本記事は、“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリー”編集長・霜田明寛による12月17日(土)公開のスウェーデン映画『幸せなひとりぼっち』の紹介コラムです。
街の中で、ときどきこんな人達を見かける。
突然、電車で喚き散らす人。夜、誰もいない公園でひとり、ひたすら文句を言い続けている人。
最近、ネットで話題になった人の例をあげれば、“性の悦びおじさん”のような人だ。(※)
雑な言葉を使えば、ヤバい人、なのだが、そういう人たちを見るたびに怖くなる。
今の彼ら自身を怖がっているのではない。
彼らをそうしてしまった背景が、怖いのである。
当然のことながら、ヤバい人は、ヤバい人として生まれてきたわけではない。
普通の子どもとして、この世に生を与えられて成長する。
どこかで、彼らをヤバい人にする何か、があったはずなのだ。
(※性の悦びおじさん:2016年夏、京王井の頭線の車内で、『性の悦びを知りやがって!』と独白をしている様子が動画としてアップされる。動画が拡散され、たちまち人気者に)
“ヤバい人ができあがるまで”を描く映画
スウェーデンで160万人という史上3番目の観客動員数を記録した映画『幸せなひとりぼっち』。
この映画の主人公・オーヴェはヤバい人だ。
店では店員に筋の通らないイチャモンをつけ、近隣の住人にも執拗な注意をする。
映画なので、この頑固なヤバいオジサンが、周囲と関わり、変わっていく様を描いていくありがちなストーリーなのだろう、と予想していた。
もちろん、基本はそのかたちをとってはいる物語ではある。
だが、この映画は、このオーヴェというヤバイ人が、いかにしてヤバイ人になっていったのか、を描く。
少年時代から青年時代を経て、59歳になるまでの、過去の描写に多くの時間を割いていく。
そう、ヤバイ人ができるには理由があるのだ。
運命とは人の愚行の積み重ね
劇中にこんなセリフが出てくる。
“運命とは人の愚行の積み重ね”だ、と。
自分の愚行の積み重ね、ならまだ納得ができる。
だが、オーヴェの場合は、他者に愚行を重ねられていく。
そしてそれは、ときに役所や福祉施設の職員のような、一瞬“正義ぶった人たち”によるものだ。
他人の悪意は、少しづつ、オーヴェの中に降り積もっていき、じわじわと、中から彼を変えていく。
“ヤバい人”になっていった過程を知ることで、物語の冒頭で彼に抱いた嫌悪感は徐々に薄まっていく。
そしてもちろん、この映画では彼の人生の中での、愛する人とめぐり逢って心が通じていくという、代えがたい悦びの瞬間も描写される。
他者の悪意と善意
気持ちいいだけの話ではない。
オーヴェが“白シャツ”と揶揄する、善意と悪意のバランスが崩れた登場人物には、心を踏みにじられる思いもする。
そうして、実際に人生を踏みにじられる側は、自分の中に他者の悪意が降り積もっていくことに耐えて、生きていかなければならない。
だが、116分の物語を見終えたときに、こう思う。
他人の悪意が積もって、人がヤバくなっていくなら、
他人の善意を降り積もらせることで、人をまともにすることもできるはずだ、と。
(文:霜田明寛)
【関連情報】
映画『幸せなひとりぼっち』
公式ホームページ
◆監督・脚本:ハンネス・ホルム
◆出演:ロルフ・ラスゴード
◆原作:フレドリック・バックマン 訳:坂本あおい(ハヤカワ書房刊)
◆2015年/スウェーデン/原題:EN MAN SOM HETER OVE /5.1ch/116分/シネスコ/
◆日本語字幕:柏野文映 後援:スウェーデン大使館
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◆配給・宣伝:アンプラグド:03-6408-0625