10月29日、また2016年の邦画に新たな傑作が!
邦画の当たり年といわれる2016年。だが、10月も末になり、また新たな傑作が、大きな感動と、賞レースへの波乱を呼び起こすことになりそうだ。
作品は『湯を沸かすほどの熱い愛』。癌宣告を受けた母が残される家族のために奮闘し……
と書くと、ありきたりな物語のようだがそうではない。どんないびつな形であれ、家族の中で生きたことがある人なら、いや誰かに“熱い愛”を注がれたことのある人なら、心を揺さぶられる作品になっている。
出演陣は、宮沢りえ、杉咲花、オダギリジョー、松坂桃李……とならぶ豪華キャスト。だが、監督は(これまでのインディーズ作品が海外で評価は高かったものの)今回が商業デビュー作品となる中野量太監督だ。
こんなに完璧な作品を、デビュー作で……?しかも、宮沢りえが主演で?
2016年の当たり年の邦画を追い続けてきた“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリー”としては、話を聞かないわけにはいかない、ということで、中野量太監督と、杉咲花さんに連続でインタビュー。
監督には前半にキャストの話を、そして後半には、物語の主軸となっている①銭湯を舞台に②家族の③死を描くという3つの点について、監督の根底にある感情や体験を聞いた。
――商業デビュー作で、宮沢りえさんが主演。これはすごいことですよ!どうやってOKをもらったんですか?
「普通に脚本を送って、オファーを出したんです。そうしたら、すぐ読んでくれて『やりたい』という方向のお返事が来ました」
――確かに、大女優・宮沢りえさんの心も動くであろう素晴らしい脚本でした。
「ありがとうございます。ただ、もちろん宮沢さん側からしたら『こいつ誰だ?』と思われていたとは思うんですよね。それで『やりたいけれども、一度監督に会わせてください』と言われたので、すぐに会いました」
初対面の宮沢りえが確かめたかったこと
――実際会われてみてどうでしたか?
「『監督、同い年ね。Wikipediaで調べたよ』って言われまして(笑)。それで『この主人公は聖母のようなイメージ?』と聞かれました。僕は、聖母みたいにはしたくなかったんですよね。それをお伝えしたら『よかった。聖母のような特別な主人公だったら、普通の母親が家族を思う話にならないから。そこだけ確かめたかったの』と言われ、快諾していただきました」
オダギリジョーに三枚目をやらせたかった
――確かに、聖母じゃない普通の母親だからこそ、他者への怒りや嫉妬もしますし(笑)、深い愛はあるけれども、人間味のあるキャラクターになっていましたよね。そして、宮沢さん以外も、オダギリジョーさんに松坂桃李さんと豪華キャストです。
「もちろん、最初に宮沢さんがOKをくださったのが大きいのですが、プロデューサーも僕も、こんなふうになるとは脚本だけのときは思っていませんでしたね。オダギリジョーさんに関しては、三枚目の線が面白い人だという確信があったので、お願いしたんです。ただ結構難しい役だったと思うんですよね」
――一歩間違えば、相当ヒドい男ですもんね(笑)。
「ええ、少し間違えると、どうしようもない奴、嫌な奴になってしまう。でも憎めないというのは、やっぱりオダギリさんの力だと思います」
松坂桃李が出してくれた“寂しさ”
――そして松坂桃李さんも、またいつもとは違う魅力を見せてくれています。非常に印象的で、重要な役ですが、主役級ではないですよね。
「この大きさの役を桃李くんがやってくれるんだ、というのは驚きでした。でも理由は、脚本を気に入ってくださったからとのことで、ありがたかったですね。初めて会って喋ったときに、役と同じく、寂しさを抱えた感じが自分にもあると言っていったので、そこを使ってもらうようにしました」
宮沢りえ&杉咲花は、毎日メールでやり取り
――こうして集まったキャストたち。本当の家族のように見えるのがすごいですよね。
「宮沢りえさんと、杉咲花さんには、撮影の前にコミュニケーションをとってもらいました。一緒にお風呂掃除をしてもらったり、毎日メールをしてもらったりして、その日の出来事を報告しあってもらいました」
――メールまで!
「もちろん、2人は上手いから、当日に初めて会って『親子をやってください』と言っても、できてしまうとは思うんです。でも、こういった親子に近づける作業をしてきてもらうと、絶対に違うんです。見ていると、ふとしたところで『あ、親子だなあ』って思える。そういうところに僕らは胸がキュンとなるので、“映像には映らないそんな空気感を撮ってやろう”とは思っています」
唯一無二の人物をつくれば、セリフも出てくる
――そんな準備段階があったのですね。2人以外も、特殊な設定の家族にも関わらず、本当にいるように感じられました。
「僕は、唯一無二の人物をつくるところから始めるんです。逆に、よくある構成の家族でも、その家族のひとりひとりが嘘っぽかったらついていけないですよね。この人はどういう人物で、どんな個性をもって……ということを考えて、人物として描いてあげれば、それは完全に存在するんです。そうして先にキャラクターがあれば、台詞も“その人から自然に出る言葉”を目指してつくれますよね」
「僕より役に詳しくなって」
――脚本の段階で、そこまでキャラクターを作り上げて……監督も兼ねられているわけですが、現場ではどんな演出をするのでしょうか?
「脚本に演出として書いてある部分以外は、現場ではできるだけ役者さんに任せています。ハッキリ言ってしまえば、僕がキャラクターを作っているので、キャラクターに関しては僕が一番詳しいわけですよね。でも、そんな状態で芝居を見ても面白くない。新しいものを見たいですよね。だから役者さんには『僕よりも役に詳しくなってくれ』と言うんです」
監督も衝撃の芝居のシーンは……
――もちろん、皆さん監督の想像を超えてきたとは思うのですが、特に印象に残っているお芝居はありますか?
「ええ、みんな超えてくれましたが、びっくりしたのは、物語の中盤、宮沢りえさんと杉咲花さん演じる母娘が、港の車の中で対峙するシーンです。2人のお芝居が呼応しあって、僕の考えていた以上のものが撮れました。お芝居って、絶対に、ひとりでするものじゃないんです。あのシーンは2人がちゃんと呼応しあってくれて、いいものが撮れました」
銭湯は人のつながりを描くのにピッタリの場所
――さて、キャストのお話が聞けたところで、ここからの後半はこの作品のモチーフとなっている①銭湯を舞台に②家族の③死を描くという3つの点についてお話を伺えればと思います。まずは、銭湯を舞台にしたのはなぜなのでしょうか?
「昔から銭湯には行っていたんですが、銭湯って現代ではとても不思議な空間だと思うんですよね。他人同士が裸になって、ひとつの湯船に入って、喋る。あそこに人間の営みの根本のようなものがある気がしていて、僕がやろうとしている人のつながりを描くのにぴったりの場所だなと思ったんです」
――ちなみに、どこか具体的にイメージされた銭湯はあるんですか?
「近所のよく行く銭湯をイメージしながら脚本を書いていたんですけど、そこにオファーをしたら『昔、撮影に使ってえらい目にあったからイヤだ』と断られまして(笑)。結果、外観と内観は別で二つの銭湯を使っているんですけど、イメージに近いものが撮れました」
映画を撮る根底にある“家族”
――そして、監督は今回が商業デビュー作ですが、以前から一貫して家族の話を撮り続けていらっしゃいます。
「『家族ってなんだろう?』というのが僕の中にずっとあるんですよね。映画を撮りたい根底に、そういう家族の温かさやつながりを描きたいというのがあるんだと思います。もちろん、100人いれば100通りの家族があって、決まった形というのはないと思っています。実は僕自身、父親がいない家庭で育ったんですね。でも1回も『家族が嫌だ』とか『父親がいなくて嫌だな』と思ったことがないんです。むしろ『やっぱり何があっても、家族は裏切らないんだな』と感じられるような家庭で育ちました」
――監督が描く家族には、ご自身の体験が根底にあるんですね。
「そういうふうに、ちゃんと育ててもらったので、どんな家庭環境だって、普通に幸せに生きていけると思っているんです。ちょっと父親がいなかったり、誰かが亡くなったりして、バランスの悪い家族でも、助け合ってちゃんとやれば生きていけるよ、ってことを表現したいので、こんな映画ばかり撮ってるんじゃないですかね」
描きたいのは死そのものではなく“遺された人間がどう生きるか”
――そして、今おっしゃったように、監督は家族だけでなく、死も描きますよね。
「確かに、自主映画時代から死を描いているんですが、実は『死を描きたい』わけではないんです。僕自身、家族に死は多かったんですよね。だからこそ『遺された人間がどう生きるか』が、今回も、これまでも僕の映画のテーマになっているんです」
――『遺された人間がどう生きるか』ですか。
「生と死は、本当は逆じゃなくて真横なんです。生きることを描くためには、横にある死を描かなきゃいけないんです」
生と死は隣り合わせ
――例えば具体的なシーンでいうと、宮沢りえさん演じる主人公の双葉が、オダギリジョーさん演じる夫に、余命を告げるシーンなどでしょうか? 『私、あと2,3ヶ月しか生きられないんだって』と言ったあとに、すぐに、作りかけのカレーの玉ねぎのダメ出しをするあたりは、日常と死の隣接を感じました。
「まさに、あそこはこだわったシーンなんです。死を告げに来たけど、夫が作っているカレーが気になってしょうがない、という双葉さんらしさ。死ぬのを告白しながら、生きるための食の話をする。まさに生と死が逆じゃなくて、隣り合わせになっているんです」
――死の宣告という普通ではないことが、自然に日常の中に取り込まれていて忘れられないシーンになりました。
「もちろん、みんないつ死ぬかわからないし、死は描きます。でも、根本的に何がやりたいかといえば、生を描くというのが、今回の映画でも、これまでも、自分が目指してきた映画のかたちなんです。生きることを描くために、真横にある死を描いているんですよね。見終わったあとに、遺された家族たちの生を感じてくれたら嬉しいです」
(取材・文:霜田明寛 写真:浅野まき)
10月29日(土)新宿バルト9ほか全国ロードショー
キャスト:宮沢りえ、杉咲花、篠原ゆき子、駿河太郎、伊東蒼/松坂桃李/オダギリジョー
脚本・監督:中野量太
配給:クロックワークス
©2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会