死刑囚が告白した未解決事件を追う記者の手記を実写化した『凶悪』、日本警察史上最大の不祥事と呼ばれる稲葉事件を映画化した『日本で一番悪い奴ら』――。
実際に起きた犯罪をモチーフにした映画を得意とし、近年、注目度を高めている白石和彌監督。
若松孝二監督の弟子でもある白石監督の作品は、かつての日本映画のように、社会の暗部に生きる人間をタブー視せず、ありのままに描くのが特徴だ。
さて、“かつての日本映画の象徴の一つ”でもある日活ロマンポルノが、2016年に45周年を迎えるにあたり、今をときめく5人の監督によって、28年ぶりに新作が撮り下ろされることとなった。
白石監督は「10分に1度の絡み」のルールを活かすため、3人の風俗嬢を主人公に据え、現代を切り取るロマンポルノ『牝猫たち』を製作。
行定勲監督、塩田明彦監督と、ロマンポルノリブートプロジェクトの監督×主演女優対談を企画し続けてきたチェリー編集部が、今回は白石和彌監督と、主演女優、井端珠里さんをそれぞれインタビュー。
今回、白石監督には、「3人の風俗嬢を主人公にロマンポルノを撮ることとなった背景」「ロマンポルノにはじめて挑んだキャストたちの話」「白石監督とロマンポルノの出会い、映画作りに受けた影響」などを中心にお話を伺った。
貧困に陥っている“現代の風俗嬢”を描きたかった
――『牝猫たち』ではメインの3人の女性キャラクター、井端珠里さんにネットカフェ難民、真上さつきさんに幼児虐待、美知枝さんに不妊……と社会問題をそれぞれ投影して描かれていましたね。
「今、ロマンポルノを撮る以上は、“現代の社会”を撮っていかなくてはいけないと思ったんです。ここ数年、風俗産業に関わる女性が、貧困に陥っている問題を本やテレビでよく見かけていたんですよね。
昔は風俗で働いていたら、月何十万も稼いでいるイメージだったのに、いつの間にか“風俗嬢になれない女性”や“風俗で働いても儲からない女性”が生まれていました。
働けば働くほど苦しくなっていってしまう、風俗嬢を取り巻くいまの環境に興味があったんです」
――実際に風俗嬢の方へ取材されたのですか?
「女性の友だちから紹介してもらって、何人かに話を聞きました。彼女たちには後ろめたいことやっているという意識はなく、“生きていくためにする、普通の仕事”と捉えている方が多かったですね」
――悲壮感があまりない劇中の風俗嬢の描写はリアルだったんですね。
妻に先立たれた孤独な老人の話など、“風俗嬢の貧困”以外に扱われている題材も『日本で一番悪い奴ら』など白石監督が規模の大きい作品の中で扱ってきた社会問題とは毛色が違う気もしました。
「僕の場合、すぐ人が殺された事件とかになっちゃいますからね(笑)。
社会全体では大きな問題であるけど、なかなか映画としては取り上げづらい事象をこの機会にチャンスだと思って撮りました。
最近も、ベビーシッターに預けた子どもが亡くなった事件もありましたよね。
僕は映画で、『現実を引っくり返すことができる』と思いながら、この作品を撮りました」
ロマンポルノを映画として観ていた高校時代
――『牝猫たち』を拝見して、白石監督の作風とロマンポルノの親和性の高さを感じました。
ロマンポルノ全盛期の1974年に生まれた白石監督ですが、ロマンポルノとの出合いを教えてください。
「初めてロマンポルノを観た時は、同時期にアダルトビデオも出回っていたので、ロマンポルノを観、エロいとは思いませんでした。ロマンポルノはあくまで映画として面白いと思って観ていたんです」
――確かにこれはエロい目線では見れない……と思うほど作家性の強い作品も多いですよね。アダルトビデオという文化が広まってから育った、というのも他の監督との違いかもしれません。ロマンポルノを撮ること自体には、興味はお持ちだったのですか?
「今回のロマンポルノリブートプロジェクトの前、2010年に「ロマンポルノRETURNS」と称して『後ろから前から』『団地妻 昼下りの情事』がリメイクされました。
その2作品を観て、もし継続してロマンポルノをやるなら僕も企画書を出したいと思っていたんです。
今回、新たにロマンポルノを仕切り直すと聞いた時、チャンスだと思いましたね」
“ポルノ”より“ロマン”を重視
――白石監督の中高生だった時代より、さらにアダルトビデオをはじめエロい映像作品が多様になってきた現代ですが、ロマンポルノの役割についてはどのように意識されましたか?
「昔と今で大きく違うのは、インターネットに鍵さえかけていなければ、誰でもどぎついエロ動画を観られることです。
今の子たちがそれを観て、ロマンを感じるとは思えません。
ロマンポルノ全盛期に活躍した脚本家の荒井晴彦さん曰く、昔のロマンポルノはとにかく“エロ”を第一に求められていたそうです。
しかし、今回は日活からも、プロデューサーからも『エロいものを撮ってください!』というプレッシャーが全くなかったんですよ。
出演してもらった女優さんは綺麗に、エロく撮ろうとは考えていましたが、今回はあくまで“ポルノ”よりは“ロマン”のほうを重視しようと思いました」
――たしかに、もちろんポルノではあるものの、全編にロマンが色濃く漂っていた気がします。では、実際にロマンポルノを撮られてみて、苦労したことはありましたか?
「一番苦労したのは低予算から生じる日数の問題です。
あとは映画といっても、ポルノという単語を聞くと場所を貸してくれないことが多くて困りましたね。昔からロマンポルノやピンク映画は、メジャーな映画に比べるとマイナーなので、その立場はわきまえて作ろうと、自分に言い聞かせて撮りました」
――「綾野剛が出演している」と言えば貸してくれたような場所も、借りるのは難しそうですね(笑)。
「『日本で一番悪い奴ら』も結局は覚せい剤中毒になっていく刑事の話なので、なかなか難しかったです。結局、いつも嫌われているんですよね(笑)」
井端珠里との出会いには特別な物語がある
――主演の井端さんとの出会いは、白石監督が助監督をされた若松孝二監督作『17歳の風景 少年は何を見たか』に彼女が出演されたのがきっかけだったそうですね。
「井端さんは“在日韓国人のおばあちゃんの少女時代”という役でした。出番はワンカットだったのですが、すごく印象に残っていたんです。
時々『あの子どうしてるかな』と思い出すことがありました。足立正生監督の新作『断食芸人』に出演しているのを見かけて……。
今でも一生懸命頑張って女優をしていることを知ったんです。
若松さんを通じて関係が生まれた子なので、特別な物語を感じていましたし、再会したときに『ロマンポルノやりたい』と言ってくれたので、オーディションの末、彼女に決めました」
真上さつきの“ぶっ飛んだ”魅力
――たしかに、若松作品に出ていたという背景には運命を感じますね。続いて、他の二人の女優さんについても聞かせてください。三人の中で唯一子どもがいる風俗嬢・結依を演じた真上さつきさんはどういう経緯で選ばれたのでしょうか?
「真上さつきさんとはオーディションで会いました。はじめて会った時、彼女がいきなり『脱ぎます!』と宣言して、その場で脱ぎ始めたんです。スタッフたちが彼女の行動をみて、慌ててカーテンを閉めましたよ(笑)。そんなぶっ飛んだ人柄に、結依という役が合う気がしたんです」
――撮影現場でも真上さんの“ぶっ飛んだ”エピソードはありますか?
「真上さつきさんの相手役を演じたとろサーモンの村田さんと出会う、最初のラブホテルのシーンは、面白かったですね。
リハーサルだから本当にキスをしなくていいのに、さつきさんがキスをし始めちゃって、村田さんが『なんや、こいつ!監督!えー?』って叫んでいました(笑)。
こっちは『負けないでやってください』とだけ返しましたけど(笑)。
そういうエキセントリックなところが、さつきさんの魅力ですね」
『牝猫たち』は当時と同じオールアフレコで撮られた
―― 一方で、彼女が子どもを虐待してしまうシーンには思わず目を覆いたくなるような緊張感がありました。真上さん演じる結依の子どもが唯一の子役だと思うのですが、どのように演技指導をされたのか教えてください。
「あの子役の男の子は、本当はすごく快活でいい子なんですよ。
この現場はオールアフレコでやったんで、僕が本番中、子どもにずっと話かけて誘導していました。
子どもは、キョロキョロいろんな場所を見てしまうものです。でも僕やスタッフが『ずっとお兄ちゃん見てて! はい! 次はテレビの方を見るよー』と指示をしていたのでスムーズに進行しましたね」
――この作品は、オールアフレコだったのですね。
「昔のロマンポルノはオールアフレコなので『牝猫たち』もオールアフレコにしました。
なかなかできる手法ではないので、1回やってみたかったんです。
今回のロマンポルノリブートプロジェクトでもオールアフレコで撮ったのは僕だけだと思いますよ」
「二度とロマンポルノに子役は出したくない」
――撮影前のお話となってしまうのですが、ロマンポルノということもあって、子役のキャスティングは大変だったのではないでしょうか?
「キャスティングには苦労しましたね……。もう、ロマンポルノに子どもは二度と出したくない……大変でした」
――どのあたりが大変だったんでしょう?
「事務所も親もNGを出すんですよ。映画作品であるにも関わらず、ポルノと聞いた時点で門前払いされたこともあります。親は事務所にレッスン料としてお金を払っているので、親の側が『金を出してポルノに出演させられるのか』と怒るわけです。ここ、ぜひ書いといてください(笑)」
――承知しました(笑)。
「本当は兄弟2人の設定だったんで、実際に兄弟の役者さんを見つけてきたんですよ。ただ片方の子が撮影の直前になってインフルエンザになってしまい、1人の設定にして、脚本を直したんです」
今回のロマンポルノは日活唯一の怪獣ガッパも登場
――そんな苦労があったんですね。そして、子役の彼が手に持っていた人形も重要な役割を果たしていたように思えます。
「あの人形は日活の怪獣映画『大巨獣ガッパ』に出てくるガッパです。
子どもに何か持たせたいと思い、2016年は『シン・ゴジラ』も公開したし、『ゴジラ持たせていい?』と日活に聞いたら『それは絶対にやめてください。実は日活にも怪獣がいまして……』と言われて、ガッパを持たせることになりました」
――ほっこりするお話をありがとうございます。ロマンポルノリブートプロジェクトだけあって、細部に至る日活愛は映画ファンにとってはたまらないですね。
続いて、老人の常連さんを持つ、不妊をきっかけに風俗嬢になった里枝を演じた、美知枝さんを選んだきっかけも聞かせてください。
「メインの3人が同じ世代より、年齢層を変えて、それぞれの抱えているものを際立たせた方がいいと思い、里枝という役を作りました。
美知枝さんはオーディションから芝居が上手で、1発で里枝役に決まりましたね」
女優二人「緊縛シーンは二度とやりたくない」
――メインの女優さんのお話が出揃ったので、今回の注目シーンのひとつである“SMバーでの緊縛シーン”についてお伺いしようと思います。そもそも、なぜ緊縛シーンを撮ろうと思われたのですか?
「僕は5人の監督の中で、撮影が1番最後だったので、他の監督がやってないネタを撮ろうと思ったんです。
日活の方に聞いたら『緊縛モノがないです』と言われたので、最初撮ろうと考えていたライブハウスのシーンを変えて、SMクラブで緊縛されるシーンを撮ることにしました」
――井端さんも美知枝さんも、撮影ではかなり長い時間吊るされていましたよね……。
「ひと通りの縛られ方を撮ろうと思い、二人に『気持ちよくなれば身体をよじればいいし、痛かったら痛みを露わにする芝居をしてね』と言って撮影をはじめたんです。
縛られている間、二人とも官能的な表情をしていたので、後で本人に『緊縛は気持ちよかったの?』と聞いたら『いやもう、二度とやりたくないです』『あんな痛い思いをしたのは初めてです』と返されました(笑)」
吉村界人と再会したら期待通り“変な俳優”として成長してた
――今回、女優陣も素晴らしかったのですが、吉村界人さん演じる下世話な風俗店従業員も印象に残っています。
「界人さんとは2年くらい前に他の作品のオーディションで会いました。彼は松田優作さんの事務所に所属しているんです。この“オフィス作”の若手は、ただのイケメンじゃなくて、いい意味でおかしな奴ばかりなんですよ。
今回は『吉村界人がどんな俳優になっているか知りたい』とも思い、久しぶりに会いました。
2年ぶりの彼は、やっぱり変で、爆発力があって、裏切らない成長の仕方をしていましたね」
――風俗嬢の方を送迎中の会話で「グフッ」とイケメンらしからぬ笑いを発していたのが印象的でした。あの演技は彼自身の発想なんですか?
「多少は僕から演出をしていますが、基本的に自分から個性的な芝居をする方です。
今回の現場を通して、彼からは普通の俳優には持ってないエネルギーを感じましたね。
何かを表現したいのだけど、本人もまだコントロールできてない、そんなふつふつとした感情だと思います。
界人さんのような欲望やエネルギーを持っている役者は、ギラギラしている分、どこまででも伸びますよ。そういう役者とは常に仕事をしていきたいですね」
新宿や渋谷より、いまは池袋が面白い
――吉村界人さんが運転するシーンも含め、時折差し込まれる“滲んだネオンの映像”がとても綺麗でした。今回、夜の街を描くにあたり池袋を選んだのはなぜですか?
「僕が北海道から上京してきた時、所沢に住んでいたので、池袋をターミナル駅としてよく利用していたんです。友達とも池袋でよく遊んでいて、思い出深かったので、池袋に決めました。
いま、池袋は新宿とか渋谷よりも面白いですよ。歌舞伎町ですら最近は怪しい雰囲気がなくなってきたけど、池袋にはまだありますしね」
――たしかに、池袋には近寄りがたい“本気の怪しさ”を感じます(笑)。一方、夜の街の光が印象的に映っていましたよね。お陰で池袋という街の美しさに気がつくことができました。
「池袋は淫靡な街なんですが、この街で働き、生活する人々を包んでくれるのは、綺麗な光がふさわしいのではないかと考え、こだわりましたね。
カメラマンともたくさん話し合った結果、印象的な光を作れたと思います」
田中登作品から学んだ“映画でしか表現できないこと”
――『牝猫たち』で3人の風俗嬢がカフェでご飯を食べているシーンは、田中登監督の『牝猫たちの夜』でトルコ娘三人組がモーニングを食べるシーンを思い出しました。
「『牝猫たちの夜』は好きな映画ですね。最初にロマンポルノの話を貰った時に、時代性を投影するのだったら、やっぱり現代の風俗嬢が3人出てくる『牝猫たちの夜』の現代版にしたら面白いんじゃないかと直感的に思ったんです。
『牝猫たちの夜』で主演を務めた吉澤健さんに、『牝猫たち』でも、おじいさんの風俗客役として吉澤さんに出てもらいました。あと『牝猫たちの夜』で舞台となったお店の名前が『トルコ風呂 極楽』という名前なので、今回は『極楽』を文字って『極楽 若奥様』という店名にしました」
――ロマンポルノリブートプロジェクトの発表記者会見で白石監督は「田中登作品から映画を学んだ」とおっしゃっていましたが、主に影響を受けたと思う要素を教えてください。
「“映画だからこそできる表現”へのこだわりを田中登監督作品には感じるんですよね。
言葉にするのは難しいのですが、それは台詞や芝居だけでそれを強烈に説明しようとするでもなく、トータルで伝わってくる表現です。
そこには、漫画でも音楽でも小説でも伝わらない表現が多くあります。
僕の『ロストパラダイス・イン・トーキョー』という初めての監督作も田中監督の『(秘)色情めす市場』へオマージュを捧げている作品でした」
タブーを“普通に”映す
――大阪・西成で娼婦として働く女性を主人公にした『(秘)色情めす市場』は最近でも再上映が行われるなど、多く観られているロマンポルノ作品ですよね。
「先日、次回作のために大阪でロケハンした際に、全然関係ないのに、製作部にお願いして『(秘)色情めす市場』の舞台である西成を回ってもらいました。今の西成には柵が立っていて、昔の名残はないけれど、未だに通天閣を見ると『(秘)色情めす市場』のラストを思い出します」
――通天閣を見ると、主人公と障害を抱えた弟も思い出しますね。
「障害のある人の性や衝動を、タブーとして捉えずに、ありのままに映すことができるところも映画のいいところだと思います。
タブーといえば障害者の問題だけでなく、最近では不祥事が起きると映画の上映が中止になったり、延期になったりしますよね。
でも、テレビと違って映画は、わざわざ観客がお金を払って観にくるのに、そのようなことをする必要なんてないと思います。撮影現場にある情熱は尊いものだと思います」
“笑えるセックスシーン”に隠された女性へのエール
――本作の一番最後に出てきたセックスシーンも、田中監督が撮ったコメディ作品のような軽快なBGMが印象に残っています。
「軽快な音楽を依頼して、映像と合わせたら『こんなロマンポルノ昔あったよね~』と思い出すような雰囲気になりました。
最後のセックスシーンの時、あの二人は、行き場もないし、かなり苦しい状況なんですよね。
でも人間ってしんどい時でも、その都度楽しいことを探しながら生きていると思うんです。
今、シリアが空爆されて、ヨーロッパに難民が流れていますが、シリアの人がみんな暗い顔して生きているわけではないと思うんです。
空爆がない日はみんな笑って暮らしているんだと思います。日本も含め、しんどい時代ですが、女性をはじめ強く楽しく生きてほしいという思いを、ラストのセックスシーンに込めました」
――「女性をはじめ強く楽しく生きてほしい」というメッセージはこの作品が貫くテーマのように思います。
「『牝猫たち』でもマンションを持った、お金持ちの男性が出てきますが、結局一番強いのは女性ですよね。
やっぱり我々男なんかより、女性のほうが力強く生きているし、感受性が豊かなんです。
この作品で描いたように、もっと女性が豊かに暮らせるような世の中になってほしいですね」
(取材・文:小峰克彦)