“東京国際映画祭の顔”に現在の映画界について聞く
10年以上の銀行での勤務を経てから、東京国際映画祭のプログラミング・ディレクターという“映画を選ぶプロフェッショナル”になった矢田部吉彦さん。毎年、東京国際映画祭のコンペティション部門や、日本映画スプラッシュという新しい日本映画の才能を発掘する部門の作品の選定を担当され、多くの映画に触れている。
そこで矢田部さんの人生に迫った前回の記事とは一転、今回は、この現在の映画界について思うところや、Netflixの上陸を経たあとでの東京国際映画祭の役割、量産される映画のあり方などについて聞いた。
10年で倍増 公開映画が多すぎる
――まずは、最近の日本の映画界を見て、矢田部さんが感じることがあれば教えてください。
「正直な話、映画が多すぎる、ということは感じています」
――矢田部さんから出てくる答えとしては意外でした。どういうことでしょう?
「まずは、日本で公開される作品の数です。去年の映画の公開本数が1300本くらいなんですね。10年前が600~700本くらいだったので、日本で公開される映画の数はこの10年で倍増しているんです。これだと、見る側は、何を見ていいかわからないですよね」
――確かに、そうですね。
「誰かが、見方や切り口をガイドしてあげる役割を担わなきゃいけないですよね。届ける側も、どうすれば届くのか暗中模索だと思います。学生に情報の入れ方を聞くとTwitterという答えが返ってきますしね」
作られる日本映画の数も多すぎる
――1000本以上公開されていたら、どれだけTwitterを駆使しても、なかなかうまく情報をつかむのが難しい気がしますね。もうひとつ多いと感じるのは日本映画自体の数ですか?
「そうですね。『この作品、5本一緒にして、5本分の予算で1本作ればいいのに……』と思うことはよくあります。もちろん、小規模でもたくさんの人が作った方がいいという考えもあると思うので、難しい問題ではあると思いますけどね」
ちゃんと作れば、見てくれるお客さんはちゃんといる
――なかなか難しいですね。もう少し、希望的な話はないのでしょうか?(笑)
「2015年を振り返ると、『恋人たち』『ハッピーアワー』といった作家性の強い、クオリティの高いインディペンデント映画が出てきました。しかも、それが賞をとった上に、ちゃんとヒットもしています。
『恋人たち』のようなヘビーな物語を、日本のお客さんが受け入れる土壌があったというのは非常に嬉しいことです。ちゃんとしたものを作れば、ちゃんと見てくれるお客さんがいるというのは、業界の人も含めて、みんな心強く思っていいと思います」
メジャー映画も充実
――一方で、メジャー系の日本映画はどうでしたか?
「メジャー系の作品も、例えば『ビリギャル』や『ストロボ・エッジ』など、見応えのある、大人の鑑賞に耐えうる作品が増えてきた印象です。廣木隆一というきちんとした監督が起用されていたり、有村架純という新しいコメディエンヌが出てきたり、日本映画全体で充実していたのが2015年といえるのではないでしょうか」
“映画ファン”の細分化
――ただ、こうやって『恋人たち』『ハッピーアワー』といったインディペンデント系の作品と、メジャー映画のタイトルを並べてみると、なかなか同じ国の作品には思えない乖離がありますね(笑)。
「ええ、『orange-オレンジ-』や『信長協奏曲』を見るお客さんと、『恋人たち』『ハッピーアワー』を見るお客さんは、完全に別れてしまっていますよね。同じ映画ファンの中でも、自分の好きな方に特化してしまっていて、横の移動があまりないような気がしています」
見る人の引き出しを増やしていくことが映画祭の役割
――実は、そこの移動を促せるのが、東京国際映画祭なのではという気もします。
「僕らの目標はそこで、本当は、見る人の映画の引き出しをたくさん増やしていくことが、映画祭の役割だと思っているんです。例えば、東京国際映画祭に『orange-オレンジ-』を見に来たけれども、売り切れてしまっているから、日本映画スプラッシュ部門でかかっている『七日』のようなインディペンデント映画を見てみる。『なんだ、こんなものもあるのか!』と心を揺さぶられて欲しいんです」
まずは映画ファンに、そこからコアに
――確かに、映画祭でのインディペンデント映画の上映で、“紛れ込んでしまった”ような人を見ると嬉しくなります。
「まだまだ僕らも、あの手この手を使って考えている最中です。一般の方から、映画ファンにどう流していくか。その映画ファンを、どうコアな映画ファンに流していくか。難しいですけどね」
――矢田部さんをもってしても、難しいという感覚なんですね。
「ええ、新宿のシネコンのように、にぎわっているシネコンの中で、たまに中規模のインディペンデント作品が流れていたりするのは、いいケースだと思うんですけどね。いかんせん僕も、Netflixを見てると『これじゃ映画館行かないよな……』と思っちゃうんですよ(笑)。東京国際映画祭のワールド・フォーカス部門で上映した『タンジェリン』も、日本の映画館では公開されていませんが、Netflixでは配信されていますしね(※)」
(編集部注(※):取材後『タンジェリン』は、別の映画会社の配給により、劇場公開が決定したとのこと)
Netflixで映画館至上主義に陰り!?
――矢田部さんがそう感じてしまうとは!(笑) Netflixが相当魅力的なんですね……。
「パソコンの前にいるだけで、平気で土日が潰れちゃったりしますからね……。もちろん、あらゆる映画はスクリーンの大画面で見た方がいいとは思っています。ただ、その大スクリーンの良さを決定的に感じられるのは一部のメジャー系の映画に限られてしまっています。家に高画質のモニターがあって、そこにネットがつながって、Netflixを見られたら、映画館に行かなくなることは容易に想像できてしまいますよね。映画館至上主義にこだわろうとしても無理があるんじゃないかと思うんです。Netflixが上陸した2016年が本当のVOD元年で、これから色んなことが決定的に変わっていく予感はしています」
ゲストとの交流で映画の面白さを知ってもらう
――寂しいですが、とても実感のわく話です。そうなると、その流れの中での矢田部さんや東京国際映画祭の役割はどうなってくるのでしょうか?
「正直、僕も模索中で、ここで『こうしましょう!』という決定的な答えが持てていない、というのが現状です。ただ、映画祭の役割としてはゲストを招くことで映画の面白さを知ってもらう、ということだと思っています。監督や役者の方が来てくれて、Q&Aで直接触れあえるのが、映画祭の特徴です。そこで、『映画って楽しいな』『もっと他の作品も見てみたいな』という感じで、映画ファンになるきっかけは与えられると思っています」
「東京国際映画祭でやるなら面白いだろう」というブランド
――確かに、Q&Aがあるということがきっかけとなって、『よく知らない作品だけど、東京国際映画祭でチケットを買ってみた』という経験はあります。
「おかげさまで、そうやって『この作品は知らないけれど、東京国際映画祭でかかってるし、とりあえず行けば面白いはずだ』と思って来てくれている方は増えているようです。実際に、この数年間、コンペティション部門のお客さんの数も増え続けていますしね。僕らとしては、そういう映画祭自体のブランド、信用力を上げていくしかないんですよね」
矢田部さん注目は“イスラーム映画祭”
――特に矢田部さんが選定とQ&Aを担当されているコンペティション部門に関しては、毎年信頼しております。では、矢田部さんが注目する、東京国際映画祭以外の映画祭ってありますでしょうか?
「イスラーム映画祭という2015年の12月に開催された映画祭があります。イスラームというキーワードで、中近東のかなりバラエティに富んだものを上映していたのですが、渋谷のユーロスペースが人で溢れかえるほどの大盛況でした」
社会性の強い特集は映画ファン以外も来てくれる
――中近東の映画にそこまでお客さんが入るというのは正直意外なのですが、大盛況になったのには理由があったのでしょうか?
「企画が始動したのが3月くらいで、映画祭が12月。そして11月には、パリでテロがありました。不幸なきっかけではありますが、そのことで、NHKのニュースをはじめ、多くのマスコミの注目を集めるようになりました。
イスラーム映画祭のような社会性の強い特集というのは、普段の文化面ではない、マスコミの注目を集めることができるんです。そうすると、普段は映画を見ない人でも行こうと思える道筋を作ることができるということで、とても重要なんですよね。もちろん、イスラーム映画祭は中身もよかった、というのは大前提にありますけどね」
映画のテーマに社会性があればよい……のか?
――映画ファン以外を映画館に誘導できたという意味でいい例ですね。ただ、映画も映画祭も社会性が強ければいい、というわけではないですよね?
「ええ、そこは難しいところで、昔から“映画のテーマは映画のできを正当化するのか”という問いがあります。やはり、社会性があっても、映画として面白くなければ、その映画はダメだと思うんですよね。例えば、福島に関する映画はたくさん作られていますが、映画として面白いのは、正直その中の一部です。でもそれが『福島を扱っている作品だから全部重要な作品だ』ということになってしまったら、映画にとってはよくないことです」
社会性と面白さ
――確かに、社会性と映画としての面白さをきちんと両立しているかという観点で見ると、色々と限られてきそうですね。
「その点、イスラーム映画祭がよかったのは、きちんと社会性があるだけではなく、映画として面白い作品を選んでいたところです。
僕がコンペティションで作品を選ぶときも、社会性と面白さがうまく一緒になっているか、ということが基準のひとつになることもあります。
僕が選ぶ作品に限らずですが、映画は、社会性があればいいというわけではなく、あくまで、映画として面白くなくてはいけない。そこは、踏み違えてはいけないところだと思うんです」
(取材・文:霜田明寛)
第29回東京国際映画祭 開催日決定!!
2016年10月25日(火)~11月3日(木・祝)