ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

第9回「その声が聞こえなくなるまで」

劇団「ゴジゲン」所属の俳優であり、自身でも劇団「ザ・プレイボーイズ」を主催し脚本・演出を手掛ける善雄善雄さんが、ごく個人的で、でも普遍的な“あの頃”を綴る連載第9回。今回は、いつもとちょっと違った形式。これまでの連載も振り返りながら、ある人への想いをお手紙のような形で綴ります。

高校の辛い記憶だけで紡いできたこの連載も、なんだかんだと延べ9回を迎えました。

今回は少しだけ趣向を変えまして、手紙のような形でお届けしたいと思います。

相手は、今は名前も顔も忘れてしまった、それでもずっと忘れることのできない、僕にとってのそんな人に向けて。
と、こんな書き方では美談に思われる方もいるかもしれませんが、正直まったくそんなことはなくいつも通りの辛い記憶ですので、どうかその辺お忘れなく。

拝啓

お元気ですか?
君はおそらく、僕のことなど覚えてはいないと思います。

たしか高校1,2年時、君と僕は同じクラスだったと記憶しています。間違っていたらすみません、どうにも15年以上前のお話なので。
その上で、これも間違っていたら申し訳ないのですが、僕らは会話をしたことすら、なかったのではないかと思います。

しかし僕は、君の声を、今でもよく覚えています。
君の声はとても大きく、甲高く、いつも僕の耳を突き刺すように響いていました。

思い返せばあのころ、いつだって僕は君の声に怯えていました。

あれは、高校で1年過ごしてみたけれど、なんにもうまくいかなくて、もういろんなことを諦めようかなと思いながら2年生になったばかりのころ。

新しいクラスにて、突然、後ろの席の女子2人に話しかけられました。

それは「新しいクラスで、これからよろしくね」という内容だったのですが、
すべて諦めようと思っていた矢先だったし、そもそも初対面の女子と急にフランクな会話をできるようなスキルも持ち合わせてはおらず、
緊張のあまりほとんど“無視”になり、女子2人を戸惑わせてしまいました。

しかしその後、
「せっかく話しかけてくれた相手に対し失礼!」
と、心の中のマナー講師が叫び、
「あきらめたらそこで試合終了だよ」
と、心の中の安西先生までもが出ばって来るので、

しばらくしてから後ろの席に座るその女子2人にふり返り、
「なんかさっきは変な感じになってごめん、こちらこそよろしくね」
と、伝えました。

安西達のせいでものすごく変なタイミングになり、2人は急に喋り出した僕に明らかに驚いたのですが、
その後、安堵するような、勘違いでなければ少し嬉しそうな表情で受け入れてくれ、

その一連から、
「もう少し頑張ってみようか…」
と、浅はかにも思い始めておりました。

そんな矢先でした。

第1回の連載にも書いた、
新クラス10人にも満たない全男子の品評会にて、
僕のことを
「えっ、あの人キモい」
と一言で切り捨てる、君の声が響いたのは。

それはまるで、一度転がり落ちた崖を再び登ろうとしていた時に、上から落石でもぶつけられたような、
石だけでも痛いのに、さらには落下の痛みも同時に味わうような、もう痛すぎてどこが痛いのかもわからないくらいのダメージを僕にくれました。

案の定、その一言で僕の心はバキバキに折れ、
それ以降ほかの女子に話しかけられても無視を決め込み、いつしか話しかけてくれる人も、心の中の安西すらも、いなくなっていきました。

思えば、第4回の連載でも書いた、
「あのキモい人!」
という残酷な発言も、
ある日突然ベッカムヘアで現れた男子に対して、
「その顔でベッカム気どりかよ!ww」という悪魔みたいな発言も、たしか君の口から出たものでしたね。

多くの炎上がそうであるように、きっと実際に声を上げている人なんてごくごく少数で、
思ったことをなんでも口にするギャルの魔窟に感じていたあの場所においても、
本当におそろしい言葉を吐いていたのは、実際君を含めた2,3人に過ぎなかったのではないかと、今あらめてふり返ると思います。

しかし当時は、それがまるで全世界を代表する意見であるかのように感じておりました。
それぐらい君の声は大きくて、ほかにはなにも聞こえなくなっていたからです。
そのことに気付くまで、だいぶ時間がかかってしまいましたが。

僕の中のギャルのイメージは、だいたい君に収束されます。すべて感情のままに発言していた君。言葉の9割が人の悪口だった君。
そんな君が、唯一、人を誉めたことがありました。
あれは、文化祭の2日目でした。

第7回にも書いた、文化祭の初日に全校生徒の前で劇が悲惨なことになった翌日。
身も心もズタボロになりながらも、クラスの出し物の「客を大きなシャボン玉の中に入れて写真を撮る」という店(なんだったのあれ)のシフトを守り、なんとなく教室の隅に立っていました。

するとふいに、教室の外がどよめくのを感じました。

そしたら、君が、手で口を抑えながら教室に走りこんできて、
そのまま友人のギャルの近くに行き、
「え、すごいかっこいいんだけど…!」
と、はしゃぐように言いましたね。

芸能人でも来てんのかと思った次の瞬間、現れたのは、僕の中学のときの同級生でした。

彼は、野球部のキャプテンや体育祭で団長を務めるような、
中学の男子で一番モテたのはと問えば大体彼の名前が上がるくらい、ヒエラルキーの頂点に君臨した男でした。

なので本来なら、僕と仲良くなるような人種ではなかったのですが、
中1中3とクラスが同じで、なぜか僕をおもしろがっては目をかけてくれたこともあり、

彼は教室の隅にいる僕を見つけると、静かに近づいてきて、
隣にそっと立ち、

「お前、この学校だったんだ」
と、小さな声で話しかけてくれました。

その後、
「元気してる?」
「…まぁね」
「おう、じゃ頑張れよ」
などと、短くも他愛ない会話をして、彼は待たせていた友人の元へ去っていきました。

僕はその間…ひたすらにみじめでした。

僕は体育館のステージに立っても全然興味を持ってもらえなかったのに、彼は廊下を歩くだけで女子に騒がれるくらいなのか。
なにより僕に「キモい」と言い放った君が、すべてに文句を言うような君が、「すごいかっこいい」と、まるで真逆の評価を彼にはするのか。

同じ年に生まれ、同じ中学を出て、身長だってそんなに変わらないのに、
僕と彼とで…なにがそんなにも違うのだろう。

…本当は彼に会えて、話しかけてもらって、嬉しかったはずなのに、
君の彼を誉める一言が、僕をまたドス黒い感情の海に突き落としてくれました。

彼が去ったあと、君はなおも彼の名前を口にしながらはしゃいでいましたね。
僕はずっと、聞こえないふりをしていました。そうすることが、精一杯でした。

これも君は覚えているでしょうか。3年のたしか体育祭。

この年だけやらされたのが、男女混合クラス対抗リレーみたいな名前のクソみたいな種目で、
しかしクラス全員が走るにしても、そもそも男子がめちゃくちゃ少ないし、
僕の足が遅かったこともあり、リレーであてがわれた僕の対戦相手は全員女子という、「完全に期待されてねぇ」と感じざるを得ない状態になっていました。

そしてよりにもよって、僕の対戦相手の中には、君がいました。

またなにを言い出すだろうと怯えた次の瞬間、僕を認識した君は、
「男子じゃん!勝てるわけないじゃん!」
と、叫びました。

それを聞いた僕は、一応男子として見てくれてんだということ、そして僕の方が早いという認識でいるんだということに驚きました。
今思えば当たり前のことかもしれないのですが、君の前での僕の自己肯定感の低さと言ったらもう地の底に堕ちており、
僕に勝てるわけがないという君の認識を、少しだけ嬉しく感じてしまい、
それを嬉しいと感じてしまった自分を、恥ずかしいと思いました。

実際のリレーでは、僕の方がかなり遅れてバトンを受け取り、
前述のとおり僕もかなり足が遅いのですが、
それでも前を走っていた君に追いつき、抜き去ることができました。

「勝った!」と思いました。「すげぇ嬉しい!」と思いました。
そんなことで溜飲を下げている自分が、また情けなくて仕方ありませんでした。

こうしてまとめてみると、君の言葉にたくさん傷ついた気でいたけど、実際にはたった数言だったと驚いています。
そしてそれを鮮明に覚えている自分にも、驚くばかりです。

かといって、「この程度で傷ついてたなんて!」、とは思いません。
君の言葉は、いつも消えてなくなりたいと思うほどの絶望を僕にくれました。数なんて問題じゃない。辛かった自分に嘘をつくこともできない。

昨今の新型ウイルスの影響で、学校に行けなくてつらいと感じていた方々も多い中、不謹慎かもしれませんが、
もしもあのころ学校に行かなくていい理由があったなら、僕はきっと、喜んでいたんじゃないかと思います。

聞こえないふりをしても聞こえてしまう君の声が届かない場所へ、僕はずっと行きたかった。

今になってこんな恨み言のような文章を書き連ねる僕を見たら、君はまた、「キモい」と言うのでしょうか。

僕は君のように、思ったことをすぐ口にすることはできない。
でもこうして、そのときなにを思っていたのかを、文章にできます。
この長い文章が、あのとき君から放たれた声への反撃なのです。

この行為がいつか君の声を打ち消し、今も頭の中に響くあの声が聞こえなくなるまで、
僕は、書くことを続けたいと思います。

<善雄善雄出演情報>
ライブシネマ「けたたましく●すクマ -死の電気椅子ゲーム-」


https://murderliveshow.com/
6月20日(土)21日(日)21:00~23:00 専用WEBサイトにて生放送

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