演劇界の鬼才の会話劇……が一転
演劇界の鬼才による、テンポの良い密室会話劇……で終わると思っていた。
いや、仮にそれで終わっていたとしても秀作だ。
11月28日(土)公開の映画『愛を語れば変態ですか』。監督・脚本を、岸田國士戯曲賞にもノミネートされた演劇界の鬼才・福原充則が務める。
平和そうに見える夫婦に、「デブじゃないんです、個人的には」というセリフで心を掴むデブの後輩(チャンカワイ/Wエンジン)。そこに、キングオブコメディの今野浩喜演じるフリーターがスクリーンに映しだされた瞬間、不穏な空気が流れ込む。そこから次々と、個性的な、会話力の高いキャラクターが現れる。
ヤクザ(永島敏行)は「お前らは法律の範囲内でしか人を愛せないのか?」とすごみ、
「僕達のためのお店を作った」という夫婦に、「他人を不幸にしてでも幸せになりたい2人が始めたお店ということですか?」と叫ぶ青年(栩原楽人)。
彼らのセリフは詭弁といってしまえばそうなのだが、妙な説得力を持つ。
彼らの騒動が一応の解決を見せ、この映画が終わっていたとしても「さすが、演劇界の鬼才によるウェルメイドな会話劇」という一定の評価は得ていただろう。
そこそこ美人なビッチほど女神なものはない
しかし、後半、物語は一転、黒川芽以演じる主人公と共に疾走する。
「僕と何をどうしたって世界が変わるわけではないですよね」
この映画の中ではありふれているように聞こえた詭弁に、主人公は大きく反論する。それまで静かだった主人公が、一気に疾走し始める瞬間である。
恋で世界は変わる……なんて甘ったるい話ではない。
劇中の言葉を使えば“世界中で愛は劣勢”で、“このご時世、愛を語れば変態”な中で、悲惨な出来事の起こる世界に愛を蒔こうとする主人公は、女神といってもいい。
彼女がある行動に出始めた瞬間、過去の彼女の悪事は、正義に変わる。
世界が反転して見える瞬間だ。そう、“そこそこ美人”なビッチは、僕たち童貞にとって女神でしかない。
もう1回童貞を捨てたい、大人になりきれない僕たちに
僕らに眠っている子どもの部分を拡大させたようなキャラクター造形の男たち。彼らが、ひとつになる瞬間のセリフはこれだ。
「もう1回、童貞捨ててえなあ……」
決して、肉体的に童貞を捨てられたからといって、急に精神的に大人になれるわけではない。それに比べて、世界に目が向いているビッチのなんて大人なことだろうか。彼女たちは、大人として、ちゃんと世界を変えに行っている。
邦画界随一の雲の上の女神ビッチ
『グミ・チョコレート・パイン』『ボーイズ・オン・ザ・ラン』そして本作と、文化系童貞男子にとって、手が届きそうでなかなか届かない、雲の上のビッチを演じさせたら、黒川芽以の右に出るものはいないだろうことも感じさせる。
今回直接インタビューを試みたのだが(記事は後日公開予定)、取材の冒頭、黒川芽以はこう言った。
童貞ライターが2人並び挨拶をし、僕が台湾で買った汚いノートを取り出した瞬間のことだ。
「すごい年季入ってる面白いノートですね」
なんてことない会話かもしれない。美人に固まる童貞たちへの、お世辞だという人もいるかもしれない。
しかし、僕にはその瞬間『愛を語れば変態ですか』のあるシーンのように、世界が明るく光り輝いて見えた気がしたのだ。
目の前にいる美人は言葉も美人だった。そうだ、こうやって美人は、その表情や言葉で、世界に愛を振りまいていき、そして世界を変えていくのだ。
もう1回、スクリーンの中に、黒川芽以にキスをされに行きたいと思う。
(文:霜田明寛)
■関連リンク
・ソーシャルトレンドニュース特設ページ 11月 愛を感じる2作品『恋人たち』✕『愛を語れば変態ですか』
・映画『愛を語れば変態ですか』公式サイト http://aikata.jp/2015年11月28日(土)よりロードショー
・『愛を語れば変態ですか』予告編
【キャスト】黒川芽以、野間口 徹、今野浩喜(キングオブコメディ)、栩原楽人、川合正悟(Wエンジン チャンカワイ)/永島敏行
【監督・脚本】福原充則