても語りましょう。
それは――緊急事態宣言(4月7日から5月下旬)が終わっても、企業によってはリモート勤務が続いたり、完全にアフター5の飲み会がなくなった結果――在宅時間が飛躍的に増え、“お茶の間がテレビを見る時間が大幅に伸びた”コト。
そう、皮肉なことに、テレビ局サイドは番組制作がままならず、再放送やリモート体制で辛うじて乗り切ってる状況なのに、逆にお茶の間のテレビの視聴時間は大幅に伸びたんです。実際、当時のHUT(総世帯視聴率)のデータを見ると、2020年度の上期(4月~9月)のゴールデンタイムの数字は62.8%と、前年度から一気に4ポイント(!)以上も上昇した。
基本的には、このHUTというのはここ30年、ずっと右肩下がりである。1997年にはゴールデンタイムのHUTは71.2%もあったのに、ソコから緩やかに下がり始め、2010年代に入ると65%前後にまで低下。2019年には、とうとう6割を切った(58.6%)。その下落傾向が突然、2020年に反転したんです。
で、ちょうど、そのタイミングで帰ってきたのが、あの伝説のドラマだったと。そう――同年7月クールの『半沢直樹』(シーズン2)だ。前作から7年を経ての続編。日曜劇場枠と福澤克維監督、それに主演・堺雅人の鉄板のトライアングルは変りない。結果は――世帯視聴率が平均24.7%、最終回は驚異の32.7%と、堂々の大ヒット。民放の連ドラがNHKの朝ドラを上回るのは、実に7年ぶりの快挙だった。要するに――前の『半沢』以来である。

(第54回「コロナ禍のテレビを振り返る」より)
まぁ、『半沢』の高視聴率の要因は、一にも二にもドラマとして面白かったからだけど(そのクオリティ維持のために、潤沢な制作費に加え、制約だらけのコロナ禍の中、気の遠くなるような手間をかけて制作されたという)、それに加えて、先にも述べた2020年の“コロナ特需”が追い風になった点も否めない。更には、これもコロナ禍が招いたコトだけど、当時のお茶の間の心理的な要因も影響した。それ即ち――祭りへの“飢餓感”である。
この年、人々は様々な行動制限をかけられた。映画、スポーツ観戦、ライブ、夏フェス、祭り、観劇、イベント、フリマ――等々。緊急事態宣言が解除されても、再開されたのはプロ野球とJリーグと映画館くらい。多くのイベントは延期や中止の道を選んだ。そう、あの夏――人々の祭りへの飢餓感は、最高潮に達していたのである。
そのタイミングで『半沢直樹』が帰ってきたと。皆が同じ時間に、同じドラマを見て、同じシーンで盛り上がる――それは、SNSが可視化した、久しぶりの“祭り”だった。TBSサイドもそれを見越してか、敢えて『半沢』はTVerの見逃し配信をせず、リアルタイム視聴を促した。その結果――高クオリティ、高在宅率、そして飢餓感が重なり、『半沢』は空前の高視聴率となり、祭り化したのである。
テレビからアドバンテージを奪った「動画配信」
話を戻しましょう。コロナ禍におけるテレビの三大潮流――「再放送」、「リモート」と来て、最後の3つ目は――「動画配信」です。YouTubeを始め、Netflix、Hulu、Amazonプライム・ビデオ、ニコニコ動画、TikTok、DAZN等々――。そんな「動画配信」勢がコロナ禍を機に、時代をショートカットするように、ソレまでにも増して勢いづいたんです。
先にも述べたように、コロナ禍の在宅時間の増加で、テレビの総視聴時間は大幅に増えた。だが――放映された番組の多くは、必ずしも『半沢直樹』のように潤沢な制作費と、気の遠くなるような手間をかけて作られたモノではない。多くは、コロナ禍の制約の中で、作り手側が妥協を強いられて、図らずも中途半端な状態で送りだした番組も少なくなかった。
――となると、これは市場原理として仕方のないコトだけど、次第に視聴者は、それらのテレビ番組に見切りをつけ、2020年の秋以降、動画配信サイトにアクセスする機会が増えたのだ。結果、この年――1つのエポックメーキングが起きる。それまで、何か見たいコンテンツがあってアクセスした「動画配信」から、一歩進んで、とりあえず同サイトにアクセスして、トップ画面にある“新作”や“人気作”のトピックスをチェックし始めたのだ。そう――特に目的もなく(←ココ大事)人々は動画配信サイトを開き始めたのである。それは、人類が二足歩行を始めたくらいの、動画配信史における“大進化”だった。
かくして、この年――Netflixで配信された韓国ドラマの『愛の不時着』が大ヒット。また、リアリティーショーでは、Amazonプライム・ビデオで配信された「バチェロレッテ・ジャパン」がSNSで大いにバズった。かと思えば、Huluが配信した日韓合同のオーディション番組『Nizi Project』から生まれた「NiziU」が異例の大ブレイク――とまぁ、2020年、動画配信発の様々なコンテンツが話題になったのである。

(第54回「コロナ禍のテレビを振り返る」より)
そうそう、あのコンテンツが配信されたのも、2020年だった。三谷幸喜監督の往年の舞台劇『12人の優しい日本人』のリーディング劇のYouTube生配信である。ゴールデンウィーク最終日に無料公開され、ツイッターのタイムラインを占拠した、あのZoom劇だ。
元々は、1990年に初演した、三谷サンが主宰する東京サンシャインボーイズの舞台劇である。だが、多くの人に馴染み深いのは、91年に中原俊監督がメガホンをとった映画版の方だろう。同ライブは、そんな舞台劇を初演の東京サンシャインボーイズのオリジナルに近いメンバーで、リーディング劇のスタイルで生配信したもの。Zoomだと、演者12人は画面に横4人×縦3列に配列され、収まりもいい。
――で、これがめちゃくちゃ面白かったんですね。リーディング劇と言っても、そもそも舞台転換のない一幕劇。さして違和感はない。また、舞台劇の面白さと言えば“ライブ”だけど、これも動画配信ならハードルが低い。もちろん、ミスも起こり得るけど、そんな緊張感が更に面白さに拍車をかけたのは言うまでもない。僕自身、ドキドキしながら2時間超えのライブに釘付けだったけど、コロナ禍に視聴した全コンテンツの中で、掛け値なしに一番面白かったと思う。
かくして、“コロナ開戦”で大きく変容した人々の暮らしと共に、テレビの世界も大きな転換点を迎え――未だ先の見えないコロナ禍の中、大晦日の『NHK紅白歌合戦』は無観客開催となるなど、2020 年は静かに(※当然、カウントダウンイベントも自粛された)暮れていったのである。
2021年→2026年/テレビを救った「TVer」
さて、コロナを機にテレビ界はその後、どうなったのか。
結論から言えば、2021年以降、テレビの地盤沈下は更に加速した。思えば、2020年上期の在宅時間の増加で一瞬、“62.8%”に上昇したHUT(総世帯視聴率)も――今となっては、消えゆくロウソクの炎の最後の輝きだったとも。翌年以降、その反動からか、HUTはかつてないほど急降下する。
2021年度上期/58.8%
↓
2021年度下期/55.6%
↓
2022年度上期/52.0%
――そして2023年度には、遂に5割を切るまでに。思えば90年代後半、70%台を誇ったHUTがソコから10ポイント下げるのに20年を要したが、更に10ポイント下げるのに要した時間はわずか3年――。2020年がテレビにとっていかに“分岐点”だったか、数字が物語る。
テレビの地盤沈下の最大の要因は、先にも述べた「動画配信」の台頭だろう。皮肉にも、2020年の“コロナ開戦”の年に在宅時間が増えたおかげで、テレビの視聴時間も飛躍的に増えたけど――同時に、その流れは動画配信にとっても追い風に。以前は、見たいコンテンツがあって、その都度アクセスした動画配信サイトに、特に目的もなく(←ココ大事)アクセスするようになったのだ。ある意味、コロナ禍によってテレビと動画配信が同列の扱いになったのである。
また、それを可視化するように、近年、単身世帯の若者のテレビ保有率も著しく低下している。6割を切ったというデータもある。その一方、彼らのPC保有率は7割を超え、スマホなら100パーだ。――というコトは、このままテレビはオワコン化への道を辿るのか?
オワコン化するテレビを救ったTVer
――いえ、そうとも限らないんです。2021年以降、HUTが急落する中にあっても、テレビはしぶとく生き残っている。ソレを支えたのは――「TVer」である。そう、2015年に電通が主導して、民放キー局を巻き込むカタチでスタートしたTVer。当時、既に各局とも自社サイトで番組の“見逃し配信”等のサービスを提供していたが、それを利用者目線で1つのサイトに集約しようと始めたのがTVerだった。だが、初めは各局ともあまり乗り気じゃなく、見逃し配信できる番組も週に50本程度だった。
その後、番組数は徐々に増え、“見逃し”だけでなく、“旧作のアーカイブ”もコンテンツに加わるが――開始から5年ほどは利用者が伸び悩んだ。潮目が変わったのは、先の「動画配信」が注目された2020年の秋以降である。それまで5年かけて、地道に1億回まで増やしたTVerの月間動画再生数が、翌2021年の春までのわずか半年間で1億5千万回と、突然1.5倍に増えたのだ。そう、コロナ禍で動画配信が注目されたのと同時期、当然と言えば当然だけど――TVerも飛躍的にアクセスを増やしたのだ。
更に、2021年夏の東京オリンピックで、TVerは「ライブ配信」へと大きく踏み出す。結果、アプリのダウンロード数は累計 4000 万を超え、新たな鉱脈を得たTVerは、翌2022年4月には民放キー局の“リアルタイム配信”もスタート。月間動画再生は、遂に2億5千万回を突破する。そして、現在に至るまで右肩上がりを続け、2025年にはダウンロード数は累計9000万、月間動画再生数は6億5千万回に達したのである。
かくして、今や「ヒットドラマや注目のバラエティはTVerから生まれる」と言われるまでに。思えば、2022年のフジテレビのドラマ『silent』は、視聴率こそ平均7.6%と平凡な数字に終わるも――TVerの再生数は歴代最高の7,300万回を突破。同年のTVerアワードのドラマ大賞に選ばれたのである。
そう、テレビの視聴率が、お茶の間比率の高い高齢者層に左右されるのに対し、TVerの動画再生数は、同サイトの訪問数が多い若者層がイニシアティブを握る。結果、SNSは再び、人気の連ドラや旬のバラエティの話題がタイムラインを賑わすようになった。要は、若者たちにとって、テレビ番組とはTVerのコンテンツであり、ゆえにランキングは、高齢者がカギを握るテレビ視聴率とは相当、乖離した順位になったんです――。
もっと言えば、今の若者たちは、“テレビ局”というフィルターで番組を見ていない。TVerで番組に出会い、TVerで再生する。カギを握るのは、純粋に番組としての面白さである。「月9」とか「日曜劇場」とか、各局の伝統ある枠のアドバンテージもない。その意味では、2025年のフジテレビのドラマ『119エマージェンシーコール』ように、テレビ局的にはスポンサーが離れる未曽有のピンチを迎えていても、コンテンツが面白ければ、TVerを通じて正当に評価される時代になった。
そんな次第で、“コロナ開戦”の翌2021年から現代に至るまで――大きく「TVerの時代」とくくり、1つの“地続き”の現象として語りたいと思います。なので、ここからは各年2~3番組ずつ、TVerで話題になった番組を中心に、ざっくりと紐解いていきましょう。
2021年、コロナ禍が育んだ2つのバラエティ番組
2021年――まだまだ、コロナは猛威を振るっていたが、この年、そんな時代を背景に2つの名バラエティ番組が生まれる。1つは、深夜番組の『キョコロヒー』(テレビ朝日系)、もう1つは“お笑い第7世代”による『新しいカギ』(フジテレビ系)である。
まず、『キョコロヒー』――日向坂46の齊藤京子(※当時)と、お笑い芸人・ヒコロヒーによる深夜のトークバラエティで、同年4月に深夜2時台の「バラバラ大作戦」枠(関東ローカル)で始まった。コロナ禍ゆえに、2人の間にはアクリル板が置かれ、椅子も離れて配置されるなど、いわゆる“ソーシャルディスタンス”の措置がとられたが――そんな物理的距離が、馴れ合いを好まない2人のクールさと妙にマッチして(可視化されて)、たちまち評判になった。
そして、同年6月に行われた第2回「バラバラ総選挙」で、同枠の視聴者投票1位を獲得すると、異例の速さで同年10月から24時台へ昇格する。番組は全国区になり、共に予定調和を嫌う2人のホンネトークが若者層(特に女性)の支持を得て、深夜バラエティながらTVer のランキング常連に――。その後、2024年4月に齊藤京子が日向坂46を卒業するが、番組は特に変わらず存続し、気が付けば、片や連ドラや映画で主演を務め、片や処女小説が文学賞を受賞するなど、2人ともすっかりメジャーな存在に。しかし、2人は今も絶妙な距離感のまま、深夜で好きに喋っている。
一方、『新しいカギ』は、霜降り明星、チョコレートプラネット、ハナコら、お笑い第七世代がメインを張る、フジテレビ伝統の“土8枠”(過去に『ひょうきん族』や『めちゃイケ』などを放送)のバラエティ番組だ。2021年4月のスタート時は金曜8時枠のコント番組だったが、半年後の同年10月から現行枠へ。そのタイミングでロケ企画も取り入れ、間口の広いバラエティ番組に舵を切るが――開始当初から視聴率は苦戦続きだった。
転機となったのが、2023年初頭である。ロケ企画「学校かくれんぼ」が中高生に刺さり、視聴率が急騰。これを“鉱脈”と読んだ同番組は、以後、「高校バスケ全国制覇の道」や「先生と漫才グランプリ」など、“学校企画”に全フリ。そこからTVer のランキングに顔を見せるようになり、視聴率でもティーン(13~19歳)を始め、コア視聴率(13~49歳)で横並びトップに立つ。
この“確変”を牽引したのが、先にも挙げた「学校かくれんぼ」だった。メンバーが学校へ出向き、同番組の美術スタッフが手間と予算をかけて、校内各所に設けた“隠れ場所”に潜み、制限時間内に全校生徒に探してもらうというもの。肝は、プロの美術スタッフが手掛けた本気の隠れ場所。教室内に新たに柱を足して、その中に隠し部屋を作ったり、壁に貼られた校内ポスターの顔写真にメンバーの顔をはめ込んだり…等々。
当時、コロナ禍で学校行事がことごとく中止になった時代背景もあり、「卒業までに何か思い出がほしい」という生徒たちのニーズとも合致。全国の学校からロケ希望が殺到して、番組はブレイクした。ちなみに、同企画は今も続いており、2025年5月にはドイツの国際映画祭「ワールド・メディア・フェスティバル」で銀賞受賞、更に同年10月にはフランス・カンヌの国際映像コンテンツ見本市「MIPCOM 2025」で、デンマークの大手制作会社との間でフォーマットセールスの契約を結んでいる。加えて、今年4月からNetflix で「学校かくれんぼ」の海外配信が始まり、同企画は世界的人気コンテンツへと歩み出している。
思えば、2つの番組に共通するのは、いずれもコロナ禍という特殊な環境下に生まれ、ある意味、その逆風を生かして番組がハネたこと。“テレビは時代の鏡”と言うが、その定石通りの展開に――。
2022年はTVerのアシストでフジのドラマが大当たり!
続いて、2022年である。この年は3本の連ドラがTVerから注目を浴びた年として記憶される。いずれも若者に強いフジテレビ系の作品だった。
まず、同年1月クールに登場した月9ドラマ『ミステリと言う勿れ』(フジテレビ系)である。原作は田村由美先生の同名コミックで、フジが版元の小学館にドラマ化を打診した時点で、既に多くのテレビ局や映画会社からオファーが殺到していたという。そこから、後発のフジがドラマ化を勝ち取れたのは、ひとえに主人公・久能整(くのう ととのう)役に菅田将暉をキャスティングできたから。それは原作者も望んだ意中の配役だったそう。
ドラマのフォーマットは、天然パーマの大学生・久能整が、淡々と持論をひたすらしゃべり続けるうちに、謎を解決してしまう新手の推理ドラマ。普通、原作ものは実写化にあたり、ある程度の改変が行われる(原作のエッセンスをオマージュしつつ、映像作品として最適解を目指すため)が、同ドラマは極力、原作の世界観に寄せて作られた。それは、主人公を演じる菅田将暉が、まるで原作のキャラが憑依したように、完璧な役作りができていたからである。
元々、原作の田村先生曰く「実写化するなら、主人公・久能整は菅田将暉しかいない」と周囲から度々言われていたという。ゆえに、その配役は原作ファンも納得するところとなり、そんな期待値の高さもあって、初回視聴率は13.6%、TVerの動画再生数も、それまでの連ドラの初回値を大幅に上回るロケットスタートに。結果的に、同ドラマは菅田将暉の憑依演技が評判を呼び、原作ファンも納得するクオリティで完走する。TVerの総再生数も民放ドラマ歴代1位(当時)となる3384万回を記録した。
次に注目された連ドラは、同年10月クールにフジテレビ系で放映された『エルピス-希望、あるいは災い-』だった。主演は『コンフィデンスマンJP』以来、4年ぶりの連ドラ主演となる長澤まさみに、脚本は朝ドラ『カーネーション』の渡辺あや、監督は『モテキ』の大根仁と、なかなかの凄腕揃い。なのに、フジのエース枠の「月9」でも、名門の「木曜劇場」枠でもない、カンテレ制作の、しかも新設されたばかりの「月10」枠――というのが同ドラマのユニークなところ。
種明かしをすると、同ドラマの佐野亜裕美プロデューサーは、元々はドラマ『カルテット』などを手掛けたTBSの方。ドラマから遡ること6年前に、渡辺あやサンとの雑談中に同ドラマの企画を着想。3話まで脚本を書いてもらい、長澤まさみサンから出演の内諾も得るが、肝心の企画が社内で通らず、ボツに。その後、佐野Pは諸事情からTBSを退職するが、同企画を諦めきれない彼女は他局への持ち込みを続け、ようやくカンテレで「これはやるべき作品」と認められ、同局へ転職。時に、カンテレは新たな連ドラ枠の発足を控え、チャレンジングな企画を探していた――というのがクランクインまでの前日譚である。
物語は、とある民放テレビ局を舞台に、かつてスキャンダルから看板の報道番組を追われたアナウンサー・浅川恵那(長澤)と、彼女に共鳴した仲間たちが、10代女性の連続殺人事件の冤罪疑惑を追う社会派エンターテインメント。その過程で、恵那自身も一度失った自身のアイデンティティを取り戻していく。タイトルの「エルピス(Elpis)」とは古代ギリシャ語で、様々な災厄が飛び出したと伝えられる「パンドラの箱」の中に残されたモノ。「希望」とも「災厄」とも訳される――。
ドラマは視聴率こそ平均6.3%と伸び悩んだが、TVerではクールTOP3に入る再生数を誇り、オンエアの度にSNSが盛り上がった。その原動力が、実際の冤罪事件をベースにしたリアリティある渡辺あやサンの脚本で、その甲斐あって、放送界の権威であるギャラクシー賞の大賞を受賞。また、静と動が交差する映画的な「大根演出」も注目され、物語の前半、ストレスから食べ物を吐き出していた恵那が、後半では一転、ガツガツと牛丼をかき込むシーンに“彼女の覚悟”を投影させたと、その“神演出”が評判になった。
そして――そんな『エルピス』と同じ10月クールに、フジテレビの「木曜劇場」枠に登場――TVerの記録を次々と塗り替え、社会現象と化したのが『silent』である。先にも述べたように、TVerの総再生数の7,300万回超えは、それまでの歴代1位の『ミステリと言う勿れ』を2倍以上も更新するもの。また、単話の見逃し配信も第4話で582万再生と、これも歴代トップを塗り替えた。更に、TVerのお気に入り登録数も、全番組で歴代最多となる246万人を突破――。かくして、同ドラマは「TVerアワード2022」のドラマ大賞を受賞して、名実ともに、2022年を代表する作品となった。
その一方、ドラマの平均視聴率は7.6%と、10月期の連ドラとしてはクール7位と平凡な順位に終わる。まぁ、ここまでTVerと視聴率に開きがあると、どうあれ、若者向けに全フリした作品だったコトは明らか。近年、テレビはずっとお茶の間の“高齢化”が懸念されてきただけに、若者に特化した作品の大ヒットはテレビ界にとっては朗報。間違いなく、それをアシストしたのはTVerだった。
メインキャストは今を時めく川口春奈と目黒蓮である。そして、共演に鈴鹿央士ら。物語は、高校時代に交際していた2人――紬(つむぎ/川口)と想(そう/目黒)が卒業とともに別れ、それから8年後、ふとしたことから再会するが――時間の経過は各々に変化をもたらしていた。紬は同級生の湊斗(みなと/鈴鹿)と交際し、想は若年発症型両側性感音難聴を患い、聴覚を失っていた。だが、再会をきっかけに、紬と想は失われた時間を取り戻すべく、少しずつ距離を縮めていく。一方、誰よりも2人を思う湊斗は、自ら身を引くことを決意する――。
ドラマは、そんな丁寧な心理描写と美しい映像、手話を用いた繊細な演出が、特に若い人たちの胸を打った。ドラマにありがちな“悪人”が一人もいない、登場人物全員の“優しさ”ゆえの葛藤も共感を誘った。紬の今カレの湊斗が、紬と元カレの想との再会を応援した際は、SNSで大量の「湊斗派」を生んだ。また、本作は「言葉」よりも「音」の表現に主眼が置かれ、耳が聞こえない想に寄り添うために、ドラマなのに「無音」のシーンを多用するなど、1つ1つのシーンが優しさに包まれていた。
さもありなん、ドラマの作り手たちも若かった。脚本を担当した生方美久サンは当時29歳。前年(2021年)にフジテレビヤングシナリオ大賞を受賞したばかりのホヤホヤの脚本家。この時点で連ドラの執筆経験は皆無(!)だった。また、演出チーフも当時31歳の風間太樹サン。彼も監督のキャリアは、映画『チア男子!!』(2019年)とドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(2020年)くらいで、未知数だった。そして、そんな2人を“抜てき”したのが、ドラマ『BOSS』シリーズや『信長協奏曲』で知られるフジテレビのヒットメーカー、村瀬健プロデューサーだったのである。
考えてみれば、ドラマの作り手側はキャリアを重ねる毎に、自然と作品もアップデートを重ね、インフレのごとく作風が難解な方向へ進みがちだ。一方、お茶の間の側は、時間経過と共に世代交代も進み、次々に若い世代の視聴者が生まれている。なのにテレビは、そんな若い彼らを置き去りにしてはいないか――そんな風にも見える。村瀬プロデューサーが、あえて若い2人をスタッフィングした背景に、若い視聴者の共感を得るには、作り手側も世代交代して、同じ目線になる必要性を感じたからではないだろうか――。
そう、『silent』の大ヒットは、いつしかテレビの作り手たちが忘れかけていた、奇をてらわない、シンプルなラブストーリーの大切さを改めて思い出させてくれた。何せ、同ドラマはキスシーン1つ登場しない。ベッドシーンもなければ、ありがちな不倫や略奪愛もない。最終回の教室のシーンは、2人が黒板に書く文字や手話で“会話”をする無音の描写が10分以上も続いた。そんな有り余る“余白”が、見る者の感情を動かした結果――SNSは感想の書き込みであふれ、TVerは空前の再生数を記録したのである。
“コロナ終戦”の2023年は幅広い年齢層に支持される作品に脚光
さて――話は2023年に進みます。この年は3年3ヶ月続いた“コロナ戦争”が一応の収束を迎えた年。5月にWHO(世界保健機関)が 「コロナ緊急事態」の終了を宣言。日本もゴールデンウィーク明けに、コロナが2類(感染症)から5類へ移行した。いわば“コロナ終戦の年”である。
それもあってか、この年のテレビ界は、どこか高揚感に包まれていた印象がある。その引き金を引いたのが――3月に行われ、日本が14年ぶりの優勝を遂げた「第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」だった。ほら、決勝戦で大谷翔平投手(!)が、エンジェルス(当時)の同僚・トラウトを三振に打ち取り、アメリカを下して優勝した、あの大会――。
何せ、2023年の年間視聴率の1位から9位が、すべてWBCのゲームだったのだ(ちなみに、10位が『NHK紅白歌合戦』の2部)。決勝戦なんて、平日の午前中の中継だったのに、視聴率が42.4%もあった。みんな、会社や学校はどうしていたのだろう?(笑)
――まぁ、そんな調子で、この年に話題になった番組は、どこか世代を超えて支持を集めた感があった。世の中が明るい方向へ向かうと、分断も生まれにくいということか。先の戦争の終戦後も、こんな空気感だったのかもしれない。世の中はモノがなくて、貧乏だったけど――皆、どこか明るい未来に希望を抱いていたと。
実際、2023年のテレビ界は、若者層も高齢層も比較的、同じ番組を見て盛り上がった。近年、両者の視聴傾向の差が広がりつつある中、それは珍しい現象だった。その象徴たる番組は2つあり、いずれもドラマで――1つはバカリズム脚本の『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)、もう1つが日曜劇場の『VIVANT』(TBS系)だった。
まずは、2003年1月クールに放映されたドラマ『ブラッシュアップライフ』である。バカリズムさんお得意のタイムリープ系(『素敵な選TAXI』もそう)の物語だ。地元の市役所で働く平凡なアラサーの主人公・麻美(安藤サクラ)がある日、幼馴染みのなっち(夏帆)とみーぽん(木南晴夏)と夕食を共にした帰り、ひょんなことから交通事故で亡くなる。目が覚めると、そこはお役所の窓口のような受付係(バカリズム)のいる死後の世界――。
そこで麻美は「来世はグアテマラ南東部のオオアリクイですね」と告げられる。突然の告知、しかも来世が人間じゃないことに困惑する彼女――その様子を見た受付係は、極めてビジネスライクに「来世ではなく、今世をやり直す方法も。そこで徳を積むと、ご希望の来世に生まれ変わる確率が上がります」と別案を提示。麻美は、とりもなおさず、人生をやり直すほうを選択する――。
――かくして、麻美の“2周目”が始まる。再び赤ん坊から始まるが、面白いのは前世の記憶を持ったままなので、人生の岐路に差し掛かる度に、新たな選択肢を選べるコト。ちなみに、2周目で麻美は1周目より勉強に力を入れ、より徳を積めるようにと薬剤師の道に進むが――結局は1周目と同じ年齢(33歳)で交通事故死。死後の世界で受付係から「来世はインド太平洋のニジョウサバ」と告げられ、躊躇なく3周目を選ぶ。
そんな次第で、麻美は3周目(テレビ局員)、4周目(研究医)と人生を重ねるが、4周目の時に中学の同級生の真理(水川あさみ)もタイムリーパーと知り、彼女から、なっちとみーぽんが共に35歳で飛行機事故死するのを回避するために、何度もパイロットとして人生をやり直している(ちなみに、麻美より1周多い5周目)と打ち明けられる。そして麻美も5周目、親友を救うために真理と同じパイロットの道へ進む――という展開である。
見どころは、バカリズムさんお得意の“あるある系”の小ネタがそこかしこに散りばめられているのと、タイムリープの度に懐かしの“平成”の世相が描かれたり、エンディングや劇中のカラオケシーンなどで当時のヒット曲が登場したりと、幅広い世代が共感できる構造になっていたコト。おかげで、従来のバカリズム作品と比べて視聴者の母数が拡大、TVerでは総再生数が3,000万回を超え、1月クールのトップに。その内訳も、F2層(35~49歳女性)が6割、次いでTeen層(13〜19歳男女)と、幅広い層(要は親子層)に支持されたのが特徴だった。
今思うに、結果的に本作が、バカリズムさんが脚本と出演を兼ねる最後の作品になったことから(初めから決めていたのだろう)――お得意のタイムリープ系作品の集大成でもあり、相当気合が入っていたのだろう。いわば、「バカリズム脚本・第1章」の完結編。その志の高さと、コロナ禍終焉の空気感が相まって、幅広い世代が共感できる作品に仕上がったのである。
続いては、同年7月クールのTBS日曜劇場の『VIVANT』である。開始前は、堺雅人、阿部寛、二階堂ふみ、松坂桃李、役所広司ら豪華キャスト陣と、原作・演出を務める福澤克雄監督の名前くらいしか情報が上がらず――あらすじや役柄などが一切伏せられた“ブラインドプロモーション”の戦略がとられた。
そうやって期待値を散々高めた上で放たれた第1話――ソコに映し出されたのは期待に違わぬ、映画を思わせる雄大なモンゴル平原のスケール感と、豪華キャスト陣が演じる壮大かつ難解なストーリーだった。となると、クオリティは申し分ないものの、一歩間違えると“異国の浮世離れした物語”になりかねないところ――それを繋ぎ止めたのが、気弱な商社マン・乃木憂助を演じる主演の堺雅人サンの“馴染み”の芝居だった。そう、ドラマの冒頭、雄大な砂漠を一人フラフラになりながら歩くスーツ姿のサラリーマン――そんな非日常の中の“日常の人物”の描写に、お茶の間は釘付けになったのである。
一般に、映画館の観客は非日常の体験を求め、照明が落とされた館内でスクリーンに集中するが、テレビの視聴者は明るい部屋の中で、様々な生活音と隣り合わせで画面に見入る。ゆえに、何かしらお茶の間と地続きの話じゃないと、正直、物語に入りづらい。その点、『VIVANT』は堺雅人サンがドラマとお茶の間の橋渡し役となり、彼の馴染みの芝居で、お茶の間はドラマの世界にすんなりと引き込まれた。とはいえ――その等身大のキャラクターが、後に大きな伏線となって物語の根幹に関わってくる(※ネタバレになるので控えておきます)のだから、同ドラマが面白いワケである。
物語は、そんな堺サン演じる気弱な商社マン・乃木が、会社(丸菱商事)で起きた誤送金問題の自身への疑いを晴らすべく――バルカ共和国(※ドラマ上の架空の国)へ乗り込むところから始まる。しかし、行く先々でさまざまなトラブルに遭遇。いろいろあって、現地で出会った日本の公安・野崎守(阿部寛)と医師・柚木薫(二階堂ふみ)とともに当国の警察から追われる展開に――。
これ、見てると分かるけど、野崎の片腕の現地エージェントのドラム(富栄ドラム)も含めて、4人の構図が、まんま映画『スターウォーズ』なんですね。乃木がルークで、野崎がハン・ソロ、薫がレイア姫で、ドラムがチューバッカ(笑)。ついでに言うと、乃木たちの敵役のテロ組織「テント」のリーダーのベキ(役所広司)はダースベイダーだ。

(『VIVANT』のドラム)
1話の圧巻は、乃木たち一行がバルカの警察をかわして、日本大使館に逃げ込むシーン。ここで流れた音楽が、映画『地獄の黙示録』で使われたワーグナーの「ワルキューレの騎行」だったと。そんな映画レベルの息詰まる展開に、お茶の間は手に汗を握った。更に同話のラスト――謎のテロ組織「テント」のリーダー、役所サン演じる敵役のベキが登場。そして――その傍らにいる人物にお茶の間は驚愕する。なんと二宮和也サンである。事前発表では伏せられた大物俳優の登場に、SNSは沸騰した。かくして、この夜、「VIVANT」はTwitter(当時)の世界トレンド1位となり、お茶の間に火が着いたのである。
もちろん――同ドラマは2話目以降も期待を裏切らない。福澤監督曰く「1話では壮大な世界観を描き、2話から一気に物語が動き出します」の通り、謎が謎を呼ぶミステリーとサスペンスの展開に。そこでクローズアップされたのが、1話でテロリストが乃木に告げた「VIVANT」なる謎のワードの正体――そう、自衛隊の影の組織「別班」だった。
以後、同ドラマが放映された翌日の職場や学校では、視聴者による「考察合戦」が繰り広げられるコトに――。それは、かつてのテレビ全盛期を思わせる光景だった。ちなみに、ヒットするコンテンツには大抵、その世界観をひと言で表すワードがあり、同ドラマの場合、前述の「別班」がそうだった。本当に存在する組織かも――と思わせるリアリティも相まって、『VIVANT』は2023年を代表する国民的ドラマになった。それは、TVerでの視聴者層が、M1〜M3層(男性20歳〜65歳)が4割を占めるなど、幅広い層に視聴されたコトからも分かる。
2024年は勢いのあるTBSの2つの番組に脚光
1つのヒット番組が局全体の勢いを加速させる――テレビ業界でしばしば見られる現象である。例えば、1981年に始まった『オレたちひょうきん族』を起点にフジテレビが80年代にバラエティ全盛期を築いたり、同じく同局が90年代に連ドラ黄金時代を迎えるにあたって、その扉を開けたのが91年の『東京ラブストーリー』だったり――。また、90年代にそのフジを追い抜いて、日本テレビが視聴率4冠時代を築いたのも、思えば同局の『進め!電波少年』のブレイクがキッカケだった――。
その流れでいくと、2023年のドラマ『VIVANT』の大ヒットで勢いづいたのが、かのTBSである。かつては「民放の雄」と呼ばれ、1960年代から70年代にかけて、長らく“1強”時代を築いた同局も――80年代にフジテレビに、90年代に日テレにも抜かれ、2000年代は低迷期を迎えていた。それが2009年10月クールのドラマ『JIN-仁-』の大ヒットで、まず伝統枠「日曜劇場」に再び光が当たる。そして同枠から2010年代に『半沢直樹』や『天皇の料理番』、『下町ロケット』などコンスタントにヒット作が生まれ――満を持して2023年に放たれたのが、予算や撮影規模とも、それまでの連ドラの常識を打ち破る『VIVANT』だった。
その結果――2020年代、他局が右肩下がりで視聴率を急落させる中、TBSのみ2024年から25年にかけて、プライムタイム(19時~23時)の年間視聴率を上げる“奇跡”を見せる。つまり――日曜劇場だけじゃなく、全局的に勢いづいたのが、最近のTBSなのだ。まだ視聴率の総数では、世帯視聴率は“オーバー60歳”に強いテレビ朝日、コア視聴率(13~49歳)では日テレの後塵を拝しているが――“伸びしろ”という面ではTBSに勢いがある。そんな同局を象徴する番組が、2024年1月クールに「金曜ドラマ」枠で放映された『不適切にもほどがある』、そして「名探偵津田シリーズ」で一段ギアを上げた感のある『水曜日のダウンタウン』だった。
まず、『不適切にもほどがある』――。主演・阿部サダヲ、共演に仲里依紗、河合優実、吉田羊、古田新太ら。脚本は宮藤官九郎である。物語は、1986年の世界に暮らす、パワハラ、セクハラ全開の体育教師・市郎(阿部サダヲ)が、ある日バスに乗ると2024年の世界へタイムスリップ。そこで目にした不思議な光景(スマホ、ミニスカートの女子高生、車内禁煙、電子タバコ、ワイヤレスイヤホン等々)に戸惑うところから始まる。その後、元いた世界(1986年)と何度か行き来しつつ、その価値観の違い(特にジェンダー回り)に振り回されながらも、やがて自身もアップデート。一方で、現代の行き過ぎたコンプラ(コンプライアンス=法令遵守)やポリコレ(ポリティカル・コレクトネス=多様性の尊重)にも体当たりで警鐘を鳴らすという、実によくできたタイムスリップコメディだった。
見どころは、1986年と2024年のギャップを面白く見せつつ(この辺りはクドカンの真骨頂)も、どちらに肩入れするコトなく、時代が変わっても変わらない“人間の本質”を描くという、一流のヒューマン・コメディに仕上がっていた点。また、1995年の阪神・淡路大震災をストーリーに絡ませたこともあり、従来のクドカンファンに留まらず、幅広い層に訴える作品になった。実際、TVerの視聴者層は、M1・M2層(男性20歳~49歳)とF1・F2層(女性20歳~49歳)が約6割と、男女双方から幅広い支持を集め、再生数は1月クールで他を引き離すダントツ1位だった。
そうそう、傑作だったのは、ドラマ冒頭の「この作品には不適切な台詞や喫煙シーンが含まれていますが 時代による言語表現や文化・風俗の変遷を描く本ドラマの特性に鑑み1986年当時の表現をあえて使用して放送します」というテロップ。よく昭和のドラマを再放送する際に「オリジナルを尊重して当時の表現を~」というお断りが入るが、アレを“演出”として用いて、劇中の80年代の不適切な台詞や描写を一切不問にしたのはアイデアだった。
何より――同ドラマの影響力の大きさは、同年12月に発表された「2024年新語・流行語大賞」の年間大賞に、タイトルの略語になる「ふてほど」が選ばれたこと。もっとも、世間は誰もそんな“略語”は使っておらず、授賞式で登壇した当の阿部サダヲさん自身「正直、“ふてほど”って、自分たちで言ったコトは一度もありません(笑)」と暴露。まぁ近年、同賞は“その年に流行ったコンテンツ大賞”みたいになっているので、要は同ドラマが広く世間一般に認知されたことには違いない。
そして――2024年のTBSを象徴する、もう一つの番組が『水曜日のダウンタウン』(以下、水ダウ)である。何を今更……と思われるかもしれないが、2014年に始まった水ダウが、このコンプラとポリコレにまみれた現代のテレビ界にあって、10年以上も続いているのが、まず特筆に値するし、過去に「徳川慶喜を生で見た事がある人 まだギリこの世にいる説」を始め、5度もギャラクシー賞を受賞している点も素晴らしい。それでもなお――水ダウにずっと物足りないとされてきたのが“視聴率”だった。
そんな同番組の潮目が変わったのが、2023年に始まった「名探偵津田」シリーズである。ダイアンの津田篤宏サンを主人公に、ある日突然、(ニセの)番組の収録現場で殺人事件が発生(どっきり)。そこを起点に、津田サンはどっきりの世界の登場人物に導かれ、探偵役として事件を紐解いていく。真犯人を当てないと、その世界から抜け出せないルールだ。
これ、水ダウをまったく知らない人からすると、一体何を言ってるのかよく分からないと思うけど(笑)、同企画の正式タイトルは「犯人を見つけるまでミステリードラマの世界から抜け出せないドッキリ、めちゃしんどい説」と言って、要は水ダウが長年に渡り築いてきた“芸人なら途中でドッキリと気づいても、ロケを成立させるために乗っかる”というメタフィクション的構造を逆手にとった企画なんですね。
つまり――津田サンが途中でドッキリと気づいても、“芸人なら乗っかる”コトを前提に「名探偵津田」の収録が進んでいく。ただ、通常のドッキリと違うのは、津田サンが途中でドッキリから降りたくなっても、“ネタバラシ”がないばかりか、半ば強制的にドッキリのストーリーが進み、気が進まないながらも名探偵として事件に向き合わないといけない体に。そして――真犯人を見つけるまで、このドッキリが終わらないことに薄々気が付く。
同シリーズの第1弾が放送されたのは、2023年1月である。山奥のペンションを舞台に、よくある密室の殺人事件が発生。最初は嫌々、探偵役をやらされていた津田サンだったが、事件の解決へと近づくにつれ、段々とノってきて、最後はイッパシの名探偵気取りで「犯人はあなただ!」と声を張り上げて事件を解決。無事、どっきりの世界から抜け出すことができた。

(『水曜日のダウンタウン』の名探偵津田)
放送後――SNSでは2パターンの感想が見られた。1つは「何が面白いのか、わからない」とするもの。確かに、『水曜日のダウンタウン』ではお馴染みの“ドッキリに乗っかる”企画だけど、あまりにバレバレのドッキリ(何せ殺人事件が起きている)で、予定調和感がハンパない。それこそ、かつて水ダウで小峠サンが仕掛けられた「死刑ドッキリ」(2016年10月26日オンエア)くらい振り切った演出なら、まだ笑えるけど、そういう方向でもない。
そして、もう1つの感想が――「今まで見たことのない企画。これは新しい」と評価するもの。単にドッキリに乗っかるパターンと異なり、時おり乗っかる側(津田)が素に戻って葛藤する描写もあり、そんな現実と虚構がせめぎ合う構図が、お茶の間に新鮮に映った。確かに、この展開は新しい。要は、虚構の世界に迷いこんだプレイヤー(津田)が「早くこのゲームをクリアして、元の世界に戻りたい」と、必死になってロールプレイングゲームを紐解いている構図である。
――とはいえ、この第1弾では、その“新しい面白さ”が分かる人には分かったものの、正直、そこまではハネなかった。同シリーズが真の意味で世間に見つかるのは、2023年11月に2週に渡って放映された第2弾「呪いの手毬唄と招かれざる男」篇からである。同回から前後編にスケールアップして、物語の舞台も前回の密室のペンションから、“村全体”へと拡大。加えてキャストの一人に、名探偵津田をアテンドする「鈴木理沙」という、ほのかに名探偵に恋心を抱く新キャラクター(演:森山未唯)も登場。つまり――ドッキリ(虚構)の世界が、より広がりと深みのある“ドラマ”になった。
そう、この第2弾から「名探偵津田」シリーズは明確にバラエティ(現実)とドラマ(虚構)が交差する、世界に類を見ない唯一無二のコンテンツになった。何より、主人公のダイアン津田という人物が実に見事なキャスティングで、現実と虚構を行き来する自身の立ち位置に困惑する様子が、ダイレクトにお茶の間に可視化されたのだ。これが面白くないワケがない。ちなみに、2024年4月に、『水ダウ』が10周年記念特別企画として放送した「視聴者&出演者が選ぶ“一番好きな説”」で1位を獲得したのが、この「名探偵津田」シリーズだった。
以後、同シリーズは2024年12月には第3弾「怪盗VS名探偵 〜狙われた白鳥の歌〜」篇を、2025年11月と12月には第4弾「電気じかけの罠と100年の祈り」篇を放送。その度にSNSとTVerをバズらせる。ちなみに、第3弾は名探偵津田が発した名台詞の宝庫の回で、現実と虚構が入り乱れて自身が混乱する様を「1の世界」(ドラマ)と「2の世界」(水ダウ)と表現したり、無理やり新潟に連れていかれる際に発した「長袖をください」が2025年の「新語・流行語大賞」の30候補にノミネートされたり――。それは、これまで一部の熱狂的視聴者から支持された水ダウが事実上、国民的番組にアップデートされたことを意味した。
――で、ここからが大事なトコロ。そんな同シリーズの大バズりで、一躍“国民的番組”になった感のある水ダウ――それは数字上にどう表れたのか。
1つは、コア視聴者(13歳~49歳)が可視化されたTVerの圧倒的強さである。水ダウがTVerの配信を始めたのは、コロナ禍真っ只中の2020年12月から。それを機に、それまで視聴率だけでは見えなかった同番組への熱狂的支持が“再生数”(リアルタイム&タイムシフト)として可視化された。実際、最も再生数が多い番組に贈られる「TVerアワード」をバラエティ部門で2021年から5年連続で授賞。更に2025年末には、TVerでの見逃し配信累計再生数が史上初めて3億回を突破。これは全番組を通して、水ダウしか成し得ていない孤高の偉業である。
もう1つは、2014年の番組開始以来、ずっとウィークポイントとされてきた“視聴率”(世帯視聴率)の動きだ。興味深いコトに、それはこの12年間、ずっと5~7%台で推移している。現に、2014年の初回放送の視聴率が7.0%で、直近で話題になった、きしたかの高野による「10メートル高跳びリベンジ」の後編が6.8%である。なんだ、変わらないじゃん……と思うかもしれないが、その間のゴールデンタイムの総世帯視聴率(HUT)の推移は――2014年当時65%前後だったHUTが、直近の2025年では約47%と、実に18ポイントも下落。それにも関わらず、水ダウの視聴率が10年以上も変わらないのは――実のところ、同番組の視聴率が上がっているコトを意味している。
つまり、こういうコトだ。水ダウは2014年の開始当初からコア層(13歳~49歳)には強い一方、人口比が大きい高齢層(オーバー60歳)にはまるで刺さらず、ゆえにオモテに出る世帯視聴率は一貫して5~7%と、もう一つパッとしなかった。一方、この間、20~30代で急速なテレビ離れが進み、NHK放送文化研究所によると、2026年現在、20代の7割、30代の6割がほぼテレビを見なくなったという。とはいえ、そんな彼らもPCやスマホ(つまりネット)で動画を見るのは夢中で、その人気コンテンツの1つが水ダウなのだ。そう――水ダウは、テレビ離れが進んだコア層の間でも一貫して人気を維持している。ゆえに、今もTVerの総再生数で全番組中トップに君臨している。
――で、ココからが結論。それらの動きと並行して、同番組はコンスタントにSNSをバズらせ、この12年間、テレビの前にいる“不特定多数のフワッとした視聴者”にもリーチを広げてきた。特にソレが顕著なのが近年の「名探偵津田」のシリーズで、それまで取り逃がしていた、特段バラエティが好きでもないフラットな客層も取り込むことに成功。つまり――テレビ離れで失った視聴率を、新規のフワッとした視聴者で穴埋めし、その結果が、この12年間の安定した視聴率(5~7%)なのだ。水ダウが“国民的番組”に近づいているとは、そういうコトである。
2025年はフジテレビ受難の年に
そして――2025年である。この年の話題と言えば、これはもう、“フジテレビ受難の年”に尽きるでしょう。週刊文春の記事が引き金となり、一斉にナショナルクライアント(大手企業)がCMを差し止め、同局のCM枠がACジャパンと番宣ばかりになった、あの案件――。

(第59回「少しクールダウンして、フジテレビ&中居正広さん案件を改めて考える」より)
それは、日本のテレビ史上類を見ない、前代未聞の“事件”だった。何せ、民間放送がCMを失うコトは、収入の6割が絶たれることを意味し――もはや放送局として成り立たないのは自明の理。フジは信頼回復のために、第三者委員会を立ち上げ、管轄する総務省にも指導を仰ぎ、とにかく従順に、平身低頭に、ひたすら組織改革を進める姿を世間に見せるしかなかった。
この一連の騒動で明らかになったのは、キー局と言えども、一瞬で経営危機に陥る民間放送のビジネスモデルの脆弱性である。ぶっちゃけ、放送局の不祥事なら、かつて刑事事件として社員が逮捕されたテレビ朝日の『アフタヌーンショー』の「やらせリンチ事件」のほうが遥かに重いし、あの「坂本一家殺害事件」を誘引した「TBSビデオ問題」に至っては、もはや放送免許がはく奪されてもおかしくないほどの事案だった。それでもなお――両局とも、局全体のCMが差し止められるまでには至っていない。一方、フジは刑事事件でもなく、そもそも示談で解決済みの案件にも拘らず、一斉CM差し止めに。両者の違いは何か――SNSの有無である。
そう、現代はSNS社会。ひと度、SNSに火が着いて、キャンセルカルチャーに発展すれば――イメージを優先するスポンサー各社はたちまち浮足立ち、有力な数社が動けば、あとは横に並べと雪崩を打って追随。かくして、収入の6割を絶たれた放送局は絶体絶命のピンチに陥る――という構図である。
え? あの一斉CM差し止めは、2025年1月17日に行われたフジの港浩一社長(当時)によるクローズドな会見が原因じゃなかったかって? いえいえ、TBSのウェブマガジン「調査情報デジタル」によると、同誌が件のスポンサー各社に問い合わせたところ、多くの企業は1月17日以前に、既に水面下でフジへのCM差し止めを決めていたという。曰く、“港社長の会見は、最後の一押しに過ぎなかった”と。では、彼らに異例の判断を促した最大の要因は何だったのか――。
――それが、例の“誤報”に端を発する一連の週刊文春の煽情的な報道と、それにまんまと乗せられたSNS民による“キャンセルカルチャー”だったんです。まず、文春砲の第1弾(2024年12月26日発売)で「被害女性はフジ編成幹部A氏に誘われた」と“誤報”を打ち、第2弾(2025年1月8日発売)では、被害女性の連絡窓口だった佐々木恭子アナらを「フジの3悪人」と断定(後に、第三者委員会の報告書で佐々木アナに対する文春の記述は否定される)。更に第3弾(同年1月16日発売)では「フジの“上納文化”」と称して、同社が長年に渡り組織的な性上納を斡旋してきたかの如く“ストーリー”を構築。だが、これも第三者委員会の報告書で明確なセクハラ事案は過去10年間で2件しか存在せず、いずれも組織的な関与は否定された。
そう、そんな真実性に乏しい一連の文春砲で、フジは長年に渡って組織的・常習的に自局の女性アナらを“性上納”してきたかのように世間に誤解され――SNSが大炎上。これが、文春砲第3弾の電子版(早刷り)が配信された1月15日午後の世論の空気だった。そして同日、フジのスポンサー各社に対するSNS民のキャンセルカルチャーが徐々に広がり始め、その不穏な動きを察したスポンサー各社は水面下で同社からのCM撤退を決める。例のフジの港社長のクローズドな会見が開かれるのは、その2日後の1月17日である。
で、つまるところ、コトの真相はどうだったかと言うと――第三者委員会の報告書で判明した通り、フジが組織的・常習的に行ったとされる“性上納”とやらは存在せず(当たり前だ)、実態は懇親会等に華を添える意味で女性アナがしばしば駆り出されるコトはあったと。ちなみに、会に参加した女性アナで不満を述べた者はいなかったとも。もちろん、それでも褒められた話じゃないが、その程度(と言ったら申し訳ないが、どこの会社でもよく聞く話)で、いとも簡単にテレビ局の経営が根本から立ち行かなくなるのは、さすがに行き過ぎである。
そう、一連の事案で最も重要なのは、例え週刊誌の“誤報”まみれの煽情的な記事であっても、ひと度SNSに火が着いて、キャンセルカルチャーに発展したら――民放のビジネスモデルなんて、いとも簡単に吹っ飛ぶコト。そして、そのリスクはフジテレビに限らず、どの民放キー局でも起こりうるコトなのだ。
ある意味、フジに起きた一連の事案は、今日の民放のビジネスモデルが曲がり角に来ている“ピンチ”を可視化したとも。思えば、コロナ禍以降、テレビ離れが急速に進み、地方局の経営も先行きが見えないと聞く。つまり――スポンサーの広告費で番組の制作費を賄い、更に地方の系列局にも広告費からお金を渡し、全国に番組とCMをセットで流す――そんな広告に全面的に頼る昭和の民間放送のビジネスモデルは、もはや破綻寸前なのだ。となると、求められるのは、令和の時代にアップデートされた、新たな民放のビジネスモデルの構築である。おっと、その辺りの踏み込んだ話はまた改めて――。
2026年はTBSとフジがカギに
さて、長々と述べてきた「直近テレビ10年史」も、いよいよラストイヤーである。直近の話なので、ここは簡潔に参りましょう。
まずは、ここ3~4年、コンテンツカンパニーとして上昇機運にあるTBS。何が凄いって、看板枠の「日曜劇場」に限らず、他の枠でも結果を残しているコト。その一例が昨年――2025年10月クールの火曜ドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』である。開始前はさほど注目されなかった(同クールの放映前の話題は、三谷幸喜脚本のフジ『もしがく』や、野木亜希子脚本のテレ朝『ちょっとだけエスパー』だった)が、始まると瞬く間にSNSでバズり、TVerも見逃し配信がフル回転――。
終わってみれば、初回6.3%で始まった視聴率が、最終回は8.7%と、見事な右肩上がりに。TVerの総再生数も6100万回と、なんと2025年に放映された全ドラマのトップに立った。かくして、TVerアワード2025のドラマ大賞を受賞する。そう、看板枠以外でも爪あとを残せるのが、今のTBSの勢いである。
ちなみに、同賞のバラエティ部門の大賞は、先にも述べたように5年連続で同局の『水曜日のダウンタウン』が受賞。まさに2025年――ドラマとバラエティの両輪で、TBSがトップに君臨したのである。
その勢いは、今年に入ってからも止まらない。1月クールは看板枠の「日曜劇場」で、鈴木亮平主演の『リブート』なる意欲作を投入。脚本に、ドラマ『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』や映画『キングダム』シリーズなど、今、最も筆がノッている黒岩勉サンを起用し、妻殺しの罪を着せられた主人公のパティシエが、顔を変えて悪徳刑事に“再起動(リブート)”して真犯人を追う――そんな異色のサスペンスでお茶の間をバズらせた。
実際、TVerでは初回の再生数が486万回と、初回の歴代最高値を更新。鈴木亮平サンの一人二役を始め、共演の戸田恵梨香サンの怪演も絶賛され、その虚実入り乱れたストーリーと、息もつかせぬ怒涛のスピード展開にSNSが沸騰した。終わってみれば、TVerの総再生数は4500万回と、堂々のクール1位。元来、骨太なビジネスストーリーが多い日曜劇場で、その路線に安住せず、異分野でのチャレンジを忘れない攻めの姿勢が、今のTBSの強さだろう。そして7月クールは――ご存知の通り、あの『VIVANT』のシーズン2がオンエア中である。更に言えば、そんな看板枠を差し置いて、俄然存在感を発揮しているのが「Tかわ」こと、金曜ドラマ枠の『Tシャツが乾くまで」なのだ。
さて、次に注目したい局が――かのフジテレビだ。昨年来、何かとネガティブなイメージがついて回る同局だけど――意外にも、TVerアワードのドラマ部門の大賞を2022年の『silent』から、3年連続で受賞している。こと視聴率では、全世代に強いTBSの「日曜劇場」がトップに君臨しているが、TVerの再生数は若者世代の視聴行動と連動しており、こちらのマーケットは、まだまだフジにアドバンテージがある。近年、特にテレビ離れが加速している若者世代だが、テレビの未来のカギを握るのは、案外、同世代と波長が近いフジテレビの奮起にかかっているかもしれない。
実際、直近の4月クールでも、視聴率こそ平均4.2%と平凡な数値に終わったものの、フジの黒木華主演の『銀河の一票』は、ビデオリサーチ社が発表する「4月クールドラマ好感度ランキング」で堂々の1位。また、TVerのデイリーランキングでも最終回が全番組の総合3位に入るなど、視聴率だけでは測れない強さを発揮した。同ドラマ、フジ系のカンテレの制作で、プロデューサーは『カルテット』(TBS系)や『エルピス-希望、あるいは災い-』(フジ系)を手掛けた名匠・佐野亜裕美P。脚本は『舟を編む』(NHK)の蛭田直美サンに、共演者も“野呂佳代の出演作にハズレなし”と作品選びに定評のある(?)野呂佳代サンと、実は強力布陣。ヒットの素地はあったのである。
そうそう、フジはバラエティに関しても、1つ朗報。先の5月上旬、土曜プレミアム枠で放映された特番『ツッコミ芸人No.1決定戦 ツッコミスター』が、テレビ界の権威である「ギャラクシー賞」を受賞したのだ。同番組は、MCと審査員を兼ねる粗品(霜降り明星)が自ら発案したもの。元ネタは、自身のYouTubeチャンネル「粗品のロケ」で配信した企画「ツッコミマン」で、要は、これまで“ボケ”の日陰になりがちだった“ツッコミ”に光を当てる番組だ。まぁ、広義の「大喜利」ではあるけど、お題自体にボケの要素はなく、いかに創造的にツッコめるかがカギになる。その視点の新しさが、ギャラクシー賞に評価されたのだろう。
考えたら、この視点の当て方、かつて同局の『オレたちひょうきん族』で、ビートきよし(ツービート)、島田洋八(B&B)、松本竜介(紳助竜介)らツッコミ3人衆を「うなずきトリオ」とフィーチャーした系譜にも連なる。ただ、当時は「なんでやねん!」でシンプルに成立したツッコミも、今や漫才の構造が複雑化し、中には一聴して何が面白いか分からないボケが発せられ、ツッコミで初めてソコに潜む笑いが可視化され、そのあと、さざ波のように最初のボケが面白くなる“三重構造”になるケースも――。お笑いは日々進化するというが、個人的には、その研鑽を怠らない日本のお笑いこそ世界一だと思う。
それと、この『ツッコミスター』で注目すべきもう一つの点が、芸人が持つYouTube番組が元ネタになっているコト。昨今、多くの芸人が自身のYouTube番組を持つが、そこで独自の企画を発案し、上手くハネれば――テレビ番組に昇華する道が開けたのである。従来、新しい企画は深夜番組でパイロット版を作り、評判がよければゴールデンで特番化する流れだったが――近年はテレビ局の予算不足で、そもそも深夜のパイロット番組自体が激減。そこで、芸人のYouTube番組に光が当たったのだ。今後、そんな“YouTube発”の流れが定着すれば、令和の新しいバラエティが量産できるかもしれない。そして現状、人材・予算とも不足しがちなフジテレビこそ――逆に言えば、その先駆者になれるかもしれない。
再びフジテレビを襲った“文春砲”
さて、そんなフジテレビだけど――ご承知の通り、先ごろ再びネガティブな話題に見舞われたのは記憶に新しい。そう、佐藤二朗・橋本愛のW主演ドラマ『夫婦別姓刑事』騒動である。少々長くなるが、僕なりの解釈を述べたいので、しばしお付き合い願いたい。
コトの発端は、先の7月1日に週刊文春オンライン(雑誌は7月2日発売)が報じた「爆弾ハラスメント」なるスクープ記事だった。文春の狙い通り――SNSはまんまとバズる。というのも文春、本来なら4月末から8週連続で取り上げてきた「高市(首相)陣営の中傷動画」ネタで引っ張るはずが――もはや形勢不利と見たのか、同ネタから撤退するスケープゴートに急遽、件のハラスメント騒動を持ってきたとの見方もある。
ただ、急いては事を仕損じる――。同記事、文春にしては少々ロジックが粗すぎた。結果、“身内”である連載陣の1人、「私の読書日記」を担当する橋本愛サンの個人情報(過去のトラウマ由来の身体接触の制限)まで晒してしまい、彼女の今後の役者人生に多少なりとも影響を及ぼしてしまった。
騒動の中身については、各所で散々語られたので詳細は省くが、文春の記事が出てから1週間――関係諸氏も相次いでコメントを発し、SNSは連日お祭り騒ぎとなった。時系列で追うと、以下の通りになる。
7月1日
文春オンライン報道。ドラマ『夫婦別姓刑事』の撮影現場で佐藤二朗さんが橋本愛さんへハラスメント行為を行ったとする疑惑が報じられる。
同日
佐藤二朗本人の反論(Xへの投稿)。「さすがに、もうこれ以上は我慢できません。数々の『ほんとうのこと』が、明らかになる日が来ることを、切に祈ります」。
同日
佐藤二朗所属事務所の声明(公式サイト)。「佐藤の言動がハラスメントにあたるものでないことは、専門家からの確認を受けています」。
7月2日
フジテレビが公式コメントを発表。文春の報道に対して「大変遺憾」としつつ、佐藤さんへ「厳重注意を行い、再発防止を求めたことは事実」と認める。
7月3日
橋本愛所属事務所の声明(公式サイト)。「フジテレビ社による報道が事実との認識です」。
同日
佐藤二朗本人の再反論(Xを更新)。「ステレオタイプの『か弱い若い女性』と『典型的な昭和のパワハラオヤジ』を完全に創作してる。嘘はやめて下さい」。
同日
スポーツ紙が「踊る大捜査線スピンオフドラマ」についてフジテレビから佐藤二朗さんに降板を通達と報道。
7月4日
本広克行監督が自身のXを更新。「降板じゃないから!一旦中止して整えてるだけ」。
7月7日
フジテレビが2回目の公式コメントを発表。主演2人に謝罪を表明すると共に、当案件の詳細を説明。外部弁護士の調査結果として、佐藤さんの言動を「深刻なハラスメント」と認定。
同日
佐藤二朗本人の再々反論(Xを更新)。「フジテレビは、なぜ、そこまで片方だけに寄り添うんでしょうか。残念です。ごめん本広さん。『踊る』関係者の皆様、本当にすみません。映画本編も、僕のところは全てカットしてほしい」。
7月8日
一夜明けて、佐藤さんがXを更新。「撮り終えたシーンを『カットして』は本広さんは勿論、多くに迷惑をかけます。その部分は心より謝罪し、取り消します」と前言撤回。
同日
佐藤さんが再びXを更新。「いま本広監督から嗚咽止まらぬメールが来た。なんとこの期に及んで『まだスピンオフを諦めてない』と。なんて往生際が悪い人なんだ。映画『踊るNEW』、9/18公開。マジで最高のエンタメです」。
同日
新潮QUEに、翌日発売の週刊新潮の「佐藤二朗が語った全真相」掲載。週刊文春の「悪意ある切り取り報道」への反論のほか、フジテレビの弁護士に対する強い不信感と、その影響で持病の強迫性障害が悪化して「心身の崩壊」に至った経緯を吐露。
――とまぁ、実に目まぐるしい一週間だった。個人的には、良くも悪くも佐藤サンの人間臭さが露呈した7日間だったと思う(褒めてます)。ちなみに、週刊新潮のインタビュー記事と同日、週刊文春も第2弾の記事を出すが、特に目新しい事実はなく、追及は打ち止めに。それからひと月後の8月8日、映画『踊る』のスピンオフドラマがスケジュール等を理由に制作中止になったことが明らかになった。
振り返ると、佐藤二朗サンは役者としてのキャリアに傷をつけられ、橋本愛サンは自身のトラウマを白日の下に晒され、フジテレビに至っては久しぶりの明るい話題の映画『踊る』の新作にミソを付けられるなど――皆、散々な目に。フジに至っては、同案件で役者2人を傷つけた“戦犯”として、SNS界隈で一人汚名を着せられている。結果的に文春のみが、当初の目的とも見られる「高市陣営の中傷動画」案件から撤収する“目くらまし”に成功したとも――。
だが、世の中、そうは問屋が卸さない。僕は、本案件の最大の戦犯は、やはり週刊文春だと思っている。もちろん――役者をキャスティングし、主演2人に迷惑をかけたフジテレビには一義的な責任がある。どうあれ、収録中に生じたトラブルは全てプロデューサーの責任だ。ただ、いろいろありつつ、ドラマ『夫婦別姓刑事』は全11話を乗り切った。視聴率的にはもう一つハネなかったが、好感を持って最終回まで見続けた視聴者も少なからずいた。連ドラにおける最重要ミッションは“完走”である。その意味で、プロデューサーは最も重要な仕事を果たしたと言っていい。
実際、表沙汰にならないだけで、ドラマを始め、テレビ番組の収録においてトラブルはつきもの。むしろ無傷のままオンエアに至るほうが珍しい。だが、それをわざわざ蒸し返して、佐藤二朗サンばかりか、身内である橋本愛サンまで傷つけた週刊文春の報道の公益性はどこにあったのだろう。少なくとも、ものづくりにおいて、様々なトラブルを乗り越え、市場にアウトプットする“生みの苦しみ”を知る出版社として、フジテレビの労苦を理解できないことはあるまい。
騒動の肝は「温度差」
僕は、同案件の決定的な肝は、主演2人の「役者としての温度差」にあったと思う。先にキャスティングが決まった佐藤二朗サンにとって、同ドラマは初のゴールデン主演作。長年、バイプレイヤーとしてキャリアを積んできた彼が掴んだ一世一代のチャンスだ。ゆえに、相当気合も入っていたと思われる。
その起用の背景に、佐藤サンが日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞し、一躍脚光を浴びた映画『爆弾』の存在があったことは想像に難くない。実際、同映画の製作幹事を務めたのはフジテレビ。思えば、8年前に『クイズ99人の壁』の司会をオファーし、佐藤サンの新境地(バラエティ)の扉を開けたのもフジだった。少なくとも、同ドラマの前までは、両者は良好な二人三脚の関係にあった。
一方、W主演のもう一人のキャスティングは、昨年来のフジテレビ問題の後遺症もあり、相当難航したと聞く。橋本愛サンは民放の主演ドラマこそ少ないが、NHKの大河ドラマでは度々、主人公の妻役(ヒロイン)を務めるなど大役に起用されることが多い。何より、彼女の主戦場である映画の主演作は実に17作を数える。役者の格で言えば、むしろ佐藤サンより格上とも言える。
ただ――ドラマ『夫婦別姓刑事』は、明らかに最初にツモった佐藤二朗サン向けに企画された作品だった。同僚との夫婦関係を職場では秘密にして、お茶の間をハラハラドキドキさせるフォーマットは、古くは1970年の岡崎友紀と石立鉄男の『おくさまは18歳』(TBS)を源流に、数々の亜流を生んだコメディの王道。作風的に過激なラブシーンはないが、夫婦である以上、イチャイチャはある。要は2人の職場と家庭における距離感の“オンオフ”を楽しむドラマということ――。
今回、原案の秋元康サンは、「警察官同士の夫婦は同じ部署に配属できない」という暗黙のルールに着想を得たという。そこに「夫婦別姓」なる旬のワードを絡め、更にミステリー仕立てにすることで、令和仕様にアップデートを図ったのだ。これに佐藤サンのアドリブが加われば――なるほど、ちゃんと面白くなりそうな絵が見えてくる。
一方、橋本愛サンは別の視点からオファーを承諾したと思われる。事実、彼女はドラマが始まるひと月前、週刊文春でリレー連載中の「私の読書日記」に“選択的夫婦別姓”に関する本を取り上げ、「今は、選択的夫婦別姓が実現しなければ、結婚したくないとまで感じている」と自身の政治信条を明かし、ドラマの番宣を図っている。ちなみに、同ドラマの小原一隆プロデューサーは、あるインタビューでタイトルについて問われ、こう答えている。「いわゆる選択的夫婦別姓制度自体と本作はリンクしているわけではありません。ただ、このドラマがきっかけで制度やそれにまつわる様々な意見を知ってもらうことは有意義だと思います」――おそらく、橋本サンはこの部分に共感したのではないか。
一応、オファー時点で橋本サンの事務所から“キスシーンやベッドシーンがある場合には、インティマシーコーディネーターを関与させる”ことが条件として提示されるが、同ドラマは元よりコメディテイストの作風。その種のシーンはない旨をプロデューサーが伝えると、先方より「日常動作に伴う接触は問題ないですよ」と返されたという。
このあと、プロデューサーは佐藤サンのマネージャーにも上記の内容を共有するが、佐藤サン本人には知らせない方針で一致する。そりゃそうだろう。日常動作に伴う接触は問題ないし、佐藤サンのようなアドリブが生きる役者は、なるべくフリーハンドでやらせた方が面白くなる。それと、持病の「強迫性障害」を抱える彼に、あまり負荷をかけたくないというマネージャーの親心も働いたのかもしれない。
ところが――クランクインから3週間あまりが過ぎた日、“トラブル”が起きる。それは車中の撮影で、ハンドルを握る橋本サンが目を閉じて、慌てた助手席の佐藤サンがアドリブで「口ではなく、目を開けて!」と、彼女の顎に手が触れたシーンだった。それ自体は、現場では特に問題視されなかったが、この日を境に橋本サン側の態度が一変する。佐藤サンに対して、肩や腕以外に触れる場合は事前に確認をとるよう、要求したのである。
事前に確認――それは事実上、佐藤サンの持ち味「アドリブ」を封印することを意味した。役者・佐藤二朗は、いわば牙を抜かれたライオンになった。。彼にしてみれば、先にオファーされ、ゴールデン初主演で張り切っていたのに、後から来た橋本サンのレギュレーション(制約)に付き合わされ、満足な芝居ができないことに忸怩たる思いがあったのだろう。
一方、橋本愛サンにとっては、(事前確認なしに)異性から顎に手を触れられる行為は 「日常動作に伴う接触」の範疇を越えたように映ったのだろう。いわゆる「パーソナルスペース」(対人距離)だ。その領域内に入られると、不快に感じる距離感のこと。事実、大抵の女性は(例え友人でも)異性から断りもなく髪や顔に触れられるのは嫌うだろう。ただ、橋本サンは行為自体を拒んでいるワケではない。触れるなら事前確認をとってほしいと、彼女なりに手順は踏んでいる。
つまり――こういうことじゃないだろうか。佐藤サンは「心から夫婦になりきって」芝居をしたのに対し、橋本サンは「男女の役者が仕事として夫婦役を演じた」に過ぎないと。役者としての芝居の“温度差”と言ってしまえばそれまでだが、この壁は埋めようがない。事実、橋本サン自身、佐藤サンに対して「佐藤さんは芝居ファーストかもしれませんが、私は違います」と述べている。
デーブ・スペクターさんの持論
ただ、これについては、僕は7月12日に放送された『サンデージャポン』(TBS系)で、デーブ・スペクターさんが発したコメントを支持したい。彼は、アメリカの撮影現場の事例を挙げつつ、今回の『夫婦別姓刑事』で起きたトランブルについての私見を語った。
「(アメリカでは)撮影が始まる2週間前に(ハラスメントに関するガイドラインの)ミーティングをやるんですよ。ただですよ、今回はボディタッチとかがあるだけで、ましてや夫婦役ですから、当てはまらないくらい常識内のことなので、ガイドラインにも入らない」
――そう、ドラマはお芝居である。作りものだ。ただ、僕らは作りものと分かっていても、時にドラマの世界に没入して、泣いたり、笑ったり、感動したりする。それは、一瞬一瞬の役者の演技がホンモノだから。そこに噓偽りはない。夫婦役なら、役者はその一瞬だけ、ホンモノの夫婦になる――それが芝居だ。デーブさんが言われたことはもっともで、夫婦役ならそれなりのスキンシップは当然。それすら事前に確認してくれと言われたら、佐藤二朗サンじゃなくても、大半の役者は戸惑うだろう。橋本愛サンには申し訳ないが、そんなの「芝居ファースト」以前の常識的な演技の話だ。
先のやりとりの後、佐藤サンは次第に心身のバランスを崩した。「役者を続けるべきではないと僕個人は思います」と橋本サンに発したコトバもその過程で生まれたもの。表現に言い過ぎたところがあったと本人も反省しているが、ごく当たり前の夫婦の芝居にも制限が付くなら、佐藤サンじゃなくても、誰しもそう言いたくなるのではないか。だが、結果的に、この発言がフジテレビの外部弁護士から「ハラスメント」と認定される。ただ、デーブさんはこれについても、先の番組で自身の思いを吐露した。
「外部の弁護士が来てですよ、演劇界、テレビ界をよくわかってるかどうかわかんないけど、認定する立場かどうか……」
そう、一般のビジネスシーンと違い、役者同士の言葉のニュアンスというものがある。下北沢あたりの居酒屋に行くと今でも見られるが、「君の芝居は間違っている!」とか「足を洗って定職に就いたほうがいい」とか、その種の役者論・演技論が夜ごと交わされる世界である。
おそらく佐藤サンも、そんなニュアンスで、つい口が滑ったのかもしれない。あと、誤解しちゃいけないのは、2人の間に権力勾配などは存在しないってこと。むしろ、端役として下積みの長かった佐藤サンに対して、橋本サンは若くして脚光を浴び、キャリア17年を数えるスター女優。何より本作はW主演である。役者が役者に対して、同じ目線で意見を述べる――そんな対等な関係だったと思いたい。
1つだけ確かなことがある。そんな風に収録中にいろいろ問題が発生しながらも、フジテレビはなんとかドラマを最終回まで漕ぎつけた。主演の2人も、共に心身にトラブルを抱えながらも完走した。そしてお茶の間は、それらのトラブルを一切知らされず、全11話を楽しんだ者も少なくなかった。本来なら、それで丸く収まった話である。
それを――わざわざ蒸し返して、虚実入り乱れたゴシップまみれの扇動報道で、結果的に2人の役者を傷つけた週刊文春が、一番罪が重いと思います。
爪あとを残した『テレ東音楽祭』
さて――最後に、直近で話題になった番組を1つ紹介して、この長い、長いコラムを終えたいと思う。先の6月末に生放送され、過去イチ面白いとSNSがバズった『テレ東音楽祭 2026夏』(テレビ東京系)である。オンエア中からバズり始め、放送後に本格的に沸騰した。中でも話題になったのが、懐かしのドラマ主題歌やCMソングを振り返るコーナー。ドラマ『スクール☆ウォーズ』(TBS系)の主題歌「ヒーロー」を麻倉未稀サンが歌う両脇で、キャストを演じた山下真司サンと松村雄基サンが真顔で立ちポーズをとったり、ドラマ『高校教師』(TBS系)の主題歌である森田童子の「ぼくたちの失敗」を、なぜか赤井英和サンがガナリ声で歌い上げたり(同ドラマのキャストの一人には違いないが、なぜ彼!?)、極めつけは、ポカリスエットのCMソング「突然」をFIELD OF VIEWが熱唱する中、CMに出演した中山エミリさんとダチョウ(!)がステージ袖から見守ったり――。
同音楽祭、視聴率こそ3.4%とテレ東の標準的な数値に留まるも、TVerの見逃し配信の再生回数は過去最高を更新したという。思うに、今回の同音楽祭のメインターゲットは、1980年代から90年代に青春時代を過ごした50代と60代だろう。元来、視聴率の区分は、50代以上は「M3(男性)」「F3(女性)」と、ひとくくりに高齢者のごとく扱われるが――50代と60代は、学生時代にキャンディーズや松田聖子らアイドルに熱狂し、80年代にMTVでマイケル・ジャクソンやマドンナに憧れ、90年代にはドラマ『東京ラブストーリー』や『ロングバケーション』にハマった世代。言わば“元祖テレビっ子”である。思えば、昨年末の『NHK紅白歌合戦』も“50代と60代”に照準を合わせ、前年から3ポイント近くも視聴率が上昇した。
結論――。昨今、何かと“テレビ離れ”が叫ばれる時代である。しかし、その一方、若者たちはTVerでテレビドラマやバラエティ番組に普通に接している。彼らにとってテレビとは、数多あるネット配信動画の1つに過ぎない。ゆえに、面白いドラマやバラエティは夢中になって見る。そう――若者たちは決して“テレビから離れて”いない。極めてフラットな目線でテレビに接しているだけである。
――となれば、これからのテレビ界の取るべき道が、自ずと見えてくる。そう、テレビとネットの垣根を取り払い、24時間――好きな時間にネットでテレビが見られるようにする。簡単に言えば、テレビ版のradiko――“テレコ”を作るのだ。そして、そんな新しいプラットフォームに相応しい、新たな課金モデルを構築する。現状の収入の6割を広告費に頼る脆弱なビジネスモデルを脱し、海外へも販路を開拓して――要はテレビ局を映像の総合商社にするのである。
1つアイデアを。課金モデルの1つに「自分テレビ」なるパーソナルサービスを提供したらどうだろう。ユーザーが「こんな番組を見たい」と入力すれば、AIがテレビ局の膨大なアーカイブの中から素材をピックアップして、編集し、ナレーションや音楽をつけて、自分だけの番組を作ってくれる――そんなサービスだ。例えば「松田聖子のデビューから結婚までの5年間の軌跡。歌とトークが半々。髪型やファッションの変遷も分かるように」と入力すると、プロのノウハウで、いい塩梅の30分番組に仕上げてくれる。これ、前述の“元祖テレビっ子”なら、1本1万円でも喜んで課金すると思います(笑)。
SF作家アーサー・C・クラークの代表作に、『幼年期の終り』なる名作がある。ある日、地球に来訪した宇宙船により人類が次なるステージ“オーバーマインド”へと進化を遂げ、やがて宇宙と一体となる話である。昨今、テレビ離れが叫ばれるテレビ界だが、見方を変えれば、次なるステージへの過渡期とも取れる。
テレビの幼年期が、終わろうとしている。





