『こっぴどい猫』『サッドティー』『知らない、ふたり』などで知られるる映画監督の今泉力哉。新作をつくれば東京国際映画祭に呼ばれ、また映画だけでなくテレビドラマや乃木坂46の特典映像も手がけるなど順風満帆にも見えるが……ある日、先輩の映画監督に「今泉はまだ代表作がないよね」と言われてしまう。
長編だけで8本、短編も含めれば30本以上の作品をつくってきた今泉監督。
「俺はまだ代表作がなかったのか……?」「そもそも代表作って何だ?」
煩悶する今泉監督は、これまでに知り合った映画監督たちに連絡を取り、話を聞くことに。先輩から後輩、過去の仲間まで多くの監督と語り合う中で、光の道筋を探す。
今回は沖田修一監督編・2回目!
第1回 映画監督:沖田修一『南極料理人』 中編
7、山崎努と沖田修一
今泉 沖田さんの最新作『モリのいる場所』で主演を務められた山崎努さんとはその前に『キツツキと雨』でご一緒してるんですよね。
沖田 『キツツキと雨』のときは、山崎さんは痔持ちの俳優の役で、高級車に乗ってくるっていう設定で。ロケハンしたときに一番デコボコの道を通って、で、痔だから「痛い痛い」って言いながら来るっていう。で、車が揺れないといけなくて。けど、実際に撮影時に用意してもらった高級車がベンツで。ベンツってすげえ揺れないの。ベンツすげえなって思って。まあハイエースと比べたのがいけないと思うんだけど(笑)。
今泉 それは両極を比べちゃいましたね。普通の道でも揺れる車、ハイエース。
沖田 山崎さんが「じゃあ揺れるか!」って自分から揺れてくれたのに、「山崎さん、芝居がデカい」って言った気が……(笑)。
今泉 揺れてくれてるのに! そういうの言えるのってやっぱり信頼関係に繋がってる気がします。
8、現場の空気や演出について
沖田 今泉くんの現場見てみたいけどね。何してんの、今泉くんって。
今泉 いやー、なんもしてないですねー。
沖田 (笑)。
今泉 「理想は何もしないこと」っていうとなんかかっこつけすぎだけど、やっぱり何もしない現場って理想だとは思いますけどね。沖田さんは結構テイク重ねるほうですか。
沖田 うん、でもなんか昔より重ねなくなった! 昔、何回も重ねてたら「本番を大事にしろ」って言われたことがある(笑)。
今泉 ちゃんと固めてから本番に入れよ、本番で試すな、みたいな。
沖田 そうそうそう。
今泉 それはプロデューサーに言われたんですか? それともカメラマンに?
沖田 それはね、由紀さん。由紀さおりさん(笑)。
今泉 一番最初! 沖田さん、おかしいです。最初から肝が座ってますよ。由紀さんに本番繰り返して、「本番を大事にしろ」って言われるところから始まってて。それがあって、『南極~』もありつつ、さっきの山崎さんとの話に繋がっていく。
沖田 そういうアレじゃないんだけどさ(笑)。
今泉 あっ、沖田さんにすごい聞きたかったことがあって。沖田さんの現場を全く見たことがないのでわかんないですけど、やっぱり沖田さんの映画って、役者さんがすごく魅力的になってる気がして。それは沖田さんの現場を経験した人からふんわり聞いたんですけど、1つは沖田さんが一番現場で楽しんでるというか、ほんとに監督が笑っちゃってNG出すみたいなところがある、と。役者はそれはやりやすいだろうなと思って。そういう監督としての居方を知りたくて。なんか追い込んだり、すごい圧をかける人とかもいるじゃないですか。沖田さんは現場の雰囲気としては張り詰めてるっていうよりは穏やかですか?
沖田 穏やか、穏やか。うん。まあ、緊張感がないのも嫌だけど、緊張感がありすぎるものもね……。どちらかというとない方が好きだから。それこそ、ビデオカメラ遊びから入ってるから、俺は。だからそもそも楽しむためだけにやってる。その思いが続いてるだけの印象になってるから、現場でもそういたいんだけど。だから皆が結構「俳優を追い詰める」みたいなことを言うじゃない。俺は、俳優を追い詰めた記憶もないし、全然言ってることの意味が分からない。むしろ逆で、俺が俳優に追い詰められることしかないっていう(笑)。
今泉 俳優が追い詰められてる現場で出来た映画だからいい作品って、なんか違うじゃないですか。別にどちらの方法もあっていいし、どっちがいいとかじゃないですよね。
沖田 そうそう!
今泉 例えば李相日監督は、役者を追い詰めるというか、テイクを重ねる現場で有名だけど、作品は面白くないとかそういうわけではないですし。
沖田 うん。全然そういうことじゃない。
今泉 出来上がりと現場のことはまた違うんですよね。追い詰めたほうが面白いものが撮れるっていうのも、わかるにはわかるんだけど。
沖田 “意図的に”追い詰めるとかさ、“意図的に”話さないとか出来ないんだよね(笑)。
今泉 でも、たまに、そういう役者さんいないですか? 「俺は人見知りで誰とも話さない役だから、現場中、他の役者とは話さないようにします」みたいな役者。
沖田 あー。それはその人がそっちの方がやりやすければそれでもいいかな。
今泉 やめてくれとかもなく?
沖田 まあちょっとは、話し合おうよーとは思うけどね(笑)。
今泉 そのモードは本番の時だけでいいよ、みたいなね。
9、現場を一番楽しんでいる監督が生み出す役者の魅力
今泉 沖田さん、現場で演出してて、自分で笑ってNGを出すっていう噂があるんですが。
沖田 それはね、無いよ、もう。
今泉 “もう”ってことはあったんですか?
沖田 昔はあった! 笑ってNGはあったよ。俺の笑い声NG。
今泉 山下さん(山下敦弘監督)とかも、昔、現場で本番中に笑っちゃう時ありました。だから何かものを噛んで、「本番!」とかやってましたね。
沖田 そう! 俺もそう! そうそう! たまに赤くなってるもん!
今泉 え、どこ噛んでるんですか!そんな噛んでるの!? そんな人いないでしょ。
沖田 あっ、そうなの。山下さんとかも噛んでるんだ。
今泉 タオル噛んでたりしました。
沖田 なんかそこが通じてるのは嬉しいな。
今泉 でも逆に自分の台本で、自分の演出で笑ってるのってやっぱ凄いですよ。
沖田 ええっ、笑わない?
今泉 いや、結構冷静に見てますよ。
沖田 今泉くんの映画って客観的に見て「馬鹿だなあ」って思えるような人が出てくるわけじゃん。そういうの見てさ、「あー、超おもしれー」とかならないの?(笑)。
今泉 けっこう耐えれますね。
沖田 もっと鬼の目をして見てるの?
今泉 鬼の目(笑)。冷静ですね。なんか、面白いけど、「これが面白いのは今だけかも」っていうのは、いつも思うんです。「この面白さは現場だけのノリなんじゃないか。スクリーンを通したら面白さが落ちるかも」って。生ものじゃないんで。気にしちゃいますね。
沖田 へえ。
今泉 いや、もちろん面白いのはいいんですけどね。1回録音部とか撮影部も笑っちゃってたりとか、カメラマンが揺れちゃってるとかしたこともあったけど、そこまで現場が面白くなったと思ったら嬉しいんです。まあ、でも俺が声出たのとかは、たぶんないかな。
沖田 昔は本番で、平気で笑ってたもんなあ。
今泉 それはカットかけたあとにツッコまれるんですか?
沖田 「えっ?」っていう。
今泉 気付いてないんですか?
沖田 そうそうそう。
今泉 いいよなあ。それはすごいですよね。それは役者は楽しいだろうなあ。
でも演出って正直答えがないですよね。いつも正解がわからなくなります。
沖田 ドラゴンクエストみたいに、レベルが上がってさ、演出力みたいなのが5ポイントずつ上がっていくみたいな、そういう簡単なシステムだったらいいのにね。
今泉 単純に5ポイントずつ上がるとかはないけど、経験しなかったらわかんなかったみたいなことはあると思うんですけど。作品数を作る中でしかわからないこと。なんか、本とかでは学べないことというか。
沖田 まあね。
今泉 あっ、この問題、前にぶつかったぞみたいな。
沖田 あるかもね。
今泉 山崎努だと思わない、みたいな。
沖田 思わないことはないけど(笑)。
10、ふと目の前にモヒカンの人が!
今泉 今日ここに来る前に近所のモスバーガーにいたら、向かいの席に向井秀徳が座って。で、商品を頼んでから待っている間だったんですけど、お店に置いてある新聞を広げて読み出したんです。店内で食べると思ってたんで、僕は声をかけるタイミングを迷ってたんですね。そしたら、まさかのテイクアウトだったんですよ。商品受け取ったら、帰っちゃって。それで、慌てて店の外に追いかけていって、「すみません。ファンです」って言って、ちょうど持ってた新作の試写状、渡しました。
沖田 (笑)。俺も『モヒカン故郷に帰る』の台本をファミレスで書いてたことがあったんだけど。モヒカンのことを知りたいなあ、と思ってたら、ものすごいモヒカンの人が入ってきて。取材したいって思ったんだけど、ちょっとためらってたの。一般の人だし、怖いなって思って。
今泉 まあ、一般の人でモヒカンですからね。
沖田 ヤバイ人かもしれないし、大丈夫かなって思うじゃない。でも、これは後悔することになると思って、彼が店出るときに「すいません」って声かけて。
今泉 あっ、出際に行ったんですか? 一緒ですね!
沖田 「ちょっと……その……モヒカンのことについて調べてて、どうしてもお話聞かせてもらいたいんですけど」って言ったら「いや、そういうんじゃねえから!」って、すごい怒られて。
今泉 向こう1人だったんですか?
沖田 うん、1人。で、結局モヒカンの人に出ていかれたあとも、ドキドキしながら(そうだよな。そんなこと言われてもな)って思ってた。
今泉 その人も、何を答えたらいいかね。何の人かもわからない人に、急に後ろから追いかけられて、モヒカンのこと聞かれたら……いじられたと思ったのかなあ。
沖田 そうかもね。なんか、バカにされたと思ったのかなあ。
今泉 まず何かも言ってないのに「そういうんじゃない」って(笑)。
沖田 ただただ丁寧に話しかけたつもりだったんだけどなあ。想像だけど、たぶんミュージシャンだと思う。
今泉 声をかけていいときと悪いときがあるのかもしれないけど、脚本書いてて目の前に現れたら確かにこれは何かあるのかなと思っちゃいますね。あと、声かけるのって怖いけど、もう会えないかもって思ったら、
沖田 向井さんはちょっとテンション上がりますね。
今泉 しかも、向井さんも結構いい感じに年齢も上がってるから、ほんとに向井秀徳なのかどうなのかよくわからなくて(笑)。新聞を読み出したときにほんとにブレましたね。もし、ただのむちゃくちゃ似てるおじさんだったらどうしよう、って。向井秀徳とか絶対知らないおじさんに「向井さんですか?」って聞いても、めちゃくちゃ意味不明になるよなあと。
沖田 今泉くんも結構見た目がね……(笑)。
今泉 だからこの見た目だから、すごいことになったんですよ! 俺が見た瞬間、向こうにもめっちゃ見られて(笑)。向こうは全く俺を知らないのに、すごい一瞬ですけど、見つめ合う時間があった上で、俺は一旦普通にノートパソコンで再生してた『南極料理人』に目を戻して(笑)。
沖田 下手したら(1回対バンしたっけ?)みたいに思われてそう。
今泉 (笑)。この風貌にめっちゃ正面で見られてたらね。でもちょっとテンション上がりましたね。
11、「楽しむ。三國連太郎」
沖田 昔、近所を三國連太郎さんとかがよく歩いてて。
僕、一回手帳にサインを貰おうかと思って、文房具屋で手帳を買って、三國さんを追いかけたんだけど、なんとなくやっぱり勇気が出なくて。自分で手帳に書きました(笑)。【楽しむ。 三國連太郎】って。
今泉 【楽しむ】? 三國さん、サインのとき、名前の他に【楽しむ】って書くんですか?
沖田 いや、勝手に。
今泉 え、勝手に?(笑) たしか、若松孝二監督は【心】って書くんですよね。 漢字一文字と名前のセット。だから三國さんもそういうのがあるのかと思いました、三國さんはみんなに【楽しむ】って書くのかと。
沖田 (三國さんが言ってたなー)って思いながら、自分で書くんだけど。まあ、ほんとただのファンだよね。ミーハーだよ、ミーハー。
今泉 向井秀徳さんは驚いたでしょうけどね。急に声かけて試写状って意味わかんないもん。来てくれたらいいなあ、試写。
12、撮影前に何かを禁じてみたりする?
沖田 撮影の前ってなんか禁じたりする?
今泉 クランクイン前ですか? いや、たぶんギリギリまで本を書いてたりするから。直してたりとかはあるけど、これを禁ずることで作品に向かうとかっていうのはないですね。あります?
沖田 ロケ中には夜、酒を飲まないとか。そういうのしてたけど。なんか俺はもう全部やめた。
今泉 禁じることをやめた?
沖田 やめた。
今泉 禁じてたんですね?
沖田 禁じてた。相当禁じてた。
今泉 酒とかですか?
沖田 なんか……ああ、もうほんと小さなことで。このパンツを履かないとか、そういう(笑)。このパンツを履くと今日の撮影は悪くなる、みたいな自分だけのルール(笑)。ほんと馬鹿らしいんだけど。変わんねえなって思ってやめたんだけど。
今泉 関係ないな、みたいな(笑)。
沖田 関係ないね。ただ、深酒はしないようにしてはいるけど。
今泉 期間中はちょっと、怖いですよね。
沖田 意外とストイックだよね。
今泉 あっ、でもそういうなんか、これをしない、って決めてるので言うと、俺、一回現場でお弁当の魚にあたっちゃったことがあって。魚の油でゲーゲー吐いて。それから、お肉と魚、選べるお弁当の時は100%肉を選んでます。
沖田 あ、ひとつ思い出した。決めてたこと。『南極料理人』のときって東宝で撮影してたの。で、俺、家からチャリで行き来してて。で、その時ラジオかなんか聴いてて、そしたらGReeeeNの『キセキ』って歌が流れてきて。なんか歌ってみたら気持ちよくなっちゃって。撮影終わって(今日もダメだったー)って気持ちで毎回自転車乗って、GReeeeNの『キセキ』を聴きながら帰るっていうのを決めてて。そんな大して好きじゃないんだけど、面白いよね。
「あーしーたー♪今日よりも好きになれるー♪」って。
今泉 いいじゃないですか。なんかすごくいい。
沖田 (明日頑張るぞー!)って気持ちになれたんだよね。
今泉 そういうメジャーなもの、それこそアイドルの曲とかAKB48とかって、馬鹿にしてたりとかあるじゃないですか、でも、知らぬ間にふと口ずさんでるときとかよくありますからね。『恋するフォーチュンクッキー』とか。「未来はそんな悪くないよ、へいへいへい♪」って。励まされますよね。
沖田 あるねえ。
今泉 でも、沖田さんでも撮影して、(今日はあんまだったな……)って落ち込むのを繰り返したりしてるんですね。なんだか励まされます。
(後編に続く)
(文:今泉力哉)