ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

第7回「お祭り騒ぎの裏側で」

劇団「ゴジゲン」所属の俳優であり、自身でも劇団「ザ・プレイボーイズ」を主催し脚本・演出を手掛ける善雄善雄さんが、ごく個人的で、でも普遍的な“あの頃”を綴る連載第7回。一生を賭ける仕事になる演劇と出会ってからの連続3回の3回目。地区大会が終わり、高校に戻ってきた善雄さんたち演劇部のお話です。

地区大会をボロ負けで終えてしばらくしたころ、顧問の先生より「大会でやった劇をー、11月の文化祭でやるようにぃー」との指示が来ました。この人は相変わらず語尾が長い。

うちの高校の文化祭は3年に一度あり、文化部はその場で日頃の活動を見せるのが義務のため、劇をやらなくてはならないそうです。

僕はすぐさま、「絶対に嫌です」と答えました。ただでさえ学校の中でもイロモノとして見られていて、しかも大会落選の土がついた作品をやれだなんてどうかしている。まともに見てもらえるわけもない。っていうか去年だってやってなかったじゃないですか。文化祭が1年ずれてさえいればやらずにすんだのに。どうして3年に一度の文化祭がこのタイミングでやってくるんですかとにかく死んでも嫌です。

そうやって意固地に断り続ける僕に、顧問は長い時間をかけて説得を続け、最終的には「えぇーそうすると部費も出ないよぉーー?」と言いました。金で脅して来た。高校生に対してやっていいことと悪いことがあると思うよぉー?
しかしなんだかんだで顧問の先生にはお世話になっていたし、実際に地区大会でやった劇の評判は決して悪くはなく、
地区大会を見に来てくれた友人や担任の先生もめちゃくちゃに褒めてくれていて、「負けたと言っても作品自体は悪くないし、もしかするともしかするかも…」と楽観的に物事をとらえ、なんだかんだとやる羽目になっていきました。

どうしてこのとき、やらないと突っぱねることができなかったのか。
この時点では現実に起こる未来を、なに一つ想像できてはいませんでした。

そうして稽古をやり直したりしながら迎えた文化祭の前日。
廊下を歩いていると、たまたま担任の先生と会いました。

先生は、少しテンション高めに、「明日だね!」と言いました。

前述した通り、先生は地区大会を観に来てくれていたため、あらためて劇のどこがおもしろかったかなどを僕に伝えては褒めちぎってくれ、
最後には、
「明日、君の名前が全校生徒に響き渡るね!」
と、本当に嬉しそうに、言ってくれました。

先生は、文化祭で劇が成功し、僕が高校の中で一目置かれる存在になることを信じてくれていて、
なんだかその先生が見ている眩しい未来が、僕にもほんの少しだけ見えた気がしました。

その日の帰り道。準備でいつもよりだいぶ遅くなったのですが、前にも書いたある日突然ソフトモヒカンで現れてはギャルに陰口を叩かれまくったことでお馴染みの「2」という男にばったり会いました。

しばらくそのまま一緒に帰っていると、帰り道が分かれるあたりで突然2が挙動不審になり、「なんだコイツ…」と思っているとおもむろに、
「ラーメン食ってかない?」
と、2が言いました。

そんなの、高校生くらいになればたぶん普通のことなのですが、僕らの高校のある田舎の町にはそんなに店もなく、そうやって一緒に飯を食いに行く友達もいなくて学校の帰りはいつもまっすぐ帰っていたため、思えばそれが初めての寄り道だったかもしれません。

きっと祭りの空気感に、なんだかんだで浮かれていたのだと思います。

2の申し出を了承し、唯一近くにあった外装も内装もぼろぼろのなんの店かもわからないお店に入り、中に入ると驚くほど腰の曲がったおばあちゃんの店員が一人いるのみで客も僕たち以外におらず、「いろいろ大丈夫なのか…」と得体の知れない恐怖を感じながらもラーメンを頼みました。味は、悪くなかったと思う。
そうして別れ際、「明日、舞台頑張れよ」と、2は言いました。

ああ、まるで普通の高校生として青春しているみたいだ。
ずっとこの祭りの前の日でいられたら、どんなによかっただろうか。

そうして迎えた文化祭当日。
朝早くから学校へ行って準備をしたり、緊張のあまりトイレからしばらく出られなくなったりしながらも、朝10時からの本番を迎えました。

舞台がある体育館の中には、教師と全校生徒を合わせ、約500人の観客がいました。

予定通りに幕が開き、自分の役の登場が少しあとだった僕は、ステージ横にある小部屋で後輩達が先に芝居しているのを音で聞きながら、「ウケてくれ…」と祈るような気持ちで待っていました。
そうして、こちらが用意していたいわゆる「笑い所」に差しかかかった瞬間、会場より、とてつもなく大きな笑い声が起こりました。
それはまるで、体育館が揺れているのかと思うくらいの、すごい音でした。

待機していた小部屋には、ガラスを埋め込まれた小さなのぞき窓があり、音響照明のスタッフの後輩たちはそこから舞台上を見ながら操作をしていたのですが、
後輩の一人は、さらにおもしろいシーンはこのあと控えているということに言及し、
「今こんなにウケてて、この先どうなっちゃうんだろ…!」
と期待するように口走り、ガラス越しにほんの少しだけ見える客席を眺めていました。

そのまま僕も出番を迎え、さらに笑い声は増していきました。

異変が始まったのは、その後、たしか開演15分を過ぎたあたりでした。

体育館の中が少しずつ、ざわざわと音を立て始めたのです。

「喋ってる」、と僕が思うころには、その声はとても大きくなっており、
次第に最初の笑い声よりも大きいのではないかと思うくらい、体育館中がざわざわと、私語をする人間で埋め尽くされていきました。

先日の地区大会では、負けたけど、お客さんにはちゃんと見てもらえているということは伝わりました。
それと同じように、舞台上からでもはっきりとわかりました。
ああ、もうほとんどの人間が見ていない。僕らの声は、まったく届いていない、と。

たった45分の演目で、見てもらえたと思ったのはわずか15分ほど。
それ以外は、もう近くの人間とお喋りをするので夢中で、早く終われとでも思っているかのようでした。

そりゃそうだよな。別に見たくもなかったもの見せられてるんだもんな。飽きもするだろうよ。
俺だって最初はやりたくなかったんだからきっとおあいこだよ。
でもさ、人が芝居しているときに喋っちゃいけないって、そんな最低限のマナーすら…お前らにはわかんないのかよ。

なぁ、俺たちはここでなにをしているんだ。
誰も見てないこの舞台上で。
頼むよ、誰か止めてくれよ。
お願いだから。
いっそ地震でも火事でもミサイルでもなんでもいいから。
いますぐに全部、やめていい理由を俺たちにくれ。
この地獄みたいな時間から、誰でもいい…助けてくれ。

ーそんな感情が頭をぐるぐると駆け巡っていきながら、もう芝居が続けられる状態ではないとも思いながら、
それでも一緒にやってくれている後輩達のためにも自分から舞台を降りることは絶対にしてはいけないと思い、ひたすらに台詞と段取りを追い掛けていました。

そうして最後まで芝居を続け、終演を迎えたところで、きっかけ通り幕は下りました。

カーテンコールがなかったのが、せめてもの救いでした。
明るい舞台の上からは、暗い客席の中はほとんど見えず、うねうねと動く黒い波を感じるのみで引きずりこまれそうになる錯覚すら覚え、思い出すだけで足が震えました。
もう二度と、あの舞台上には行きたくない。
もう、どんな顔で出て行っていいのかもわからない。

そうして舞台の裏で少しの時間身動きがとれなくなっていると、
幕の向こう側から、
「これで終わり?なんかかわいそうなんだけど…おおーい、よかったぞー!!」
と、叫ぶ声が聞こえました。

一見すると優しい言葉でしたが、僕はそれを聞き、さらに頭に血が上るのを感じました。

なんだ?それ。

お前、周りの人間が喋っててもなにも言ってなかっただろうが。なにをこの期に及んで偽善者ぶってやがんだ。かわいそうってなんだ勝手に同情してんじゃねぇよ。お前に何がわかるんだクソ野郎!!
ああ、いますぐ幕の向こうへぶん殴りに行きたい。でももう、この騒がしい体育館の中で、そいつがどこにいるのかもわからない。

怒りと無力感でぐちゃぐちゃになりながら舞台袖の小部屋に戻ると、小窓から客席を見ていた後輩が、僕に振り向いて軽く会釈をしてくれました。
ちらりと見えたその顔には、少し泣きそうな表情が浮かんでいました。

そのまま後輩はガラスの外の客席に向き直し、
「あー、こいつら全員殺したい…」
と、震える声で言いました。

発言だけを拾えばひどいことを言っていますが、その暴言は、僕にとってこの世界のどんな綺麗事より、優しく染み渡っていきました。
そうか、君も僕と同じように、憤ってくれるのか。
あのときは言えなかったけど、ありがとう。あと、そんなひどい言葉を使わせてしまってごめんなさい。

どうして、こんなことになってしまったのだろう。
一緒に舞台を作り上げてくれた後輩たち。
「舞台頑張れよ」と言ってくれた同級生。
「名前が響き渡るね」と期待してくれた先生。
みんなみんな…本当にごめんなさい。
実際に響き渡ったのは、僕の名前なんかじゃなくて、
誰なのかもわからない人たちの話し声だけで、
きっとその人たちにとっても、僕の名前なんて…わからないままだと思うのです。

その後、僕らはほとんど黙ったままで、幕が下りた舞台の中を片付けました。
幕の表側の客席では、相も変わらず、騒がしい声が響いていました。

<公演情報>
ゴジゲン第16回公演 「ポポリンピック


作・演出:松居大悟
出演:目次立樹 奥村徹也 東迎昂史郎 松居大悟 本折最強さとし 善雄善雄 木村圭介(劇団献身)

福岡公演:2019年12月21日(土)~12月22日(日) イムズホール
東京公演:2020年1月3日(金)~1月21日(火)  こまばアゴラ劇場
札幌公演:2020年1月25日(土)~1月27日(月) 扇谷記念スタジオ シアターZOO
京都公演:2020年2月8日(土)~2月9日(日) THEATRE E9 KYOTO

チケット発売日:2019年11月9日(土)10時~
お問合せ:Tel.03-6453-2080(平日10~18時)
HP:http://www.5-jigen.com/
企画製作・主催:ゴジゲン

 

<アフターイベント情報>
福岡公演
2019年
12月21日(土)18:00 ゲスト:小山田壮平、コウズマユウタ

札幌公演
2020年
1月25日(土)18:00 納谷真大(ELEVEN NINES)
1月26日(日)13:00 ワタナベシンゴ(THE BOYS&GIRLS)※追加アフターイベント
1月26日(日)18:00 「ゲーム王は俺だ!~北の国だよ!全員集合~」

ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
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