“監督・古厩智之のできるまで”と“古厩智之監督の映画の作り方”
45歳の童貞が憧れのAV女優と出会うという設定、ヒロインは“チェリー最多登場女優”桜井ユキさん……と、我々“永遠のオトナ童貞のための文化系マガジン・チェリー”としては推さない理由がない映画『サクらんぼの恋』。
昨年劇場公開された『サクらんぼの恋』がこの度DVD化、そしてリバイバル上映がおこなわれることに!それを記念して、チェリーでは監督を務めた古厩智之監督にインタビューをおこなった。
『ロボコン』『さよならみどりちゃん』『ホームレス中学生』や、ドラマ『ケータイ刑事』シリーズも手がける古厩智之監督。順風満帆なキャリアにも見えるが、実は学生時代にぴあフィルムフェスティバル でグランプリを受賞し、長編デビューしてから第2作を発表するまでには6年の“空白期間”が。
そもそもどうして映画を撮るようになったのか、20代の後半の“空白期間”に何をしていたのか、といった監督自身の話から、『サクらんぼの恋』を例にした、キャラクターや設定の作り方、時代の空気の入れ込み方など……“監督・古厩智之のできるまで”と、“古厩智之監督の映画の作り方”をダブルで聞いた!
映画を見るように、女のコを見ていた
――まずは監督が“童貞時代”にどんな感覚を抱いていらっしゃったのか教えてください。
古厩「童貞の時代って、『自分は永遠に童貞だ』と思っていたから、終わりのない道を歩いている感覚でしたよね。こんな日々が終わるわけない……というような」
――その“道の果て”を想像することはあったんですか?
古厩「想像はするけど、わからなかったですよね。素晴らしいものなのかもしれないけれど、どう素晴らしいかもわからない」
――“終わりのない道”を歩いている最中の古厩監督はどんな青年だったのでしょうか?
古厩「童貞後期というか、大学に入った頃は、病的に自意識過剰でしたね。トイレの個室に入ったら、半日出ていきたくないような感じで。『あのコはどういう顔で僕のことを見ていたのだろうか』なんてことが気になって、自分がやりたいこともわからなくて」
――そんな青年が映画監督を志すのは何かきっかけがあったのでしょうか?
古厩「映画はずっと好きだったんですが、あるとき、映画を真っ暗い中でボーっと見ている自分は、自意識がゼロになっていることに気づいたんです。ただスクリーンに映る素晴らしいものを見ていられる。それって、女のコを見ているときと同じだったんです」
――どういうことでしょうか?
古厩「僕はまるで映画のスクリーンを見るように、女のコを見ていたんです。たとえば、かわいい女のコと一緒にいると、素晴らしいものがあるなと思って眺めているんですけど、そのコがこっちを見ると、恥ずかしくなって目を逸してしまう。スクリーンはこっちを見ないから、恥ずかしさは生まれないけど、見ているときの感情は一緒だったんですよね。スクリーンなら、目を逸らさなくてすむ。そのときに、女のコがいる人生も映画も一緒じゃないか、って思って、そうやって女のコを見つめているときのような感情を映画にしようと思ったんです」
――すごく素晴らしいお話なんですが、古厩監督の作る映画のような細かさで日常を見続けていると、日常を生きていくのに疲れてしまうことはないんですか?
古厩「今は、ラクに生きることを覚えてしまいました。それがいいことでも、悪いことでもあるんでしょうが……。若い頃は、目をあけていると、色々見えてきてしまうものがあって……。それで閉じこもっていたんでしょうね」
――徐々に古厩さんの映画への対峙の仕方が見えてきました。『童貞時代の俺の爆発しそうな感情を映画にぶち込むぞ!』みたいなタイプの方ではないんですね。
古厩「そういう方は表現者としてかっこいいなぁ、とは思いますけどね(笑)。自分は“俺を消す”というところから始まっています。毎回題材に潜ろうとしていますね。とはいえ、そもそも自分が『何かをわかろう』と思って作るものなので、自分は出ちゃうんですけどね。仮に映画の設定が、漫画のようにハッキリとキャラ分けされていても、それぞれの人物は微細な感情を抱いているはずで、それを描きたいと思って作っています」
“普通に”生きるのが難しい時代
――たしかに、この『サクらんぼの恋』も、童貞とAV女優が出会う、というキャラクターのハッキリとした設定から、ものすごく微細な感情が生まれて描かれていて、揺さぶられました。
古厩「映画の成り立ちを言うと、童貞とAV女優が恋仲になるということと、そしてラストだけがプロデューサーから渡されて。正直、最初はめちゃめちゃだなあと思いましたよ(笑)。でもプロデューサーの嗅覚は信頼してたので……。でも、そこから、説得力が生まれるように、他の部分を考えていきましたね」
――ラストに繋がっていく、桜井ユキさん演じるヒロインと、超特急の草川拓弥さん演じる弟の家庭環境はなかなか壮絶ですし、とても現代的でした。
古厩「プロデューサーからのお題を家で考えているとき、妻(※唯野未歩子/女優・脚本家)がヒントをくれました。『普通でいたいのに、普通でいられない人が多い時代だね……』って。僕の小さい頃は、『将来、会社に入って、結婚して子供を生んでお家があって……』って想像がしやすかったけど、今、それって結構な“無理ゲー”ですよね。なかなか“普通に”生きることができないし、“普通に”生きようとすることがプレッシャーになることもあるだろうし。そうすると、あの姉と弟のように、社会と切れてしまって、孤独を感じることもあるだろうな、と考えていきました」
――古厩監督も、20代前半でぴあフィルムフェスティバルでグランプリを穫られてから、“普通の”生活をせずに、映画監督としてのお仕事を本格稼働させるまでの空白の期間がありましたよね。
古厩「ええ、6年くらい。助監督をやらせてもらったりするけど、そうすると自分の時間がなくなるので、『バイトしながらシナリオ書きます』って言ってやめて。そうすると社会と切れている感覚になるので、お金なくなると、また助監督をさせてもらって……っていう繰り返しの日々でしたね」。
――そのときはどんな感情で過ごされていたんですか?
古厩「井の頭公園の近くに住んでたんですけど、日曜日とかに吉祥寺駅に行こうと思って歩いていると、井の頭公園に幸せそうなカップルや家族連れがいるわけです。マシンガン乱射しようかな、って気持ちになっちゃって(笑)」
――アハハ!それはマズいですね(笑)
古厩「さすがに自分でもヤバイと思って、蒲田に引っ越したんです。そうしたらすごいラクで。おじいちゃん、おばあちゃんばっかりだし、黒湯の温泉が湧く銭湯も多いし、夜中までやってる安い定食屋もあるから、魚にビールにおでん食べながら読書できるし……」
――楽園ですね。
古厩「それで吉祥寺に戻ったんです」
――えーっ!(笑)なぜですか?
古厩「『ああ、ラクだな』って思った蒲田の夜に、同時に急に焦りを感じたんです。自分をこんなに楽しませてる場合じゃない、逃げ続けてどうするんだ、と。それで、自分の人生にきちんと向き合おうと思って、つらい吉祥寺に戻ることにしたんです」
――自分を楽しませる能力と、客観的にヤバさに気づける能力が、ひとりの中に両立されているのはすごいです……。そこから監督としての今のご活躍に繋がっていくんですね。
“本当にいるように見える”キャラクターの作り方
――『サクらんぼの恋』の魅力的だった登場人物それぞれのお話も伺わせてください。30歳を過ぎた童貞には、性格がまっすぐな童貞とひねくれてくる童貞がいると思うのですが、宮川大輔さん演じる主人公の則夫は45歳にして、変なひねくれ方をしていないですよね。
古厩「則夫は人を馬鹿にしないんですよね。でも、いわゆる“いい人”かっていうと、そうではない。“いい人”ではないんだけど、高めの目線を持たない、目線が低い人で。僕自身が、典型的な“いい人”を物語で描くのがあまり好きではない、というのもあるんですが(笑)」
――逆に多くの人は、他人を馬鹿にすることで、自分から逃げがちなんですかね。
古厩「やっぱりみんな自信がないじゃないですか。でも自分に直面するのは嫌だから、ちょっと上の架空の自分を作って、周りを見下すほうがラクなんですよね。でも、則夫はそれをやらない。ああいう風に生きれたらいいなあ、という僕の理想像でもありますね」
――主人公の則夫が古厩監督の男性の理想像だとしたら、桜井ユキさん演じるヒロインの美咲は、女性の理想像なのでしょうか?
古厩「あれは、かなり理想像ですね(笑)」
――純粋でもありエロくもあり……でもなんだか本当にいそうな感じがしたのは、古厩監督のすごさだと思います!
古厩「精神を病んでいるという設定を重ねたので、『いるかも』って思ってもらえたのかもしれません。特に美咲の部屋は気をつけていて。汚い部屋なんですけど、あの部屋自体が、壊れた女のコ自身になっていくといいな、と思ったんです。心が壊れた瞬間から時間が止まっている感じといいますか……」
――病んでいるAV女優の部屋、ものすごいリアリティでした。
古厩「昔、部屋が汚い女のコとつきあっていたことがあったんです。僕は整理整頓が好きなタイプなので、最初はわからなかったんですが、だんだん、『このコはこの部屋を汚いままにしておきたいんだな』って思ったんです。そうしていたい理由が必ずあって。部屋って人そのものですからね」
「映画になったな」と確信する瞬間
――そしてその病んでいるヒロインの美咲に、桜井ユキさんが息を吹き込んでいましたね。それこそ、閉じていた汚い部屋から出ていこうとする過程の心情を表現されていました。
古厩「桜井ユキさん、ものすごい女優さんだなと思いました。美咲としての最初は“何もない”目をされていて。何も目に映してないんですが、そこから、目に、どんどんと則夫が、外の世界が映っていくんです。目が語っていたというか、そう表現してきたか、と」
――監督からしても桜井さんの演技で、あの世界への理解が深まった感じなんですね。
古厩「ええ、例えば、則夫が美咲の弟に『ウチで働きませんか?』って空気の読めない誘いをするところがあるんですが、そのときの美咲の顔や動きは、発見がありました。あ、人間ってこうなんだ、世界ってこうなんだってわかっていくのが面白いから映画をやっているんですが、そんな瞬間でしたね」
――具体的なシーンで言うと、2人が夜、自転車をひきながら、ずっと歩くシーンが素晴らしかったです。言葉通りではないけれど、2人の感情が近づいていくのがわかって……。
古厩「人の気持ちが動いているのをずーっと撮るのが面白いんですよね。あそこが撮れたときは『ああ、これは映画になるな』って確信が持てました。人と人がいて、気持ちという見えないものが、通い合っているのが画になっていると『大丈夫だな、映画になったな』って思うんです」
(取材・文:霜田明寛 写真:小峰克彦)
■公開情報
・映画『サクらんぼの恋』公式サイト
http://sakukoi.official-movie.com/
キャスト:宮川大輔 桜井ユキ草川拓弥(超特急) 前田公輝 佐野ひなこ 明星真由美 菅原大吉 柄本時生
監督:古厩智之
脚本:古厩智之 正池洋佑
音楽:上田禎
■上映情報
横浜シネマ・ノヴェチェントで7月6日(土)~12日(金)にリバイバル上映。
7/7(日)14:30の回は、古厩智之監督・桜井ユキさんによるトークショー付き。
桜井ユキ「ピュアさを支えるのは“希望”」・横浜シネマ・ノヴェチェント 公式サイト
http://cinema1900.wixsite.com/home【上映スケジュール(予定)】
7月6日(土)12時30分~
7月7日(日)14時30分~(特別興行/トークショー付き)
7月8日(月)~12日(金) 17時~
※9日(火)は休館