――妻が死んだ。これっぽっちも泣けなかった。――
本木雅弘演じる小説家が、深津絵里演じる妻をバス事故で亡くしたあとの生活を描く『永い言い訳』が公開される。『夢売るふたり』から4年ぶり、震災後に企画がスタートした、初の西川美和監督作品となる。
師匠の影響や、小説と映画の創作の差を聞く
西川監督は1996年に就職活動の面接で是枝裕和監督に見いだされ、映画の業界へ。その後の是枝作品『ワンダフルライフ』から関わり、今も是枝さんを中心とした映像制作者集団『分福』で行動を共にしている、是枝監督の弟子のひとりでもある。
とはいえ、もちろん、2人は似た作品を作り続けてきたわけではない。むしろ、もうひとりの弟子である砂田麻美監督は、自分の父親にカメラを向けたドキュメンタリー『エンディングノート』で監督デビューしていることを考えると、西川作品と是枝作品には、いい意味での距離があったとも言える。
だが、今回の『永い言い訳』は、“子どもたちを撮る”“四季を追って撮る”という形式的な部分をはじめ、“残された人々”の話であるという点も含め、是枝監督作品との共通点を感じるところが。
そこで、このインタビューでは、「似てませんでしたよね」という話をつきつけるところから、今回の作品の輪郭が浮かび上がってこないかを試みた。
また、『永い言い訳』は、第28回山本周五郎賞候補、第153回直木賞候補にもなった西川さん自身の小説の映画化でもある。自分の小説を映画化することの豊かさや、2つの表現の差などについても聞いた。
(※本インタビューは、CS映画専門チャンネル・ムービープラスにて10月3日23:00~初OAされる、映画を愛する著名人が、思い入れのある映画を自由に語る人気番組『この映画が観たい』の『#37 〜西川美和のオールタイム・ベスト〜』収録後におこなわれました)
似ていないから、近くにいられる
――いきなり失礼な言い方かもしれませんが、前作『夢売るふたり』までの西川さんの作風は、是枝さんの作品とはまた少し違ったものですよね。
「そうですね、不思議に全く作風が似ていないんですよね。でも、だから近くにいられるんじゃないかなと思うんです。似ていないから、お互いの作品に対して冷静でいられるのかなと。あんまり似すぎてると近親憎悪も湧いてきたりもするのじゃないでしょうかね」
――と、おっしゃっていただいた後に言いづらいですが、今回の『永い言い訳』は、“子どもたちを撮る”“四季を追って撮る”という形式的な部分からかもしれませんが、確かな是枝監督の血を感じました。
「四季を追う、演技経験がほとんどない子どもを撮る、ということに関しては、やっぱり是枝さんがそれをやっているから、踏み出せる勇気を持てたんだと思います。ただ、師匠の名を汚すわけにはいかないという若干のプレッシャーもありました」
『誰も知らない』とは違う魅力の作品に
――子どもたちを撮ることが決まって、参考にされた作品などはありますか?
「是枝さんの『誰も知らない』を、スタッフみんなで見なおしました。もう、ぐうの音も出ないほど、素晴らしい映画でしたね。子どもたちが、それらしい台詞を語らないのに、きちんと物語が紡がれていって、観客もその物語に観察者としてずっと寄り添える。監督の演出も、今回『永い言い訳』でもお願いしているカメラマンの山崎裕さんの力も相まって、実に映画的奇跡の詰まった作品で、10年以上経っているのに、今見てもなお、きらきらとしています。『この作品に負けないように』というワケではないですが、違う魅力のある作品を自分も撮らないといけないと思いました」
――そして撮影に入ります。実際、現場で子どもたちを撮ってみてどうでしたか?
「それが全くと言っていいほどうまくいきませんでした。言うこと聞かないんですよ、あのコたちが(笑)。是枝さんは、子どもにプレッシャーを与えない空気感を作って、台本も渡さず、現場でコソッと耳打ちして演出されてると聞いていたんです。だから私もその通りやればなんとかなると思ってたんですけどね……。
子どもたちがうまく演技をできずに苦しんでいるのを見ると『もういいよ、やめよう』ってこっちも言いたくなるんです。でも、私は立場上『やめよう』と言うわけにはいかない。そうすると、私も傷つくんですよね」
師匠のようにやればうまくいく、わけではない
――その状況はどう打開していったんでしょうか?
「結局、師匠のやってるようにやればうまくいく、という考え自体が間違いだったんです。私と是枝さんはパーソナリティーも、描いている物語も違う。そして、子どもたちもひとりひとり違う。そう気づいて、是枝さんに比べると荒っぽかったとは思いますけど、私は私なりのやり方を見つけました。叱り飛ばしたりしながらね(笑)。そんなふうに、色んな混乱も含めて、非常に人間的な現場でした。子どもがいるという豊かさを経験できたことは本当によかったですね」
――是枝さんは、できあがった作品をご覧になって、何かおっしゃっていましたか?
「珍しくほめてくださいました(笑)。『子どもたちがとてもいい。よくあーちゃん(※)にあんなお芝居をつけられたね』と言ってもらえて、ちょっとホッとしましたね」
(編集部注:大宮灯。劇中に出てくる竹原ピストル演じる大宮陽一の娘の愛称)
カメラをつきつけても語ってもらえないことを、フィクションで描く
――ちなみに是枝監督は、『誰も知らない』『花よりもなほ』をはじめ、よく、“残された人たち”を描いています。今回の『永い言い訳』も、妻や母が死んで残された人たちの話です。
「『永い言い訳』は震災から大分時間を経た後に着想しました。2011年の3月11日の朝に、喧嘩をしたままになって別れた人もいると思うんですよね。
崩壊は、予期しないところに突然やって来るのだという実感を日本中の人が持ちました。そんな中ですべての家族や、すべての仲間たちが、良好な関係のまま別れたわけではないだろうなと。新聞の多くの報道やドキュメンタリーでは伝えられないところで、言葉に出来ない重たい後悔を抱える人もあるのじゃないかと想像したわけです。
それで、現実の人にカメラを向けても語られ得ないようなことを、フィクションという物語の中で書いてみようと思ったのが最初のキッカケだったんですね。もちろん、災害や事故に限らず、自分の中にも、誰かにぞんざいな言葉をかけたままになって縁が薄くなっていってしまったり、かければいいはずの言葉をかけずに誰かと別れてしまったこともありましたしね」
主人公の嫌な感じは自分がモデル
――その経緯を考えると、ステレオタイプではない、残された人たちが描かれていることにも納得です。特に“妻が死んでも泣けなかった”本木雅弘さん演じる幸夫の嫌な感じはすごかったです。
「幸夫の嫌な感じは、私自身が持っている嫌な感じを大いに参考にしています」
――えっ、そうなんですか?
「自分の嫌な部分にはすごく敏感なんです。『あんな風に言っているけど、内心はこうなんじゃないか』といった外面と内面の差を感じるのは、他人に対してよりも、自分自身に対してのほうが多いんです。今回の作品にも活かされていますが、例えば、誰かが亡くなって悲しいのに、トイレに行ったら自分の顔を見て無意識に髪型を整える。本当に悲しいのかどうかわからないよな……と、自分自身で感じたことが反映されています」
――ただ、作品としてみると、西川さんの中だけではなく、普遍性のある感情に感じます。
「自分の中の嫌なところは必ずしも特殊な個性ではなく、濃度の差はあれ、意外とみんなも持っているものなんだな、というのは、最近少しずつわかってきました。今回の脚本も私に近いと思って幸夫を書いたら、本木さんの奥様が『夫にそっくり!』とおっしゃっていたみたいで(笑)。
人間の暗いところや、愚かな面は、意外に誰もが抱えていたり、患っていたりするものなんだな、と感じます」
“小説だから書けるもの”と“映画ならではの豊かさ”
――最後に、映画ならではの表現について聞いていきたいと思います。今回の作品は、先に小説のかたちで書いて、それを映画化するというかたちでした。何か2つの創作の差や難しい部分はありましたか?
「映画の脚本は、撮影可能かどうかということを天秤にかけながらではないと書けないので、それに比べると、書きたいことを書いてみようと思える小説は自由ですよね。それに、小説は一人称でいくらでも胸の内を語れます。なので、幸夫が妻の夏子をどう思っているのか、その時点での夏子との距離感はどれくらいなのか、といったことを具体的に描きやすいんですよね。ただ、幸夫は妻の死後はそこからどうにかして目を背けようとしている男なので、現実的な台詞としては、夏子の“な”の字もなかなか発さず、映画ではその心理的距離感を表現するのが難しい。そうすると、場面場面で夏子の遺影をどのように使うか、ということなどを考えていくことになります」
――そう考えると、遺影、というか遺影になる夏子を演じる女優さんの存在感が重要になりますよね。
「ええ、なので、遺影だけで物語の中心軸にい続けられる人は誰だろう、と悩んだ結果、深津絵里さんにたどり着きました」
『永い言い訳』のベストショット
――その深津絵里さん演じる夏子が、バス事故で亡くなる直前の、顔のアップのカットが非常に印象に残っています。
「あのカットは、私、この作品で一番のベストショットだと思っています」
――そうなんですね!
「最初に、音もなくバスが上がって消えていく、という1枚の画が浮かんで、この作品を映画にしようと思ったんですよね」
――そして、生きている最後の夏子が見られるのがあのカット。トンネルを抜けた後に、目が覚めた夏子が、窓の外を見ます。
「そう、単に窓を見るだけなんです。でも、あの顔の中に、彼女が何を考えているのかを、きっと見た方は様々に想像しますよね。それが、映画の豊かさであり、言葉に頼らないものの強みだと思うんです。もうひとつ、夏子が夏の海に幻影のように出てくるシーンもそうなのですが、何を感じるかは様々でいい。私が観客に委ねている部分です。観客がより想像力をふくらませ、自分の人生に引き寄せて見ることができる自由さっていうのが、小説とはちょっと違う、映画の豊かさだと思うんです」
(取材・文:霜田明寛 写真:浅野まき)
10月14日(金)全国ロードショー
(C)2016「永い言い訳」製作委員会配給: アスミック・エース
出演:本木雅弘/竹原ピストル 藤田健心 白鳥玉季 堀内敬子/池松壮亮 黒木華 山田真歩/深津絵里
原作・脚本・監督: 西川美和
この映画が観たい#37 〜西川美和のオールタイム・ベスト〜西川監督が選んだのは『クレイマー・クレイマー』『旅立ちの時』『オースティン・パワーズ』『オアシス』『スポットライト』の5本。放送ではこれらの作品について語り、「西川さんにとって映画とは……?」という大きな質問にも答えます。【本編時間】30分
【放送日時】10月03日 23:00~
10月08日 07:45~
10月14日 18:30~
10月18日 11:00~
10月25日 18:00~
CS映画専門チャンネル・ムービープラスで放送!