ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
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「いまの日本で『花とアリス』は撮れない」 3.11に岩井俊二監督が思うこと

『スワロウテイル』(96年)、『花とアリス』(04年)など、独自の甘美な映像表現で、日本人の感性に多大な影響を与えてきた岩井俊二監督。
海外でのロケ作品やアニメーション映画はあったものの、日本での実写長編映画は『花とアリス』以降、12年間撮影していなかった。
そんな岩井俊二監督の最新作『リップヴァンウィンクルの花嫁』が3月26日(土)に公開される。

本作の舞台は現代の日本。黒木華演じる派遣教員の七海は、SNS上で知り合った恋人と結婚する。親戚の少ない彼女が、結婚式に代理出席サービスを使ったことが義母にばれたことがきっかけとなり、次々とトラブルに巻き込まれていく……。
不穏な現代日本を岩井俊二ワールドに落とし込んだ『リップヴァンウィンクルの花嫁』。
本作公開直前の岩井俊二監督にキャストの印象や“3.11後の映画製作”について伺った。

黒木華と岩井俊二監督は相性がいい!
綾野剛の性格は俳優というよりミュージシャン

――岩井監督が主演の黒木華さんに初めてお会いした時、どのような印象をお持ちになりましたか?

「初めて会ったのはCM撮影のオーディションでしたが、その後、会う度にこの子で作品を撮り続けたいと強く思いましたね。こんな風に思う方はなかなかないです。実際に撮影してみて、自分と相性の合う女優さんだという印象を持ちました」

――岩井監督にとって“相性がいい”とは具体的にどういう俳優さんなのでしょうか。

自分がやりたいことを正確に理解してくれる方ですね。
プロの監督と俳優同士とはいえ、他人同士なので、僕が想定するイメージと実際の演技には必ずギャップが生まれます。
監督として、そのギャップを楽しんでいる一方で、作品のためには演出をしてすり合わせなくてはいけません。
黒木さんはギャップがないわけではありません。でも、僕が発想する程度のイマジネーションは楽々と『あ、そういうことがやりたいのね』と理解してしまうんです。彼女からは器の大きさを感じました」

――安室役の綾野剛さんは今回初めてキャスティングされたと思うのですが、お会いした時の印象や現場でのお話を教えてください。

「綾野君は普段から表情がくるくる変わったり、しっかり自分の意見をぶつけてきたり、彼が演じた“なんでも屋”安室というキャラクターと素の性格が似ている方でした。
また、私や脚本家に対して『どうすればこの役がもっとよくなるか』というアイデアを聞き出すことが上手でしたね。しっかり自己主張されるので、俳優さんとしては珍しいタイプだと思います」

――綾野さんが珍しいタイプということは、俳優さんはあまり岩井監督に意見を提言されない方が多いのですか?

「俳優さんって基本的に受け身な方が多い気がするんです。
現場でも俳優さんが自己主張しているところをあまり目撃したことがないので、僕も『このままでいいのかな』という疑問をずっと持っています。
ただ、俳優さんが作品に対して意見をすると『ワガママだ』と叩いてくる人がいますからね……。スタッフを通して意見を提言してくる俳優さんも多いです。僕としては自分のことは自分で守るべきだと思うのですが、難しいですよね。

一方で僕がミュージッククリップを作っていた頃に出会ったミュージシャンの方々は自我が強く、直接細かい意見を伝えてきてくれて、刺激的でした。
まさに“自分のことは自分で守る”という考え方を持つ人が多いですね。
その傾向を踏まえると、綾野さんはミュージシャンに近い性格なのかもしれません。ディスカッションでお互いにアイデアを出し合って作っていったシーンも多くて、彼との現場は非常に面白かったですね」

――ミュージシャンというと今回、Coccoさんが出演されていますが、Coccoさんはいかがでしたか?

「Coccoさんはミュージシャンとか俳優の傾向には当てはまらない“唯我独尊”な方でした。実は演技プランを含め、彼女とこの作品について全然話していないんです。
映画に関することで僕が彼女に言ったことといえば、『この映画に出てくれ』という一言くらい。あとは時々、無駄話をするという感じです(笑)。
僕もキャストとたくさん話すタイプでもないので、彼女とは心地のよい距離感で撮影ができました」

「もう『花とアリス』は撮れない」

――今回3.11以前は感じなかったことがあれば教えてください。

「2011年の震災で、東日本の沿岸部に大きな津波が来ました。また、未だに原発から何億ベクレルという放射能が外界に出ているのに、誰も止められないという状況が続いています。あの日から日本はかなり過酷な時代に入ってしまい、以前までの社会とは全く変わってしまいました。これから日本が抱えている問題が、加速度的に悪化していっても何も不思議じゃありません。

この状況を無視して、何事もなかったかのように平和な映画を撮ることは困難です。今の日本では『花とアリス』はもう撮れないと思いますね。そのままはもう無理ですね。仮に平和な映画を撮ったとしても、そこに映る世界は嘘になってしまいます。作家としては、大変な時期にモノを作っていかなくてはならないという実感はありますね」
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あえて“結婚”を悪として書いた理由

――いままでの社会において“幸せの象徴”だったはずの男女の結婚が、本作の前半では絶望的に描かれていました。
一方で後半の真白(Cocco)と主人公の七海が女子同士「結婚しよう」とじゃれるシーンはとても幸せそうだったのが印象的です。今回、古い慣習や常識へのアンチテーゼを描いた理由を教えてください。

「今回描きたかった大きいテーマの一つが“サービス”でした。現代社会にはSNSや代理出席、お見合いサイトなど様々なサービスが氾濫しています。今までの日本に古くから慣習として存在しているお見合いや結婚式もいわばサービスです。

現代に乱立するサービスの中でも、特に新しくでてきたSNSに対しては、文明的な視点から見て、賛否があるのだと思います。
ただ古いしきたりが正しくて、SNS誕生以降の時代が間違えたわけではないんです。
今回、僕は“新しいサービス”に向けられた批判は、同じように“過去のしきたり”にも向けるべきなのではないかと考え、本作では“古くから続くサービス”にも一部悪役を担ってもらいました」

SNS以前の社会もSNS台頭後の社会も平等に批判されるべき

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――SNSが出てきたことでどのように社会は変化したと思いますか?

「SNSが出てくる以前は、電車の中で出会う人たちも、マンションのエレベーターで出会う人たちも、話すことすらなく、永遠に交わらないような他人同士の壁が高い社会だったように思えます。例えば現実で接点がない全く見知らぬ人同士から、恋が生まれることもほとんどなかったでしょう。

しかしSNSが出てきてからは真逆です。全く見知らぬ他人同士が、言葉から繋がっていくという社会が生まれました。SNSは今までの社会の反作用として誕生したのではないかと思うんです」

――たしかに、SNSのお陰で他人との接点は増えましたね。

「本作では旧来型のシステムが、悪役として彼女に襲いかかってくる展開を描きましたが、古くから続くシステムが誰かを救うという映画も今後どこかで制作されるでしょう。
僕はどちらが正しいとか、間違っているとか、軍配を上げる気はないです。ただ、旧来型のシステムも、新しいサービスも、同じようにいい面、悪い面を持っていることは知っておくべきだと思います

――ありがとうございます。最後にお伺いしたいのですが、『リップヴァンウィンクルの花嫁』を特にどんな方に観てほしいですか?

「この映画に限らず、昔から『生まれて初めて映画を観る人にとっての、最初に観た作品になれたらいいな』と思っていますね。
今回に関して言えば、あんまり縛らずにいろんな方々に観ていただけたらと思いますが、あえていうなら日本人に観て欲しいですね」

岩井俊二監督は「いまの日本では(『花とアリス』のような)平和な映画は撮れない」と言った。
それでも、今の日本を描いたこの作品のキャッチコピーは「この世界はさ、本当は幸せだらけなんだよ」という前向きな言葉だ。
岩井俊二監督がこの壊れかけた国に住む人々に捧げた小さな希望に、一人でも多くの人が触れてほしい。
『リップヴァンウィンクルの花嫁』は3月26日(土)より、渋谷ユーロスペース他にて全国公開。

(取材・文:小峰克彦 カメラ:浅野まき)

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映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』公式サイト
監督・脚本:岩井俊二
キャスト:黒木華、綾野剛、Cocco、原日出子、地曵豪、和田聰宏、毬谷友子ほか

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