ー3カ月前、童貞を捨てた。思ったほど、世界は変わらなかったー
チェリーについて

第12回「コメディエンヌの系譜」

 まぁ、今年の忘年会の余興は、「恋ダンス」で決まりでしょうね。
 恋ダンス――そう、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)のエンディングで、ガッキー(新垣結衣)をはじめ、出演者たちが星野源サンの曲『恋』に合わせて踊る、あのダンスだ。
 かつてのポッキーダンスを彷彿させるガッキーの魅力全開である。TBSサン、ありがとう! ちなみに振り付けは、先のリオ五輪閉会式の東京プレゼンの振り付けも担当したMIKIKOサン。Perfumeの振付師として業界では知られた御仁である。

タイムシフト視聴率が『ドクターX』を超えた

 ま、それはともかく、同ドラマは大変な人気だ。
 視聴率は、初回から10.2%、12.1%、12.5%、13.0%と右肩上がり(4話終了時点)。ちなみに、この10月からビデオリサーチ社は「タイムシフト視聴率」(録画した番組を後から見た視聴率ですネ)も発表するようになったんだけど、『逃げ恥』の初回のタイムシフト視聴率は10.6%。なんと、あの『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)の初回タイムシフト視聴率9.5%を上回ったのである。

 さらに、例の「恋ダンス」。初回放送終了後に早くも話題沸騰して、TBSが急遽、YouTubeの同局公式チャンネルで公開したところ、6日間で600万回を超える再生数。これはTBSの公式チャンネルで歴代最高だという。

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脚本・野木亜紀子

 そんな絶好調の同ドラマの脚本は、野木亜紀子サンだ。僕が今、『リーガルハイ』の古沢良太サンと並んで、最も信頼を寄せる脚本家である。
 実は、そのキャリアは意外と浅い。2010年にフジテレビのヤングシナリオ大賞を受賞して、まだ業界7年目。でも作品は、『空飛ぶ広報室』(TBS系)に『掟上今日子の備忘録』(日本テレビ系)、『重版出来!』(TBS系)と、ハズレがない。加えて、ガッキーとは過去2作(『空飛ぶ~』と『掟上~』)で組んでおり、今作で3作目。相性バツグンなのだ。

 そう、『逃げ恥』が面白いのは、ガッキーに何をさせたら輝くか、脚本家の野木サンが熟知しているからなんですね。

脚本家と主人公の黄金タッグ

 ちなみに、昔から「名作の陰に脚本家と主演俳優の黄金タッグあり」――なんていわれていて、古くは、『あすなろ白書』や『ロングバケーション』(いずれもフジテレビ系)の脚本・北川悦吏子&木村拓哉のタッグをはじめ、『アットホーム・ダッド』や『結婚できない男』(いずれもフジテレビ系)の脚本・尾崎将也&阿部寛のタッグ、『火の魚』や『カーネーション』(いずれもNHK)の脚本・渡辺あや&尾野真千子のタッグなど、面白いドラマは大抵、脚本家と主演俳優との良好な関係があるんですね。

 で、野木サン&ガッキーである。
 2人が組んだ前作『掟上~』をご覧になられた方なら分かると思うけど、『逃げ恥』で野木サンがガッキーにやらせたい役。それはずばり――“コメディエンヌ”である。

コメディエンヌという立ち位置

 そう、コメディエンヌ。コメディアン(喜劇俳優)の女優版ですね。
 とはいえ、“コメディ”と“シリアス”が明確に線引きされた大昔ならいざ知らず、現代では普通の役者が、コメディテイストな作品において、コメディ的な芝居をするケースをそう呼ぶことが多い。

 そこで、『逃げ恥』である。
 見ての通り、コメディテイスト全開のドラマだ。そしてガッキーは、天性のコメディエンヌとしての才能をいかんなく発揮している。
 例えば、ガッキー演ずる主人公の「みくり」は妄想癖があり、時々『情熱大陸』や『NEWS23』の出演者を演じてしまう。かと思えば、ある日、ひょんなことから星野源演ずる「平匡(ひらまさ)」サンのパンツを洗うことになり、「やっと従業員として信頼されたー!」と無邪気にガッツポーズをしたり――。

 もう、思い出すだけでニヤケてしまうが、とにかく彼女のコメディ演技がとてつもなく可愛いのだ。ハマリ役とはこのこと。さすが野木サン、ツボを心得ている。
 そして、これが一番大事なことなんだけど――ガッキーが野木サンによってコメディエンヌとしての才能を開花させたことで、彼女自身の人気も以前に比べて、ほぼ倍に膨らんだのだ。
 そう、ほぼ倍に。

 少々長くなったけど、ここからが、いよいよ今回の話の本題である。

先駆者、浅野温子

 まずは、1人の女優を思い出してほしい。
 ――浅野温子サンだ。
 そう、1980年代後半のバブル時代真っ只中に活躍した、あの名女優。『あぶない刑事』や『抱きしめたい!』で一世を風靡して、世の女性たちの憧れとなったのを覚えている人も多いだろう。

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 その人気はすごかった。彼女のワンレングスの髪型は流行りに流行り、ドラマで身につけたファッションは街のいたるところで真似された。
 正直、あの「W浅野」現象も、浅野温子サンあってのものだった。彼女の人気に引っ張られ、それまでグラビアモデルとして不遇を極めていた浅野ゆう子サンがトレンディ女優の仲間入りを果たしたのだ。

 とはいえ、当の浅野温子サン自身も、最初から女性たちに支持されていたワケじゃない。15歳で映画デビューした彼女は、長らく映画界で活躍するんだけど、80年代前半はヌードも厭わない本格派女優だった。
 そう、ファンの多くは男性層だったのだ。

『あぶない刑事』という分岐点

 80年代前半の浅野温子サンのイメージは、いわゆる「いい女」。ロングヘアーをなびかせ、硬派な演技をする――。それゆえ、映画関係者や男性陣からの評価は高かった。でも、女優特有のお高いイメージもあり、同性人気はあまりなかったと記憶する。
 だが――1986年10月、その評価が一変する。ドラマ『あぶない刑事』(日本テレビ系)が始まったのだ。

 同ドラマはご存知の通り、舘ひろしサンと柴田恭兵サンのタカ&ユージコンビからなる、バディものの刑事ドラマ。スタイリッシュなアクションとファッション、それにコメディテイストな演出が大いにウケ、瞬く間に人気ドラマになった。
 当初2クール放映の予定が、中盤以降は20%台の視聴率を連発。結局、1年間にわたり放送された。そして以後、30年間にわたって続編やスペシャル、劇場用映画が作られ続ける大ヒットシリーズになったのは承知の通りである。

浅野温子の発明

 同ドラマで浅野サンが演じたのは、少年課に勤務する女性警察官の「カオル」である。
 このカオルがすごかった。
 外面は超美人なのに、その性格は常にハイテンション。コスプレも厭わない、お調子者キャラなのだ。
 これが、世の女性たちの共感を集める。「あんなにキレイなのに、なんて気さくなの!」って。彼女は一躍、トップ女優に躍り出たのである。それまでの男性ファンに加え、女性ファンも獲得。単純に、人気が倍になったのだ。

 いや、そればかりじゃない。浅野サンの“コメディエンヌ転向”は、その後のドラマ界に大いに影響を及ぼす。彼女以降、コメディエンヌと呼ばれる女優たちが急増したのだ。

 彼女の何がそんなにエポックメイキングだったのか?
 それは――「美人のコメディエンヌ」という“発明”である。

かつて個性派女優が演じたコメディエンヌ

 浅野サンの発明以前――テレビドラマで“コメディエンヌ”といえば、長らく個性的な女優たちが演じるものと相場が決まっていた。

 代表的な例では、70年代にホームドラマの『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』(いずれもTBS系)に出演した樹木希林サン(当時は「悠木千帆」名義)をはじめ、『テレビ三面記事 ウィークエンダー』のリポーターとして脚光を浴び、女優に転じた脇役時代の泉ピン子サンや、長らく『必殺』シリーズで藤田まことサン演じる“ムコ殿”をいびる姑役だった菅井きんサン等々――。

 中でも、コメディエンヌとして人気・視聴率とも一世を風靡したのが、日本の民放ドラマ史上最高視聴率56.3%を誇る『ありがとう』(TBS系)でヒロインを演じた水前寺清子サンである。

国民的スター水前寺清子

 そう、水前寺清子――。
 1970年当時、彼女は、大ヒット曲『三百六十五歩のマーチ』などで知られる超売れっ子歌手。女優経験はほとんどなかった。
 そこへ、TBSのホームドラマの大家である石井ふく子プロデューサーは、新ドラマを企画して、明るく勝気で、誰からも愛されるヒロインは水前寺サンしかいないと、彼女に出演を打診する。
 最初は断られるも、テレビ局のトイレまで彼女を追いかけ回す石井サンの熱意が届いて、出演が叶った。ドラマ『ありがとう』の誕生である。

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 同ドラマは1970年から75年までの間に計4シリーズが放映され、水前寺サンは第3シリーズまで出演した。下町が舞台のホームドラマで、水前寺サンと母親役の山岡久乃サンとのユーモラスで丁々発止なやりとりが評判となった。
 また、相手役の石坂浩二サンをはじめ、佐良直美サン、沢田雅美サン、岡本信人サンら個性的な役者陣で同ドラマは国民的人気を博した。

 そう、水前寺サンこそ、日本のコメディエンヌの先駆けだったのだ。

浅野革命以降

 そんな風に、1970年代から80年代半ばにかけて、個性派女優たちの専売特許だった「コメディエンヌ」という職業。それを大きく変えたのが、先の浅野温子サンだったというワケ。

 それはまさに、日本の連ドラ史上エポックメイキングな出来事だったんですね。そして先に述べた通り、浅野サンの発明以降、“美しきコメディエンヌ”たちが急増する。
 折しも世は80年代末のトレンディドラマブーム。その波に乗り、中山美穂をはじめ、工藤静香、小泉今日子、斉藤由貴、菊池桃子らは、コメディエンヌとしての新境地に踏み出したのだ。

 そして90年代――いよいよ、あの大物コメディエンヌが登場する。
 山口智子である。

山口智子のブレイク

 山口智子――芸能界デビューは、東レの水着キャンペーンガールだった。ドラマデビューは、NHKの朝ドラ『純ちゃんの応援歌』である。
 時に1988年。ドラマは「高校球児の母」と呼ばれる旅館の女将の成長物語で、平均視聴率は38.6%。今見ると凄い数字だけど、当時の朝ドラはそれが普通だった。ちなみに、同ドラマに弟役で出演したのが、今のご主人の唐沢寿明サンである。

 そして翌89年、彼女は他の朝ドラ出身女優同様、民放ドラマに転じるが、しばらくは脇役が続いた。役柄もシリアスな役が多かった。

 転機となるのは、1993年の『ダブル・キッチン』(TBS系)である。二世帯住宅の嫁姑問題をコミカルに描いた意欲作で、姑役の野際陽子サンとのバトルが話題になった。番組ラスト、決まって山口智子サン演じるヒロインは部屋の物に当たり散らし、一方、野際陽子サン演じる姑は鼓を打つ――そのカットバックは同ドラマの名物となった。
 最終回は最高視聴率30.7%。ここに、天才コメディエンヌ・山口智子が誕生する。

褒め言葉「何を演じても山口智子」

 以後、山口サンは『スウィート・ホーム』、『29歳のクリスマス』、『王様のレストラン』、『ロングバケーション』と立て続けにヒット作を連発する。
 『29歳~』では恋に仕事に悩み円形脱毛症になるヒロイン・典子を、『王様~』では橋幸夫好きの天才シェフ・しずかを、そして『ロンバケ』では木村拓哉演ずる年下のピアニストと奇妙な同居生活を始める売れないモデル・南をコミカルに演じた。

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 いずれの役も、まるで素の山口智子サンのようだった。モデル張りの外見ながら(元モデルだから当然だ)、それを鼻にかけないサバサバした性格。時に悪態もつくが、裏表がないので、どこか憎めない――。そう、何を演じても山口智子。断わっておくが、これは褒め言葉である。
 昔から「何を演じても石原裕次郎」、「何を演じても木村拓哉」といわれるように、主役というのはそれでいい。要はハマり役だ。なぜなら、世の大半の役者たちは、ハマり役すら見つからずに役者人生を終えるのだから。

山口智子の抜けた穴

 このまま、連ドラ界は山口智子サンの時代がしばらく続くと思われたその時――事態は思わぬ方向に進む。
 なんと、『ロンバケ』を最後に山口サンは唐沢寿明サンとの結婚生活に比重を移し、しばらくテレビから離れるという。

 人気女優を失った連ドラ界はどうなるか?
 だが、心配は無用だった。山口サンの抜けた穴を埋めるように、90年代後半から2000年代にかけて、新たなコメディエンヌたちが綺羅星のごとく輩出されたのだ。そして、数々のヒットドラマが生まれた。
 一例を挙げると――

松たか子/『ラブジェネレーション』『HERO』『役者魂!』
 
観月ありさ/『ナースのお仕事』シリーズ
 
仲間由紀恵/『TRICK』『ごくせん』
 
深津絵里/『踊る大捜査線』『恋ノチカラ』
 
北川景子/『モップガール』『謎解きはディナーのあとで』『独身貴族』『HERO(第2シリーズ)』『家売るオンナ』
 
上野樹里/『のだめカンタービレ』
 
多部未華子/『デカワンコ』
 
深田恭子/『富豪刑事』『未来講師めぐる』『ダメな私に恋してください』
 
石原さとみ/『花嫁とパパ』『リッチマン、プアウーマン』『5→9〜私に恋したお坊さん〜』
 
綾瀬はるか/『ホタルノヒカリ』『きょうは会社休みます。』
 
篠原涼子/『ぼくの魔法使い』『アットホーム・ダッド』『ハケンの品格』
 
/『幽かな彼女』『ごちそうさん』『デート~恋とはどんなものかしら~』
 
新垣結衣/『パパとムスメの7日間』『全開ガール』『リーガル・ハイ』『掟上今日子の備忘録』

 ――等々。
 ほら、まさに“ヒットドラマの陰に、名コメディエンヌあり”。
 この中でも、僕が最も評価しているコメディエンヌが――北川景子サンである。

北川景子という才能

 北川景子。そのキャリアは雑誌『Seventeen』のモデルに始まる。
 ドラマデビューは、特撮ドラマの『美少女戦士セーラームーン』(CBC制作・TBS系)だが、それはさておき、2作目にして早くも主演に抜擢される。『モップガール』(テレビ朝日系)がそう。
 これが素晴らしかった。彼女の役は遺品に触ることで被害者の死ぬ前にタイムリープする清掃員なんだけど、そのキャラはドジで言い間違いが多く、口癖は「もげッ!」――。

 そう、屈指の美女なのに、その“顔芸”が半端なかったのだ。同ドラマで彼女のコメディエンヌとしての才能が開花する。

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コメディエンヌは結婚しても強かった

 その後の北川サンの活躍は承知の通り。もちろん、シリアスなドラマでも彼女は素晴らしい演技を見せてくれるが、北川サンが生きるのはやはりコメディエンヌとしての作品だ。
 結婚後初の連ドラ『家売るオンナ』(日本テレビ系)がそれを証明した。彼女の役はどんな物件も売ってしまう天才不動産屋。一切笑みを見せない。ところがこれが抜群に面白い。

 ちなみに、この種の笑わないで観客を笑わせる芝居を「ストーン・フェイス」というんですね。かの喜劇王バスター・キートンの異名でもあり、コメディ演技で最も難易度が高いといわれる。
 結果は――クール最高の平均視聴率11.6%。そう、北川サンは天才コメディエンヌであるがゆえに、男女双方から支持され、結婚後も安定して活躍できているというワケ。

 もう、お分かりですね。ガッキーもかつての美人女優から名コメディエンヌへと脱皮したことで、今や男女双方から支持される存在に――。
 『逃げ恥』が好調なのは、そういうことである。

(文:指南役 イラスト:高田真弓)

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