ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
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40歳で撮れた“普通の幸せ”山下敦弘監督に聞く『リンダ リンダ リンダ』から最新作『オーバー・フェンス』まで

『リアリズムの宿』『リンダ リンダ リンダ』などで、2000年代前半に気鋭の若手監督として注目を浴びた山下敦弘監督も、この2016年の8月で、ついに40歳。
もともと、『天然コケッコー』『マイ・バック・ページ』『苦役列車』など、作品ごとに、異なった世界を見せてくれる山下監督だが、最新作では、また新境地を見せてくれた。

最新作『オーバー・フェンス』は、孤高の作家・佐藤泰志原作の函館三部作・最終章という位置づけで作られた作品。
熊切和嘉監督『海炭市叙景』、呉美保監督『そこのみにて光輝く』という評価の高い作品に続くということで注目度も高い。

オダギリジョー演じる白岩は、東京で働く会社員だったが、離婚をしたのち、故郷・函館に戻ってきて、今は職業訓練校に通う無職の身。そして、蒼井優演じる、鳥になりたいと願うホステス・聡と出会い……というストーリーだ。

音声ではこれまでの作品を、記事では最新作について直撃!

“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリー”では、満たされずに、青春をひきずる自分たちのためにあるような映画だと感じ、山下敦弘監督に会いに行くことに。まずは、音声パート・チェリーラジオでは、山下敦弘監督のこれまでの作品を振り返りながら、年令を重ねてくることによる作風の変化などについて伺った。

そしてさらに、この記事パートでは、『オーバー・フェンス』のキャストの話や、作品が投げかけてくれる “普通の幸せを普通に感じることの難しさ”“壊す人と壊される人”の話などについて聞いた。

主人公には自分が出たが映画自体では自分を抑えた

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――『オーバー・フェンス』の主人公の白岩は40歳という、現在の山下監督と同じ年齢です。

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「『オーバー・フェンス』の主人公にはすごく共感するというか、自分の視点がすごく映っているんですよね。出ちゃった、というほうが正しいかもしれません。社会へのズレ方とかね(笑)。自分と同い年の主人公という設定も大きかったと思います。一方で、映画自体は、函館三部作の最終章を引き受けるということで、自分の特技や癖のようなものを抑えられた感覚がありますね」

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――いい意味で、山下監督作品っぽくない印象を受けました。登場人物への目線も優しいというか、『松ヶ根乱射事件』と同じ監督とは思えないです(笑)。

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「確かに、『松ヶ根乱射事件』は突き放しすぎですよね(笑)。まあ、逆に言えばあの頃僕は29歳とかで、ああいうふうに突き放す体力があったんですよね」

視点の置き方で自分の変化に気づく

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――やっぱり年齢と共にご自身や、作品自体が変わっていく感覚はありますか?

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映画をつくっているときに、自分の視点をどこに置くかで、ふと自分の変化に気づくことはありますね」

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――たとえばどういうことでしょうか?

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「『リンダ リンダ リンダ』で描いているのは10代の高校生の話です。あのとき僕は28歳で、結構いい年なんですけど、まだ自分を高校生の延長くらいに思っていたんですよね。あの輪に入りたいな、くらいに(笑)。
でも、今は、中学生や高校生を描いても、さすがに自分が届かない世界のように感じますよね。例えば『もらとりあむタマ子』は大学を卒業した女の子の話でしたけど、やっぱりもう自分はそっちの目線ではないんですよね。むしろ、お父さんの目線でタマ子を見てしまう。
そういう視点の置き方の変化で、自分の変化に気づくことはありますね」

“現実からズレる”演出が好き

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――こうやって、過去の山下作品を思い出してくると、今回の『オーバー・フェンス』は、羽のシーンや動物のシーンなど、ファンタジーっぽい雰囲気があることも、これまでになかったことに感じます。

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「そうかもしれないですね。でも実は、ああいう、現実からすこしズレるっていう演出が好きなほうなんです。
『リンダ リンダ リンダ』では、急に夢のシーンが入ったり、『ばかのハコ船』では、空気が抜けたり。あとは『どんてん生活』のときも妄想でいきなりバットで殴ったり……。ああいった、大きな無茶ではないけど、少し飛躍をする感じが好きなんです。だから、今回も楽しくできましたね」

蒼井優には指示を出さず

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――山下監督作品の中での『オーバー・フェンス』の位置がなんとなくわかってきたところで、キャストの方についてのお話を伺えればと思います。作品自体が、山下監督作品のこれまでのものと違うというだけではなく、聡を演じた蒼井優さんの演技もまた、これまでの蒼井さんと違うように感じました。なにか特別な演出をされたんですか?

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「実は、あまり言わなかったんですよね。いや、もちろん一緒に考えた感じはありましたよ。でも、あえて指示は出さなかったんです。『聡はこういう女だから、こういう風にして』なんて、俺が言うのは嘘なんじゃないかと思って。蒼井さんのほうが、聡を知って、わかってたんじゃないかと思うんです。まあ、それはそれで蒼井さんは不安だったろうけどね」

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――でも結果的に、できあがった聡は素晴らしかったですね。

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「いやあ、もう本当に素晴らしいですよね。俺は一緒に考えたメンバーではあるけど、あの聡を作ったのは蒼井さんだからね。蒼井さんは本当にすごいですよ」

あえて省いた聡の過去

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――原作では聡が精神的におかしくなってしまった理由が描かれていましたが、映画では触れられませんよね。でも、蒼井さんの演技を見ていると、その背景の説明なんていらないくらいの説得力がありました。

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「ああいう神経症や精神病に関して、調べてもみたんですが、『こんな原因があって聡はこうなりました』って単純化してしまうのは、ちょっと違う気がしたんですよね。脚本の高田さんとも話し合って、きっと本人もなんで自分がこうなってしまったかなんてわからないよね、という話になりました。それに『私はこういう理由でおかしくなりました』っていう聡のセリフを入れたところで、聡が見えてくるものでもないな、と思ったんですよね」

映画にしたかった“ぶっ壊す側”と“ぶっ壊される側”の違い

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――そんな聡に、オダギリさん演じる白岩は「お前は自分がぶっ壊れてるって言ってたけど、俺はぶっ壊すほうだから、お前よりひどいよな」という素晴らしいセリフをいいます。

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「世の中にいたら、聡が壊しているキャラに見えるかもしれないけど、本当は逆で、実は白岩のほうが壊す側なんですよね。そしてぶっ壊される側の人のほうが繊細なんですよ。そして、壊す側の人間はデリカシーがなくて、鈍感。ちなみに俺は壊す側です(笑)。強いか弱いかという尺度で言えば、世の中では、ぶっ壊す側の人のほうが強い。でも、きっと人のことをわかっていない。
今回の話は、ぶっ壊す側の白岩という人間が、聡と出会って、ぶっ壊された側がどういう人間かわかっていくっていう話なんですよね。そこが自分としてはすごく映画にしたい部分だったんです」

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――ちなみに僕らもこの作品を見たあとに「僕、壊す側でした」「俺は壊される側」といった会話が巻き起こりました(笑)。

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「そうですね、だからこの映画を見て、まずは自分が、壊す側なのか、壊される側なのか気づくところから始めるといいのかもしれません。気づくと、ラクになれるし、特に壊す側の人は、ちょっと節度をわきまえられるかもしれない(笑)」

毎晩のロビーでの飲み会でできあがっていった関係性

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――蒼井さん以外で言えば、山下監督の『味園ユニバース』にも出られていた松澤匠さんも、2本続けて嫌な感じの男を好演されていました。

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「『味園ユニバース』のときは憎まれ役としてキャスティングしたところはあったんですよ。短い時間の中で腹立たしい男を演じてくれる人はいないかなと考えて、松澤くんが得意だと思ったんですよね。でも今回は、島という男の人格を、人間を演じてもらいたくてお願いしたんです」

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――そんな島を含んでいても、男性チームのチームワークはバッチリに見えました。街でみんなでナンパしようとするシーンなんか最高でした。

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「今回、合宿の形式で、スタッフもキャストも全員同じホテルだったんですよ。ロビーも狭いビジネスホテルだったんですけど、そこのホテルの人がすごくいい人で、ある時間帯を過ぎると、ロビーを解放してくれて、毎晩酒盛りが始まるんですよ。みんなで毎晩飲んでいると、やっぱりそこで関係性ができてくるんです。ちなみに、飲み会では、いつも鈴木常吉さんがいじられキャラでした。だから、あのナンパのシーンなんかは、まさにその飲み会の空気感が活かされていますね」

“みんなが集まる”シーンへの憧れ

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――そして、全員集合の野球大会のラストシーンにつながっていきます。

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大事な人たちが最後にみんな集まるっていうことに、昔からすごく憧れがあるんですよね。自分に引っ越しが多くて、一箇所にとどまるということがなく、友だちとたくさん別れてきたからかもしれません。
ちなみに『ホテル・ニューハンプシャー』っていう作品が好きなんですけど、あの作品も、人がたくさん死んだ後に、死んだ家族全員が集まるっていう幻想のようなシーンがあるんです。自分の作品を振り返っても『どんてん生活』は、最後は夢のシーンで、花見で終わります。『天然コケッコー』も、最後はみんなでグラウンドで炊き出しして終わりますね」

“普通のことが普通に幸せ”に感じられるように

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――その系譜に連なりながらも、今回のラストシーンは特に、日常に幸せを見いだせるようなラストでした。

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「天気が良くて、湿度もちょうど良くて、周りに仲間がいて、野球をやっている。それだけのことが、幸せに感じられるラストにしたい、という話は脚本の高田さんとしていました。普通のことが、普通に幸せに感じられる人になれたらいいな、っていう俺自身の希望もこめて(笑)。それでも、ちょっとつらいのは、こういう明るく前向きで終わる話を書いた佐藤泰志は、これを書いたあとに結局自殺しちゃうってことなんですけどね。
そして、特に今は、当たり前のことを当たり前に感じることができない人が多い時代なんじゃないか、とも感じているんです。でも、そうはなってほしくない」

幸せな人を見るとモヤモヤする

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――山下監督自身は、既に幸せを感じにくい側にきている、ということなんですか?

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「たぶん、俺自身がズレてきちゃっていて、幸せな人を見ると、モヤモヤするんですよね(笑)。ないものねだりなのかもしれないけど、『どうやったらそういうふうになれるの?』なんて思っちゃう時点で、自分の屈折を感じるんです。だから、俺みたいな人には沁みる映画だと思う。健全な感情を持っている人たちにとっては『ふーん』で終わるような映画かもしれないけど、何かしら屈折したり、欠けていたりする人間には響く映画だと思います」

監督のおっしゃる通り、大人になってもまだまだ屈折が直らず、欠けている人間の集まりであるチェリー的には響きまくったラストシーン、そしてこの『オーバー・フェンス』という映画。40歳の山下監督から届けられた大人の青春映画になっている。

(取材・文:霜田明寛)

■関連リンク
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『オーバー・フェンス』
9月17日(土)、テアトル新宿ほか全国ロードショー

監督:山下敦弘 配給:東京テアトル+函館シネマアイリス(北海道地区)
出演:オダギリジョー、蒼井優、松田翔太、満島真之介ほか
(C)2016「オーバー・フェンス」製作委員会

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