ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

第13回「つながってない彼女」

劇団「ゴジゲン」所属の俳優であり、自身でも劇団「ザ・プレイボーイズ」を主催し脚本・演出を手掛ける善雄善雄さんが、ごく個人的で、でも普遍的な“あの頃”を綴る連載第13回。
今回は、漆黒の高校時代にできたはじめての彼女について。死にたくなるくらい辛かった学校生活と、学校外での楽しい思い出。相反する思いの狭間で育まれた「恋」。当時の繊細な気持ちを振り返ります。

初めて彼女ができたのは、高校2年の冬でした。

これまでの連載で綴ってきた通り、漆黒の高校時代だった記憶ばかりがあるので、自分に彼女がいたという事実になぜか自分でも驚きを隠せません。本当に彼女なんていたんだろうか。知らないうちに記憶を改竄してないだろうか。辛すぎて生み出した妄想の可能性はないだろうか。

あのころの僕は、高校の中でひたすらに息を殺し、休みになるたび別の高校の演劇仲間と遊んで息継ぎをし、どうにか生き延びていました。

振り返れば、校内での死にたくなるくらいの辛い思い出と、学校以外での死ぬほど笑い転げたような楽しい思い出がそれぞれ存在していて、
それらは別々のとても遠い場所にあって決して交わることはなく、
しかしそんな相反するような思い出たちも、実際はほとんど同じ時期の出来事だったりして、どうにも不思議な気分になります。

そして、あのころの時間と空間が今の自分につながっているということも、ときどき、信じられなくなるのです。

初めての彼女は、別の高校の演劇部に所属していました。

前述の通り高校の外ばかりで交流をしていた僕は、その中でもよく遊んでくれる他校のグループとよく行動を共にし、その中にその子もいたのでした。

彼女は、常に人の影に隠れているような大人しい女性で、周りの女子が「かわいいかわいい」とちやほやしては、いつの間にか親衛隊のようなものが結成されている、ナチュラルボーンアイドルとでも呼ぶべき存在でした。

最初は特に話すこともなかったのですが、ある夏、僕が男の友人たちに「あの子かわいいな」と漏らしたところすっかり周りが応援するムードになり、いつの間にか連絡先を交換させられたり、でも特に連絡もできなかったりしながら、高2の夏が過ぎていきました。

そうして暑さも消え去った秋の日のこと。
突然彼女から「寒いからあっためて」といったような、やけに積極的なメールが届きました。

大人しい印象だった女の子からの突然の誘惑。どうせ罠に違いない! と思いながらも止まらない胸の動悸。キモがられないように、しかし絶対に拒絶はしないようにあたふたしながら返信していると、そのメールは案の定友人(女の子)が彼女の携帯を奪って送ったものだと発覚しました。ちくしょうやっぱりか! 本当ならいいなと思ってたよ! などと悶えながら、なりすましへの怒りと、でもなんかありがとうという感情で頭の中は大騒ぎでした。

しかしそこからなんとなく彼女本人との個人的なやりとりも続くようになり、秋が終わるころには完全に好きになっておりました。

告白したのは、その年の12月30日でした。「なぜそんな年末に?」と自分でも思いますが、次に会う予定を待てなかったことからも察するに、「年が明ける前に!」なんてどうでもいいことを考えていたんじゃないかと思います。昔から締め切りがないとなにもできない。

告白は、自分の部屋からメールでしました。
今も昔もそれがあまりかっこよくないことと知ったのは、少しあとになってからでした。

「いざ告白!」と決意したド年末の冬の夜。

実家の自分の部屋の中、なぜか電気を消して暗くし、そのころハマっていたSkoop On SomebodyのCDなんかを聴きながら気合いを入れたり気持ちを落ち着かせたりを繰り返すこと数10分。ステレオからは「忘れないよ最初のKissを 忘れたいよ最後のKissを」という歌が流れていました。失恋ソングでした。誰がなんと言おうと名曲なのですが、少なくともこれから告白しようとしている人間が聴くものじゃないなと、そのときには気付くこともできませんでした。

LINEもなかったあの時代。彼女とごく短いメールを互いに送り合い、3分も返信がなければ不安になるくらいの即レスの嵐の中、機を見計って僕は「あの約束覚えてる?」と聞きました。

この2ヶ月ほど前、僕らは高校演劇の大会でどの高校が勝ち進むかを予想し、負けたほうが勝ったほうのお願いを一つ聞く、という、なんかもう今となっては赤面せずには語れない賭けをしており、
見事その演劇賭博に勝利した僕は、これからそのお願いを伝えますとメールに書いたのち、なにを言われるか少し怯えている彼女に、「俺と付き合って」という完全にかっこつけてた感丸出しの一文を送りました。もう20年前だ、時効として許してほしい。

送ったのち、うわぁ言ってしまったどうしよう、せめて電話でもすべきだったか、などと今更で当たり前なことを考えながら暗い部屋をグルグル歩き回っていたところ、1分も経たないうちに彼女から
「いいよ(ハートマークの絵文字)」
という返信がきました。
依然電気が消えたままの部屋の中、ガッツポーズの一つや二つしていたと思います。とりあえず電気つけろや。

そしてテンションが上がりきったままで電話をかけ、朝方まで話し続け、
空が白んできたころ、そろそろ寝ようという話になってからようやく
「ちゃんと言えてなかったけど、好きです」と伝え、
それに対し、彼女も「私も好きです」と言ってくれました。

こんなに順調にスタートしたはずなのに、このときの僕は彼女の言葉を、「えっ、嘘!?」と、まるで信じがたいことのように受け止めた気がします。
自分が好きになった人が自分を好きと言ってくれた。
それはあまりにも、普段の日々とかけ離れた幸福でした。

暗澹たる高校生活の中で、部屋も暗いままでしたが、
間違いなくこの夜は、光に満ち溢れていたんじゃないかと思っています。

別れたのは、その約4ヶ月後のことでした。
僕の方から、一方的に、別れを告げました。

特になにかきっかけがあったわけでも、ほかに好きな人ができたわけでもなかったのですが、
大人しい、自分をあまり出さない彼女との交際は、
いつしか電話もメールも僕の発言待ちになり、
しかし、今も昔もトークが得意なわけでない僕は、なにも上手く言えない時間ばかりが過ぎて、少しずつ、やりとり自体に苦痛を感じるようになっていきました。

次第に、付き合う時にはあれほど早く返していたメールの返事もなかなか返せなくなり、
そんな中でも彼女は3日に一度は必ずメールをくれ、しかしそれも「今何してる?」などの返しづらい内容だったりし、いつしか「もう無理かもしれない……」と思うようになっていきました。

ある春の夜、決意して自室から電話をすると、彼女はすでに泣いていました。

「なんで?」と涙ながらに聞く彼女に、自分からかけておきながらなんと言っていいのかわからず言葉を探していると、
彼女は、
「もう好きじゃない?」
と、僕に聞きました。

それに、僕は思わず、「わかんない」と答えました。

その返答が意外だったのか、彼女は少し笑い混じりに「わかんないの?」と聞き、
僕は、「うん……たぶん、わかんなくなったからだと思う」と続けました。

彼女は、それから少し黙ったのち、「わかった」と、はっきりとした声で言いました。

電話を切ると、告白をしたときは無駄に電気を消し、音楽などをかけていた部屋と、
今しがた別れ話を終えた、電灯のともる無音の部屋は、同じ場所なのにまるで違う場所のように感じ、
自分自身すらあのときと同じ人間には、思えませんでした。

交際中、最初にキスをしたのはこの部屋。最後のキスは今となっては思い出せません。
結局あのとき聞いていたSkoop On Somebodyの歌詞の通りになった、なんとも未熟すぎる、初めて交際を終えた僕は、未だ童貞のままでした。

後日、彼女のことを「かわいいかわいい」とちやほやしていた彼女の親衛隊とでも呼ぶべき女子とばったり会い、彼女からなんと聞かされたのかはわかりませんが、僕に「腹が立った!」と言いながら突然ビンタを5〜6発かまされたり、
彼女と同じ高校のKという男子に、「もしよかったら(彼女)慰めとこうか?」と言われたのでお願いすると、
「慰めようと近くにいたら、いつの間にか手を繋いでいた……」と報告され、
しまいには
「慰めようと近くにいたら、気付いたときにはキスしてた」と言われました。いやお前なんだ。なんだそれお前! と思いました。

その後、僕の元彼女とKは正式に付き合い始め、なんだか本当に、別れたりくっついたりの本当にいろんなことがあったのち、数年前に結婚したそうです。
なんだそれ!!!! と全力で驚きながら、あのころ絶対に想像できなかった未来に、思わず笑ってしまっています。

本当に、あのころと今が繋がっているなんて、ときどきどう考えても信じられません。

あまりにも愚かで未熟で稚拙で、身勝手な終わり方を迎えたあの恋が、今となってはいい経験でしたなどと、わかったような言葉でまとめる気にもなれません。

でも、携帯を手にしながら喜んだことも、暗い部屋の中で悶えたことも、無力感や罪の意識を感じたことも、
全部、バラバラのまま、覚えています。
たしかにそこにあったと、そのことだけは信じています。

最後に、ちゃんと言えてない、というかそもそも言える立場でもきっとないのですが、
ご結婚、本当におめでとうございます。
幸せを祈っているということも、なんでお前がと、もしかしたらムカつかれてしまうかもしれないのですけれども、
それでも心より、祈っています。

 

<善雄善雄出演情報>
ゴジゲン第18回公演「かえりにち


「帰り道じゃないの?」
「うるせえな」
風が吹かない冒険譚のコメディ。

作・演出 松居大悟
出演 奥村徹也 東迎昂史郎 松居大悟 目次立樹 善雄善雄 神谷大輔 結城洋平

■東京公演:2022年4月20日(水)~29日(金・祝)
ザ・スズナリ
〒155-0031 東京都世田谷区北沢1丁目45-15

■北九州公演:2022年5月2日(月)~4日(水・祝)
北九州芸術劇場 小劇場
〒803-0812 福岡県北九州市小倉北区室町1丁目1-1-11 リバーウォーク北九州内

■京都公演:2022年5月7日(土)~10日(火)
THEATRE E9 KYOTO
〒601-8013 京都府京都市南区東九条南河原町9-1

■チケット料金
全席指定
【東京】前売・当日共に 3,800円 / U-22 2,200円[要年齢確認証提示]
【北九州】前売・当日共に 3,500円 / U-22 2,200円[要年齢確認証提示]
高校生〔的〕チケット 1,000円[枚数限定、劇場窓口・電話/前売のみ取扱、要学生証提示]
【京都】前売・当日共に 3,500円 / U-22 2,200円[要年齢確認証提示]

主催:ゴジゲン momocan

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