福島出身・廣木隆一監督が描く“震災を経た人の人生”
『ヴァイブレータ』『さよなら歌舞伎町』といった大人の機微を描いた作品から、近年は『PとJK』『ストロボエッジ』『オオカミ少女と黒王子』といった青春映画まで幅広く手がける廣木隆一監督。
最新作『彼女の人生は間違いじゃない』は、福島県郡山市出身の廣木監督が、自らの処女小説を映画化したもの。
東日本大震災で母親を失った主人公・みゆきは、仮設住宅で暮らし、週末に東京に高速バスで通い、デリヘル嬢として働いている――。そんな主人公・みゆきに抜擢されたのが、女優・瀧内公美さん。複雑な思いを抱える主人公・答えの出ない震災を経た人の人生にどう向き合ったのか、話を聞いた。
“彼女の人生”が腑に落ちるまで
――東日本大震災のとき、瀧内さん自身は何をしていらっしゃいましたか?
「私はちょうど、ランニングをして、家に帰って、お風呂に入ろうと思った瞬間でした。家の中にいて帰宅難民にもならなかったので、正直、その瞬間は自分の身に大きなことが降りかかってきた実感はなかったんです。その後テレビを見て徐々にことの重大さを知る、といった感じでした」
――そこから、東日本大震災の当事者である、みゆきという人物に感覚をどう近づけていったのでしょうか?
「みゆきは、震災と、震災によって母親を失ったことの衝撃が、自分の心を削って、それを埋められない女性です。彼女の人生が、私の中で腑に落ちるまで探す、という作業をしていきました」
“なぜデリヘル嬢という仕事を選んだのか”を考える
――具体的にはどんなことをされたのでしょうか?
「福島の方々にお話を聞きにいきました。震災を経た方々が、今、どんな思いで生きているのかに触れて、自分の中で変わった部分はありました。もっともっと、色々な方にお話を聞きたかった、というのが正直なところで、悔いる部分ではあるのですが……。あとは、実際の現場を見たことですね。劇中で、篠原篤さんが演じる男性と話した場所があるのですが、あそこは今は更地で、フレコンバッグが大量に埋めてあるんです。でもかつては人が住んでいた街だった、と聞いたときに、自分たちではどうにもできない何かを感じました」
――実際に被災地に赴いたり、お話を聞いたりすることで、みゆきという女性への感じ方も変わっていきましたか?
「なぜ、みゆきがデリヘルという職業で自分に衝撃を与えるのか。私自身、人に求められて初めて仕事になる職業でもあるので、みゆきがデリヘルという職業を選ぶ理由については確信を持つことができました」
情報に飲み込まれず、自分の感覚を大事にしていきたい
――それは一方で、瀧内さん自身の人生を考え直すことにもなったのでしょうか?
「ええ、もう、自分は本当にお気楽にのらりくらりと生きてきたなあ、と(笑)。やっぱり、こういう職業をしていると、映画やドラマまわりのことばかりに興味がいきがちなんです。でも、普段から、それ以外のこと、社会のことにも興味の目を広げて、色んなことを知っておかなきゃいけない。でも、それも、下手なやり方をすると、例えばネットの強い見出しの記事に踊らされてしまったり、情報が入りすぎてしまう危険性もありますよね。だから、他人から入ってくる情報だけじゃなくて、現場に立って自分が感じたことを大事にしていきたいと思いました」
撮影中は“喉がつまっている感覚”
――準備の期間からみゆきの人生を相当に考えて、撮影に臨まれたんですね。実際、撮影現場に入ってからはどうでしたか?
「本当につらくて、ずっと喉がつまっているような感覚でした。ご飯の味もしなくて、どんどん痩せていきました」
――東京での撮影中は、あえて自分の家には帰らなかったと聞きました。
「ええ、撮影現場では、私がみゆきになるための空気を作ってもらっているのに、私が家に帰ってしまうと、自分の空間の中で、どうしても日常に戻っていってしまうので。いらない悩みとか思い出しちゃうじゃないですか(笑)」
監督に言われた「甘いんだよ」
――そんな瀧内さんに、廣木隆一監督はどう接されていたのですか?
「リハーサルをやったときに『お前、自分に甘いんだよ』って言われたんです。それを言われてすごく悔しくて、泣きながら帰ったんです。それで母親に電話して。そうしたら母親が『お母さんに電話してる時点で甘いやろ』って。それは、たしかに!と思いました(笑)」
――(笑)。
「ただ、みゆきという役をやっていたせいもあるかもしれませんが、廣木監督には、瀧内公美の人生まで含めて『間違いじゃないよ』って言ってくれているような優しさがあって、とても救われました」
それでも“女優”でいる理由
――お話を伺っていると、だいぶつらそうです……。今回に限らず、いつも撮影に入るときはつらいんでしょうか?
「ええ、いつもつらいです(笑)。撮影に入る前も含めてつらいですね。 “ハタから見ると無駄な作業と思われそうなこと”を一生懸命やることが大事なんだ、と学んだ分、それをやらないと不安で立てないんです。でも、その準備が逆効果になることもある。考え抜いてきたことと、撮影現場で感じたものとが違うときに、違和感を感じると、それはつらいですね」
――女優というお仕事を始めた頃からそのつらさはあったものなのでしょうか?
「いや、もっと若い頃は楽しんでやっていましたね(笑)。最初の頃は、楽しさと『絶対に食らいついてやる』っていう勢いでやっていました。でも色んな現場を経て、この仕事でお金をもらって生きていく以上、準備を丁寧にすることはもちろん、役に『私はこういう人間です』という部分を加えていかないと……と思うようになりました」
――そんなつらさの中、瀧内さんが女優という仕事を続けられる理由ってどこにあるのでしょうか?
「どこかに、自分の生きている場所、確証が欲しいんです。やっぱり、自分ってどこで生きているかわからないじゃないですか。だから、何かこれだっていうものが欲しいんです。そして、私の場合、その生きていることの確証が、画面やスクリーンの中で欲しいんですよね」
不安で立てない女性が、それでも立とうとする……。瀧内公美さんの人生が、みゆきの人生に重なった気がした。『彼女の人生は間違いじゃない』は、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館他、全国順次公開中。
(文:霜田明寛 カメラ:浅野まき)
関連情報
映画『彼女の人生は間違いじゃない』
監督・原作:廣木隆一
キャスト:瀧内公美 光石研 高良健吾 柄本時生 篠原篤 蓮佛美沙子
提供:ギャンビット、ギャガ
配給:ギャガ
2017/日本/カラー/アメリカンヴィスタ/5.1chデジタル/119分/R-15
©2017『彼女の人生は間違いじゃない』製作委員会